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障害編
1話【after work】戸野倉 凛太郎 18歳:創作和食(藍原編)
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仕事を終えて病院を出ると、駅に向かう途中で、見覚えのある背の高いシルエットが目に留まった。その影がこちらを振り返り、手を振る。
「香織さん」
「凛太郎くん! どうしたの? 今日は林さんの受診日じゃないわよね?」
ふわふわの髪の毛を風に揺らしながら、ほんわかした笑顔で近寄ってくる。手には小さな紙袋。中には、ポーチと封筒が入っていた。
「先日お借りしたものとお金です。どうもありがとうございました」
「え、わざわざそのために……? 林さんの受診のときでいいっていったじゃない」
「いえ、早いほうがいいと思いまして」
凛太郎くん、相変わらず年齢のわりにとても律儀。しっかり受け取ってカバンにしまっていると、背後から女の子の声がした。
「藍原先生! お疲れ様です!」
「梨沙ちゃん! お疲れ」
梨沙ちゃんも帰るところだ。あたしと凛太郎くんを見て、笑顔で近づいてきた。
「あれ、先生、こんなところで凛太郎くんと待ち合わせですか?」
凛太郎くんが笑顔で会釈する。
「こんばんは。僕のこと、ご存じなんですか?」
「きゃはっ、こないだ藍原先生と一緒にいるところ、見ましたよ~。あ、あたし、先生と同じ内科の戸叶です」
そういえば梨沙ちゃん、凛太郎くんのこと、あたしの彼氏だと勘違いしてたわよね……。
「あ、じゃあ凛太郎くん、あたしはこれで――」
さっさと帰ろうとしたら、梨沙ちゃんが引き留めた。
「先生、晩御飯まだですよね? 食べて帰りませんか? よければ、凛太郎くんも一緒に」
「え? あ、あたしはいいけど、凛太郎くんは……」
お金を返しに来ただけなのに、迷惑じゃないかしら。ああ、でも、散々待たせて、用が済んだらさっさと帰ってもらうのも申し訳ないかしら? ちらりと見ると、凛太郎くんはにっこりと笑った。
「夕食、ご一緒させてもらえるんですか? うれしいな」
「やった! じゃあ行きましょ! あたし、いいところ知ってるんで」
梨沙ちゃんがニコニコになって歩き出す。なんか急な話だけど、凛太郎くんも意外と乗り気みたいでほっとする。
「香織さん、東海林先生の次は戸叶先生ですか?」
「そうね、梨沙ちゃんはもう研修医じゃなくて、立派な内科医だけど」
あっといけない、つい梨沙ちゃん、なんて名前でいっちゃった。仕事とプライベートは分けるつもりなのに、凛太郎くんといると、どうも調子が狂っちゃう。香織さん、て名前で呼ばれるからかな? それとも、患者さんじゃなくてその知り合いだからかな。それとも……成り行きとはいえ家に泊めたり、あんなことやこんなことされたり……したから、かな……。ああっ、いけない、ついつい思い出してスイッチが入るところだったわ。相手はゲイの凛太郎くんなのよ、しかも梨沙ちゃんまでいるのに、うっかり妄想なんて始めちゃったら大変!
梨沙ちゃんに連れられて行ったのは、雰囲気のある創作和食の半個室。さすが梨沙ちゃん、おしゃれだわ。また梨沙ちゃんが、凛太郎くんとの関係を聞いてくるんじゃないかドキドキしてたけど、そんなこともなく和やかに食事は進んだ。梨沙ちゃんはとっても社交的で、お酒が入ってもいつかの飲み会みたいに悪酔いすることもなく、楽しそうに凛太郎くんと話してる。あたしより年も近いから、話が合うのかもしれない。
ぶぶぶぶぶ。ぶぶぶぶぶ。
あれ、鞄の中で電話が鳴ってる。見ると……病棟から。入院患者のことかしら。でもファーストコールは梨沙ちゃんのはずだけど……。
「梨沙ちゃん、病棟から着信あった?」
「え? あっ、すみません、あたし携帯の充電切れちゃってて!」
「ああ、大丈夫よ、ちょっと電話してくるわね」
ふたりを置いて外へ出る。電話は病棟ナースからで、入院患者のちょっとした指示の確認だった。ささっと終わらせて席へ戻ると、梨沙ちゃんがひとりになってた。
「凛太郎くんは?」
「トイレに行きましたよ。……先生。凛太郎くんて、可愛いですね」
梨沙ちゃん、酔ってるせいか目がとろんとしてる。凛太郎くんのこと、気に入っちゃったのかな?
