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Ⅲ 誓約
4. サライヤの来訪(4)
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やがてレイは、気を取り直したように顔を上げ、サライヤに笑いかけた。
「今日は、来てくれて、ありがとう、サライヤ。会えて良かったよ。本当言うと、君に会うのは抵抗があったけど……」
「……そうでしたの。無理もありませんわ。わたくしはあなたをここに閉じ込めている張本人の身内ですもの……」
「いや、そういう意味じゃなくて……その……単に……恥ずかしかったから……なんだけど……。その……サライヤ、君も……本当に、何とも思わないのか? つまり、同性同士の……」
レイはゴニョゴニョと言葉を濁した。
顔を赤らめ、もじもじと下を向いているその姿に、サライヤは
(人間とは、不便なものね……)
と、心の中で哀れに思いながら、答えた。
「ええ、何とも思いませんわ。魔族が重要視するのは、どれほど強い絆で結ばれているかです。だからこそ、皆、運命の相手を求めます。富や体力に恵まれた者は、年頃になると大抵、相手を探して旅に出るのですよ。額瞳が示す半身に出会うことは、この上ない僥倖なのです。出会えるものなら、わたくしも早く、出会いたいものです……」
――この美貌が陰らぬうちに、と心中で付け加え、サライヤは長い睫毛を伏せて悩ましげに溜息をついた。
「でもサライヤ、もし君の運命の相手とやらが女性でも、構わないのか? 本当に?」
レイの問いかけに、サライヤは何のためらいもなく即答した。
「構いませんわ。なぜ人間が性別にこだわるのか、そちらの方が不思議ですわ。……あら、ありがとう、シルファ」
シルファが湯気のたった熱い茶に、ひとしずく香りの良い花酒をたらし、サライヤに差し出した。これは夕食の仕度が完全に整っていることの合図だった。
サライヤはそれに気付くと、シルファに時間を尋ね、思いのほか長居してしまったことをレイに詫びた。
夕食の誘いを丁寧に断り、サライヤは名残惜しげに席を立った。
帰り間際、封印扉の前まで見送りに来たレイに向かい、サライヤは一瞬だけ体を緊張させたが、すぐに力を抜いて微笑んだ。
「レイ様、わたくしを脅迫して、今すぐここから出ることも可能ですわよ?」
レイは悲しげに笑いながら、首を振った。
「俺にサライヤを傷つけることなど出来ないと、君も魔王も知っているのに? 今俺が形ばかりの脅迫でこの封印扉を越えれば、それは君が魔王との約束を反故にし、裏切ったことを意味する」
レイは兄思いのサライヤに、余計な負担はかけたくなかった。信頼というものは、一度失えば取り戻すのが困難になる。
「……待つよ。猶予期間の終わる、18日後まで。でもそれまでに、自力でここを出る方法を探すけどね」
にやりと不敵に笑い、レイは束の間、サライヤを抱擁した。
「林檎のパイ、ごちそうさま。本当にうまかった」
サライヤは目に涙を浮かべながら、自分の力不足を詫び、また来ることを約束して封印扉の向こうへ消えた。
廊下の隅で控えていたシルファが、サライヤが去って行くのを見守ると、がっかりして肩を落とした。厚かましいのは承知の上で、彼女に聞きたいことがあったのだが、結局聞けなかった。
――レイが絶賛した、あの林檎のパイのレシピを。
「今日は、来てくれて、ありがとう、サライヤ。会えて良かったよ。本当言うと、君に会うのは抵抗があったけど……」
「……そうでしたの。無理もありませんわ。わたくしはあなたをここに閉じ込めている張本人の身内ですもの……」
「いや、そういう意味じゃなくて……その……単に……恥ずかしかったから……なんだけど……。その……サライヤ、君も……本当に、何とも思わないのか? つまり、同性同士の……」
レイはゴニョゴニョと言葉を濁した。
顔を赤らめ、もじもじと下を向いているその姿に、サライヤは
(人間とは、不便なものね……)
と、心の中で哀れに思いながら、答えた。
「ええ、何とも思いませんわ。魔族が重要視するのは、どれほど強い絆で結ばれているかです。だからこそ、皆、運命の相手を求めます。富や体力に恵まれた者は、年頃になると大抵、相手を探して旅に出るのですよ。額瞳が示す半身に出会うことは、この上ない僥倖なのです。出会えるものなら、わたくしも早く、出会いたいものです……」
――この美貌が陰らぬうちに、と心中で付け加え、サライヤは長い睫毛を伏せて悩ましげに溜息をついた。
「でもサライヤ、もし君の運命の相手とやらが女性でも、構わないのか? 本当に?」
レイの問いかけに、サライヤは何のためらいもなく即答した。
「構いませんわ。なぜ人間が性別にこだわるのか、そちらの方が不思議ですわ。……あら、ありがとう、シルファ」
シルファが湯気のたった熱い茶に、ひとしずく香りの良い花酒をたらし、サライヤに差し出した。これは夕食の仕度が完全に整っていることの合図だった。
サライヤはそれに気付くと、シルファに時間を尋ね、思いのほか長居してしまったことをレイに詫びた。
夕食の誘いを丁寧に断り、サライヤは名残惜しげに席を立った。
帰り間際、封印扉の前まで見送りに来たレイに向かい、サライヤは一瞬だけ体を緊張させたが、すぐに力を抜いて微笑んだ。
「レイ様、わたくしを脅迫して、今すぐここから出ることも可能ですわよ?」
レイは悲しげに笑いながら、首を振った。
「俺にサライヤを傷つけることなど出来ないと、君も魔王も知っているのに? 今俺が形ばかりの脅迫でこの封印扉を越えれば、それは君が魔王との約束を反故にし、裏切ったことを意味する」
レイは兄思いのサライヤに、余計な負担はかけたくなかった。信頼というものは、一度失えば取り戻すのが困難になる。
「……待つよ。猶予期間の終わる、18日後まで。でもそれまでに、自力でここを出る方法を探すけどね」
にやりと不敵に笑い、レイは束の間、サライヤを抱擁した。
「林檎のパイ、ごちそうさま。本当にうまかった」
サライヤは目に涙を浮かべながら、自分の力不足を詫び、また来ることを約束して封印扉の向こうへ消えた。
廊下の隅で控えていたシルファが、サライヤが去って行くのを見守ると、がっかりして肩を落とした。厚かましいのは承知の上で、彼女に聞きたいことがあったのだが、結局聞けなかった。
――レイが絶賛した、あの林檎のパイのレシピを。
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