真っ白テーマパーク

オオカミ

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真っ白テーマパーク

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 空は青く、晴れやかな光が大地を照らし出している。

「ねえ、君はどんな物語が見たい?」

 私が彼に尋ねる。
 緑の景色が広がり続ける丘の上で、私たちは、ゆったりと肩を並べて座っている。

「うーん、そうだねー。甘くて切ない恋物語とか、いいんじゃないかな」
「へー、君はそういうの好きなんだ」

 青い空にポツンと浮かぶ、ちょっと丸い雲を眺めながら、彼はぼんやりと私に答えた。

「じゃあさ、晴花はどういうのが好きなの?」
 
 さっきまで雲を眺めていた彼は、黒曜石のように黒く輝く瞳で、私を見つめた。
 
 まただ……。初めて出会った時からずっと、彼のこの、吸い込まれてしまいそうな純黒の瞳に、心を奪われない時がありはしなかった……。
 彼の瞳は、どうして、こんなにも私の心を惹きつけてやまないのだろうか。知りたい、私の、この想いの先にある答えを……。

「あれ? 晴花、どうしたの?」

 彼のその純粋な瞳が、不思議そうに私の顔をのぞき込む。

「え、あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
 
 自分が彼に魅入ってしまっていたことに気づき、あわてて顔をそらす。

「ふーん、変なの。それで、晴花はどんな話が好き?」

 彼はそれ以上は疑問を持つこともなく、同じ質問を繰り返した。

「そうねー。私は、最高のハッピーエンドかと思ったら、最後にすごく悪いことが起こって、バッドエンドー、って感じの物語が好きかな?」 

 言葉の最後に私は、悪い人がしそうな、不自然な微笑みを作ってみせた。

「え、晴花しゅみわるっ!」

 心外……ではなく予想通り、彼は強い嫌悪感を示してくれた。
 こういう反応が返ってくることは、最初から分かり切っていたとはいえ、自分のありのままの姿を否定されたみたいで、ちょっと傷つく。

「ひどい! 君にだって、変な趣味の一つや二つはあるくせに!」
「いや勝手に決めつけるなよ!」
「じゃあないの!?」

 さっき覗き込まれたことのお返しに、今度は私が彼に詰め寄ってみた。瞳は逸らして。

「いや、ある、かなー?」
「でしょ!」

 私は自慢げに笑ってみせた。

「うーん、でも、なんか納得できない……」

 彼は眉間にしわを寄せ、不満そうに唇を曲げている。

「ふふっ」

 微笑みながら、彼の隣に座り直した。

「ひとってね、誰しも、お腹の中に隠していることがあると思うの。それはきっと、その人にとってとても大切なことで、だからこそ、他人に知られて、拒絶されるのがすごく怖かったりすると思うんだ」

 私は彼の肩に手を置き、耳元で甘く囁いた。

「だから、私が君に伝えた秘密も、君には受け入れて欲しいの」

 彼は驚いた様子で振り向き、その、美しく輝く黒色の瞳で、私の目をまじまじと見つめた。

「わ、分かった。晴花が、そんなに大事に思っていることなら、僕はもう、否定したりしないよ」

 彼は、上ずりながらも、意志のこもったしっかりとした声で、私に答えてくれた。

「ふふ、ありがとうね」

 受け入れてもらえたのが嬉しくて、彼の背中に抱きついてしまう。

「ちょ、晴花、あんまり密着しないで……」
「あ、ごめんなさい」

 彼の首に回していた手を離し、元の位置に戻る。
 少し不満だ。私と彼は、いつも一緒に行動するぐらい仲が良いのに。私が彼に隠している気持ちを伝えたなら、もっと、彼に触れることができるのだろうか。

「まあ、私の趣味の話は、嘘なんだけどねっ」

 小さく舌を出し、笑いかけてみた。
 火事が起こった。

「こら~! 待て~~!!」
「あはは、待たないもーん!」

 怒った彼は、逃げる私を追いかける。しかし、私の方が足が速いので、全く捕まえることができていない。
 丘の頂上まで走り抜き、一旦立ち止まって息を整える。彼も登ってきてはいるが、その足どりは速くない。

「もう諦めなよー。君は運動得意じゃないんだし。おとなしく、私にいいようにされるしかないんだよー?」
「ふざけるな~!!」

 凄い勢いで駆け寄ってきた。

「わ、はやいっ!」

 慌てて丘を下ろうとするが、勢い余って体勢を崩してしまう。

「晴花っ!」

 前のめりになってこけそうな私を、彼が後ろから抱き締めて支えてくれた。

「あぶないだろ!」
「あはは、ごめんごめん」

 それから、私たちは丘の上に並んで寝そべり、日が沈むまでの間、ぼんやりと青空を眺めていた。

「空が赤くなってきた。そろそろ帰らないと」
「そうだね」

 彼は起き上がり、夕陽に向かって丘を下り始めた。私も後に続き、丘を下っていく。
 沈みゆく赤き光が、彼の後ろ姿に暗い影を作り出している。
 赤と黒に彩られたその妖しい景色が、私の中に隠された情動を呼び起こす。
 
 ……人は誰しも、その腹の中に秘密を隠している。
 知りたい。彼の内側にある、美しい秘密を。
 
 体を本能が支配し、ポケットの中の小型ナイフに手が伸びる。

「おーい、せいか~」

 彼が振り向き、私を呼ぶ。

「後ろにいないで、隣に来てよー」
「分かったー。今行くー」

 ポケットから手を抜き、彼の方に駆け寄る。

 彼が声を掛けてくれたことに、私は内心ほっとしていた。彼の秘密を知るのには、今はまだふさわしい時ではない。
 彼と私が、お互いの恋心を通じ合わせ、この上なく心を満たすことができたなら、きっとその時が、私の望みを果たせる、最上の機会となるだろう。

「そしたら、君の望む切ない恋物語も、きっと叶えられるよ」
「え、何か言った?」
「んーん。ただの独り言だから、気にしないで」
「そっか」
「そうそう」
 
 彼から少し顔をそむけ、酷く歪んだ微笑みを浮かべた。
 
 ――いつか、君と私の望みを叶えて、二人だけの恋の中で眠ろうね。

 沈みゆく太陽が、私たちの進むべき道に影を落としている。

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