「そうね、素直だし真面目だし。あんなにきれいな顔をしてるから女子にモテそうだけど、年齢のわりに地に足ついてるというか……落ち着いてるわよね」
「先生。本当に彼氏じゃないんですか?」
あら、まだそんなこと思ってたの?
「違うわよ」
「じゃあ……あたし、凛太郎くんのこと、好きになっちゃってもいいですか?」
「え。えーと、それは……あたしは構わないけど……何ていうか……お勧めはしないというか……」
どうしよう。まさか本人に許可もとらずにゲイだなんてばらすわけにもいかないし。好きになっても無理よ、っていいたいけど、うーん、困ったわ。
「どうしてお勧めしないんですか? 先生も好きだから?」
「え? いえ、そうじゃなくて……別にあたしは、凛太郎くんを男性として好きなわけじゃないけど……」
「じゃあ、いいですよね」
「えーと……そ、そうねえ……でも凛太郎くん、もう好きな人がいるみたいよ?」
凛太郎くんはゲイなうえに、林さんラブだから、たぶん無理だと思うなあ……。一応、無理っぽいことを匂わせてみたけど……でも、あたしが止めることでもないのかもしれない。それでもかまわないっていうくらい好きになっちゃったんなら、魅力的な梨沙ちゃんのことだし、凛太郎くんも例外的に好きになったりするのかも……? うーん、ゲイの生態はよく知らないけど。でも、梨沙ちゃんの貴重な青春の1ページを、不毛な恋愛に費やしてほしくないという気持ちも。ゲイと知ってて止めないのも、何だか不親切な気がするし……。
「……ちょっと、あたしもトイレ」
結局悩んでる間に梨沙ちゃんも行ってしまった。ひとり悶々としながら、ふたりがいないうちに会計を済ませる。梨沙ちゃんは可愛い後輩だし、凛太郎くんも、いつ仕事が終わるかもわからないあたしをずっと外で待っていてくれたお礼。……どうしようかな、凛太郎くんが戻ってきたら、梨沙ちゃんに、ゲイだってばらしていいかどうか、聞いてみようかな。新條くんにもあっさり話してたくらいだから、あたしが気にするほど、本人は気にしていないのかも。ゲイでもいい、アタックする! って梨沙ちゃんがいうなら、止めることでもないし……。……あ、凛太郎くんが戻ってきた。
「あのね、凛太郎くん。相談なんだけど……」
切り出すと同時に、梨沙ちゃんも戻ってきてしまった。これじゃあこっそり確認できないわね……あれ、梨沙ちゃんの様子が、ちょっと変?
「あたし! お先に失礼しますっ!」
「え? あ、梨沙ちゃん――」
真っ赤な顔でそういうと、梨沙ちゃんは座席の鞄を乱暴に手に取ってあっという間に出ていってしまった。……な、なに、どういうこと?
「……何かあったの?」
呆気に取られて凛太郎くんに尋ねる。凛太郎くんは困ったように笑っていた。
「トイレでイヤなことがあったみたいで、怒っていましたよ」
「?」
「僕たちも帰りましょうか、香織さん」
「そ、そうね……」
結局凛太郎くんは、あたしが会計を済ませたことを知るととっても恐縮してしまい、自分の分を払おうとした。生真面目な凛太郎くんに押されて、結局あたしはお金を受け取ることに。本当にしっかりした子ね……。
「おやすみなさい、香織さん。楽しかったです」
「あたしもよ。またね」
ふう、おなかいっぱい。いいお店だったわ。それにしても……明日梨沙ちゃんに会ったら、トイレでいったい何があったのか、聞かなきゃね!
