虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

文字の大きさ
上 下
26 / 80
Ⅱ 幽閉

7. 最果ての間(1)

しおりを挟む
寝室を出て廊下を進む途中、人形は丁寧に種々の部屋――居間や手洗い場、書庫などを紹介しながら、ゆっくりとレイを誘導した。
やがて廊下を右に折れたところをしばらく歩くと、左手に鍵のかかっていない優美な装飾門が見えた。門を抜けると、見たこともない風変わりな扉が、天井の高さまでそびえていた。
どこにも取っ手は見当たらず、でこぼこした装飾が、表面に不思議な文様を形作っている。
その扉は、魔導術の気配を濃厚に発して、レイの前に立ちはだかっていた。

(魔導術によって施錠されているのか……)

レイはため息をつくと、まずどの類の術が使われているのか、確かめようとした。しかし試してみた呪文は、どれも弾かれてしまい、途方にくれる。

「くそっ……!」

扉の前に陣取り、蹴ったり叩いたり、果ては撫でたりして、苛々と頭をかきむしっているレイに、人形が背後からおずおずと話しかけた。

「レイ様、居間でお食事をお召し上がりになりませんか?」

「いや、それどころじゃ……」

レイが後ろを振り向いたとき、突然扉に動きがあり、扉を構成している一部分が次々と、一定の規則性を持って崩れていった。その奇怪な開き方に、レイが唖然として見入っていると、まもなく魔王が姿を見せた。

「魔王!」

レイが息を呑んでとびすさる中、魔王は嬉しそうに近づいてきた。

「レイ! 目覚めたのか!」

「来るなっ!」

レイは即座に呪文を唱えると、魔王めがけていかずちを打ち落とした。
しかし魔王はそれを難なく弾き返すと、なぜか満足した様子で笑い始めた。

「レイ、元気だな!」

レイは距離をとり、いつでも攻撃できるよう身構えて、魔王に食って掛かった。

「元気で悪いかよ! おい、魔王! 博士をどうした! まさかあの山に、一人で置き去りにしたんじゃないだろうな!」

「まさか。あの男の護衛は、今もラギが努めている。博士には軽い暗示をかけてある――急用ができたおまえの紹介で、優秀な助手兼護衛を得て、大満足で今も研究の旅を続けている。安心しろ、何も問題はない」

レイはひとまず胸を撫で下ろした。

「なら次だ! 今すぐ俺を解放しろ!」

「……おまえが私の妃になると、誓ってくれるなら」

その言葉に、レイはまなじりを吊り上げた。

(やっぱりあれは、夢なんかじゃない。魔王は俺を……!)

怒りに頬を紅潮させ、レイは強力な<気>の塊を、魔王めがけて投げ飛ばした。さすがの魔王でも、目標物を追い回すこの攻撃を、完全にかわすのは難しいだろう。

しかしなぜか、<気>の塊は魔王から逸れると、空中で消えてしまった。

「なっ!?」

「無駄だ、レイ。この宮中で、私を傷付けるのは不可能に近い。王宮の<精霊たち>が、私を守っているからな」

「<精霊たち>!?」

――そういえば誰かが、そんな話をしていた。

王宮には古くから、王を守護する<精霊たち>が棲んでいて、他に類を見ない霊力によって、常に王を守っていると。しかしその姿を、レイは一度も見たことがないため、歴史ある古い城にありがちな、おとぎ話だと思っていた。

レイは周りを見渡し逡巡したが、今は事の真偽より、目の前の脅威――魔王から、自身を守らねばならない。
次の手を講じてレイが身構えると、

「レイ、食事はとったのか?」

と、魔王が気の抜けるような問いを投げてよこした。

「は……? 食事……? いや……」

「そうか。なら、共に食事をとるとしよう」

その言葉に、傍で成り行きを見守っていた人形が、即座に反応する。

「すぐにお持ち致します。居間にてお待ちくださいませ」

そう言って一礼すると、厨房へと姿を消した。
魔王は未だ臨戦態勢のまま身構えているレイを見やると、寂しげに微笑んだ。

「そう警戒するな……。今夜は何もしない。どうか私と食卓を共にしてくれ。……以前のように」

身をひるがえし、ゆっくりとした足取りで居間へと向かう魔王の姿が、廊下の先を左へ折れて消える。それをぼんやり眺めていたレイの鼻腔に、厨房から料理の良い匂いが届く。魔王が目の前からいなくなり、緊張の緩んだ途端、良い匂いにつられて腹が抗議の声を上げ、鳴り出した。

レイはため息をつくと、魔王の後を追って歩き出した。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...