34 / 80
Ⅱ 幽閉
15. シルファ(1)
しおりを挟む
花の香りがする清潔な寝具に包まれて、レイは眠りから覚めた。
「ん……」
横になったまま、霞む目で辺りを見渡す。
寝室には人の気配はなく、カーテンの隙間から零れ落ちた光が一筋、明るく床に伸びている。
だるい体を起こそうと腕に力を込めたとき、尻に異常を感じ、レイは眉根を寄せた。
「うっ……」
途端に、魔王に翻弄された昨夜の情事を思い出す。
されるがままに何度も絶頂を迎え、欲望を吐き出した自分の姿を思い出し、レイは顔を紅潮させて羞恥と怒りに身悶えた。
「くそっ……! くそっ! くそっ! ……くっ……!」
痛みはなかったが、そこにまだ魔王を受け入れているかのような鈍い異物感がある。
最初の夜に張り型を挿入されていたことを思い出し、手を伸ばして確認してみたが、何かを入れられている形跡はなく、昨夜、魔王がそこに放ったものも、洗い流されていた。
レイはよろよろと立ち上がると、夜着のまま、寝室から廊下へと移動した。
廊下の向こうで掃除をしていた人形が、急ぎ足でレイに近づいてくる。人形は滑らかな所作でお辞儀をし、声をかけてきた。
「レイ様、おはようございます」
「ああ……おはよう……って……今、何時?」
「午後三時を過ぎた頃でございます」
「もうそんな時間なのか!?」
レイは頭を抱えて目を見開いた。
(しまった、寝過ごした……! くそっ、魔王があんなことを……するから……)
レイは奥歯をぎりぎりと噛みしめた。
慣れない行為を強要されたため、体は思った以上に疲弊したらしい。常なら一晩眠れば、ほぼ回復していた魔力も、ほんの少ししか戻ってきていない。
(……これでは、大したことはできそうにない……)
しかし、何としてでも脱出し、家に帰らなくてはいけない。
もやがかかったようにぼんやりした頭に、兄の言葉が浮かび上がる。
『いいか、今回の仕事が終わったら、寄り道せずにまっすぐ家に帰って来いよ。そろそろ仙界に顔を出す時期だからな』
(兄さん……)
兄はまだ、レイが攫われたことなど知らず、当然依頼の旅を続けていると、思っているだろう。
依頼の期間は2ヶ月、そのうち半月はもう過ぎた。
残された時間はあと、ひと月半。
それまでにもし、レイが家に戻らなければ、兄は異変に気付き、行方不明となった弟を半狂乱で捜し始めるだろう。
(そうなったら大変だ……)
兄の性格を知り尽くしたレイには、その後の展開を克明に思い描くことができた。
フリューイは、弟の様子がおかしかったことを知りながら、旅に送り出してしまった自分を責めるだろう。
そして己の身を危険に晒し、命を削ってでもレイを捜し求めるに違いない。
――そうなる前に、何としてでも家に帰らなくては。
「あとひと月半……ひと月半しかない。……いや、ひと月半もある。大丈夫だ。何とかなる。必ず脱出してみせる……」
レイはぶつぶつと独り言を呟きながら、乱れた髪をかきむしった。
すぐ傍で人形が、その姿を心配げに見つめている。
夜着のまま廊下の壁に寄り掛かかって、何かを考え込んでいる主に、人形は遠慮がちに声をかけた。
「あの……レイ様。お食事をお召し上がりになりますか? それともお召し替えを先になさいますか?」
「いや、それどころじゃ……」
「では内庭で、お茶とお菓子はいかがですか? 春の花々が美しく咲き揃っております。きっとお心をお慰めできると存じます」
「いや……。……あ……ええと……」
レイは考え事を中断し、人形に目を止めた。
心配げな気配を漂わせ、人形はじっとレイを見つめている。
主の健康状態を気遣い、心身ともに健やかに保とうとする意思が伝わってくる。それは確かに人形に与えられた役目だが、目の前の人形からは、義務を超えた思いやりが感じられた。
(優しい子だなあ……。こんなに心配してくれているのに、粗末に扱ったら罰があたる……)
「……あの、それじゃ、着替えて庭に行くよ。頼めるか?」
人形は心底嬉しそうに顔を輝かせた。
「はい! すぐにご用意致します! お召し物に、何かお好みはございますか?」
どうやら魔王はレイのために、何着も新しい衣装を用意したらしい。
レイは人形と共に寝室に戻ると、壁際にずらりと並んだ衣装箪笥の中身を見て驚いた。
上等な布地を上品な色に染め上げ仕立てた、数々の衣装がずらりと並んでいる。
ほとんどがレイの寸法に合わせたものだが、夜着や下着など、一部明らかに大きな寸法の服がある。
(魔王め……)
レイは再び、ぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
目の前に並んだ衣装は、魔王が長期戦の構えを取っていることを物語っている。
(そうはいくか……。俺は早々に出てやるからな。見てろ!! …………いや、見られたら脱出できないな。見るな……!!)
