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Ⅲ 誓約
16. 決意(2)
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サライヤはレイの傍らに座り、彼が答えを出すのをじっと待っていた。
苦悶に満ちた重い空気が、暗雲のように不穏な陰りを伴って、レイの周りを取り囲んでいる。
その雲が、パッと霧散したのを感じ取ったとき、レイが顔を上げてサライヤに問いかけた。
「サライヤ……俺に優雅さが、身につくと思うか?……出来の悪い生徒に……作法を教えてくれるか?」
「!!」
サライヤは喜びに顔を輝かせ、感動するあまり目に涙を浮かべた。
「もちろんですわ! どうぞこのサライヤにお任せください! この国で2番目に優雅な人物の座を、あなたに差し上げましょう。もちろん、1番目は譲りませんことよ」
「はは……君と張り合おうなんて、思わないよ」
力なく笑うレイを見つめながら、サライヤは真剣な様子で、再びレイの手を取った。
「レイ様、あまり気負わずに。今この時代の王には、きっと型にはまらない、新しい息吹をもたらす妃が必要なのです。あなたはあなたのままで……そのままで最高です。自信を持って、どうぞ兄の隣にお座りください」
サライヤの激励は、何よりレイに勇気を与えてくれた。
「魔王は……良い妹を持ったなあ……」
レイがしみじみ言うと、サライヤが頬を染めて微笑んだ。
「まあ、いやですわ、レイ様ったら! そんな、本当のこと! ……ふふふ、兄の妻の座は、わたくしという素晴らしい妹の特典付きですのよ……レイお兄様!」
「!」
レイは子供の頃からずっと、妹が欲しかったのを思い出した。
「そっか……悪くないかもな……」
レイのその呟きに、サライヤは透き通った紫色の双眸を、嬉しそうに瞬かせた。
和やかな雰囲気となったのを見計らって、シルファが茶と菓子を二人に差し出した。レイはすっかり冷めてしまった昼食の残りを片付けると、サライヤと共にひと時の歓談を楽しんだ。
やがてサライヤは来たときとは別人のように、晴れやかな表情で<最果ての間>を後にした。
しかし帰り道、<霧の宮>の迷宮を歩くうち、その美しい面に微かな陰りがさした。
サライヤには、一つ気になることがあった。
魔王の動きに、不穏な気配があるのだ。
密偵からの報告によると、魔王は最近よく配下の者を人間界に送り、特定の人間と接触しているとのこと。明らかにレイに関係した策略が潜んでいるようなのだが、詳しいことは掴めなかった。
サライヤの手駒は優秀だが、数が少なく、ほとんどを王宮内での暗躍に裂いている。人間界に回す余裕がない上に、不慣れな異界での活動にも限界がある。
情報が不足する中、サライヤは嫌な予感に不安を募らせた。
レイにそれとなく警告を与えることも考えたが、やっと王妃になる決心を固めたレイに、正体の分からない不安を告げて、魔王への疑念の種を植え付けるようなことは、したくなかった。
サライヤは不安を振り払うように顔を上げ、ぎゅっと口元を引き締めた。
(きっと大丈夫。今夜お兄様は、レイ様から待ち望んだ返事をもらって……そのあとは、何もかも上手くゆくに違いないわ)
レイは王妃となる決心を固めたことを、今夜自分から魔王に話すと約束してくれた。サライヤもそれが一番良いと思い、レイが告げるまでは秘しておくことを承諾し、<最果ての間>を後にしたのである。
(大丈夫……明日の朝には、お兄様のデレデレした馬鹿面が見られるはず……あら、いけない、今の表現は下品ね。……崩れきったお兄様の間抜け面……いえ……若干顔の筋肉に締りがない、お兄様の緩んだ顔……そうね、いくらかましかしら……でももっとこう、強烈に優雅な表現はないものかしら……)
――そんな表現は、思いつかなかった。
苦悶に満ちた重い空気が、暗雲のように不穏な陰りを伴って、レイの周りを取り囲んでいる。
その雲が、パッと霧散したのを感じ取ったとき、レイが顔を上げてサライヤに問いかけた。
「サライヤ……俺に優雅さが、身につくと思うか?……出来の悪い生徒に……作法を教えてくれるか?」
「!!」
サライヤは喜びに顔を輝かせ、感動するあまり目に涙を浮かべた。
「もちろんですわ! どうぞこのサライヤにお任せください! この国で2番目に優雅な人物の座を、あなたに差し上げましょう。もちろん、1番目は譲りませんことよ」
「はは……君と張り合おうなんて、思わないよ」
力なく笑うレイを見つめながら、サライヤは真剣な様子で、再びレイの手を取った。
「レイ様、あまり気負わずに。今この時代の王には、きっと型にはまらない、新しい息吹をもたらす妃が必要なのです。あなたはあなたのままで……そのままで最高です。自信を持って、どうぞ兄の隣にお座りください」
サライヤの激励は、何よりレイに勇気を与えてくれた。
「魔王は……良い妹を持ったなあ……」
レイがしみじみ言うと、サライヤが頬を染めて微笑んだ。
「まあ、いやですわ、レイ様ったら! そんな、本当のこと! ……ふふふ、兄の妻の座は、わたくしという素晴らしい妹の特典付きですのよ……レイお兄様!」
「!」
レイは子供の頃からずっと、妹が欲しかったのを思い出した。
「そっか……悪くないかもな……」
レイのその呟きに、サライヤは透き通った紫色の双眸を、嬉しそうに瞬かせた。
和やかな雰囲気となったのを見計らって、シルファが茶と菓子を二人に差し出した。レイはすっかり冷めてしまった昼食の残りを片付けると、サライヤと共にひと時の歓談を楽しんだ。
やがてサライヤは来たときとは別人のように、晴れやかな表情で<最果ての間>を後にした。
しかし帰り道、<霧の宮>の迷宮を歩くうち、その美しい面に微かな陰りがさした。
サライヤには、一つ気になることがあった。
魔王の動きに、不穏な気配があるのだ。
密偵からの報告によると、魔王は最近よく配下の者を人間界に送り、特定の人間と接触しているとのこと。明らかにレイに関係した策略が潜んでいるようなのだが、詳しいことは掴めなかった。
サライヤの手駒は優秀だが、数が少なく、ほとんどを王宮内での暗躍に裂いている。人間界に回す余裕がない上に、不慣れな異界での活動にも限界がある。
情報が不足する中、サライヤは嫌な予感に不安を募らせた。
レイにそれとなく警告を与えることも考えたが、やっと王妃になる決心を固めたレイに、正体の分からない不安を告げて、魔王への疑念の種を植え付けるようなことは、したくなかった。
サライヤは不安を振り払うように顔を上げ、ぎゅっと口元を引き締めた。
(きっと大丈夫。今夜お兄様は、レイ様から待ち望んだ返事をもらって……そのあとは、何もかも上手くゆくに違いないわ)
レイは王妃となる決心を固めたことを、今夜自分から魔王に話すと約束してくれた。サライヤもそれが一番良いと思い、レイが告げるまでは秘しておくことを承諾し、<最果ての間>を後にしたのである。
(大丈夫……明日の朝には、お兄様のデレデレした馬鹿面が見られるはず……あら、いけない、今の表現は下品ね。……崩れきったお兄様の間抜け面……いえ……若干顔の筋肉に締りがない、お兄様の緩んだ顔……そうね、いくらかましかしら……でももっとこう、強烈に優雅な表現はないものかしら……)
――そんな表現は、思いつかなかった。
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