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1.不吉な黒猫

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─────痛い。苦しい。

「不吉な黒猫め……!お前が厄災を呼んだんだろう!!」

「お前の両親もそのせいで死んだに違いない!!」

「やはり生かしておくべきではなかったんだ……!」

雨でぬかるんだ地面に座り込んで、守るように抱えた頭に、べしゃ、と冷たいものがぶつかる不快な感覚がした。きっと泥だ。反射的にそれを弾くように黒い耳が動いて、それにおぞましいものを見るような視線が注がれているのが顔を庇った腕の隙間から見えた。それも、雨とは違う滲んだ視界に霞んでいく。

村の獣人たちから、よく思われていないのは知っていた。それこそ、生まれたときから。

─────私は、黒猫の獣人だから。

様々な獣人が暮らすこの国で、黒猫の獣人は異質だった。勿論、悪い意味で。動物としての黒猫はいるし、猫の獣人自体も珍しくないけれど、黒猫の獣人というものは現実では聞いたことがない。けれどそれでも有名なのは、この国の建国神話に登場するからだ。────世界を滅ぼそうとする、身の程知らずな悪役として。最終的に、この国の最初の王とされる竜人と、その眷属によって討ち滅ぼされる、子供でも知っている不吉な大悪党。

白猫の獣人であった母がその腕に抱いた私を一目見て、そこに黒い耳と尻尾を見つけた途端、村の獣人達は声高に叫んだという。

──────不吉だ!厄災の予兆だ!

──────その子供を間引け!!

けれど当然のように上げられたその声に、私の両親は激怒してくれた。

『なんてこと言うの!色なんて関係あるものですか。私の可愛い娘に変わりないわ。まるで天使のようじゃない』

『そうだ!生まれたばかりの赤子になんてことを……それに、艶やかな黒い耳も尻尾も、こんなにも愛らしいのに……よくもそんな恐ろしいことを』

獣人の世界では強さが全て。村の中では無類の美しさと強さを持っていた両親が本気で激怒したことで、村の獣人達は渋々引き下がった。閉鎖的な村の中、私に対する悪感情はあっという間に蔓延したけれど。両親の手前直接何かをされたことはなくても、幼い頃から埋まらない孤独感を抱えて生きてきた。村の子供は誰一人私に近付こうとはしなかったし、大人達の目はいつでも冷たく恐ろしかった。

けれどそれでも私が生きてこれたのは、愛情を注いでくれる両親がいたから。

『ノエルは本当に可愛いわね』

『俺達の宝物だ』

白猫の獣人である母と獅子の獣人である父は長らく子供に恵まれず、もう諦めかけていた所に授かったのが私だった。それが不吉の象徴とされている黒猫だったのだから絶望したっておかしくないのに、二人はそんなことは心底どうでもよくなるくらい念願の子供を授かったことが嬉しかったらしく、村の獣人達の態度を差し引いても有り余るくらいの愛情を注いでくれた。普通の子供と同じように、良いことをすれば褒めて、悪いことをすれば叱って。

悲しい思いも苦しい思いも、両親がいたから乗り越えられた。自分が不吉な黒猫だということも忘れられた。だって厄災だのと叫んでいた割には、村で大きな災害が起こったこともなかった。なにより両親は、私を黒猫に産んでごめんと謝ったことは、一度もなかったから。だから、私が黒猫の獣人に生まれたことは、何も悪いことではないのだと────あの日までは確かに、そう思っていた。


酷い雨の日だった。村の外に出掛けていた二人は、土石流に巻き込まれて───────そのまま。


知らせを受けて、実感は湧かないのに胸にぽっかりと穴が空く感覚がした。信じられなくて、理解したくなくて呆然とする私に、今度こそ村の獣人達は蔑みの目を向けた。

『─────やはり、不吉の子を産んだせいで』

その呟きに、頭が真っ白になった。そこからの日々は、正直記憶が曖昧だし、思い出したいとも思わない。きっと全ての村の獣人がそんなふうに思っていた訳ではなかった。突然の両親の死に、葬儀で泣くことすらできず呆然とする私に同情の目を向ける人も、いたと思う。けれどそれも、数週間の間に恐怖と嫌悪の視線に変わった。

