194 / 309
迷走編
64話【off duty】戸野倉 凛太郎 18歳:二丁目(藍原編)③
しおりを挟む
6時に起きてもまだ凛太郎くんは爆睡してた。とりあえずそのままにしといて、あたしはささっとシャワーを浴びる。あがったところで着替えを用意し忘れてたことに気づいて、バスタオルを巻いてそっと部屋に戻ったら……
「ひゃあっ!?」
びっくりした! 凛太郎くんがいつのまにか起きてて、お行儀よくベッドに腰かけた状態であたしをじーっと見てる。
「り、凛太郎くんっ! 起きたのね! た、体調は大丈夫?」
凛太郎くんは、じーっと見てるんだかぼーっとしてるんだかよくわからない表情で、しばらくしてから口を開いた。
「……ここ、香織さんの家ですか?」
「そ、そうですよ。あなたが二丁目で絡まれてるのを見つけて、とりあえず保護しました」
昨夜、何度か名前を呼ばれたけど、やっぱり記憶にないのね。凛太郎くんはぽりぽりと頭を掻いた。
「……すみません、ご迷惑をおかけしました……すぐ、帰ります……」
立ち上がって玄関に向かおうとするのを、慌てて止める。
「あ、待って、あなた今、一文無しよ!? それに、ここがどこかわからないでしょ、どうやって帰るの」
凛太郎くんが振り返り、ややあってから。
「……そうですか」
いや、そうですか、じゃなくて……。なんなの、もう。凛太郎くん、二日酔いだとこんな感じになるのかしら?
「と、とりあえずあたし、もうすぐ出勤するから。一緒に、駅まで連れて行ってあげる。そこからは自分で帰れるわよね? あ、お金も貸すから、今度外来に来たときにでも返してね」
「……はい、すみません……」
バスタオルを巻いたままの恥ずかしい格好で、そんなやりとりをする。ゲイだからかしら、あたしはこんなに恥ずかしいのに、凛太郎くんは眉ひとつ動かさない。やっぱり、男の人にしか発情しないのね……。
「洗面所そっちだから、顔とか洗っていいわよ? 気持ち悪いでしょ?」
「? ……あ、二丁目で、僕、顔に何かされてました?」
「ええ!? 何かって?」
「何か、かけられたり……」
ななな、なんですかそれは!? 二丁目って、そういうところなの!? 酔い潰れると、見知らぬ人に顔に何かかけられちゃうようなとこなの!? こ、怖すぎるっ!
「いや、あたしは何も見てないけど、ただ普通に、そのまま寝ちゃったから気持ち悪いかな、って……」
凛太郎くんがふっと笑った。
「優しいですね、香織さん。じゃあ、お借りします」
のそのそと動き出す凛太郎くん。ちょっとだけ、いつもの調子が戻ってきたかしら? あたしはその間にささっと部屋でお着替え。
「……ねえ、あんなこと、よくあるの?」
心配になって、聞いてみる。
「……たまに、あります。いつも記憶がなくなるので、よくわかりませんが……」
ホントに!? 凛太郎くん、よく今まで無事に生きてこられたわね……。
「何か大変なことがあったんじゃないかって、心配したわよ?」
「……僕、昨夜、何かしました?」
「え!?」
ギョッとしたけど、慌てて取り繕う。
「えっと、別に何もしなかったけど、その……林さんの名前呼んで……泣いてたから……」
酔って勘違いしたとはいえ、女のあたしにうっかりキスしたなんて知ったら、凛太郎くんもショックだろうから、それは黙っておこう。それより……あんなに辛そうに、泣いていたことのほうが、気になる。
凛太郎くんは洗面所から出てくると、はかなげな笑みを浮かべた。
「……そうですか。その程度なら、よかったです」
何それ……あれくらいのことなら、たまにあります、ってこと? また、凛太郎くんのことが心配になってくる。
「ねえ……何か、あったんじゃないの? 本当に大丈夫なの?」
凛太郎くんは、今度は困ったように笑った。
「大丈夫かどうかはわかりませんが……仕方のないことなので」
