妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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恋愛編

48話【daily work】林 惣之助:究極の美(藍原編)②

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「っ……あ、あの……っ」
「林先生は、あなたのリアルなエロティシズムをキャンバスに写し取りたい。そうおっしゃっているんです」
「あ……っ、あの……っ」

 凛太郎くんの中性的な囁き声と、湿った吐息が、直接耳に触れる。急に、体の芯から熱くなってきた。ああ、ダメだってば、いきなり耳元で囁くのは反則なのに……。

「ああ、藍原先生……今、あなたから、極上の性の衝動が、湧き上がっている……最高です、究極の美の始まりですよ……」

 その言葉を合図に、凛太郎くんが優しくあたしの両腕を捕らえた。とても自然で優しい動き。自然過ぎて、抵抗するのを忘れてしまう。あたしは簡単に両腕を後ろに回されて、凛太郎くんに動きを封じられた。

「な、何を……っ」
「……あなたに、感じてもらうだけです」

 凛太郎くんがそういって、あたしの首筋をぺろりと舐めた。

「ああ……っ」

 ビクンと体を震わせる。林さんから、吐息が漏れた。

「ああ……美しい……予想どおりだ。凛太郎くん、そのまま続けて……」

 林さんが鉛筆を手に取り、じっとあたしを見つめる。嘘よね、こんな、夢の続きみたいな話、嘘よね……。

「香織さん……美しいあなたを、もっと見せてください……」

 凛太郎くんの声が熱を帯びる。少しだけ乱れたその呼吸は、そのままあたしの首筋を撫でるようにして下りていく。

「あっ、ダメっ、あ……っ」

 あたしってば、朝っぱらから患者さんの個室で、何やってるの……見ず知らずの男の子に愛撫されて、あろうことか感じちゃって、それを患者さんに見られて……異常すぎる、あたし、やっぱり変態だ。

「は、放して……っ」

 振りほどこうとするあたしを、凛太郎くんが密着して封じ込める。凛太郎くんの素肌が放つ熱気とともに、お尻のあたりに硬いものが触れ、ビクッと体をこわばらせる。

「り、凛太郎くん、ちょっと……っ」

 耳元で、凛太郎くんがふっと笑った。

「大丈夫です……入れませんよ、香織さん」
「え……」
「僕、女性には興味がないので……」

 混乱した頭がますます混乱する。それじゃあ、どうしてこんなこと……どうしてこんなに、大きく硬くなってるの……

「凛太郎くん、もっとだよ……」
「はい、先生……」

 林さんに促され、凛太郎くんの手があたしの胸元に伸びてくる。

「え……? あっ、ちょっと、だ、ダメです、本当に、……ああっ!」

 あたしのお願いなどまったく無視して、凛太郎くんの白い指先が白衣の合わせからするすると入り込んで、キャミソールの下に潜りこんだ。身をよじったら、凛太郎くんの勃起したものがグリグリと腰に当たって、その直後、左の乳首に甘い衝撃が走った。

「あ……んぅ、あっ、は……っ」

 ダメ、勝手に声が漏れちゃう。どうしよう、こんな状況なのに、あたし、すごく興奮してる。まずい、これは絶対にやめなきゃいけない。頭ではわかってるのに、体がどんどん熱を持ってきて、もう、アソコはじんじんと疼いて……

「ふふ……腿を擦り合わせて、どうしました、藍原先生……?」
「は……っ、あっ……」

 答える余裕がない。どうしよう、誰か、止めて――

「ああ、美しい……。上気した頬、潤んだ瞳、苦しそうに寄せられた眉……いいですねえ、これこそが人間の持つ美しさです……。オスを求める本能、快楽を渇望する体、漏れ出る甘い蜜の匂い、すべての毛穴から沸き立つメスの汗、そして、それを律しようとする気高い純潔と今にも崩れそうな理性……。この危うい均衡が、私の中の創作意欲を掻き立てるのです……!」

 林さんの声に力が入る。その目には強い光が宿り、無表情の中にも圧倒的な力を持ってあたしを射すくめる。林さんの鉛筆が走り出した。

「いい……いいですよ、藍原先生……!」

 林さんの声が震えている。突然、背後の凛太郎くんが、腰をあたしに擦り付け始めた。

「あっ、り、凛太郎くん……っ」

 女性には興味がないって……でも、どうして……

「ああっ、はあ……っ、せん、せい……っ」

 耳元で、凛太郎くんが苦し気に呟く。

 せんせい。

 ……ああ、そうか。凛太郎くんは、林さんのことが、好きなんだ。興奮している林さんを見て、凛太郎くんも……。

「……っ、あっ、は……っ」

 凛太郎くんが腰を揺らしながら、あたしの乳首をコリコリと舐る。あたしはビクビクと体を痙攣させて……

「ああっ、んんっ、や、あ……っ!」

 もう、朝からずっと疼きっぱなしのあたしのアソコは、じんじんと痛いくらいに拍動し、足がぶるぶると震えだす。
 誰か、触って。あたしのアソコを触って、早く、解放して――

「……っああ……ッ!」

 ブルブルとひと際強く震え、あたしは力が抜けてその場に膝をついた。はあはあと息を乱しながら、目の前のベッドに手をかける。目を上げると、林さんが、ぬらぬらと情熱に燃える瞳であたしを見下ろしていた。

「ああ……なんと官能的なことか……藍原先生……あなたを、私自身で感じてみたいものだ……」

 苦しいほど荒い呼吸で、頭も朦朧として、それでも、林さんの妙ないい方に、思わず顔を上げる。林さんは、わずかに口角を上げて微笑んだ。

「私はね、不能なんですよ……」

 そしてあたしの手をとると、自分の股間へと導いた。慌てて手を引っ込めようとして、でも、できなかった。林さんの目は熱っぽく光を帯び、体の温度もさっきより確実にあがっているのに。林さんの陰茎は、冷たく、静かなままだった。

「究極の美……エロティシズムを追求しているうちに、いつの間にか、勃起しなくなりました。心はこれほどまでに感じ、求めているにも関わらず……。自分自身の過剰な性的衝動は、絵を描くのには邪魔なものでしかない。集中力を削がれ、目の前にある究極の美を、逃してしまう。……いつの間にか、私の体は性に反応することを拒むようになったんです。今の体に、不満はありません。それでもね、ときどき、激しいジレンマに陥るのですよ……。自分自身で性的衝動を体感し、自認し、対象物の劣情をすべて受け入れてこそ、究極の美を理解することができるのではないか、と……。だとすれば、今の私では、それは永遠にたどり着くことのできない境地……」

 林さんの目には、情熱と苦悩とが共存していた。林さんの苦しみはあたしなんかには全然わからないけれど、それでも、ほんの少しでもあたしがそれを解放してあげられたら……そんなことを思った。

「林さん……」

 そっと、彼自身に添えられた手を動かした。林さんの眉がぴくりと動く。

「藍原……先生……」

 そのとき。

 トントン。

 突然のノックの音に飛び上がる。

「林さーん。抗生剤のお時間です、いいですか~」

 楓ちゃんの声だ! まずい! こ、これはさすがに、まずすぎる! 何がまずいって、全裸で勃起してる凛太郎くんがいるのが一番まずいっっ!

「だ、ダメでーす!!」

 とりあえず大声で叫ぶ。ああもう、完璧に、一瞬で現実に引き戻されたわっ! とにかく凛太郎くんに服を着せなきゃ……ああでも時間がない! どうしよう……そうだ!

「凛太郎くん、トイレに隠れてっ!」

 ぼーっとしている凛太郎くんを病室内についているトイレに押し込むと、絶対音を立てるなと念を押してから、自分の着衣の乱れをチェック。手早く深呼吸してから、つとめて落ち着いた声を意識して……

「は~い、どうぞ~」

 ああダメだ、また上ずってる……。でも相手が楓ちゃんなら、ごまかせるかも?
 ガラッと扉が開いて、楓ちゃんが現れた。

「藍原先生、いらしてたんですね。どうかしましたか、問題でも?」

 目をぱちぱちとしばたたかせて楓ちゃんがあたしの顔を覗き込む。あたしは目を逸らして、

「あっ、いえっ、ちょうど診察中だったから、待ってもらってただけよ」
「診察ですか」

 楓ちゃんが疑わしそうにあたしと林さんの顔を見比べている。ま、まずいわ、あたしが挙動不審なせいで疑われてる! これは何としても、しらを切り通さなきゃ――

「ええ、私が勃起障害なもので、その相談を、藍原先生に」
「ぼ……っ!?」

 無表情に、林さんが爆弾発言! ちょっと、何てことしてくれんのよっ、せっかくあたしが必死にごまかそうとしてるのに、どうしてここで、不必要な下ネタをぶっこんで来るのよーーぅ!!

「藍原先生……そうなんですか……?」

 楓ちゃんがじろーっとあたしを見てくる。

「うっ、え、えっと、そう、かしらね、それで、ちょっと、扉を開けにくかったというか、何というか」

 楓ちゃんはじーっとあたしを見つめたあと、何もいわずに点滴の交換を始めた。ほっとして、そそくさと退散。

「あっ、じゃあ林さん、引き続き、安静ですから……くれぐれも、脱走しないでくださいね……凛太郎くんに、よろしく……」

 もそもそと挨拶をして、逃げるようにナースステーションに戻った。
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