──────村を厄災が襲い始めたのだ。

初めは豪雨だった。それが洪水になり、農作物が全てだめになったと思えば、その間に酷い風邪が流行り、辛うじて死者こそ出ていないものの村はあっという間に地獄絵図に変わった。そうしてその血走った目は────私に向けられたのだ。

私は、両親が万一のことを思って蓄えていた備蓄で飢えることはなかったし、風邪にもかかることはなかった。備蓄は村の獣人たちに分けようとしたのに、黒猫が触ったものなど食べられないと突っぱねられたのだ。けれど食料はともかく、洪水の被害にも遭わず病気にもかからなかったことは、自分でも少し恐ろしく感じていた。だって、これではまるで────

「お前がこの厄災を呼んだんだろう!!」

─────心の中を、読まれたのかと思った。けれどそれは、続く災害に耐えきれなくなった村の獣人達の怨嗟の声で。正気ではないようなその表情に恐怖を覚え、けれど逃げ出す前に雨の中外へと引きずり出された。ぬかるんだ地面へと放られ、私を取り囲む村の獣人達から浴びせられるのは聞くに堪えない罵倒の声。不吉な黒猫だと言われることは慣れているからまだ良い。けれど、

「あの二人もお前のせいで死んだんだ!!」

その言葉は、胸が引き裂かれそうなほどに痛かった。そんなことはない。そんなはずはない。だって不吉な黒猫なんていうのはただの迷信で、だから。私が、あれだけ愛情を持って育ててくれたお父さんとお母さんをなんて─────そんなはず。否定したいのに、声が出てくれなかった。

だってずっと、ずっと、その疑念が心の中にあったから。

「村から追い出せ!」

「それでは駄目だ。この村から不吉の象徴が産まれたなどと知られれば、この村はおしまいだ」

「ならば殺してしまえ。そうすれば厄災も収まるに違いない」

「しかし万が一、祟りで更なる厄災が襲うようなことがあったら……」

おぞましいものを見る目で、村の大人達は私の処分について相談を始めた。私はただ俯いて、唇を噛み締めることしかできなかった。私がもっと強ければ────けれど力のあった両親とは違い、私は酷く非力だった。それも相まって不吉の子だと言われていたのだ。両親が亡くなって、いつかこうなる気はしていたけれど、どうしようもなかった。

私を愛する両親が、私を疎ましく思う村から出て行こうとしなかった理由は簡単だ。─────この村の外での黒猫の獣人の扱いはもっと酷いと、そういうこと。閉鎖的で、外の人間が入ることを嫌うこの村の中で、力のある両親が庇ってくれたから私は生きてこられた。けれどその庇護がなくなって、それでもあまり外に出ず慎ましやかに暮らしていれば、村の中に置いておいてはくれるかもしれないと、淡い期待を持つことしかできなかった。

けれどそれも、厄災が村を襲い、そうしてそれが私のせいだと言われてしまえばおしまいだ。

体の震えが止まらないし、視界が滲んで仕方が無い。両親がいなくなって後を追ってしまおうかと考えたことが、ないわけではないけれど─────それでもやっぱり、私はまだ死にたくない。せっかく両親が、愛情を持ってここまで育ててくれたのに。私が死んでしまったら、両親の愛情を、暖かさを、思い出を、誰が繋いでいくのだろう。

噛み締めた唇から血が滲んだとき、低く、しかし威厳のある声が響いた。

「落ち着け、お前達」

「長……!」

自然と村の大人達が道を開ける。そこから現れたのは、狼の獣人である村長だった。銀色の髪や髭に覆われるようにしてこちらを睨む金色の目は、やはり冷たい蔑みに歪んでいる。びくりと体が震えた。私は村の獣人達の中で、この人が一番恐ろしかった。きっと老いていなければ、私の両親よりもずっと力がある種族だ。言葉を交わしたことすら殆どなかったけれど、こちらを睨むその表情は村の誰より蔑みに染まっていた。

「そのおぞましい黒猫の処分は、もう考えてある。たまたま隣町に滞在していた力ある魔女を呼び寄せたのだ」

ざわ、と村の獣人たちがざわめき始める。魔女、と聞いて体が震えた。魔女とは、この世界に僅かしかいない、魔術や呪術に長け、獣人と並び立つほどの強大な力を持った謎多き人間のことだ。その能力から一定の敬意を払われる魔女達は、しかし己が面白いと思ったことにしか力を貸さず、時には破滅にすら導くという恐ろしい存在として名を馳せている。昔両親が会ったことがあったと言っていたけれど、幼い私がどれほど強請っても詳しくは語ってもらえなかった。口に出すのも憚られる存在なのだと、幼心に恐ろしく思っていたものに私の処遇が任されると聞いて、じわじわと恐怖が体温を奪っていく。

「恥を忍んで黒猫の話を持ち掛けたら、いたく興味を持った様子だった。長い時を生きる魔女ならば、厄災を呼び込む黒猫の処分の仕方も知っているだろう。明日にでもこちらに来るというから、ソレは小屋にでも転がして迎えの準備を─────」

「その必要はないわ」

とぷん、と雨とは違う水音がして、思わず目を瞠った。先程まで誰もいなかったはずの村長の隣に、気付けば見蕩れてしまうほどの美女が立っていたのだ。黒いローブでも隠せないほどに豊満な肢体に、艶やかなストロベリーブロンド。そしてアメジストのような淡い紫のその瞳は、真っ直ぐにこちらを見詰めていた。

「なっ……魔女!?なぜここに」

「あら、ご招待いただいたと思っていたのだけれど?いつ行くかなんて私の自由よ」

驚きに声を上げる村長や村の獣人達をにべもなくあしらって、魔女はぬかるんだ地面へとへたりこみ泥だらけになった私に近付いた。不思議なことに、魔女の体が雨で濡れることもなければ、その足に泥が跳ねることもなかった。魔女が自分に近付くごとに、自然と耳の毛が逆立ち、尻尾が膨らんでいくのを感じる。村の獣人達とは違う、本能的に畏怖を抱かせるような存在に、私は怯えていた。そんな私に構わず、魔女はしゃがみ込むとじろじろと私を見回した。

「……見事な黒猫ね。それだけならまだしも、その赤い瞳……瞳の色は、魔力の質の証よ。大袈裟に言っているだけだと思ったけれど、これは本物ね。────あの人の晩年を辿りに来ただけだったけれど……これは思わぬ拾い物だわ」

「……なに、を」

「確かに、この村の厄災はこの娘が呼んだものよ」

あっさりと、魔女が当たり前のようにそう言って、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。そんな、そんなはずは。けれど、魔女が嘘をつくことがないというのもまた、悪名と同じほどには有名な話で。村の獣人達はそれ見たことかと言わんばかりに声を上げた。魔女がすぐ近くにいるから泥こそ投げないものの、怨嗟の声は高まるばかりだった。

「やはり全部その黒猫のせいだったのか!」

「殺せ!!その不吉な黒猫を!!」

「そいつのせいで俺達がどれほど苦しい思いをしたことか!!」

今にも殴りかかってきそうな村の獣人達にノエルが身を竦めると、魔女は呆れたような声を出した。

「言っておくけれど、ここでこの娘を殺したら、下手をすれば国が滅びかねないほどの大厄災が起きるわよ。赤目の黒猫獣人というのは、それだけ特別な存在なの」

その言葉に、殺せと叫んでいた村の獣人達は青ざめて口を噤んだ。私は呆然とするばかりだ。国を滅ぼすような力が、私にあるわけがないのに。けれど魔女は、けして嘘をつかない存在。強い力の代償として、嘘をついたその瞬間に魔力が失われるという話は有名だった。

「……では、どうすればよいのだ。ソレをこれ以上村に留まらせておくなど、冗談ではないぞ」

苦々しい声で村長が言うと、魔女はこちらから視線を移さないまま楽しげに頷いた。

「ええ。私に頼ったのは正解だったわね?殺すことができなくても、封印することならできるのよ」

「封印?」

「ま、簡単に言うと隷属契約を結ぶことで、本物の猫にしちゃうのよ。寿命も性質も、ほとんどただの猫そのものになるの。そうしたら私が預かるわ、色々試したいこともあるし。隷属契約の支配下にある使い魔は魔女の命令には逆らえないし、その命すらも思いのまま……まあ、この娘を殺すわけにはいかないから、それはおまけね。ほとんど無力化できるとはいえ、全ての能力を抑えられるわけじゃないから、どちらにしろ魔女の手元にあるのが一番安全よ」

魔女の言葉に、村の獣人達が満足げな嘲笑を漏らした。獣人というのは、獣の強さと人の知性を併せ持つことに誇りを持っている。それが人の姿を奪われ、ただの獣に身を落とすというのは、下手をすれば命を落とすことよりも重い屈辱だ。それも、会ったばかりの魔女に命の沙汰を預けるなんて。息をのんだ私に構わず、村長は勢い込んで魔女に迫った。

「どうすればよいのだ。その不吉な黒猫を、一刻も早く愚かなただの獣に変えてやらなければ」

「そこらの魔女なら準備だけで数週間は掛かるでしょうけれど─────幸い私は、とっても優秀なのよ」

そう言うと、魔女は目を瞑り、歌うような声で何かを呟きだした。

「『我は尊き魔女。一切を手にする者。今ここに、隷属の証を』」

つ、とその指が空中をなぞるように円を描くと、複雑な紋様が浮かび上がり、それが冷たい光を放つ。そうして魔女がその紋様の中から摘まみ上げたのは、見たこともない複雑な模様が刻まれた───細い金属の首輪だった。

ふう、と息を吐いた魔女は、その首輪を手で弄びながら笑みを浮かべた。

「これにこの娘の名前を刻んで、取り付けたら完了よ。上下関係を伴うような契約において、名前は魔術的に大きな意味を持つの。貴女、名前は?」

小首を傾げて当然のように尋ねてくる魔女に、思わず呆然とした。この魔女には、私の姿が見えていないのだろうか。雨の中外へと引きずり出され、泥をぶつけられ散々罵倒され。挙げ句に今から獣人としての尊厳を奪われようとしているのに、私が名前を答えることを疑っていない。私が答えなくても、村の獣人の誰かが教えるだろうけれど、それにしたって私に尋ねてくるなんて。そこまで考えて、私は気がついた。─────この魔女の瞳には、一片の悪意もない。ただ、当然のことを必要だからしている、それだけ。

「その不吉な黒猫の名前は─────」

「……あの、」

忌々しげに答えようとした村の獣人の一人を遮って、私は魔女に声を掛けた。けれど魔女は、忌々しげに眉をしかめるでも不機嫌になるでもなく、ただ小首を傾げて。

「何?」

ああ、この人は私をただの猫にしようとしていて、私を蔑む村の獣人達にも何を思っているわけでもなさそうで。─────けれど唯一、話が通じる人だ。ならばどうしても今、聞きたいことがある。

「……私の両親が、この間の豪雨で土石流に巻き込まれて、亡くなりました。──────それも、私のせい、なんですか」

「さあ?見てないから分からないけれど、そうかもね。自然災害なら可能性は高いわ。黒猫が呼び込む厄災は、自然に干渉するものだから」

何でもないことのように魔女は答えたけれど、私はそれに心臓が潰れるほどの衝撃を受けた。

─────あれだけ愛して貰ったのに。育てて貰ったのに。黒猫に偏見を持たない、本当に優しい人達だったのに。この世に産んで、貰ったのに。

私が、殺した。私が、不吉の子だから。産まれるべきではない、黒猫だったから。そんな化け物を大切に育てたばかりに、あの優しい二人は、誰よりも幸せになるべきだった二人は、死んでしまったのだ。

