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Ⅱ 幽閉
29. セラシャル葉
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レイが目覚めたときには、もうとうに日が暮れていた。
寝台からふらふらと立ち上がると、レイは厨房へ向かい、そこにシルファの姿を見つけた。
「シルファ」
レイが声をかけると、人形は弾かれたように振り返り、傍に駆け寄ってきた。
「レイ様! 鈴でお呼びいただければ、こちらから参りましたのに! どうぞ、こちらにお座りください」
シルファは慌てて、厨房の片隅に置かれた椅子を、レイの前に差し出した。
「ああ、ありがとう……」
レイが椅子に腰掛けるや、シルファは胸の前に手を交差させ、膝を付いて頭を垂れた。魔族特有の、謝罪の姿勢だ。
「レイ様、申し訳ございません。私の勝手な行動が、御身を危険に晒し――」
「待てよ、シルファ。謝るのは俺の方だ。俺が無知なばっかりに、君に余計な気遣いをさせて、悪かったと思ってる。ごめんな……」
「そんな……とんでもないことでございます。レイ様……」
人形にもし、「泣く」という機能が備わっていたら、その大きな青い目から、大粒の涙が溢れていたことだろう。シルファから静かに打ち寄せてくる感情の波を受け止め、レイは何て慰めようかと、言葉を探した。
「あのさ……俺のために……もう、無茶しないでくれ。いや、俺が無茶させたんだよな。ええと……とにかく、魔力の吸収に関しては、何も気にしなくていいから、ばんばん使ってくれ。今日は吸収量が多かったから倒れてしまったけど、少しずつなら異常も感じないだろうし。……触れるだけでいいんだよな?」
「はい。レイ様に少し触れるだけで、自動的に魔力の吸収が始まり、満了となるよう設定されております。陛下にお願いすれば、他の設定も可能です。変更されますか?」
「いや。そのままでいい。簡単だし。俺、毎日シルファに触ることにする」
「はい。……ありがとうございます、レイ様」
レイはそう言うと、複雑な笑みを浮かべた。
(魔王が嫉妬に狂いそうな会話だな……)
そんな風に思った自分が気恥ずかしくなり、レイは途端に喉の渇きを覚えた。
「シルファ、俺、喉が渇いた。水くれる?」
「はい、すぐに……あ!」
立ち上がったシルファは、部屋の隅の戸棚に歩み寄り、中から小瓶を取り出した。それを大切そうに両手で包み、レイに差し出す。
「どうぞ、レイ様。お望みの品です」
「何……?」
小瓶は周囲を布で覆われているため、中が見えない。レイが瓶の蓋を開けると、途端に馴染みのある刺激的な香りが鼻腔を直撃した。
「うっ……!この匂い……まさか……」
レイは急いで瓶の中身を取り出すと、その葉の形状を確認した。
――間違いない。それは仙界原産の薬草、セラシャル葉だった。
「どうしたんだ、これ、どうやって……」
「陛下が先ほど、お持ちくださったのです。まだレイ様がお休みになっているのをご覧になってから、すぐお帰りになりました」
「魔王が……。シルファが頼んでくれたのか?」
「はい。レイ様がセラシャル葉のことをお尋ねになった日に」
「そうかぁ……。ありがとう、シルファ!」
レイの喜ぶ様子を見て、シルファもまた、嬉しそうに顔を輝かせた。
「さっそくお使いになりますか? 煎じ方をご指導いただければ、すぐにご用意いたします」
「うん。土瓶を出してくれ。低温で、十五分ほど煮詰めるんだ……」
煮詰め始めると、特有の刺激臭が厨房内に漂った。
小瓶の中に入っていた茶葉は僅かな量だったが、それでも一回分の薬草茶となり、レイはそれを一気に飲み干した。
「うげぇ――。苦ぁぁぁ……」
はっきり言って、まずい。
しかしセラシャル葉の煎じ薬は、魔力の回復に驚くほどの効能を発揮する。その上、効き目も早い。
「いかがですか、レイ様?」
「うん、さすがセラシャル葉だ。魔力が満ちてゆく手ごたえを感じるよ」
(……でも、なんで魔王はセラシャル葉をくれたんだろう……)
レイは不思議に思って首を傾げた。
友人として2年付き合ううちに、大体の性格は掴んだつもりだが、魔王はたまに、わけのの分からない反応を見せたり、行動を取ったりする。
人とは得てしてそういうものだが、魔王のそれは、どこか異質だった。
「レイ様? どうなさいましたか?」
