妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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恋愛編

1話【off duty】新條 浩平 20歳:119番(新條編)

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 何だか胸が急に痛くなってきたと思ったら、どんどん息が苦しくなって、動けなくなった。なぜだか藍原先生が来て、救急車を呼んだ。そうか、俺、内科の先生が救急車呼んじゃうほど、具合悪いんだ? 救急車のサイレンの音がする。なんか、すごく揺れるなあ、ただでさえ息苦しいのに、簡便してくれよ。……あれ、藍原先生が切羽詰まった顔で何か叫んでる。がんばれとか、助かるとか。俺を、励ましてくれてるのかな? あ、先生が乱暴に俺の服を脱がせて、胸をまさぐってる。なんだこれ、俺、先生に襲われちゃう? うわー、幸せだなー……。このまま、死んでもいいかも……。息も苦しいし、ちょっと、俺、もう無理みたい。うん、どうせ死ぬなら、藍原先生に、看取られたい。手を握ってもらって、あわよくばぷにぷにのおっぱいに抱きしめてもらって……。あれ、なんだ? 急に人が増えて、騒がしくなってきて……藍原先生、待って……行かないで……あれ、何か、体の横のほうでメキメキ音がしてる……何やってんの、俺の体に……いて、痛いよ、グイグイ押さないで……

「新條さん、もうすぐ楽になるからね。あと少し、がんばって」

 近くで男の人の声がする。いて、なんだ、背中に固い板が……

「はい、レントゲンとりまーす」
「バイタル安定してきました。血圧92の54、サチュレーション95%」
「オッケー、間一髪だったな」
「外傷とか打撲のエピソードはないんだよね?」
「同乗の藍原先生の話によると、部屋を訪れたところ反応がなく、中に入ったら床に倒れていたとのことです。そのときはまだ橈骨動脈は触知できていて、会話も多少はできたそうです」
「へえ、確か、覚知から病着まで20分だよね? 速かったね。それでもギリギリか。危なかったね」

 先生たちの会話がだんだんはっきり聞こえてきた。そうか、藍原先生が俺を見つけてくれたのか。

「お、呼吸が落ち着いてきたね。君、わかる?」

 マスクをしていてよく見えないけれど、眉毛のきりっとした男の先生が俺の肩を叩いた。

「君、部屋で倒れていたらしいんだけど。緊張性気胸っていう病気ね。君みたいに背が高くて痩せてる男の子はね、肺に穴が空きやすいの。運悪くそのせいで死にかけたけどね、藍原先生がたまたま発見してくれたおかげで、君、助かったよ」
「あの……ここ、M病院ですか……?」
「そうだよ。意識もはっきりしてきたね。よかったよかった」
「藍原、先生が……?」
「そう。藍原先生が通報してくれて、救急車内で応急処置してくれたから、君、助かったの。覚えてない?」

 なんか、藍原先生が叫びながら、俺の胸をまさぐってたのは何となく覚えてる。……そうか、あれ、処置してくれてたんだ……。

「……よし、ドレーン位置オーケー。血圧も安定、酸素も足りてるね。藍原先生、呼んでくるね」
「え、藍原先生、いるんですか……?」
「うん、救急車に乗ってきて、そのまま待合室で待ってるよ。君はしばらく入院だけど、ま、その前に、藍原先生にお礼でもいっておきなよ」

 しばらくして、私服姿の藍原先生がやってきた。心配そうな顔が、俺を見て、少しだけ柔らかくなる。

「新條くん、大丈夫?」

 ……ああ、藍原先生の声だ。少しだけ高くて、コロコロとした、可愛い声。すごく落ち着く、この声。

「鍵が開いててよかったわ」

 先生が、じっと俺を見つめて微笑んだ。先生の温かい手が、俺の手に触れる。……ああ、ほっとする。藍原先生。先生が、俺を助けてくれたんだ。

「先生……藍原、先生……」

 名前を呼ぶと、応えてくれる。本気で俺を心配してくれて、死にそうな俺を励ましてくれて、助けてくれた、藍原先生。

 自然と、先生に触れている手に力が入る。

「……好き」

 気がついたら、勝手に口走ってた。

「先生、好き」

 あれ、俺、何いってんだろ。藍原先生が、赤くなって困ったような顔をしてる。そりゃそうだよな、いきなり俺、好きとかいっちゃって。そりゃあ困るよな……。俺、ちょっと今、精神状態おかしいのかも。うん、おかしい。俺、今まで女の子に告ったことなんてないのに。こんな、きれいで可愛くて頭がいい女医さんに、まだ何回かしか会ったこともないような女医さんに、何口走ってんだ……。

 自分でも、おかしいと思う。でも、この気持ちは、勘違いなんかじゃない。本当に、好きになっちゃったんだ。

「……新條くん、とにかく今は、ゆっくり休んでね? あたしにできることがあったら、何でもいって?」

 あ、さりげなく流された。……そりゃそうだよな、こんな状況で告ったって、誰も信じないよな……。

「大丈夫です……藍原先生には、ほんと助けられました。ありがとうございました……」
「ご両親に連絡とか、おうちのこととか、大丈夫? ほら、お部屋の鍵、開けっ放しで来ちゃったし」
「あ、大丈夫です。大橋に連絡して、やってもらいますんで……。あ、その……すみません、電話する、小銭だけ、貸していただければ……退院したら、すぐ返しますんで」

 ああ、俺、何いってんだ。好きだって告って、その直後に金貸してって、ほんとダメだ、俺。

「ふふ、気にしないで。手ぶらで来ちゃったものね。とりあえずこれ、貸しておくから」

 藍原先生が笑って、財布の中から1万円札1枚と100円玉5枚、出した。

「あっ、こんなに借りられません、すぐ大橋に持ってこさせるんで……」
「いいのよ、後で返してもらえれば。入院したら、いろいろ必要になるから。大丈夫、新條くんのことは、信用してるから」

 ……ああ、ヤバい。こういうところだよ。こんな純粋な笑顔でさ、ろくに話したこともない俺に、信用してる、って、はっきりいい切っちゃってさ。どんだけいい人なんだよ。

「じゃああたし、帰るから。とにかく、助かってよかったわ。お大事にね」

 藍原先生が、さりげなく俺の手からするっと手を放して立ち上がった。時計を見ると、もう夜の10時を回ってる。

「先生……本当に、ありがとうございました……」

 先生はにっこり笑って去っていった。
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