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Ⅱ 幽閉
23. 夜毎の来訪者(3)
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魔王はレイの体から自身を完全に引き抜くと、レイを横向きに寝かせ、背中側からぎゅっと抱きしめた。
そしてレイの後頭部に唇を寄せ、迷った末に、口を開いた。
「実はな……レイ。……サライヤが、おまえに会いたがっている」
「!」
レイが驚いて息を呑むのを感じながら、魔王は先を続けた。
「いつでもいいと言っている。おまえの許可が下り次第、ここに尋ねてくると」
「……サライヤは、知って……いるのか? 俺があんたに……無理やり攫われてきたことを……」
言いながら、ハッとして付け加えた。
「まさか、ガラハも知っているのか!?」
ガラハとは、魔王の幼い弟の名前で、かつて何者かに誘拐されていたのを、偶然レイが助け出した子供である。優しい気質のあの子供は、ずいぶんレイに懐いている。兄王によってレイがここに閉じ込められていると知れば、理由も分からず、どれほど悲しむだろう。
「いいや。ガラハは何も知らぬ」
それを聞いて、レイはホッと胸をなで下ろした。
「私は人目を避けて、おまえをここに運んだ。信頼のおける一部の側近と警備の者以外は、誰もおまえがここにいることは知らぬ。……しかしサライヤは、王宮内に常時密偵を放っていてな……この王宮内に、あれに秘密を作るのは、容易ではない」
「……サライヤは……じゃあ、彼女は……全部知っているのか? 俺が……ここで……あんたに……」
――毎晩、抱かれていることを。
レイは喉を詰まらせた。とても口には出せなかった。彼女に知られていると思うと、頭にカッと血が登り、恥ずかしさのあまり、今すぐ奇声を放って駆け出してしまいたくなる。
レイの動揺を感じ取りながら、魔王は先を続けた。
「ああ、サライヤは知っている。私が……あれに話したのだ。おまえを愛していることも、無理やり攫い、強引に体を繋げたことも。あれは泣き喚わめきながら、私をなじった」
それを聞き、レイは驚愕した。
(サライヤが……泣き喚いた……だって!?)
いつもおっとりとした雰囲気を醸し出し、婉然と微笑んでいる彼女が、取り乱すところなど、レイは想像もできなかった。
「……レイ、嫌なら無理に会わずともよいぞ。サライヤはおまえを……逃がしてしまうやも……しれぬしな……」
「!」
レイは魔王の腕を振りほどくと、くるりと向きを変えて、その顔を間近から睨み付けた。
「おい、おかしいじゃないか。サライヤが俺を逃がす可能性があるなら、なぜ彼女の申し出を退けなかった!? ……何を、企んでいるんだ?」
魔王は悲しげに、うっすらと微笑んだ。
「何も……。サライヤには、大恩がある。あれの願いを無下に断ることなど、できぬ。……ただ、それだけだ」
レイは、魔王が何か隠していることに勘付いていたが、その何かは、さっぱり見当もつかなかった。
「そうか、じゃあ、彼女の手引きで俺が逃げ出しても、あんたは了承済みということだな?」
挑戦的に瞬くレイの目を、魔王は冷ややかに見つめ返した。
「私がサライヤの動きに、何の手も打たずにいると思うのか? あれの手駒と同じような存在なら、私の手の内にもある。……もっとも……あまり兄妹喧嘩は、したくないが……」
レイはため息をつくと、再び魔王に背を向けた。
(そうだよな……こんなにしつこいこの男が、簡単に俺を逃がすはずがない……。けど……希望はあるわけだ……)
落胆と期待の入り混じった感情に翻弄され、レイは火照った体が急に冷めてゆくのを感じた。ぶるっ、と身震いした途端、背後で魔王が体を起こした。
「サライヤに会いたくなったら、私に言え。……さあ、湯浴みに行くとしよう」
そう言って魔王はレイを抱き上げようとした。
「よせよ。一人で歩ける。どうして毎回俺を抱えて行くんだ?」
「……ぐったりしているからだ。そしてぐったりしているのは、私のせいだからな……。なんだ、照れなくともよかろう? おまえは本当に、恥ずかしがり屋だな……」
そういえば昨日は、浴室に行く途中、シルファに裸を見られたと大騒ぎしていたことを思い出し、魔王は笑った。
それを見て、レイがムッとした顔で言い返す。
「笑うな! 俺は普通だ! あんたら魔族の常識の方が、おかしいんだ! ……あっ、やめろっ、放せ! 下ろせっ!この変態!」