考え込んでいるレイを心配して、シルファが声をかける。
レイは「何でもない」と首を振ると、安心させようと笑顔を見せた。
寝台からふらふらと立ち上がると、レイは厨房へ向かい、そこにシルファの姿を見つけた。
「シルファ」
レイが声をかけると、人形は弾かれたように振り返り、傍に駆け寄ってきた。
「レイ様! 鈴でお呼びいただければ、こちらから参りましたのに! どうぞ、こちらにお座りください」
シルファは慌てて、厨房の片隅に置かれた椅子を、レイの前に差し出した。
「ああ、ありがとう……」
レイが椅子に腰掛けるや、シルファは胸の前に手を交差させ、膝を付いて頭を垂れた。魔族特有の、謝罪の姿勢だ。
「レイ様、申し訳ございません。私の勝手な行動が、御身を危険に晒し――」
「待てよ、シルファ。謝るのは俺の方だ。俺が無知なばっかりに、君に余計な気遣いをさせて、悪かったと思ってる。ごめんな……」
「そんな……とんでもないことでございます。レイ様……」
人形にもし、「泣く」という機能が備わっていたら、その大きな青い目から、大粒の涙が溢れていたことだろう。シルファから静かに打ち寄せてくる感情の波を受け止め、レイは何て慰めようかと、言葉を探した。
「あのさ……俺のために……もう、無茶しないでくれ。いや、俺が無茶させたんだよな。ええと……とにかく、魔力の吸収に関しては、何も気にしなくていいから、ばんばん使ってくれ。今日は吸収量が多かったから倒れてしまったけど、少しずつなら異常も感じないだろうし。……触れるだけでいいんだよな?」
「はい。レイ様に少し触れるだけで、自動的に魔力の吸収が始まり、満了となるよう設定されております。陛下にお願いすれば、他の設定も可能です。変更されますか?」
「いや。そのままでいい。簡単だし。俺、毎日シルファに触ることにする」
「はい。……ありがとうございます、レイ様」
レイはそう言うと、複雑な笑みを浮かべた。
(魔王が嫉妬に狂いそうな会話だな……)
そんな風に思った自分が気恥ずかしくなり、レイは途端に喉の渇きを覚えた。
「シルファ、俺、喉が渇いた。水くれる?」
「はい、すぐに……あ!」
立ち上がったシルファは、部屋の隅の戸棚に歩み寄り、中から小瓶を取り出した。それを大切そうに両手で包み、レイに差し出す。
「どうぞ、レイ様。お望みの品です」
「何……?」
小瓶は周囲を布で覆われているため、中が見えない。レイが瓶の蓋を開けると、途端に馴染みのある刺激的な香りが鼻腔を直撃した。
「うっ……!この匂い……まさか……」
レイは急いで瓶の中身を取り出すと、その葉の形状を確認した。
――間違いない。それは仙界原産の薬草、セラシャル葉だった。
「どうしたんだ、これ、どうやって……」
「陛下が先ほど、お持ちくださったのです。まだレイ様がお休みになっているのをご覧になってから、すぐお帰りになりました」
「魔王が……。シルファが頼んでくれたのか?」
「はい。レイ様がセラシャル葉のことをお尋ねになった日に」
「そうかぁ……。ありがとう、シルファ!」
レイの喜ぶ様子を見て、シルファもまた、嬉しそうに顔を輝かせた。
「さっそくお使いになりますか? 煎じ方をご指導いただければ、すぐにご用意いたします」
「うん。土瓶を出してくれ。低温で、十五分ほど煮詰めるんだ……」
煮詰め始めると、特有の刺激臭が厨房内に漂った。
小瓶の中に入っていた茶葉は僅かな量だったが、それでも一回分の薬草茶となり、レイはそれを一気に飲み干した。
「うげぇ――。苦ぁぁぁ……」
はっきり言って、まずい。
しかしセラシャル葉の煎じ薬は、魔力の回復に驚くほどの効能を発揮する。その上、効き目も早い。
「いかがですか、レイ様?」
「うん、さすがセラシャル葉だ。魔力が満ちてゆく手ごたえを感じるよ」
(……でも、なんで魔王はセラシャル葉をくれたんだろう……)
レイは不思議に思って首を傾げた。
友人として2年付き合ううちに、大体の性格は掴んだつもりだが、魔王はたまに、わけのの分からない反応を見せたり、行動を取ったりする。
人とは得てしてそういうものだが、魔王のそれは、どこか異質だった。
「レイ様? どうなさいましたか?」
考え込んでいるレイを心配して、シルファが声をかける。
レイは「何でもない」と首を振ると、安心させようと笑顔を見せた。
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