虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

文字の大きさ
上 下
68 / 80
Ⅲ 誓約

16. 決意(2)

しおりを挟む
サライヤはレイの傍らに座り、彼が答えを出すのをじっと待っていた。
苦悶に満ちた重い空気が、暗雲のように不穏な陰りを伴って、レイの周りを取り囲んでいる。
その雲が、パッと霧散したのを感じ取ったとき、レイが顔を上げてサライヤに問いかけた。

「サライヤ……俺に優雅さが、身につくと思うか?……出来の悪い生徒に……作法を教えてくれるか?」

「!!」

サライヤは喜びに顔を輝かせ、感動するあまり目に涙を浮かべた。

「もちろんですわ! どうぞこのサライヤにお任せください! この国で2番目に優雅な人物の座を、あなたに差し上げましょう。もちろん、1番目は譲りませんことよ」

「はは……君と張り合おうなんて、思わないよ」

力なく笑うレイを見つめながら、サライヤは真剣な様子で、再びレイの手を取った。

「レイ様、あまり気負わずに。今この時代の王には、きっと型にはまらない、新しい息吹をもたらす妃が必要なのです。あなたはあなたのままで……そのままで最高です。自信を持って、どうぞ兄の隣にお座りください」

サライヤの激励は、何よりレイに勇気を与えてくれた。

「魔王は……い妹を持ったなあ……」

レイがしみじみ言うと、サライヤが頬を染めて微笑んだ。

「まあ、いやですわ、レイ様ったら! そんな、本当のこと! ……ふふふ、兄の妻の座は、わたくしという素晴らしい妹の特典付きですのよ……レイお兄様!」

「!」

レイは子供の頃からずっと、妹が欲しかったのを思い出した。

「そっか……悪くないかもな……」

レイのその呟きに、サライヤは透き通った紫色の双眸を、嬉しそうに瞬かせた。

和やかな雰囲気となったのを見計らって、シルファが茶と菓子を二人に差し出した。レイはすっかり冷めてしまった昼食の残りを片付けると、サライヤと共にひと時の歓談を楽しんだ。

やがてサライヤは来たときとは別人のように、晴れやかな表情で<最果ての間>を後にした。
しかし帰り道、<霧の宮>の迷宮を歩くうち、その美しいおもてに微かな陰りがさした。
サライヤには、一つ気になることがあった。

魔王の動きに、不穏な気配があるのだ。

密偵からの報告によると、魔王は最近よく配下の者を人間界に送り、特定の人間と接触しているとのこと。明らかにレイに関係した策略が潜んでいるようなのだが、詳しいことは掴めなかった。
サライヤの手駒は優秀だが、数が少なく、ほとんどを王宮内での暗躍に裂いている。人間界に回す余裕がない上に、不慣れな異界での活動にも限界がある。

情報が不足する中、サライヤは嫌な予感に不安を募らせた。

レイにそれとなく警告を与えることも考えたが、やっと王妃になる決心を固めたレイに、正体の分からない不安を告げて、魔王への疑念の種を植え付けるようなことは、したくなかった。
サライヤは不安を振り払うように顔を上げ、ぎゅっと口元を引き締めた。

(きっと大丈夫。今夜お兄様は、レイ様から待ち望んだ返事をもらって……そのあとは、何もかも上手くゆくに違いないわ)

レイは王妃となる決心を固めたことを、今夜自分から魔王に話すと約束してくれた。サライヤもそれが一番良いと思い、レイが告げるまでは秘しておくことを承諾し、<最果ての間>を後にしたのである。

(大丈夫……明日の朝には、お兄様のデレデレした馬鹿面が見られるはず……あら、いけない、今の表現は下品ね。……崩れきったお兄様の間抜け面……いえ……若干顔の筋肉に締りがない、お兄様の緩んだかんばせ……そうね、いくらかましかしら……でももっとこう、強烈に優雅な表現はないものかしら……)

――そんな表現は、思いつかなかった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

花びらは散らない

Miaya.
BL
15歳のミコトは貴族の責務を全うするため、翌日に王宮で『祝福』の儀式を受けることになっていた。儀式回避のため親友のリノに逃げようと誘われるが、その現場を王太子であるミカドに目撃されてしまう。儀式後、ミカドから貴族と王族に与えられる「薔薇」を咲かせないと学園から卒業できないことを聞かされる。その条件を満たすため、ミカドはミコトに激しく執着する。(全20話)

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...