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第一部 第五章 知者の王と雷神
60話 凍てつく大広間
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ざざっ、という音と共に景色が塗り替わり、二人ともボス部屋の中に飛ばされる。
いつも下層まで行っているため見慣れた景色だが、例の件でこの一週間はここに来ることができなかったため、久しぶりに感じる。
「無理やり下層に連れていかれた時に通りましたけど、改めて見ると本当に広いですね」
「場所によるけど、半径数百メートルとかだからね。これくらい広くないと、あんな大きなモンスターなんか出てこられないわよ」
飛ばされたボス部屋中心部から動かずに、二度目であろうボス部屋の中を観察するように見回す灯里。
後ろを向いて部屋の中に外に出るための転送陣がないことを確認し、いつボスが出てきてもいいように構える。
それとほぼ同時に、ごごごという音が鳴る。
視線の先には、巨大な墓石。餓者髑髏はその下に埋葬されるように待ち構えている。
二人がこの部屋の中に侵入したことを察知した餓者髑髏が、埋まっている場所から腕を突き出してから、地面をえぐるように這い上がってくる。
「餓者髑髏は、大型中層ボスの中では比較的早い方だけど、やっぱり体は大きいから動き出しはすごく遅い。でも勢いを付けさせると、その巨体故に威力はすさまじい。だから常に動き回って狙いを定めさせないことが大事よ」
「つ、常に動き回る」
「ま、それはソロで攻略する場合だからね。今回は私が前衛張ってヘイトを買うから、灯里ちゃんはその間に魔術をバンバン撃ち込んでね」
「は、はい!」
「いい返事。それじゃ、ボス戦開始!」
雷をまとわせて、雷速で踏み出す。
姿が現れるとほぼ同時に攻撃を仕掛けようと振り上げられていた腕を、動き出した直後に下から弾くことで出鼻をくじく。
今ので腕を片方粉砕することもできるが、このボス戦は美琴のためではなく灯里の成長のためだ。あまり危険を排除しすぎると成長に繋がらないため、あえて積極的に破壊しに行かない。
それに、モンスターも地上の怪異と同じようなもので、どれだけ破壊しても即死させない限りは無限に再生してくるので、わざわざ手間のかかることはしない。
彩音との連携練習で学んだ、前衛がモンスターの注意を引いて、後衛の術師が火力で倒す。それをしっかりと活かすためには、餓者髑髏の注意を美琴に引き付け続ける必要がある。
まだ本格的な戦闘の前なので、餓者髑髏は灯里の危険性を理解できていない。なら今のうちに、美琴の方が危険だと誤認させなければいけない。
「雷光電轟!」
体から放出する雷をぴたりと雷薙にまとわせ、大きく振り上げた腕をハエを叩くように振り下ろすのに合わせて、真下から弾き上げる。
雷を圧縮して足場を作って駆けあがり、餓者髑髏の眼前で全力で力を抑え込んだ雷を撃ち込んで、ノックバックさせる。
天を仰ぐように姿勢を崩した髑髏は転ぶまいとあがくが、足元に降りた美琴が電磁加速させながら薙刀を水平に払い、片足を刈って転ばせる。
「接続───火焔、増幅、強化、形成、破城槌、加速!」
一秒にも満たない高速ノタリコン詠唱で魔術を起動させ、転んだ餓者髑髏の上に巨大な炎の破城槌が形成され、すさまじい速度で落下していく。
それに合わせて、美琴も電磁加速砲の要領で通り道を作り、加速もかけられて落下する炎の破城槌を、更に加速させる。
ほぼ消えるような速度で打ち下ろされた破城槌は、餓者髑髏の胸の真ん中をしっかりと捉える。
これが普通のモンスターであれば、これで勝負はついていただろう。だが相手はボスモンスター。下層に行こうとする侵入者からダンジョンを守護する化け物だ。そう簡単に行くはずもない。
特大火力の魔術を受けた髑髏は、体を少し焦がす程度で大したダメージは入っていない。
そもそも人間の骨ですら、完全に焼ける温度が千六百度以上必要になるのだ。それがダンジョンの大魔・霊気で作られたモンスターとなれば、それ以上の温度が必要になるだろう。
つまるところ、餓者髑髏と灯里の相性というのはすこぶる悪い。だからこそ、ここを選んだ。
「再接続───氷塊、強化、拡大、細分化、形成、槍、増殖、一斉射出、術式再起動、多重化!」
「えっ」
炎との相性が悪いから選んだのだが、炎が効きづらいと理解した灯里は即座に別属性の魔術を起動させる。
起動させたのは氷魔術。炎とは対照的な属性だ。
杖による強化も精度の補助も、炎属性にのみ限定されていることは、本人から聞いている。つまり、同じように一秒もかけずノタリコン詠唱で起動させた氷魔術のその精度は、灯里本人の素の魔力操作の精密さによるものだ。
百近く作られた氷の槍は、灯里の指示と同時に一斉射出され、撃ち出されて行く傍から瞬時に新しい氷の槍が形成されて行き、機関銃から放たれた弾丸の雨のように降り注ぐ。
炎一辺倒だとばかり思っていたが、全然そんなことはなかったらしい。
”灯里ちゃんすげええええええええええええええええええ!?”
