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Ⅱ 幽閉
19. 人形の禁忌
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「あんたに、聞きたいことがある」
寝室に入り、寝台の上にそっと下ろされたレイは、二人きりになったのを確認して、口を開いた。
「構わぬぞ。何が聞きたい? 私の好物か? 体の各寸法か? 好みの色なら、黒と蜂蜜色だ」
魔王はそう答えながら、うっとりとレイの黒い髪を撫で、蜂蜜色の瞳を覗き込んだ。
レイは思わず赤面しながら、焦りながら言葉を返す。
「違う! そんなことは聞いてない! シルファのことだ!」
「シルファ? ああ……人形に名前を付けたのか。可憐な名前だな。……おまえらしい」
「人形に仕込まれた禁忌を……知っているか? 今日、シルファは、俺と会話の途中で……き、機能を……くそっ、『機能を停止』だと? 『故障』だと? 何だよ、それ!」
思わず感情的になったレイは、支離滅裂な言葉しか話せなくなった。しかし何があったのかは、ちゃんと魔王に伝わったらしい。魔王はレイをなだめるように頬をさすりながら、レイの疑問に答えた。
「禁忌か。知っているとも。それが仕込まれていない人形は、長持ちしない安物だ。しかしあの人形は違う。あれは「奇跡の人形師」と讃えられたクサナダの作品だ。しかも晩年の最高傑作だ。……レイ、あまり気に病むな。何にでも心を砕くのはおまえの長所でもあるが、あまり人形に肩入れはするな。あれは必要な措置なのだ」
「必要? どうしてそんな残酷なことをするんだ!? 命を与え、心を与えながら……酷いじゃないか」
「心か。人の虚像である人形は、心もまた、写し取られるというが……鏡に映し出される姿は、果たして本物と言えるのかどうか」
「シルファの心が、偽物だというのか? それは違う! シルファは喜ぶし、悲しむ……」
「人が人形に感情移入しやすいように、表層意識を真似ているだけだと私は思うが……まあ、真偽はよい。偽物だろうが本物だろうが、心らしきものを持つと、人形は不安定になる。クサナダが人形に仕込む暗示を改良し、その効果を高める技を見出す前は、人形は必ず、100年も持たずに不慮の死を迎えていたのだ」
「不慮の……死?」
「自殺だ。不安定になった人形は、やがて自身の存在の意味を問い、発狂し、例外なく死を選ぶようになる。中には人を巻き添えにした悲惨な事例もある」
「!」
レイは息を呑んだ。
「それが……禁忌の正体なのか? シルファの意識を閉ざして、記憶を奪ったのは……存在の意味を……測りかねて……?」
「そうとは限らない。人形にとって禁忌となる思考状態はいくつもある。その煩雑に絡み合った思考の枝葉を系統立てて、危険な芽だけを摘む暗示を完成させたのが、クサナダの偉業だ。これによって人形は思考に制限を受けることになり、使役する側は時折機能が停止するという不便さを甘受することになったが、人形自体は飛躍的に長持ちするという利点を得た」
魔王の物言いに、レイは悲しげに眉をしかめた。
「物みたいに言うなよ……。何であんたたち魔族は、平気なんだ? そこまでするなら、何で心なんか与えるんだよ? 可哀想だとは思わないのか? だいたい、生無き者に、人の勝手で命を与えること自体、とんでもない愚行だ。……あんた、王だろ! なぜ禁じない!?」
「魔界には、人間界や仙界とは異なる思想や理念がある。だが、その辺の議論をするには、今宵は短過ぎる……。レイ、我らの行いを変えたいと思うなら、妃の座に座ったらどうだ? せっかくおまえのために空けてある席だ。利用すればよかろう」
そう言いながら魔王は、ゆっくりとレイの上衣を脱がし、滑らかな肌に指を這わせた。