レイが拳を固めて沈黙している姿を見て、着る服に迷っていると解釈した人形は、
「レイ様、こちらはいかがでしょう。レイ様の黒い御髪と明るいお眼の色に映えるかと存じます」
と、淡いクリーム色の衣装を取り出した。
「うん、じゃ、それ」
デザインが比較的簡素なのが気に入り、レイは即座にその服を手に取った。途端、人形が「お手伝い致します」と言いながらレイの胸元に手を伸ばした。レイがびっくりして焦り出す。
「えっ、いや、いいよ。自分でできるから。……お茶の用意をしてくれるか? 後で庭に行くから」
「かしこまりました」
人形は丁寧にお辞儀をすると、部屋を退出した。
レイはホッとして、真新しい衣装に袖を通す。
(そうか……『高貴な方』は自分一人で着替えないのか。でもあの子、女の子……みたいに見えるもんな……。いや、性別なんかないのかもしれないけど……。とにかく裸を見られるのは恥ずかしい。高貴な奴って、平気なのか? ああ、そうか、魔王みたいに変態なのかもな……)
昨夜既に、魔王に抱えられて浴室に運ばれた際、人形に裸を見られていることを、レイは知らない。
「ん……」
横になったまま、霞む目で辺りを見渡す。
寝室には人の気配はなく、カーテンの隙間から零れ落ちた光が一筋、明るく床に伸びている。
だるい体を起こそうと腕に力を込めたとき、尻に異常を感じ、レイは眉根を寄せた。
「うっ……」
途端に、魔王に翻弄された昨夜の情事を思い出す。
されるがままに何度も絶頂を迎え、欲望を吐き出した自分の姿を思い出し、レイは顔を紅潮させて羞恥と怒りに身悶えた。
「くそっ……! くそっ! くそっ! ……くっ……!」
痛みはなかったが、そこにまだ魔王を受け入れているかのような鈍い異物感がある。
最初の夜に張り型を挿入されていたことを思い出し、手を伸ばして確認してみたが、何かを入れられている形跡はなく、昨夜、魔王がそこに放ったものも、洗い流されていた。
レイはよろよろと立ち上がると、夜着のまま、寝室から廊下へと移動した。
廊下の向こうで掃除をしていた人形が、急ぎ足でレイに近づいてくる。人形は滑らかな所作でお辞儀をし、声をかけてきた。
「レイ様、おはようございます」
「ああ……おはよう……って……今、何時?」
「午後三時を過ぎた頃でございます」
「もうそんな時間なのか!?」
レイは頭を抱えて目を見開いた。
(しまった、寝過ごした……! くそっ、魔王があんなことを……するから……)
レイは奥歯をぎりぎりと噛みしめた。
慣れない行為を強要されたため、体は思った以上に疲弊したらしい。常なら一晩眠れば、ほぼ回復していた魔力も、ほんの少ししか戻ってきていない。
(……これでは、大したことはできそうにない……)
しかし、何としてでも脱出し、家に帰らなくてはいけない。
もやがかかったようにぼんやりした頭に、兄の言葉が浮かび上がる。
『いいか、今回の仕事が終わったら、寄り道せずにまっすぐ家に帰って来いよ。そろそろ仙界に顔を出す時期だからな』
(兄さん……)
兄はまだ、レイが攫われたことなど知らず、当然依頼の旅を続けていると、思っているだろう。
依頼の期間は2ヶ月、そのうち半月はもう過ぎた。
残された時間はあと、ひと月半。
それまでにもし、レイが家に戻らなければ、兄は異変に気付き、行方不明となった弟を半狂乱で捜し始めるだろう。
(そうなったら大変だ……)
兄の性格を知り尽くしたレイには、その後の展開を克明に思い描くことができた。
フリューイは、弟の様子がおかしかったことを知りながら、旅に送り出してしまった自分を責めるだろう。
