背徳リンカーネーション

オオカミ

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背徳リンカーネーション

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 熱い吐息を吐く深紅の唇は、脳の芯を震わせるほどの甘い声で囁いた。

「いいわ、あなたの願いを叶えてあげる」
 
 金色のレースで飾り付けられた、赤色のドレスをひるがえし、炎のように揺らめく瞳を細め、彼女はなまめかしく微笑んだ。

「ほ、本当に、僕の願いを聞いてくれるの!? で、でも僕の願いは……」

「別に構わないわ。美しい存在に惹かれてしまうのは、仕方がないことですもの。……それに、あなたの魂は……とってもおいしそう」
 
 彼女の、美しくも妖艶な姿から目が離せない。

 無垢な少女を思わせる、清純で整った顔つき。それとは裏腹に、視線を定めることができないほど、魅惑的で完成された体形。そして、髪から瞳、ドレスからハイヒールにかけて、彼女の全身を彩る情熱的な赤が、僕の心を引き寄せてやまなかった。

「ああ、うれしいよ……! まさか、君みたいな素敵な女性が、僕の恋人になってくれるなんて……!!」
 
 喜びのあまり、吐息を漏らしながら言葉を発してしまう。

「ふふ、私もうれしいわ。あなたのキレイな魂を、私好みに染め上げて、今よりもっと、おいしくしてから味わえるのだから」
 
 彼女は僕の眼前まで歩み寄り、その、小さくてなめらかな手のひらで、僕の頬に触れた。

「これからよろしくね、私の愛しき人」 

「よ、よろしくお願いします……!」

 頬に伝わってくる彼女の熱が、僕を惑わせる。

「ねえ、そういえば」

 と言葉を発した直後、彼女は僕を抱き寄せ、口づけをした。柔らかな深紅の唇が、僕の感覚を奪う。


「そういえば、私たち恋人になったのに、お互いの名前も知らないわよね。……ねえ、あなたの名前を教えて?」

 唇を離した彼女が、僕に問い掛ける。

「僕の、僕の名前は、龍華。土見田龍華」

 感覚も心も、全てを彼女の揺らめく瞳に奪われ、操り人形のように言葉を発する。

「へえ、龍華くんっていうんだ。私の名前はね、リリアっていうの」

「リリア……」

「そう、リリアよ。よく覚えておきなさい。これから、あなたの人生の最後まで、あなたの傍にいる人の名なのだから」

 彼女の瞳が、唇が、肌が、香りが、身に纏う赤が、僕の全てを捕らえて離さない。

「リリア、愛してる」

「私も愛してるわ、龍華くん」

 思考さえ本能に置き換えられて、求めるままに愛を囁く。

「さあ、私を求めて。あなたの魂を、私の色に染め上げてあげる」
  

 
 この時から、僕の孤独な半生は終わりを告げ、鮮やかなべに色の人生が始まりを迎えた。
 
              
          ✞


「ふふ、聖夜のイルミネーションって、とってもキレイなのね」

 隣でクリスマスツリーを見上げていた彼女は、そう言って微笑んだ。

「そうだね。とっても綺麗だ」

 繋いでいる彼女の左手を優しく握り、そう答えた。

「リリア、今日は、君に伝えたいことがあるんだ」

 コートのポケットに隠していた小さな箱を取り出し、パカッと開いて差し出した。

「リリア、僕と結婚して欲しい」

 差し出された箱の中には、鮮やかに煌めくルビーの指輪が入っている。

「まあ……!」

 彼女はその赤い目を見開き、頬に手を添えて驚いた。

 僕はこの一年間、彼女と共に時を過ごしてきた。水族館に行ってペンギンショーを見たり、喫茶店でのんびり語り合ったり、公園でバドミントンをしたり……彼女との思い出の一つ一つが、僕には赤い宝石のように輝いて見える。

「ありがとう、とってもうれしい。この指輪、ずっと大切にするね」

 彼女は、左手の薬指をルビーの指輪に通し、満面の笑みを見せてくれた。
 

 ――ああ、この光景こそが、僕がずっと見たかったものなのだ。


 彼女と出会うまで僕は、社会から孤立し、ただ、夢物語に浸るだけの日々を送っていた。人生なんて無意味で、他者との関わりなんて、なおさら何の意味も無いものだと、そう、思っていた。
 
