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Ⅰ 強奪
9. 依頼の旅
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遺跡を巡る博士との旅は、レイに新しい知識を与え、快い刺激となった。
中年を過ぎ、そろそろ初老の域に達する博士だったが、細身の体は驚くほど強靭で、眼鏡の奥に隠された瞳は、少年のようにきらきらと輝いている。
依頼を受けて良かったと、レイは改めて感じた。
博士の闊達な性格と、豊富な知識に裏打ちされた巧みな話術は、何よりレイの気を紛らわせてくれた。
旅を始めて半月が過ぎた頃、国境を越え、クエンサールの国に入った二人は、目的の遺跡まで人気のない山道を踏みしめていた。
足場の悪い狭い山道は、先刻からずっと登り続きで、さすがの博士も息を切らせている。
「この……近くには、魔界に通じる……〈界門〉があって……ね、ふう、よっこら…しょっと!」
博士が大きな岩をまたぐ。
辺りを警戒しながらすぐ後ろをついて来ているレイは、魔界と聞いた途端、魔王を思い出し、突然心臓を掴まれたような心地になった。
「この山道は、昔は、〈界門〉から町に続く主要道として、使われておったのだが……ふう、はあ、ごらんの通りのきつい山道だから、西の谷沿いに新しい道が開かれると、ほとんど使われなくなったんだよ……はあ、はあ」
博士は言葉を切り、膝に手をついて息を整えている。
「休みましょうか、博士」
「いやいや、大丈夫だ、ありがとう。目的の遺跡まであと少しだよ。この先は平坦な道だから、楽になる。今回の遺跡は、少々風変わりでね……ふう、ほら、見たまえ、あれだよ!」
博士の指し示した方向を見ると、木々に埋もれるようにして、変わった様式の建造物が佇んでいるのが見えた。
何本もの石柱が幾重にも円を描いて並び、装飾の付いた丸い屋根を支えている。
傍まで辿り着くと、遺跡は驚くほど状態が良く、中心部分の柱や床は、たった今磨いたばかりかと思うほど、美しく輝いていた。
その様子に魅入っているレイに、博士が愉快そうに声をかけた。
「不思議だろう? これが有史以前の物だと言うと、大抵の者は信じない」
「有史以前……」
レイは驚きに目を見開くと、あちこちを調べ始めた博士に問いかけた。
「……博士は昔、一度ここを訪ねたことがあると仰いましたね?」
「そうなんだ、若い頃ね。いやあ、変わらないなぁ。ほら、床に刻まれた文字をよく見てごらん。君には分かるだろう?」
あっ、とレイは小さく声を上げた。
流れるような優美な曲線、上下に配置された幾つもの小さな点と星。繊細に編みこまれたレースのように、あえかな文字。
「古代アキュラージェ語……のような?」
古代アキュラージェ語とは、魔導術に使われる古い言葉で、レイにとっては馴染み深いものだった。
しかし床に刻まれた文字には、どこか違和感がある。
レイの戸惑いに気付いた博士が、浮き浮きと解説を始めた。
「これは古代アキュラージェ語の原形文字と言われていてね、乏しい資料と格闘しながらも、長年の研究でほとんど解明できたのだが……ほら、見なさい、ここと、それから、あっちも」
文字は柱と呼応するかのように円をなして幾重にも刻まれていたが、一番外側の列の文字が、所々欠けて判読不可能となっていた。
博士はため息をついて、欠けた部分にそっと指を這わせた後、レイに問いかけた。
「どうだろう、君、これを見て何か閃ひらめいたりせんかね? 君には魔導術の知識がある。欠けた部分の前後の言葉から、導き出される語彙、あるいは呪文のつながり……」
「博士!」
突然、濃厚な魔族の気配を感じ、レイは博士を背に庇うと、守護の呪文を唱え始めた。
中年を過ぎ、そろそろ初老の域に達する博士だったが、細身の体は驚くほど強靭で、眼鏡の奥に隠された瞳は、少年のようにきらきらと輝いている。
依頼を受けて良かったと、レイは改めて感じた。
博士の闊達な性格と、豊富な知識に裏打ちされた巧みな話術は、何よりレイの気を紛らわせてくれた。
旅を始めて半月が過ぎた頃、国境を越え、クエンサールの国に入った二人は、目的の遺跡まで人気のない山道を踏みしめていた。
足場の悪い狭い山道は、先刻からずっと登り続きで、さすがの博士も息を切らせている。
「この……近くには、魔界に通じる……〈界門〉があって……ね、ふう、よっこら…しょっと!」
博士が大きな岩をまたぐ。
辺りを警戒しながらすぐ後ろをついて来ているレイは、魔界と聞いた途端、魔王を思い出し、突然心臓を掴まれたような心地になった。
「この山道は、昔は、〈界門〉から町に続く主要道として、使われておったのだが……ふう、はあ、ごらんの通りのきつい山道だから、西の谷沿いに新しい道が開かれると、ほとんど使われなくなったんだよ……はあ、はあ」
博士は言葉を切り、膝に手をついて息を整えている。
「休みましょうか、博士」
「いやいや、大丈夫だ、ありがとう。目的の遺跡まであと少しだよ。この先は平坦な道だから、楽になる。今回の遺跡は、少々風変わりでね……ふう、ほら、見たまえ、あれだよ!」
博士の指し示した方向を見ると、木々に埋もれるようにして、変わった様式の建造物が佇んでいるのが見えた。
何本もの石柱が幾重にも円を描いて並び、装飾の付いた丸い屋根を支えている。
傍まで辿り着くと、遺跡は驚くほど状態が良く、中心部分の柱や床は、たった今磨いたばかりかと思うほど、美しく輝いていた。
その様子に魅入っているレイに、博士が愉快そうに声をかけた。
「不思議だろう? これが有史以前の物だと言うと、大抵の者は信じない」
「有史以前……」
レイは驚きに目を見開くと、あちこちを調べ始めた博士に問いかけた。
「……博士は昔、一度ここを訪ねたことがあると仰いましたね?」
「そうなんだ、若い頃ね。いやあ、変わらないなぁ。ほら、床に刻まれた文字をよく見てごらん。君には分かるだろう?」
あっ、とレイは小さく声を上げた。
流れるような優美な曲線、上下に配置された幾つもの小さな点と星。繊細に編みこまれたレースのように、あえかな文字。
「古代アキュラージェ語……のような?」
古代アキュラージェ語とは、魔導術に使われる古い言葉で、レイにとっては馴染み深いものだった。
しかし床に刻まれた文字には、どこか違和感がある。
レイの戸惑いに気付いた博士が、浮き浮きと解説を始めた。
「これは古代アキュラージェ語の原形文字と言われていてね、乏しい資料と格闘しながらも、長年の研究でほとんど解明できたのだが……ほら、見なさい、ここと、それから、あっちも」
文字は柱と呼応するかのように円をなして幾重にも刻まれていたが、一番外側の列の文字が、所々欠けて判読不可能となっていた。
博士はため息をついて、欠けた部分にそっと指を這わせた後、レイに問いかけた。
「どうだろう、君、これを見て何か閃ひらめいたりせんかね? 君には魔導術の知識がある。欠けた部分の前後の言葉から、導き出される語彙、あるいは呪文のつながり……」
「博士!」
突然、濃厚な魔族の気配を感じ、レイは博士を背に庇うと、守護の呪文を唱え始めた。
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