「……っ!」
反論する言葉を思いつけず、レイは悔しげに魔王を睨み付けながら、与えられる愛撫に身を震わせる。
その反応を楽しみながら、魔王はレイの耳元に口を寄せ、息を吹きかけながら囁いた。
「シルファと名付けたあの人形が気に入ったのなら、婚姻の贈り物として、おまえにやろう。新妻に人形を贈るのは、古くからの慣習だ。……ここを出るとき、一緒に連れて行けばよい」
そう言い終わると、魔王は熱い舌で、レイの耳の後ろをぞろりと撫で上げた。
「っ……! くっ、やめろっ! 俺の話は……まだ、終わって、ない!」
「レイ……夜は短い。言葉ではなく、肌を触れ合わせながら、意思の疎通を図ろうではないか……」
魔王の片手が、レイの下半身へと伸び、股の間のふくらみを、やんわりと掴んだ。
「うっ……! やめろっ、もうっ、いいだろう! 昨夜あれだけ俺を……。もう、やめてくれ! 俺に何もするな!」
「レイ、昨夜はもう過去だ。今、私はおまえが欲しくて堪らぬ。一日中でも繋がっていたいほど、私はおまえを求めている。――よく2年も辛抱できたものだ……。今はもう、1日離れているだけで、私はおまえに飢え、狂おしさに、身も心も支配されてゆく……」
魔王は身に着けていた服をすべて脱ぎ去ると、露出した肌をぴったりとレイに重ね合わせた。
強く抱きしめられた途端、レイは大声で泣き出したいような切ない思いに駆られ、狼狽して叫び出した。
「いやだっ……! もういやだ! 俺に触るな!」
「……私に抱かれて、快楽に溺れるのが、それほど怖いか……? レイ」
「!」
図星を指され、返答に窮したレイの唇に、魔王の唇がゆっくり重ね合わさる。
なだめるような優しい口付けが、徐々に激しく濃密になってゆき、触れ合った唇を拠点に、燃え上がるような熱が体中に広がってゆく。
「はっ……ぁ……んんっ…………ふ……」
(……だめだ……どうして俺はいつも……魔王に触れられると……変になってしまうんだ……?)
レイは目を閉じると、抵抗をあきらめて、魔王に身を委ねた。
寝室に入り、寝台の上にそっと下ろされたレイは、二人きりになったのを確認して、口を開いた。
「構わぬぞ。何が聞きたい? 私の好物か? 体の各寸法か? 好みの色なら、黒と蜂蜜色だ」
魔王はそう答えながら、うっとりとレイの黒い髪を撫で、蜂蜜色の瞳を覗き込んだ。
レイは思わず赤面しながら、焦りながら言葉を返す。
「違う! そんなことは聞いてない! シルファのことだ!」
「シルファ? ああ……人形に名前を付けたのか。可憐な名前だな。……おまえらしい」
「人形に仕込まれた禁忌を……知っているか? 今日、シルファは、俺と会話の途中で……き、機能を……くそっ、『機能を停止』だと? 『故障』だと? 何だよ、それ!」
思わず感情的になったレイは、支離滅裂な言葉しか話せなくなった。しかし何があったのかは、ちゃんと魔王に伝わったらしい。魔王はレイをなだめるように頬をさすりながら、レイの疑問に答えた。
「禁忌か。知っているとも。それが仕込まれていない人形は、長持ちしない安物だ。しかしあの人形は違う。あれは「奇跡の人形師」と讃えられたクサナダの作品だ。しかも晩年の最高傑作だ。……レイ、あまり気に病むな。何にでも心を砕くのはおまえの長所でもあるが、あまり人形に肩入れはするな。あれは必要な措置なのだ」
「必要? どうしてそんな残酷なことをするんだ!? 命を与え、心を与えながら……酷いじゃないか」
「心か。人の虚像である人形は、心もまた、写し取られるというが……鏡に映し出される姿は、果たして本物と言えるのかどうか」
「シルファの心が、偽物だというのか? それは違う! シルファは喜ぶし、悲しむ……」
「人が人形に感情移入しやすいように、表層意識を真似ているだけだと私は思うが……まあ、真偽はよい。偽物だろうが本物だろうが、心らしきものを持つと、人形は不安定になる。クサナダが人形に仕込む暗示を改良し、その効果を高める技を見出す前は、人形は必ず、100年も持たずに不慮の死を迎えていたのだ」
「不慮の……死?」
「自殺だ。不安定になった人形は、やがて自身の存在の意味を問い、発狂し、例外なく死を選ぶようになる。中には人を巻き添えにした悲惨な事例もある」
「!」
レイは息を呑んだ。
「それが……禁忌の正体なのか? シルファの意識を閉ざして、記憶を奪ったのは……存在の意味を……測りかねて……?」
「そうとは限らない。人形にとって禁忌となる思考状態はいくつもある。その煩雑に絡み合った思考の枝葉を系統立てて、危険な芽だけを摘む暗示を完成させたのが、クサナダの偉業だ。これによって人形は思考に制限を受けることになり、使役する側は時折機能が停止するという不便さを甘受することになったが、人形自体は飛躍的に長持ちするという利点を得た」
魔王の物言いに、レイは悲しげに眉をしかめた。
「物みたいに言うなよ……。何であんたたち魔族は、平気なんだ? そこまでするなら、何で心なんか与えるんだよ? 可哀想だとは思わないのか? だいたい、生無き者に、人の勝手で命を与えること自体、とんでもない愚行だ。……あんた、王だろ! なぜ禁じない!?」
「魔界には、人間界や仙界とは異なる思想や理念がある。だが、その辺の議論をするには、今宵は短過ぎる……。レイ、我らの行いを変えたいと思うなら、妃の座に座ったらどうだ? せっかくおまえのために空けてある席だ。利用すればよかろう」
そう言いながら魔王は、ゆっくりとレイの上衣を脱がし、滑らかな肌に指を這わせた。
「……っ!」
反論する言葉を思いつけず、レイは悔しげに魔王を睨み付けながら、与えられる愛撫に身を震わせる。
その反応を楽しみながら、魔王はレイの耳元に口を寄せ、息を吹きかけながら囁いた。
「シルファと名付けたあの人形が気に入ったのなら、婚姻の贈り物として、おまえにやろう。新妻に人形を贈るのは、古くからの慣習だ。……ここを出るとき、一緒に連れて行けばよい」
そう言い終わると、魔王は熱い舌で、レイの耳の後ろをぞろりと撫で上げた。
「っ……! くっ、やめろっ! 俺の話は……まだ、終わって、ない!」
「レイ……夜は短い。言葉ではなく、肌を触れ合わせながら、意思の疎通を図ろうではないか……」
魔王の片手が、レイの下半身へと伸び、股の間のふくらみを、やんわりと掴んだ。
「うっ……! やめろっ、もうっ、いいだろう! 昨夜あれだけ俺を……。もう、やめてくれ! 俺に何もするな!」
「レイ、昨夜はもう過去だ。今、私はおまえが欲しくて堪らぬ。一日中でも繋がっていたいほど、私はおまえを求めている。――よく2年も辛抱できたものだ……。今はもう、1日離れているだけで、私はおまえに飢え、狂おしさに、身も心も支配されてゆく……」
魔王は身に着けていた服をすべて脱ぎ去ると、露出した肌をぴったりとレイに重ね合わせた。
強く抱きしめられた途端、レイは大声で泣き出したいような切ない思いに駆られ、狼狽して叫び出した。
「いやだっ……! もういやだ! 俺に触るな!」
「……私に抱かれて、快楽に溺れるのが、それほど怖いか……? レイ」
「!」
図星を指され、返答に窮したレイの唇に、魔王の唇がゆっくり重ね合わさる。
なだめるような優しい口付けが、徐々に激しく濃密になってゆき、触れ合った唇を拠点に、燃え上がるような熱が体中に広がってゆく。
「はっ……ぁ……んんっ…………ふ……」
(……だめだ……どうして俺はいつも……魔王に触れられると……変になってしまうんだ……?)
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