林さんへの実らない恋のことをいってるのかしら。もしかして……フラれちゃったり、したのかしら。
「僕では、先生を満足させてあげることができない……そんな自分に、ちょっと嫌気がさしただけです」
ぽそりとそれだけいって、凛太郎くんは口を閉じてしまった。林さんも心配だけど、凛太郎くんのことも、相当心配。凛太郎くんの心は、深い。あたしみたいに、好きだとか好きじゃないとか、エロいとかエロくないとか、そんな単純なことじゃなくて、もっと複雑な部分で悩んでる。凛太郎くんは、林さんを好きで、尊敬していて、男性として求められたいのと同時に、林さんの芸術的な欲求を自分が満たしてあげたいと思ってる。それらは切り離せるものではなくて、林さんの求める芸術は性的な欲求と深い関係があるから、想いの通じない凛太郎くんの苦しみは何重にも彼を苦しめているに違いない。
なんにしても……ヌードのモデルも断っちゃったし、あたしが助けてあげられることは、ないんだわ。
胸がチクチクするけど、気を取り直してカバンを手に取る。小さなポーチにお金を入れて、凛太郎くんに渡す。
「はい。帰りの電車賃。行きましょうか」
凛太郎くんを連れて部屋を出る。鍵をかけようとしたところで――
ガチャリ。
突然隣のドアが開いて、新條くんが出てきた。
「あっ、新條くん、おはよう! 今日も早いのね――」
普通に声をかけようとして、新條くんの視線があたしの後ろにいる凛太郎くんに固定されたのを見て、ハッとする。
こっ、これはっ! 早朝に美形男子を連れて部屋から出てきたあたし……っていうこの状態……ま、まずい! これはまずいわ、さすがにまずすぎる!?
「あっ、し、新條くんっ、これにはわけがあって……っ」
ひゃあ、いかにも怪しく声が裏返っちゃった! ど、どうしよう、ちゃんと説明しなきゃ! ちゃんと新條くんに、説明しなきゃ――!
「ひゃあっ!?」
びっくりした! 凛太郎くんがいつのまにか起きてて、お行儀よくベッドに腰かけた状態であたしをじーっと見てる。
「り、凛太郎くんっ! 起きたのね! た、体調は大丈夫?」
凛太郎くんは、じーっと見てるんだかぼーっとしてるんだかよくわからない表情で、しばらくしてから口を開いた。
「……ここ、香織さんの家ですか?」
「そ、そうですよ。あなたが二丁目で絡まれてるのを見つけて、とりあえず保護しました」
昨夜、何度か名前を呼ばれたけど、やっぱり記憶にないのね。凛太郎くんはぽりぽりと頭を掻いた。
「……すみません、ご迷惑をおかけしました……すぐ、帰ります……」
立ち上がって玄関に向かおうとするのを、慌てて止める。
「あ、待って、あなた今、一文無しよ!? それに、ここがどこかわからないでしょ、どうやって帰るの」
凛太郎くんが振り返り、ややあってから。
「……そうですか」
いや、そうですか、じゃなくて……。なんなの、もう。凛太郎くん、二日酔いだとこんな感じになるのかしら?
「と、とりあえずあたし、もうすぐ出勤するから。一緒に、駅まで連れて行ってあげる。そこからは自分で帰れるわよね? あ、お金も貸すから、今度外来に来たときにでも返してね」
「……はい、すみません……」
バスタオルを巻いたままの恥ずかしい格好で、そんなやりとりをする。ゲイだからかしら、あたしはこんなに恥ずかしいのに、凛太郎くんは眉ひとつ動かさない。やっぱり、男の人にしか発情しないのね……。
「洗面所そっちだから、顔とか洗っていいわよ? 気持ち悪いでしょ?」
「? ……あ、二丁目で、僕、顔に何かされてました?」
「ええ!? 何かって?」
「何か、かけられたり……」
ななな、なんですかそれは!? 二丁目って、そういうところなの!? 酔い潰れると、見知らぬ人に顔に何かかけられちゃうようなとこなの!? こ、怖すぎるっ!