そして己の身を危険に晒し、命を削ってでもレイを捜し求めるに違いない。
――そうなる前に、何としてでも家に帰らなくては。
「あとひと月半……ひと月半しかない。……いや、ひと月半もある。大丈夫だ。何とかなる。必ず脱出してみせる……」
レイはぶつぶつと独り言を呟きながら、乱れた髪をかきむしった。
すぐ傍で人形が、その姿を心配げに見つめている。
夜着のまま廊下の壁に寄り掛かかって、何かを考え込んでいる主に、人形は遠慮がちに声をかけた。
「あの……レイ様。お食事をお召し上がりになりますか? それともお召し替えを先になさいますか?」
「いや、それどころじゃ……」
「では内庭で、お茶とお菓子はいかがですか? 春の花々が美しく咲き揃っております。きっとお心をお慰めできると存じます」
「いや……。……あ……ええと……」
レイは考え事を中断し、人形に目を止めた。
心配げな気配を漂わせ、人形はじっとレイを見つめている。
主の健康状態を気遣い、心身ともに健やかに保とうとする意思が伝わってくる。それは確かに人形に与えられた役目だが、目の前の人形からは、義務を超えた思いやりが感じられた。
(優しい子だなあ……。こんなに心配してくれているのに、粗末に扱ったら罰があたる……)
「……あの、それじゃ、着替えて庭に行くよ。頼めるか?」
人形は心底嬉しそうに顔を輝かせた。
「はい! すぐにご用意致します! お召し物に、何かお好みはございますか?」
どうやら魔王はレイのために、何着も新しい衣装を用意したらしい。
レイは人形と共に寝室に戻ると、壁際にずらりと並んだ衣装箪笥の中身を見て驚いた。
上等な布地を上品な色に染め上げ仕立てた、数々の衣装がずらりと並んでいる。
ほとんどがレイの寸法に合わせたものだが、夜着や下着など、一部明らかに大きな寸法の服がある。
(魔王め……)
レイは再び、ぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
目の前に並んだ衣装は、魔王が長期戦の構えを取っていることを物語っている。
(そうはいくか……。俺は早々に出てやるからな。見てろ!! …………いや、見られたら脱出できないな。見るな……!!)
レイが拳を固めて沈黙している姿を見て、着る服に迷っていると解釈した人形は、
「レイ様、こちらはいかがでしょう。レイ様の黒い御髪と明るいお眼の色に映えるかと存じます」
と、淡いクリーム色の衣装を取り出した。
「うん、じゃ、それ」
デザインが比較的簡素なのが気に入り、レイは即座にその服を手に取った。途端、人形が「お手伝い致します」と言いながらレイの胸元に手を伸ばした。レイがびっくりして焦り出す。
「えっ、いや、いいよ。自分でできるから。……お茶の用意をしてくれるか? 後で庭に行くから」
「かしこまりました」
人形は丁寧にお辞儀をすると、部屋を退出した。
レイはホッとして、真新しい衣装に袖を通す。
(そうか……『高貴な方』は自分一人で着替えないのか。でもあの子、女の子……みたいに見えるもんな……。いや、性別なんかないのかもしれないけど……。とにかく裸を見られるのは恥ずかしい。高貴な奴って、平気なのか? ああ、そうか、魔王みたいに変態なのかもな……)
昨夜既に、魔王に抱えられて浴室に運ばれた際、人形に裸を見られていることを、レイは知らない。
13
お気に入りに追加
887
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる