虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

文字の大きさ
上 下
23 / 80
Ⅱ 幽閉

4. 命がけの諫言

しおりを挟む
ひとしきり泣いた後、サライヤは目の前に男の裸体が二つもあることに、うろたえた。辺りを見回し、寝台の上に放り出されていたローブを見つけると、兄に着るよう促す。

「お兄様、レイ様には再生能力を高め、更に養生してもらうため、深い眠りに入るよう、術がかけられています。丸一日ほど、お目覚めにはなりません」

「ああ……そうなのか……」

魔王はふぬけた様子で、妹に言われるまま、のろのろとローブを羽織り、じっとレイに視線を注いでいる。
サライヤは茫然自失状態の兄を痛ましく思いながらも、事態の収拾に向け、次々と指示を飛ばした。

やがてレイは、血と体液で汚れた体をすっかり洗い清められた。清潔な衣類を身にまとい、控えの寝室で良い香りのする寝具に包まれて、安らかな寝息を立てている。
その姿から目を離さす、魔王は妹に静かに問いかけた。

「後は……どうすればよい? サライヤ、教えてくれ」

「レイ様が目覚めたら、彼を解放して差し上げて」

「…………」

再び魔王が口を開くまで、サライヤはじっと待った。
しばらく沈黙していた魔王は、重く沈んだ口調で答えた。

「……レイを、手放すことはできぬ」

予想していた返答に、サライヤは言葉を返す。

「では、どうなさるおつもりですの? 禁呪を使い、抵抗を封じ込め、無理やり攫い……非道な行いで、レイ様を手に掛けた。まだ懲りないと……仰るの?」

サライヤは美しいおもてを歪ませ、怒りを含んだ声で、静かに兄を糾弾した。

「このまま、この寂しい場所に、お日様の申し子のようなレイ様を閉じ込めて、今度は彼の心を、殺してしまうのですか?」

魔王は黙したまま、徐々に熱を帯びていく妹の苦言をじっと聞いていた。
サライヤは尚も厳しく兄に詰め寄った。形の良い唇を震わせ、目には涙を浮かべながら。

「……見損ないましたわ、お兄様。何という見下げ果てた行い! そのような無体な振る舞い、わたくしは到底見過ごすことは出来ません!」

「……私に……歯向かうというのか」

魔王の頭がゆっくりと上がり、射るような視線がサライヤに向けられた。
心臓を鷲掴みにされたような恐怖が、サライヤを襲う。しかしそれにひるみもせず、サライヤは毅然とした態度で言い放った。

「はい。この命を差し出しても、わたくしはお兄様をお諌め申し上げます。みすみす間違った道に、進ませは致しませぬ!」

とうに覚悟はできていた。
燃え上がるような兄の眼に、狂気が宿っているのを見たときから。
兄を深く愛しているからこそ、この身を犠牲にしてでも、止めねばならない。それができるのは自分だけだと、自負していた。
高ぶる感情に身を震わせ、サライヤの目に溜まっていた涙が、堰を切って溢れ出す。

サライヤのその様子をみて、魔王の鋭い視線がゆるんだ。
自分に向けられた妹の揺るぎない愛情と、その決意を肌で感じ取り、魔王は態度を急変させた。

「ああ……サライヤ。頼む、私からレイを取り上げないでくれ! 二度と乱暴はしない! レイを死に至らしめるような狼藉は、二度としないと誓う!」

悔恨の涙をにじませ、妹の手を取り懇願する魔王を、サライヤは悲痛な面持ちで見つめた。

「いいえ、お兄様! できないことを誓ってはなりません! 御身が一番よくご存知のはず! 狂乱の嵐は、王の宿命…………今回は、運が良かったのです。でも、次は、もしかしたら……」

不吉な言葉を、サライヤは飲み込んだ。舌に乗せることさえ、厭わしい。必死の思いで取り戻した命は今、傍らで安らかな寝息を立てている。
サライヤの思いを汲み取り、魔王は苦悶の表情を浮かべた。

「……手を貸してくれ、サライヤ。頼む……。レイは私の<運命の相手>だ。初めて会った瞬間、私には分かった。紛れもなく、この者が私の<魂の半身>だと」

はっとして、サライヤは兄を、食い入るように見つめた。

――そうではないかと、思っていた。

いくら恋に狂っているといっても、兄のレイに対する執着の深さは尋常ではない。しかし、レイが兄の<運命の相手>なら、それも不思議ではなかった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...