「いや、あたしは何も見てないけど、ただ普通に、そのまま寝ちゃったから気持ち悪いかな、って……」
凛太郎くんがふっと笑った。
「優しいですね、香織さん。じゃあ、お借りします」
のそのそと動き出す凛太郎くん。ちょっとだけ、いつもの調子が戻ってきたかしら? あたしはその間にささっと部屋でお着替え。
「……ねえ、あんなこと、よくあるの?」
心配になって、聞いてみる。
「……たまに、あります。いつも記憶がなくなるので、よくわかりませんが……」
ホントに!? 凛太郎くん、よく今まで無事に生きてこられたわね……。
「何か大変なことがあったんじゃないかって、心配したわよ?」
「……僕、昨夜、何かしました?」
「え!?」
ギョッとしたけど、慌てて取り繕う。
「えっと、別に何もしなかったけど、その……林さんの名前呼んで……泣いてたから……」
酔って勘違いしたとはいえ、女のあたしにうっかりキスしたなんて知ったら、凛太郎くんもショックだろうから、それは黙っておこう。それより……あんなに辛そうに、泣いていたことのほうが、気になる。
凛太郎くんは洗面所から出てくると、はかなげな笑みを浮かべた。
「……そうですか。その程度なら、よかったです」
何それ……あれくらいのことなら、たまにあります、ってこと? また、凛太郎くんのことが心配になってくる。
「ねえ……何か、あったんじゃないの? 本当に大丈夫なの?」
凛太郎くんは、今度は困ったように笑った。
「大丈夫かどうかはわかりませんが……仕方のないことなので」
林さんへの実らない恋のことをいってるのかしら。もしかして……フラれちゃったり、したのかしら。
「僕では、先生を満足させてあげることができない……そんな自分に、ちょっと嫌気がさしただけです」
ぽそりとそれだけいって、凛太郎くんは口を閉じてしまった。林さんも心配だけど、凛太郎くんのことも、相当心配。凛太郎くんの心は、深い。あたしみたいに、好きだとか好きじゃないとか、エロいとかエロくないとか、そんな単純なことじゃなくて、もっと複雑な部分で悩んでる。凛太郎くんは、林さんを好きで、尊敬していて、男性として求められたいのと同時に、林さんの芸術的な欲求を自分が満たしてあげたいと思ってる。それらは切り離せるものではなくて、林さんの求める芸術は性的な欲求と深い関係があるから、想いの通じない凛太郎くんの苦しみは何重にも彼を苦しめているに違いない。
なんにしても……ヌードのモデルも断っちゃったし、あたしが助けてあげられることは、ないんだわ。
胸がチクチクするけど、気を取り直してカバンを手に取る。小さなポーチにお金を入れて、凛太郎くんに渡す。
「はい。帰りの電車賃。行きましょうか」
凛太郎くんを連れて部屋を出る。鍵をかけようとしたところで――
ガチャリ。
突然隣のドアが開いて、新條くんが出てきた。
「あっ、新條くん、おはよう! 今日も早いのね――」
普通に声をかけようとして、新條くんの視線があたしの後ろにいる凛太郎くんに固定されたのを見て、ハッとする。
こっ、これはっ! 早朝に美形男子を連れて部屋から出てきたあたし……っていうこの状態……ま、まずい! これはまずいわ、さすがにまずすぎる!?
「あっ、し、新條くんっ、これにはわけがあって……っ」
ひゃあ、いかにも怪しく声が裏返っちゃった! ど、どうしよう、ちゃんと説明しなきゃ! ちゃんと新條くんに、説明しなきゃ――!
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる