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懐かしい温もり
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もしかしたら、父親は黒の民なのではないかと、そう考えたこともあった。だけど他に灰色の髪をした人を見たことはなかったし、誰もそのことについて深く言及してこなかったから、はっきりと確証を得ることもできなかったのだ。
「このことは、黒の民なら誰でも知っていることなんですか?」
そう訪ねると、黒の王女クシェリは、くだけているようでいて、王然とした佇まいを崩さずに答えた。
「いいえ。このことは古い歴史書に書いてあることだからね。知っているのは王と臣下、あるいは知識人のみよ。そちらの国でも同じような状況なのではないかしら」
確かに、灰色の髪がどうのこうのなんて話は聞いたことがない。もし国中の人がこの事実を知っていたなら、僕はとっくの昔に死んでいたことだろう。
「……サントニアでは、そもそも黒の民と交わったり、黒の民について深く知ろうとすることは禁止されていました。それが幸いして、僕は″異民族”程度の扱いで済まされていたのかもしれません……」
そう言うと、彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに落ち着いて言葉を返してくれた。
「なるほどね……。サントニアでは、そんなにも規律が厳しいのね……。でもそのおかげで、あなたはここまで生きてこれた」
彼女は僕の心を読んだかのように、悪戯な笑みをこぼして見せた。
「そうなんです。……本当に、運がよかった…………」
訪れたかもしれない死の感覚に、少しだけ体が震える。最近は本当に、死にそうな思いばかりしているな……。
少し俯き加減になって黙っていると、彼女はそっと言葉を紡いだ。
「……でも大丈夫よ、ここにはもう、そんな理由であなたの命を奪ったり、傷つけたりする人々はいない。もしいたとしても、あなたを傷つけさせたりは絶対にしない。この私が誓うわ。だから安心して、レイオス」
顔を上げると、彼女の、クシェリの優しくて強い瞳が、僕を見つめていた。
「クシェリ様……」
ポタリ、ポタリと、目から何か暖かいものが零れ落ちていく。
――この感覚、ずっと昔に感じていた、懐かしい感覚……。
――そうだ、この感覚は、幼き頃に感じていた温もり……。母親の腕に抱かれていた時に感じていた温もりだ……。
母はいつも優しかった。何もかも受けいれてくれるような懐の深さを持った人だった。どんなにこの世界の風が冷たくても、母の温もりがあったから、次の日も生きていこうと思えたんだ……。
「レイオス。大事なのは、いつだって心なのよ」
母は優しく、僕に語りかけてくれた。
母さん……僕は…………。
「ちょっと!! 大丈夫!?」
気がつくと、目の前にはクシェリがいて、僕の体を揺さぶっていた。
「え? すいません、今どうなって……?」
「急に泣き出したかと思えば、呆然としてたから……! どうしちゃったの!? 大丈夫!?」
本当に心配そうな様子で、彼女は僕を見ている。その姿が再び、優しかった母の姿と重なりかける。
「いえ、あの、大丈夫です。クシェリ様のお言葉を聞いて、少し安心してしまったもので……」
「そうなの? 何ともないの?」
「はい。大丈夫です」
「……ふう、ならよかったわ……」
彼女はほっと息を吐いて、再び席に戻った。
「あんまり心配かけないでほしいわよ、まったく……」
「すみません……」
少し頬を膨らませた彼女の様子は、王と言うよりは人並みの女の子のように見えて、一瞬だけ胸が高まる。
「あの、クシェリ様……」
「なに?」
「ご迷惑をお掛けしました。僕はもう大丈夫ですので、本題に戻りませんか?」
「それもそうね、うん。……でもその前に」
彼女はどこからか、ハンカチを取り出し、こちらへと手渡した。
「まずはその涙を拭いてからね?」
「ありがとうございます……」
クシェリからもらったその黒いハンカチで、頬を伝わっていた涙を拭き取る。
「ありがとうございます。お布、お返しいたします」
「いいわ、あなたにあげる。親交の証だと思って?」
「……本当に、ありがとうございます」
「そんなに気にしなくていいわ。たかだか布一枚なんだから」
「はい……」
言葉とは裏腹に、僕はこのハンカチを一生大事にしようと思った。