─────私は、あの二人の子供として、産まれるべきではなかった。この世に、産まれてくるべきではなかった。

「──────……ノエル」

「ん?」

「……私の名前は、ノエルです」

もう、全てがどうでも良かった。お父さんとお母さんは、私に沢山の幸せをくれた。だから私もいつか、自分の手で誰かを幸せにしてあげることが夢だった。思い上がっていた。不吉な黒猫が、実の親さえも殺した私が、そんなことができるはずなかったのに。息をしていることさえも、罪だというのに。誰かを不幸にし続けるくらいならば、いっそ命を絶ってしまいたいのに、それすらも許されないのだ。私が死んだら、厄災を呼び込んでしまうから。

私を預かるらしい魔女は、色々試したいことがあると言っていた。一生、猫の姿のまま、魔女に実験台にされるのだろうか。それは苦しく辛いものだろうか。─────そうであれば、少しでも両親への償いに、なるだろうか。

「ノエルね」

機嫌よさげに魔女は私の名前を呟くと、それに呼応するように首輪が淡く光り始める。金属を彩る装飾の合間に、自分の名前が焼かれるように刻まれるのを見た。

「さ、顔を上げて。ちょっと痛いわよ」

覚悟を決め、大人しく顎を上げて首を差し出すと、カチリ、と首元で音がした。それと同時に、全身が焼けるような痛みが迸り、余りの熱と激痛に悲鳴が喉をついた。

「ッッあぁあぁああああ────────ッッ!!!!!」

泥まみれになるのも構わず、地面を転がり回る。けれどそれでも焼け付いたような痛みは消えてはくれず、意識が焼き切れては目覚め、そうして漸く痛みが薄れた頃には──────私の視界はすっかり低くなっていた。視線を下ろせば、目に入るのは泥まみれの汚い黒い前足。

「さ、これで貴女は生まれ変わった。もう大規模な厄災を起こすこともできないわ。今日からは私の眷属よ。貴女は、魔女が誇る集合知の一つになるの」

魔女が指先をひらめかせると、そこに水滴が寄り集まり鏡の形を取る。魔女が差し出すそこには────真っ黒な毛並みに、血のような赤い色の瞳をした、細い金属の首輪をつけた汚らしい子猫が一匹、映っていた。声を出そうとしても、口から出るのはにー、という高く弱々しい音だけ。あぁ、本当に自分は、獣人ではなくなってしまったのだ。けれどそんな絶望に浸る間もなく、村の獣人達は歓声を上げた。

「悪しき黒猫の獣人を無力な獣にしてやったぞ!」

「これで村に平穏が戻る!」

「殺してはいけないと言うのなら、さっさとその獣を連れていってくれ!視界に入れるのも不愉快だ」

無力な黒猫になってなお今にも泥を投げつけてきそうな村の獣人達の剣幕に、魔女は白けたように息を吐いて肩を竦めた。

「はいはい、それじゃあこの子は貰ってくわよ。貴重な赤目の黒猫獣人だもの。ああ、これからが楽しみだわ」

恍惚とした表情でそう呟いた魔女がつい、と指を動かすと、ふわりと体が浮いた。驚いて前足が空をかくけれど、お構いなしに引き上げられ──────とぷん、と音が聞こえたと思えば、ぐらりと視界が歪んだ。


─────きっとこれから一生、私は魔女の実験台として弄ばれ、そうしてこの生を終えるのだろう。けれど、それでこの身が呼び込む厄災を抑えられるのなら。両親へ、ほんの少しでも償いができるのなら。それでいい。もう、それだけで。

諦念と悲しみと無気力に沈んでいた私は、知らなかった。

後日、アクシデントの末に魔女とはぐれ、迷い込んだ先で。


「────……俺の、……番……ッ!!」


───────運命の出会いを果たすことになるなんて。
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