 けれども、ずっと僕は求めていたのだ。僕のことを認め、愛してくれる存在を。
 
 今、目の前にいる麗しき姫君と描く、薔薇色に輝く人生を。

「さあ、リリア、僕たちの家に帰ろう」

 彼女の手を握り、優しくエスコートする。

「そうね、帰りましょう」

 それから僕たちは、二人だけの愛の城で聖夜を祝い、お互いの全てを求め、満たし合った。

「ねえ、もう一つ、私にクリスマスプレゼントをくれない?」

 僕の腕の上で微睡まどろんでいた彼女が、そう囁きかけた。

「なんだい? 僕にあげられるものなら、なんだってあげるよ!」

 プレゼントをおねだりされたことが嬉しくて、僕は明るく答えた。

「ありがとう。……ねえ、龍華くんは、私と一緒にいて楽しかった?」

 僕の左胸に左手で直に触れながら、彼女は僕に問い掛けた。

「もちろん! 君と出会った時からずっと、僕の人生は薔薇色だよ!」

 そう答えると、彼女は、人差し指で僕の左胸に五芒星を描き、艶やかに微笑んだ。

「ふふ、よかった」

 彼女の瞳が、あの日のように赤く揺らめく。

「きっとね、龍華くんの人生は、今が一番幸せな時になると思うの。だからね、龍華くんには、ずっとその幸せを味わっていてほしいと、私は思っているの」

「え、どういうこと?」

 リリアが言っていることの意味がわからない。

 確かに今はすごく幸せだ。だけど、リリアと一緒に生きていけるなら、これからもずっと幸せなはずだ。

「ねえ、龍華くん……あなたの魂をちょうだい」

「え……」

 頭から一気に血の気が引いていく。

 なぜ、そんなことを言うのか理解できない、したくない。約束を果たす時は、まだ、先延ばしにしてもいいはずだ。

 僕と彼女は、確かに愛し合っていたはずだ。彼女が僕に向けてくれた笑顔は、偽りのない純粋な笑顔だったはずだ。

 ……彼女が僕に向けてくれていた愛は、全て、偽りだったとでもいうのだろうか。

「龍華くん、勘違いしないで。私は、本当にあなたを愛しているのよ。愛しているからこそ、あなたには、幸せなまま終わってほしいの」

「リリア……」

「永い時を生きてきたから、わかるの。人間にとっての最大の幸福は、その人の願いが叶ったその時に、一生を終える事なのよ」

「でも、僕はまだ君と……!」

 彼女は僕を抱き寄せ、その清らかな肌を触れ合わせた。

「大丈夫。辛いことも苦しいこともないわ。ずっと、今の幸福が続くのよ。だって、あなたは私の一部となるのだから」

「君の一部に……」

 彼女の言葉を聞いて、はっと気づかされた。

 そうだ、リリアに魂を捧げることは、決して不幸なことではない。彼女の欲求を満たせるし、僕自身も、彼女のそばに居続けることができる。

「リリア、やっと君の言葉の意味が分かったよ。やっぱり君は、僕のことを本当に思ってくれているんだね……」

 僕に触れている彼女を、強く抱き締める。

「龍華くん……ありがとう、私の気持ちを分かってくれたのね……」

 彼女のあかく揺らめく瞳を見つめ、意を決して言葉を放つ。

「リリア、愛してる。僕の全てを君に捧げるよ」

「龍華くん、私も愛しているわ。……さあ、瞳を閉じて。最後は、甘い口づけで終わらせてあげる」

 言われるがままに、目を閉じる。

「ずっと一緒よ、龍華くん」

 彼女の熱い吐息が近づき、甘い唇が重ねられる。
 

 ――ああ、幸せだ。


 リリアの唇に吸い寄せられるようにして、ゆっくりと意識を失っていった。








「ああ……! 思ったとおり、この子の魂って、とっても美味しい……!! 一年かけて、私色に染め上げた甲斐があったというものだわ……!」

 薔薇の香りを纏った美しき悪魔は、恍惚とした表情で頬に手を添え、極上の果実を味わう。

「ふふ、楽しい思い出もできたことだし、そろそろ屋敷に帰ろうかしら……」

 紅き悪魔は、空中に五芒星を描き、異界への門を開いた。

「この子の魂を味わい尽くしたら、私の眷属として、転生させてみようかしらね。……ふふ、全ては私の思うがまま。これからも、私のことを楽しませてね、龍華くん」

 妖艶で嗜虐的な笑みを浮かべ、悪魔はこの世界から姿を消した。
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