変態呼ばわりを鷹揚に聞き流し、魔王は笑いながらレイを抱え、浴室へと向かった。
そしてレイの後頭部に唇を寄せ、迷った末に、口を開いた。
「実はな……レイ。……サライヤが、おまえに会いたがっている」
「!」
レイが驚いて息を呑むのを感じながら、魔王は先を続けた。
「いつでもいいと言っている。おまえの許可が下り次第、ここに尋ねてくると」
「……サライヤは、知って……いるのか? 俺があんたに……無理やり攫われてきたことを……」
言いながら、ハッとして付け加えた。
「まさか、ガラハも知っているのか!?」
ガラハとは、魔王の幼い弟の名前で、かつて何者かに誘拐されていたのを、偶然レイが助け出した子供である。優しい気質のあの子供は、ずいぶんレイに懐いている。兄王によってレイがここに閉じ込められていると知れば、理由も分からず、どれほど悲しむだろう。
「いいや。ガラハは何も知らぬ」
それを聞いて、レイはホッと胸をなで下ろした。
「私は人目を避けて、おまえをここに運んだ。信頼のおける一部の側近と警備の者以外は、誰もおまえがここにいることは知らぬ。……しかしサライヤは、王宮内に常時密偵を放っていてな……この王宮内に、あれに秘密を作るのは、容易ではない」
「……サライヤは……じゃあ、彼女は……全部知っているのか? 俺が……ここで……あんたに……」
――毎晩、抱かれていることを。
レイは喉を詰まらせた。とても口には出せなかった。彼女に知られていると思うと、頭にカッと血が登り、恥ずかしさのあまり、今すぐ奇声を放って駆け出してしまいたくなる。
レイの動揺を感じ取りながら、魔王は先を続けた。
「ああ、サライヤは知っている。私が……あれに話したのだ。おまえを愛していることも、無理やり攫い、強引に体を繋げたことも。あれは泣き喚わめきながら、私をなじった」
それを聞き、レイは驚愕した。
(サライヤが……泣き喚いた……だって!?)
いつもおっとりとした雰囲気を醸し出し、婉然と微笑んでいる彼女が、取り乱すところなど、レイは想像もできなかった。
「……レイ、嫌なら無理に会わずともよいぞ。サライヤはおまえを……逃がしてしまうやも……しれぬしな……」
「!」
レイは魔王の腕を振りほどくと、くるりと向きを変えて、その顔を間近から睨み付けた。
「おい、おかしいじゃないか。サライヤが俺を逃がす可能性があるなら、なぜ彼女の申し出を退けなかった!? ……何を、企んでいるんだ?」
魔王は悲しげに、うっすらと微笑んだ。
「何も……。サライヤには、大恩がある。あれの願いを無下に断ることなど、できぬ。……ただ、それだけだ」
レイは、魔王が何か隠していることに勘付いていたが、その何かは、さっぱり見当もつかなかった。
「そうか、じゃあ、彼女の手引きで俺が逃げ出しても、あんたは了承済みということだな?」
挑戦的に瞬くレイの目を、魔王は冷ややかに見つめ返した。
「私がサライヤの動きに、何の手も打たずにいると思うのか? あれの手駒と同じような存在なら、私の手の内にもある。……もっとも……あまり兄妹喧嘩は、したくないが……」
レイはため息をつくと、再び魔王に背を向けた。
(そうだよな……こんなにしつこいこの男が、簡単に俺を逃がすはずがない……。けど……希望はあるわけだ……)
落胆と期待の入り混じった感情に翻弄され、レイは火照った体が急に冷めてゆくのを感じた。ぶるっ、と身震いした途端、背後で魔王が体を起こした。
「サライヤに会いたくなったら、私に言え。……さあ、湯浴みに行くとしよう」
そう言って魔王はレイを抱き上げようとした。
「よせよ。一人で歩ける。どうして毎回俺を抱えて行くんだ?」
「……ぐったりしているからだ。そしてぐったりしているのは、私のせいだからな……。なんだ、照れなくともよかろう? おまえは本当に、恥ずかしがり屋だな……」
そういえば昨日は、浴室に行く途中、シルファに裸を見られたと大騒ぎしていたことを思い出し、魔王は笑った。
それを見て、レイがムッとした顔で言い返す。
「笑うな! 俺は普通だ! あんたら魔族の常識の方が、おかしいんだ! ……あっ、やめろっ、放せ! 下ろせっ!この変態!」
変態呼ばわりを鷹揚に聞き流し、魔王は笑いながらレイを抱え、浴室へと向かった。
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