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Ⅱ 幽閉
26. 人形の500年説
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魔王は渋面を作ると、重い溜息をついた。
(わざわざ、レイの不安を煽ることもなかろうと、黙っていたが……話しておかねばならぬか……)
今回のように、レイの人形に関する無知が、また何か憂慮すべき事態を招くかもしれない。魔王はそう思い、ためらいがちに口を開いた。
「……人形は、突然不安定になって、暴走し、人を傷つけることがある。クサナダの作品には、暴力を伴う致命的な欠陥は一度も発生していないが、用心するに越したことはない。特にあの人形には、もうすぐ節目が訪れるため、注意が必要だ。大切なおまえの身に、何かあってからでは遅いからな……」
魔王は一旦言葉を切ると、愛おしげにレイの頬を撫でた。
レイはその手を払うと、苛々と魔王に食って掛かった。
「分からないな。そこまで神経質になるなら、なんで人形を使役するんだよ。人を使えばいいだろう!?」
「人は裏切る。……だが人形は、裏切らぬ。自身に魔力を注いでくれた主人だけは、決して傷つけぬ。だからこそ、この<最果ての間>には、人形が必要なのだ」
レイは混乱したように眉をしかめた。次々と浮かぶ疑問のどれから質問しようかと迷ううち、魔王が続いて口を開く。
「……知っているか? 魔力の波動には個人差があり、体内を流れる血のように、固有の特質を持っている。人形は、その魔力を識別する能力を持ち、仕える主から魔力をもらい、動く。その結果、人形は、主人に忠誠心を持つようになる。そのように作られているのだ。だからこそ私は、おまえの魔力を吸収するようにと、あの人形に命じた。他の者の魔力では、意味がない」
人形を完全稼動させるために、魔王は初めだけは自分の魔力を与えていたが、レイの容態が安定してからは、一度も与えていなかった。
――いったい いつから、魔力の吸収を中止したのだろうか。
魔王は疑問に思った。なぜ、吸収を中止していることを、私に告げなかったのだろうか、と……。
魔力の供給が尽きれば、機能が停止し、いかなる事態にも対応できなくなる。魔王の命令に背き、レイの世話を放棄するなど、正気の沙汰とは思えない。
(まさか、壊れ始めているのではなかろうな……)
後で人形に問いただす必要があると考えていると、レイが物憂げに口を開いた。頭痛がするらしく、こめかみを押さえている。
「魔王……あんたさっき、変なことを言っていたな……。シルファに……もうすぐ節目が訪れるとか、何とか……。何のことだ?」
「ああ……。人形の500年説というのがあってな……。世に造り出されて500年近くなると、途端に不安定になる人形が出るのだ。そのうちのいくつかは、そのまま行方不明になる。原因不明の希少な事例だが、そのほとんどが、名匠の作品だ。……おまえが可憐な名前を付けたあの人形は、『奇跡の人形師』と讃えられたクサナダの最高傑作だ。しかもあれは、もうすぐ500年を迎える。危うい時期だ。……レイ、何か異常を感じたなら、すぐに私に言え。よいな」
レイは悲しげに目を伏せた。
「異常って、どんな? 何を心配してるんだよ? ……どんな状況でも、シルファが誰かを傷つけるとは、思えない。血肉を持たなくても、シルファは悲しみも苦しみも知っている。優しいあの子が、誰かにそれを、与えるとは思えない」
「もちろん、何事もなく500年を超える人形もいる。私としてもそれを期待している。貴重な人形だ。……おまえに贈る約束もしたことだしな……新妻への、愛の証として……」
「! おっ、俺はっ、欲しいなんて一言も……いや、シルファのことは好きだけど……だっ、大体、何なんだよ、にっ、新妻って……俺は男だぞ!」
顔を真っ赤にして反発するレイの唇を、突然、魔王は自身の唇で塞いだ。衝動を抑えることができず、そのまま強く唇を吸い、舌を絡ませる。
「んんっ! ……ぅんっ……」
レイは抵抗しようと腕に力を込めたが、魔王の胸元を掴んだだけで、結局は魔王の求めに応じ、身を委ねた。
魔王はレイの唇を貪るように吸い、含み、ついばみ、心ゆくまで堪能した。やがて食指を首筋へと動かすと、ふと思いついたように打ち明けた。
「レイ……おまえの魔力の回復を妨げていたのは……人形だけではないぞ」
