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1章 新しい住まい――魔界、王宮
1. 封印扉
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幽閉生活24日目にして、レイはやっと<最果ての間>から解放されることになり、魔王によって目の前の封印扉が開け放たれるのを待っていた。
程なくして、魔導術による解呪と合言葉、その二つの鍵が揃い封印が解かれると、堅固な扉は開かれ、その奥に広々とした、四角い無機質な部屋が現われた。
「行くぞ」
魔王に続いて、シルファを抱き上げているレイが歩を進め、部屋の中央に佇むと、入って来た扉は背後で完全に閉じ合わさった。
先人たちの技が結集した<絡繰り>と、魔道術が融合した封印扉は、<最果ての間>と<霧の宮>を繋ぐ唯一の出入り口で、3重構造になっている。
レイは、かつて幽閉中に、この封印扉の秘密を探ろうとした時のことを思い出す。
あの時、魔王がこの扉から出てくる一瞬の隙を狙って、この部屋に足を踏み入れ、どこにも次の扉がないことを不思議に思ったのだが、今ようやく、その謎が解き明かされると思うと、心が躍った。
レイは殺風景な小部屋をぐるりと見渡した。
あの時と同じように、やはり次の扉はどこにもない。
真っ黒な床とは対照的に、壁や天井は自ら白く発光し、部屋を明るく照らしている。
やがて、先程通ってきた扉とは反対側の壁から、赤く色づいた細い光が幾筋も、何かを探るように繰り出される。
「何だこれ?」
レイの戸惑いを感じ取った魔王が、
「心配ない。額瞳認証のための光で、無害だ」
と答えた時、ひとつの光が魔王の額瞳の上でピタリと止まった。
魔族や仙界人の額に宝石のように輝く額瞳は、重要な感覚器官であると同時に、魔力の源でもある。生まれ持った額瞳の色や形には個性があり、拡大鏡でよく見れば、奥の方に毛細血管のような微細なパターンが透けて見える。それは個人特有のもので、同じ物は存在しないため、魔界の重要施設には、額瞳認証の装置が設けられていることがある。
しかし、その装置は製作が困難な上、莫大な費用がかかるので、一般人が目にすることはほとんどない。もちろん、レイも見たのは初めてで、話には聞いて知っていたが、本当にそんなものが存在していたのか、と驚きのあまり気の抜けた声が出た。
「はあ~……、額瞳認証ね……鍵になるのは、魔王とサライヤの額瞳だけなんだな? なるほど、どうあがいても俺にはこの扉を抜けられないわけだ。それで、いつ、どこに次の扉が開くんだ?」
「扉はない」
魔王がそう答えた時、赤い光が消え、突然黒い床に、派手な光を帯びた魔導陣が浮かび上がった。
「うわっ!」
「転移の魔導陣だ。<第一封印房>――壁を隔てた向こう側の部屋に、魔導術によって移動する。私が呪文を唱え終えるまで、そこにいろ。陣の外に出るな。いいな?」
「ああ……そうか、そうきたか! てっきり隠し扉かなんかが現われるのかと思ってたが、移動陣だったのか! へえ~! これ、どうなってんだ? さっきまで、まったく見えなかったのに! 額瞳認証によって視認できるようになるのか?! 凝ってるな~!」
レイは目を輝かせて魔導陣の床を踏み鳴らし、あどけない子供のようにはしゃいでいる。
魔導術が日常的に使われている魔界では、遠方に向かう移動手段として、馬車や船といった物理的な移動方法の他に、魔導術による移動が実用化されている。移動用の魔導陣は、熟練の職人が特殊な建材に彫刻して造られる物で、他の魔導術によく使われる一時的に描かれる魔導陣とは違い、据え置き型だ。
転移の魔導陣は「移動陣」と呼ばれ、二つの地点に対で造られる。双方向転移と一方向転移があり、用途や使用頻度によってどちらかが採用される。
移動陣は高度な魔導術によって作動する他、移動先の陣の状態を常に把握する必要があるため、遠話が必要不可欠になる。優秀な人材とそれなりの施設を要するため、個人で移動陣を造るのは難しく、魔界では「つなぎ屋」と呼ばれる移動陣店を利用するのが一般的だ。
人間界では、魔力と人材不足のため「つなぎ屋」は非常に少なく、ギルドや王族が緊急用に所有している他は、ほとんど見かけない。
瞬間的に、かつ安全に遠方に移動するために使われる高度な転移の魔導術を、こんな風に出入り口の「鍵」として使うとは、レイは思いもよらず、先程の<絡繰り>の扉の奇怪さに加え、ここを設計した人物に興味を覚えた。
一方、嬉々として魔導陣を眺めているレイの隣で、魔王は呪文の詠唱を始めた。
呪文の最後に合言葉を唱えると、移動陣が一際明るく輝き、魔王とレイは光に包まれ、次の瞬間には、先程までいた小部屋――<第二封印房>から離れ、<第一封印房>に立っていた。
「おお~~~!」
レイは破顔して、またもや床を踏み鳴らしている。魔王はその様子を複雑な気持ちで眺めた。
「そんなに楽しいか……?」
「え? 楽しいぜ! 魔王は楽しくないのか? すごく珍しいじゃないか、これ! 遠方に向かうための高度な移動陣を、壁ひとつ隔てた隣の部屋まで移動するために使うなんて、バカじゃないか!! そのバカさ加減が、面白いよ! あ、そうか、魔王はもう何度も使っているから、慣れてしまって、なんとも思わないんだな、そうか」
「いや……わたしは、子供のころ初めてここを通った時も、そんな風には思わなかった」
(ただ冷めた気持ちで、1000年前の王は、民から集めた金でくだらないものを作ったものだな、と思いはしたが……)
魔王は子供のころ、母に「あなたは何を考えているのかまったく分からないわ。悲しければ泣いてもいいし、楽しければ笑ってもいいのよ?」とよく言われていたことを思い出した。
しかし魔王には、悲しいことも、面白いことも、何もなかった。
やがて成長するにつれ自分が、他の者と比べてひどく無感動なことに気付き、自分には感情というものがほとんど欠落しているのかもしれない……と思ったが、それもどうでもよい事柄で、悩むことすらしなかった。
しかしレイに出会ったときはじめて、世界は一変した。
今まで無彩色だった世界が、レイを中心に鮮やかに輝き始め、魔王の心に痛みと喜びをもたらした。
感情を常に前面に出し、よく笑うレイと接していると、胸中にあたたかい喜びが満ちる。
今もそうだ。
こんな、何でもない仕組みに、子供のようにあどけない表情ではしゃぎ、「次は何が起こるのか」と期待で胸を膨らませている。その率直な態度、しぐさや言葉、嬉しそうな様子を見ているだけで、魔王は無感動な自分の反応を忘れ、彼と同じ気持ちを共有できるような心地になった。
そして喜びの他にも、レイは様々な感情を魔王にもたらした。
痛み、苦しみ、羨望、嫉妬心、渇望――。
閉じられていた扉が開かれたときのように、新鮮な風が心を吹き抜けてゆく。
かつてレイに愛を告げ、拒絶されたときに感じた激しい胸の痛みさえ、魔王には大切に思えた。
「どうしたんだ、魔王? 急いでいるんだろ? 最後の扉を開けないのか?」
レイの言葉に我に返った魔王は、軽く頷くと、<霧の宮>に続く扉の封印を解くため、呪文を詠唱し始めた。
今度はどんな仕掛けが込められているのだろうかと、レイは瞬きもせずに扉を見つめていたが、魔王が呪文と合言葉で開封した「第一封印扉」は意外にも、普通の観音開きの扉だった。
レイは少々拍子抜けしたものの、やっと王の道楽で造られた<霧の宮>と呼ばれる迷宮を目にできるのかと思うと、楽しみでたまらなかった。
程なくして、魔導術による解呪と合言葉、その二つの鍵が揃い封印が解かれると、堅固な扉は開かれ、その奥に広々とした、四角い無機質な部屋が現われた。
「行くぞ」
魔王に続いて、シルファを抱き上げているレイが歩を進め、部屋の中央に佇むと、入って来た扉は背後で完全に閉じ合わさった。
先人たちの技が結集した<絡繰り>と、魔道術が融合した封印扉は、<最果ての間>と<霧の宮>を繋ぐ唯一の出入り口で、3重構造になっている。
レイは、かつて幽閉中に、この封印扉の秘密を探ろうとした時のことを思い出す。
あの時、魔王がこの扉から出てくる一瞬の隙を狙って、この部屋に足を踏み入れ、どこにも次の扉がないことを不思議に思ったのだが、今ようやく、その謎が解き明かされると思うと、心が躍った。
レイは殺風景な小部屋をぐるりと見渡した。
あの時と同じように、やはり次の扉はどこにもない。
真っ黒な床とは対照的に、壁や天井は自ら白く発光し、部屋を明るく照らしている。
やがて、先程通ってきた扉とは反対側の壁から、赤く色づいた細い光が幾筋も、何かを探るように繰り出される。
「何だこれ?」
レイの戸惑いを感じ取った魔王が、
「心配ない。額瞳認証のための光で、無害だ」
と答えた時、ひとつの光が魔王の額瞳の上でピタリと止まった。
魔族や仙界人の額に宝石のように輝く額瞳は、重要な感覚器官であると同時に、魔力の源でもある。生まれ持った額瞳の色や形には個性があり、拡大鏡でよく見れば、奥の方に毛細血管のような微細なパターンが透けて見える。それは個人特有のもので、同じ物は存在しないため、魔界の重要施設には、額瞳認証の装置が設けられていることがある。
しかし、その装置は製作が困難な上、莫大な費用がかかるので、一般人が目にすることはほとんどない。もちろん、レイも見たのは初めてで、話には聞いて知っていたが、本当にそんなものが存在していたのか、と驚きのあまり気の抜けた声が出た。
「はあ~……、額瞳認証ね……鍵になるのは、魔王とサライヤの額瞳だけなんだな? なるほど、どうあがいても俺にはこの扉を抜けられないわけだ。それで、いつ、どこに次の扉が開くんだ?」
「扉はない」