「それじゃあ、これからあなたに色々聞いていこうと思うわ。煩わしいとは思うけど、この国は少しでも多くの情報を必要としてるから、許してね?」
「あ、はい。でもその前に、一つだけ言えないことがあります。それでも大丈夫でしょうか?」
「もちろん構わないわ。何についてかしら?」
「僕の職業についてです。……あまりいい仕事とは言えなかったので……」
そう、僕がサントニアでどんな職についていたかは、どうしても伝えたくないのだ……。彼女なら受け入れてくれるかもしれないけど、それでも怖い……。それに何より、僕自身、この職業には誇りを持てていないのだ……。
「分かったわ、あなたの職業については何も聞かない。それで大丈夫よね?」
「はい、ありがとうございます……」
それから、彼女との質疑応答が始まった。
彼女は色んなことを聞いてきた。国の広さ、風景、人々、食生活、奴隷の数、武器の種類など、ありふれたことから、思いもよらないことまで。僕は一市民に過ぎなかったので、たいしたことは知らなかったが、それでも、自分なりに知っている事を伝えようとはしたつもりだ。
「ふむふむ、これでだいたい終わったかしらね」
彼女は素早く走らせていた筆を止めてそう呟く。
「そうですね。僕もだいたい伝えられることは伝えきったと思いますし」
「ごめんなさいね。あなたとしては、国を売っているようで心苦しかったでしょうに」
「いえ、サントニアには、もう思い入れはありませんので」
母はもう、いないから……。
「そう言ってもらえると助かるわ」
彼女は立ち上がりこちらへ歩み寄り、右手をそっと差し出した。
「これからよろしくね、レイオス」
彼女は優しく微笑む。
「……こんな僕でも、受け入れてくれるんですか?」
「もちろんよ。あなたのような人だからこそ、私達は受け入れたいと思う。今まで辛い目にあってきたでしょうし、私の言うことは信じられないかもしれない。……それでも、今はこの手を取って欲しい」
彼女の眼差しは真剣で、その黒き瞳からは濁りなど少しも感じられない。
立ち上がり彼女の手を見つめる。
――白くて美しいその肌に、僕が触れてもいいのだろうか?
ためらいながらも、彼女の手を握る。
とても優しくて、暖かい――。
「僕は、あなたのことを信じます。クシェリ様」
この時僕は、心の底から彼女への忠誠を誓った。
「このことは、黒の民なら誰でも知っていることなんですか?」
そう訪ねると、黒の王女クシェリは、くだけているようでいて、王然とした佇まいを崩さずに答えた。
「いいえ。このことは古い歴史書に書いてあることだからね。知っているのは王と臣下、あるいは知識人のみよ。そちらの国でも同じような状況なのではないかしら」
確かに、灰色の髪がどうのこうのなんて話は聞いたことがない。もし国中の人がこの事実を知っていたなら、僕はとっくの昔に死んでいたことだろう。
「……サントニアでは、そもそも黒の民と交わったり、黒の民について深く知ろうとすることは禁止されていました。それが幸いして、僕は″異民族”程度の扱いで済まされていたのかもしれません……」
そう言うと、彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに落ち着いて言葉を返してくれた。
「なるほどね……。サントニアでは、そんなにも規律が厳しいのね……。でもそのおかげで、あなたはここまで生きてこれた」
彼女は僕の心を読んだかのように、悪戯な笑みをこぼして見せた。
「そうなんです。……本当に、運がよかった…………」
訪れたかもしれない死の感覚に、少しだけ体が震える。最近は本当に、死にそうな思いばかりしているな……。
少し俯き加減になって黙っていると、彼女はそっと言葉を紡いだ。
「……でも大丈夫よ、ここにはもう、そんな理由であなたの命を奪ったり、傷つけたりする人々はいない。もしいたとしても、あなたを傷つけさせたりは絶対にしない。この私が誓うわ。だから安心して、レイオス」
顔を上げると、彼女の、クシェリの優しくて強い瞳が、僕を見つめていた。
「クシェリ様……」
ポタリ、ポタリと、目から何か暖かいものが零れ落ちていく。
――この感覚、ずっと昔に感じていた、懐かしい感覚……。
――そうだ、この感覚は、幼き頃に感じていた温もり……。母親の腕に抱かれていた時に感じていた温もりだ……。