「?」
「私が、おまえの眠った後、血と共に魔力を吸い出していたせいだ」
「!」
(わざわざ、レイの不安を煽ることもなかろうと、黙っていたが……話しておかねばならぬか……)
今回のように、レイの人形に関する無知が、また何か憂慮すべき事態を招くかもしれない。魔王はそう思い、ためらいがちに口を開いた。
「……人形は、突然不安定になって、暴走し、人を傷つけることがある。クサナダの作品には、暴力を伴う致命的な欠陥は一度も発生していないが、用心するに越したことはない。特にあの人形には、もうすぐ節目が訪れるため、注意が必要だ。大切なおまえの身に、何かあってからでは遅いからな……」
魔王は一旦言葉を切ると、愛おしげにレイの頬を撫でた。
レイはその手を払うと、苛々と魔王に食って掛かった。
「分からないな。そこまで神経質になるなら、なんで人形を使役するんだよ。人を使えばいいだろう!?」
「人は裏切る。……だが人形は、裏切らぬ。自身に魔力を注いでくれた主人だけは、決して傷つけぬ。だからこそ、この<最果ての間>には、人形が必要なのだ」
レイは混乱したように眉をしかめた。次々と浮かぶ疑問のどれから質問しようかと迷ううち、魔王が続いて口を開く。
「……知っているか? 魔力の波動には個人差があり、体内を流れる血のように、固有の特質を持っている。人形は、その魔力を識別する能力を持ち、仕える主から魔力をもらい、動く。その結果、人形は、主人に忠誠心を持つようになる。そのように作られているのだ。だからこそ私は、おまえの魔力を吸収するようにと、あの人形に命じた。他の者の魔力では、意味がない」
人形を完全稼動させるために、魔王は初めだけは自分の魔力を与えていたが、レイの容態が安定してからは、一度も与えていなかった。
――いったい いつから、魔力の吸収を中止したのだろうか。
魔王は疑問に思った。なぜ、吸収を中止していることを、私に告げなかったのだろうか、と……。
魔力の供給が尽きれば、機能が停止し、いかなる事態にも対応できなくなる。魔王の命令に背き、レイの世話を放棄するなど、正気の沙汰とは思えない。
(まさか、壊れ始めているのではなかろうな……)
後で人形に問いただす必要があると考えていると、レイが物憂げに口を開いた。頭痛がするらしく、こめかみを押さえている。
「魔王……あんたさっき、変なことを言っていたな……。シルファに……もうすぐ節目が訪れるとか、何とか……。何のことだ?」
「ああ……。人形の500年説というのがあってな……。世に造り出されて500年近くなると、途端に不安定になる人形が出るのだ。そのうちのいくつかは、そのまま行方不明になる。原因不明の希少な事例だが、そのほとんどが、名匠の作品だ。……おまえが可憐な名前を付けたあの人形は、『奇跡の人形師』と讃えられたクサナダの最高傑作だ。しかもあれは、もうすぐ500年を迎える。危うい時期だ。……レイ、何か異常を感じたなら、すぐに私に言え。よいな」
レイは悲しげに目を伏せた。
「異常って、どんな? 何を心配してるんだよ? ……どんな状況でも、シルファが誰かを傷つけるとは、思えない。血肉を持たなくても、シルファは悲しみも苦しみも知っている。優しいあの子が、誰かにそれを、与えるとは思えない」
「もちろん、何事もなく500年を超える人形もいる。私としてもそれを期待している。貴重な人形だ。……おまえに贈る約束もしたことだしな……新妻への、愛の証として……」
「! おっ、俺はっ、欲しいなんて一言も……いや、シルファのことは好きだけど……だっ、大体、何なんだよ、にっ、新妻って……俺は男だぞ!」
顔を真っ赤にして反発するレイの唇を、突然、魔王は自身の唇で塞いだ。衝動を抑えることができず、そのまま強く唇を吸い、舌を絡ませる。
「んんっ! ……ぅんっ……」
レイは抵抗しようと腕に力を込めたが、魔王の胸元を掴んだだけで、結局は魔王の求めに応じ、身を委ねた。
魔王はレイの唇を貪るように吸い、含み、ついばみ、心ゆくまで堪能した。やがて食指を首筋へと動かすと、ふと思いついたように打ち明けた。
「レイ……おまえの魔力の回復を妨げていたのは……人形だけではないぞ」
「?」
「私が、おまえの眠った後、血と共に魔力を吸い出していたせいだ」
「!」
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