魔王がそう答えた時、赤い光が消え、突然黒い床に、派手な光を帯びた魔導陣が浮かび上がった。
「うわっ!」
「転移の魔導陣だ。<第一封印房>――壁を隔てた向こう側の部屋に、魔導術によって移動する。私が呪文を唱え終えるまで、そこにいろ。陣の外に出るな。いいな?」
「ああ……そうか、そうきたか! てっきり隠し扉かなんかが現われるのかと思ってたが、移動陣だったのか! へえ~! これ、どうなってんだ? さっきまで、まったく見えなかったのに! 額瞳認証によって視認できるようになるのか?! 凝ってるな~!」
レイは目を輝かせて魔導陣の床を踏み鳴らし、あどけない子供のようにはしゃいでいる。
魔導術が日常的に使われている魔界では、遠方に向かう移動手段として、馬車や船といった物理的な移動方法の他に、魔導術による移動が実用化されている。移動用の魔導陣は、熟練の職人が特殊な建材に彫刻して造られる物で、他の魔導術によく使われる一時的に描かれる魔導陣とは違い、据え置き型だ。
転移の魔導陣は「移動陣」と呼ばれ、二つの地点に対で造られる。双方向転移と一方向転移があり、用途や使用頻度によってどちらかが採用される。
移動陣は高度な魔導術によって作動する他、移動先の陣の状態を常に把握する必要があるため、遠話が必要不可欠になる。優秀な人材とそれなりの施設を要するため、個人で移動陣を造るのは難しく、魔界では「つなぎ屋」と呼ばれる移動陣店を利用するのが一般的だ。
人間界では、魔力と人材不足のため「つなぎ屋」は非常に少なく、ギルドや王族が緊急用に所有している他は、ほとんど見かけない。
瞬間的に、かつ安全に遠方に移動するために使われる高度な転移の魔導術を、こんな風に出入り口の「鍵」として使うとは、レイは思いもよらず、先程の<絡繰り>の扉の奇怪さに加え、ここを設計した人物に興味を覚えた。
一方、嬉々として魔導陣を眺めているレイの隣で、魔王は呪文の詠唱を始めた。
呪文の最後に合言葉を唱えると、移動陣が一際明るく輝き、魔王とレイは光に包まれ、次の瞬間には、先程までいた小部屋――<第二封印房>から離れ、<第一封印房>に立っていた。
「おお~~~!」
レイは破顔して、またもや床を踏み鳴らしている。魔王はその様子を複雑な気持ちで眺めた。
「そんなに楽しいか……?」
「え? 楽しいぜ! 魔王は楽しくないのか? すごく珍しいじゃないか、これ! 遠方に向かうための高度な移動陣を、壁ひとつ隔てた隣の部屋まで移動するために使うなんて、バカじゃないか!! そのバカさ加減が、面白いよ! あ、そうか、魔王はもう何度も使っているから、慣れてしまって、なんとも思わないんだな、そうか」
「いや……わたしは、子供のころ初めてここを通った時も、そんな風には思わなかった」
(ただ冷めた気持ちで、1000年前の王は、民から集めた金でくだらないものを作ったものだな、と思いはしたが……)
魔王は子供のころ、母に「あなたは何を考えているのかまったく分からないわ。悲しければ泣いてもいいし、楽しければ笑ってもいいのよ?」とよく言われていたことを思い出した。
しかし魔王には、悲しいことも、面白いことも、何もなかった。
やがて成長するにつれ自分が、他の者と比べてひどく無感動なことに気付き、自分には感情というものがほとんど欠落しているのかもしれない……と思ったが、それもどうでもよい事柄で、悩むことすらしなかった。
しかしレイに出会ったときはじめて、世界は一変した。
今まで無彩色だった世界が、レイを中心に鮮やかに輝き始め、魔王の心に痛みと喜びをもたらした。
感情を常に前面に出し、よく笑うレイと接していると、胸中にあたたかい喜びが満ちる。
今もそうだ。
こんな、何でもない仕組みに、子供のようにあどけない表情ではしゃぎ、「次は何が起こるのか」と期待で胸を膨らませている。その率直な態度、しぐさや言葉、嬉しそうな様子を見ているだけで、魔王は無感動な自分の反応を忘れ、彼と同じ気持ちを共有できるような心地になった。
そして喜びの他にも、レイは様々な感情を魔王にもたらした。
痛み、苦しみ、羨望、嫉妬心、渇望――。
閉じられていた扉が開かれたときのように、新鮮な風が心を吹き抜けてゆく。
かつてレイに愛を告げ、拒絶されたときに感じた激しい胸の痛みさえ、魔王には大切に思えた。
「どうしたんだ、魔王? 急いでいるんだろ? 最後の扉を開けないのか?」
レイの言葉に我に返った魔王は、軽く頷くと、<霧の宮>に続く扉の封印を解くため、呪文を詠唱し始めた。
今度はどんな仕掛けが込められているのだろうかと、レイは瞬きもせずに扉を見つめていたが、魔王が呪文と合言葉で開封した「第一封印扉」は意外にも、普通の観音開きの扉だった。
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