「香織さん」
「凛太郎くん! どうしたの? 今日は林さんの受診日じゃないわよね?」
ふわふわの髪の毛を風に揺らしながら、ほんわかした笑顔で近寄ってくる。手には小さな紙袋。中には、ポーチと封筒が入っていた。
「先日お借りしたものとお金です。どうもありがとうございました」
「え、わざわざそのために……? 林さんの受診のときでいいっていったじゃない」
「いえ、早いほうがいいと思いまして」
凛太郎くん、相変わらず年齢のわりにとても律儀。しっかり受け取ってカバンにしまっていると、背後から女の子の声がした。
「藍原先生! お疲れ様です!」
「梨沙ちゃん! お疲れ」
梨沙ちゃんも帰るところだ。あたしと凛太郎くんを見て、笑顔で近づいてきた。
「あれ、先生、こんなところで凛太郎くんと待ち合わせですか?」
凛太郎くんが笑顔で会釈する。
「こんばんは。僕のこと、ご存じなんですか?」
「きゃはっ、こないだ藍原先生と一緒にいるところ、見ましたよ~。あ、あたし、先生と同じ内科の戸叶です」
そういえば梨沙ちゃん、凛太郎くんのこと、あたしの彼氏だと勘違いしてたわよね……。
「あ、じゃあ凛太郎くん、あたしはこれで――」
さっさと帰ろうとしたら、梨沙ちゃんが引き留めた。
「先生、晩御飯まだですよね? 食べて帰りませんか? よければ、凛太郎くんも一緒に」
「え? あ、あたしはいいけど、凛太郎くんは……」
お金を返しに来ただけなのに、迷惑じゃないかしら。ああ、でも、散々待たせて、用が済んだらさっさと帰ってもらうのも申し訳ないかしら? ちらりと見ると、凛太郎くんはにっこりと笑った。
「夕食、ご一緒させてもらえるんですか? うれしいな」
「やった! じゃあ行きましょ! あたし、いいところ知ってるんで」
梨沙ちゃんがニコニコになって歩き出す。なんか急な話だけど、凛太郎くんも意外と乗り気みたいでほっとする。
「香織さん、東海林先生の次は戸叶先生ですか?」
「そうね、梨沙ちゃんはもう研修医じゃなくて、立派な内科医だけど」
あっといけない、つい梨沙ちゃん、なんて名前でいっちゃった。仕事とプライベートは分けるつもりなのに、凛太郎くんといると、どうも調子が狂っちゃう。香織さん、て名前で呼ばれるからかな? それとも、患者さんじゃなくてその知り合いだからかな。それとも……成り行きとはいえ家に泊めたり、あんなことやこんなことされたり……したから、かな……。ああっ、いけない、ついつい思い出してスイッチが入るところだったわ。相手はゲイの凛太郎くんなのよ、しかも梨沙ちゃんまでいるのに、うっかり妄想なんて始めちゃったら大変!
梨沙ちゃんに連れられて行ったのは、雰囲気のある創作和食の半個室。さすが梨沙ちゃん、おしゃれだわ。また梨沙ちゃんが、凛太郎くんとの関係を聞いてくるんじゃないかドキドキしてたけど、そんなこともなく和やかに食事は進んだ。梨沙ちゃんはとっても社交的で、お酒が入ってもいつかの飲み会みたいに悪酔いすることもなく、楽しそうに凛太郎くんと話してる。あたしより年も近いから、話が合うのかもしれない。
ぶぶぶぶぶ。ぶぶぶぶぶ。
あれ、鞄の中で電話が鳴ってる。見ると……病棟から。入院患者のことかしら。でもファーストコールは梨沙ちゃんのはずだけど……。
「梨沙ちゃん、病棟から着信あった?」
「え? あっ、すみません、あたし携帯の充電切れちゃってて!」
「ああ、大丈夫よ、ちょっと電話してくるわね」
ふたりを置いて外へ出る。電話は病棟ナースからで、入院患者のちょっとした指示の確認だった。ささっと終わらせて席へ戻ると、梨沙ちゃんがひとりになってた。
「凛太郎くんは?」
「トイレに行きましたよ。……先生。凛太郎くんて、可愛いですね」
梨沙ちゃん、酔ってるせいか目がとろんとしてる。凛太郎くんのこと、気に入っちゃったのかな?
「そうね、素直だし真面目だし。あんなにきれいな顔をしてるから女子にモテそうだけど、年齢のわりに地に足ついてるというか……落ち着いてるわよね」
「先生。本当に彼氏じゃないんですか?」
あら、まだそんなこと思ってたの?
「違うわよ」
「じゃあ……あたし、凛太郎くんのこと、好きになっちゃってもいいですか?」
「え。えーと、それは……あたしは構わないけど……何ていうか……お勧めはしないというか……」
どうしよう。まさか本人に許可もとらずにゲイだなんてばらすわけにもいかないし。好きになっても無理よ、っていいたいけど、うーん、困ったわ。
「どうしてお勧めしないんですか? 先生も好きだから?」
「え? いえ、そうじゃなくて……別にあたしは、凛太郎くんを男性として好きなわけじゃないけど……」
「じゃあ、いいですよね」
「えーと……そ、そうねえ……でも凛太郎くん、もう好きな人がいるみたいよ?」
凛太郎くんはゲイなうえに、林さんラブだから、たぶん無理だと思うなあ……。一応、無理っぽいことを匂わせてみたけど……でも、あたしが止めることでもないのかもしれない。それでもかまわないっていうくらい好きになっちゃったんなら、魅力的な梨沙ちゃんのことだし、凛太郎くんも例外的に好きになったりするのかも……? うーん、ゲイの生態はよく知らないけど。でも、梨沙ちゃんの貴重な青春の1ページを、不毛な恋愛に費やしてほしくないという気持ちも。ゲイと知ってて止めないのも、何だか不親切な気がするし……。
「……ちょっと、あたしもトイレ」
結局悩んでる間に梨沙ちゃんも行ってしまった。ひとり悶々としながら、ふたりがいないうちに会計を済ませる。梨沙ちゃんは可愛い後輩だし、凛太郎くんも、いつ仕事が終わるかもわからないあたしをずっと外で待っていてくれたお礼。……どうしようかな、凛太郎くんが戻ってきたら、梨沙ちゃんに、ゲイだってばらしていいかどうか、聞いてみようかな。新條くんにもあっさり話してたくらいだから、あたしが気にするほど、本人は気にしていないのかも。ゲイでもいい、アタックする! って梨沙ちゃんがいうなら、止めることでもないし……。……あ、凛太郎くんが戻ってきた。
「あのね、凛太郎くん。相談なんだけど……」
切り出すと同時に、梨沙ちゃんも戻ってきてしまった。これじゃあこっそり確認できないわね……あれ、梨沙ちゃんの様子が、ちょっと変?
「あたし! お先に失礼しますっ!」
「え? あ、梨沙ちゃん――」
真っ赤な顔でそういうと、梨沙ちゃんは座席の鞄を乱暴に手に取ってあっという間に出ていってしまった。……な、なに、どういうこと?
「……何かあったの?」
呆気に取られて凛太郎くんに尋ねる。凛太郎くんは困ったように笑っていた。
「トイレでイヤなことがあったみたいで、怒っていましたよ」
「?」
「僕たちも帰りましょうか、香織さん」
「そ、そうね……」
結局凛太郎くんは、あたしが会計を済ませたことを知るととっても恐縮してしまい、自分の分を払おうとした。生真面目な凛太郎くんに押されて、結局あたしはお金を受け取ることに。本当にしっかりした子ね……。
「おやすみなさい、香織さん。楽しかったです」
「あたしもよ。またね」
ふう、おなかいっぱい。いいお店だったわ。それにしても……明日梨沙ちゃんに会ったら、トイレでいったい何があったのか、聞かなきゃね!
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