虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

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Ⅲ 誓約

5. 真実の契り(1)

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サライヤが去った数時間後、魔王が<最果ての間>に姿を見せた。

今朝よりも更に疲れきったその様子を見て、レイの胸がズキリと痛む。
魔王の眼は元から赤いが、白目の部分も充血しているため、全体が血に浸されたように赤く染まっている。目の下の隈は一層濃さを増し、絹糸のようだった金髪は潤いを失くし、ボサボサに乱れている。かつて全身からみなぎるように発散されていた生気も、今は見る影もない。

「おい……魔王。……おまえ……やばいんじゃないのか……」

「何がだ?…… レイ、サライヤとは、何を話した?」

どうやら魔王の関心事は、自分の健康状態より、他にあるようだ。

「……秘密だ」

レイはどこまで話したものかと考えあぐねた末、そっけなく返事した。
魔王はため息をつくと、服を脱ぎ始め、寝台の端に座っていたレイをそっと押し倒した。
そのときふと、レイはサライヤから聞いた話を思い出した。

「おい……魔王。あんたの母上が……ここでガラハを出産したと聞いたが……」

「ああ。そうだが?」

「……この寝台を……使っていたのか?」

「いや。母は本が好きで、いつも書庫の隣にある、控えの寝室を使っていた。……なんだ、そんなことを気にしていたのか? …………可愛いな」

レイの顔に、朱がのぼる。

「! 普通、気にするだろっ!」

「そうか? ……もうそれは、過去のことだ……。もし母がこの部屋を使っていたとしても、今、同じ寝台で、母が寝ているわけではない」

「なっ……! はっ、恥ずかしいことを言うなっ!」

「くくっ……おまえはからかい甲斐がある……」

「!」

真っ赤になって言葉を失くしているレイに覆いかぶさり、魔王は体重をかけて抱きしめた。

「うっ……お、重い……苦しい、魔王っ、俺を……潰す気かっ……」

「ああ……すまない……」

魔王は気だるそうに体を起こした。それを見たレイの目が、心配気に曇る。

「あんた……相当疲れてるだろ。何もせずに、眠れよ……」

「レイ……私を心配してくれるなら、私に褒美を与えてくれ。夜におまえを抱けると思うから……一日の責務に、耐えているのだ……」

魔王はゆっくりと、唇を重ねてきた。
唇が触れ合った途端、レイは全身に甘い痺れが走るのを感じ、ぞくりと体を震わせた。

(またか……)

すっかりお馴染みとなったその感覚に、レイはあきらめて力を抜いた。
体が魔王を求め、激しく疼き出す。まだ触れられてもいないのに、股の間から欲望が頭をもたげ、先端からいやらしく涎を垂らしている。後穴はヒクヒクと収斂しゅうれんを繰り返し、魔王の太いもので貫かれるのを待っていた。
レイは自分の体の淫らな反応に羞恥を覚えたが、次第に激しさを増してゆく欲求には逆らえなかった。

「ん……んんっ、んぁっ……はぁっ……」

魔王の大きな手が、体中のあちこちを這い回る。口唇に吸い上げられ、舌でまさぐられ、レイの滑らかな肌に花が咲いたように、新たな口付けの名残が、紅い痕を散らしてゆく。

「はぁっ、はぁっ、……んん、くぅっ!」

やがて舌と指で充分に解ほぐされ、じっとりと濡れそぼったその場所に魔王の剛直がねじ込まれると、レイは喉を反らせて声を上げた。

「ああっ……あっ! ううっ、んっ!」

「レイ……レイ、愛してる、私の、レイ……」

昨夜とは違い、時間をかけて丁寧に高められた体は、魔王の欲望を歓喜と共に迎え入れた。

「んんっ、んっ……ふっ、ああああっ……あっ!」

枕を掴み、快感に悶えるレイの手を握り締めると、魔王は自分の肩へと導いた。

「レイ……頼む……私の体に腕を……回してくれ……私を、抱き締めてくれ……」

ゆっくりと腰を動かし、レイを穿ちながら、魔王は上体をぎりぎりまで落として密着度を高めた。そして息がかかるほど顔を近づけ、なおも懇願する。

「頼む……レイ……」

うっすらと目を開け、レイは魔王を見つめた。暗闇の中、ぼんやりと魔王の輪郭が浮かび上がる。汗を滴らせ、切なげに眉根を寄せたその顔を見た途端、愛おしさが胸に込み上げ、泣き出したい衝動に駆られた。
レイは両手で魔王の顔を挟み込み、おもむろに首筋に滑らせた。次にその手を脇の下から背中へと回すと、魔王の肩甲骨のあたりを優しく撫でながら、抱き寄せた。

「レイ……っ!」

信じられないことに、泣き出したのは魔王の方だった。
魔王は動きを止め、嗚咽を漏らしながらレイをいだく。

「魔王……泣くなよ……」

込み上げてくる熱い想いに突き動かされ、レイは魔王を慰めようと、むせび泣いている男の背中をさすり始めた。しかし精一杯腕をのばしても、広い背中のごく僅わずかな部分にしか手が届かなかったが。

――そのまま、一つに繋がり抱きあったまま、二人は恍惚に浸った。

密着した肌の心地良さ、その一体感に、レイは我を忘れて陶酔に耽り、魔王もまた、初めての目も眩むような感覚に、酔いしれていた。
魔王は僅かに目を開け、ぎゅっと目を瞑って快感に浸るレイを見つめた。魔王の金色の睫毛から、ひとしずく涙が零れ落ちる。

(これが……そうなのか。絆で結ばれた者同志の……真実の……契り……)

魔王はそう思いながら、震える息を吐き出した。
運命の相手との契りは、特別な快感を得られると聞いてはいたが、この感覚は想像を遥かに凌駕していた。
一時期レイのために使っていた淫薬は、もう数日前から用いていない。この体中を揺るがすような快感は、紛れもなく運命の相手との、特別な絆が作用していた。

体中の細胞の全てが、歓喜と至福に打ち震え、どこまでも貪欲に、相手と繋がることを熱望している。その一方、心は肉体という枷から解き放たれ、新たな版図へと旅立つのを待っていた。
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