母はいつも優しかった。何もかも受けいれてくれるような懐の深さを持った人だった。どんなにこの世界の風が冷たくても、母の温もりがあったから、次の日も生きていこうと思えたんだ……。
「レイオス。大事なのは、いつだって心なのよ」
母は優しく、僕に語りかけてくれた。
母さん……僕は…………。
「ちょっと!! 大丈夫!?」
気がつくと、目の前にはクシェリがいて、僕の体を揺さぶっていた。
「え? すいません、今どうなって……?」
「急に泣き出したかと思えば、呆然としてたから……! どうしちゃったの!? 大丈夫!?」
本当に心配そうな様子で、彼女は僕を見ている。その姿が再び、優しかった母の姿と重なりかける。
「いえ、あの、大丈夫です。クシェリ様のお言葉を聞いて、少し安心してしまったもので……」
「そうなの? 何ともないの?」
「はい。大丈夫です」
「……ふう、ならよかったわ……」
彼女はほっと息を吐いて、再び席に戻った。
「あんまり心配かけないでほしいわよ、まったく……」
「すみません……」
少し頬を膨らませた彼女の様子は、王と言うよりは人並みの女の子のように見えて、一瞬だけ胸が高まる。
「あの、クシェリ様……」
「なに?」
「ご迷惑をお掛けしました。僕はもう大丈夫ですので、本題に戻りませんか?」
「それもそうね、うん。……でもその前に」
彼女はどこからか、ハンカチを取り出し、こちらへと手渡した。
「まずはその涙を拭いてからね?」
「ありがとうございます……」
クシェリからもらったその黒いハンカチで、頬を伝わっていた涙を拭き取る。
「ありがとうございます。お布、お返しいたします」
「いいわ、あなたにあげる。親交の証だと思って?」
「……本当に、ありがとうございます」
「そんなに気にしなくていいわ。たかだか布一枚なんだから」
「はい……」
言葉とは裏腹に、僕はこのハンカチを一生大事にしようと思った。
「それじゃあ、これからあなたに色々聞いていこうと思うわ。煩わしいとは思うけど、この国は少しでも多くの情報を必要としてるから、許してね?」
「あ、はい。でもその前に、一つだけ言えないことがあります。それでも大丈夫でしょうか?」
「もちろん構わないわ。何についてかしら?」
「僕の職業についてです。……あまりいい仕事とは言えなかったので……」
そう、僕がサントニアでどんな職についていたかは、どうしても伝えたくないのだ……。彼女なら受け入れてくれるかもしれないけど、それでも怖い……。それに何より、僕自身、この職業には誇りを持てていないのだ……。
「分かったわ、あなたの職業については何も聞かない。それで大丈夫よね?」
「はい、ありがとうございます……」
それから、彼女との質疑応答が始まった。
彼女は色んなことを聞いてきた。国の広さ、風景、人々、食生活、奴隷の数、武器の種類など、ありふれたことから、思いもよらないことまで。僕は一市民に過ぎなかったので、たいしたことは知らなかったが、それでも、自分なりに知っている事を伝えようとはしたつもりだ。
「ふむふむ、これでだいたい終わったかしらね」
彼女は素早く走らせていた筆を止めてそう呟く。
「そうですね。僕もだいたい伝えられることは伝えきったと思いますし」
「ごめんなさいね。あなたとしては、国を売っているようで心苦しかったでしょうに」
「いえ、サントニアには、もう思い入れはありませんので」
母はもう、いないから……。
「そう言ってもらえると助かるわ」
彼女は立ち上がりこちらへ歩み寄り、右手をそっと差し出した。
「これからよろしくね、レイオス」
彼女は優しく微笑む。
「……こんな僕でも、受け入れてくれるんですか?」
「もちろんよ。あなたのような人だからこそ、私達は受け入れたいと思う。今まで辛い目にあってきたでしょうし、私の言うことは信じられないかもしれない。……それでも、今はこの手を取って欲しい」
彼女の眼差しは真剣で、その黒き瞳からは濁りなど少しも感じられない。
立ち上がり彼女の手を見つめる。
――白くて美しいその肌に、僕が触れてもいいのだろうか?
ためらいながらも、彼女の手を握る。
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「僕は、あなたのことを信じます。クシェリ様」
この時僕は、心の底から彼女への忠誠を誓った。
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