”炎だけじゃないの!?”
”えぇ、何これえ……?”
”中学生の女の子が、余裕で超高等技術使ってるんですが”
”術式の再起動だって使える魔術師そんな多くないのに、それを更に多重化させることで追加詠唱しなくても連続して術式再起動させてるとかマジですか”
”十分人外レベルだと思ってたけど、本当に人間卒業しちゃってますやん”
”これの何がすごいかって、杖の補助がないことなんだよね”
”炎魔術しか強化と補助してくれない杖がなくても、余裕で下層行けるじゃんこの子”
”本当に実践経験がない状態で下層に無理やり連れてかれて、ネガティブになっていたから妖鎧武者相手に腰抜かしてただけで、あの時点で既に下層踏破可能レベルだったんか”
”燈条家姉妹がどっちも人外とか草”
美琴と組んでからずっと炎ばかりだったため、それだけではないと知った視聴者達は大いに盛り上がる。
コメント欄にも書かれている通り、杖の補助がない状態でそれがある炎魔術と遜色ない精密操作と威力をしているので、どれだけ本人のスペックが高いのかが改めて分かった。
「わわっ!?」
氷の槍の豪雨を食らい続けている餓者髑髏は、いつまでも攻撃されっぱなしでいるつもりはないようで、左腕を大きく振り上げて地面を思い切り殴りつける。
そんなことで地響きのようなことは起こせないが、異常なまでに頑強な部屋を利用して己の腕を粉砕し、その破片を飛ばすことで灯里に魔術の使用を中断させる。
美琴は瞬時に、雷鳴を轟かせて灯里の前に移動し、飛んでくる骨片を全て叩き落していく。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「よかった。何気に今の攻撃見るの初めてだから、ちょっと驚いちゃった」
強力な後衛がいる状態でのボス戦はこれが初めてなので、あんな攻撃を仕掛けてくることを今初めて知った。
アイリが表示しているコメント欄を見ると、どうやらあの攻撃方法はよく見られるもののようで、視聴者達もそれほど珍しがっていなかった。
活動を始めて半年以上経ったが、ソロで活動する期間が長すぎるあまりまだ知らないこともあるのだなと考えながら、再生されて行く腕を見る。
「灯里ちゃん。どれくらいの属性を扱えるかしら」
想像していたよりも多彩かもしれないことが判明し、いつまたあの攻撃が仕掛けられてもいいように、体に雷をまとわせながら背後の灯里に聞く。
「地水火風は一通り行けます。炎と水以外はあまり得意じゃないですけど……」
「十分よ。水と氷の属性に大きな違いはある?」
「いえ。氷は水の派生形なので、工程が一個増えるだけです」
「了解。それじゃあ、氷だけでやってみて」
「わ、分かりました」
ちょっとは躊躇うかと思ったが、全くそんなことはなく意気込む。
炎以外の魔術のお手並み拝見だと微笑みを浮かべ、地面を蹴って髑髏に向かって走り出す。
先の氷の槍の豪雨で灯里が危険だと察知したのか、美琴が近付いても餓者髑髏は灯里を優先して敵視する。
「雷霆万鈞!」
ならまたその注意を自分に向けさせようと、跳躍して一気に接近して、空間を捻じ曲げる一閃を繰り出す。
咄嗟に本能で危険を感じ取ったのか、技を繰り出す直前で回避行動を取るが、完全に避けられる前に右腕を肩から丸ごと消し飛ばす。
地面にふわりと着地すると、今ので再度美琴を最優先で排除すべき危険だと認識してくれたようで、灯里の方も警戒しつつ美琴を見下ろす。
「氷の山、北の果て、氷の姫は涙を流す。大地に灯る醜い穢れの灯火を、一人孤独に覆滅する!」
餓者髑髏の注意が自分から外れたのを確認した灯里は、すぐに別の魔術を起動させるために詠唱し、部屋全体を覆いつくす吹雪を発生させる。
これだけ大規模な氷魔術なんて使ったら、他人も巻き込んでしまいかねないと思ったが、周りの温度が急激に下がっていくのを感じるのに、美琴は全く寒さを感じない。
まさかこれだけの規模の魔術を起動させておきながら、超精密な操作をして人間に冷気が当たらないようにしているのだろうかと、冷や汗を流す。
「すぅー……。掌握、指定、螺旋、加速、形成、氷刃、強化、硬化、鋭利化!」
そこからどうするのかと、高速ヒット&アウェイでひたすらに注意を自分に向けさせ続けていると、部屋全体を覆う吹雪が圧縮されて行き、餓者髑髏だけを捕らえる吹雪の檻を作る。
しかもその中に大量の鋭利な氷の刃を生成し、螺旋を描きながら吹き荒れる吹雪の中で、餓者髑髏を切りつけている。
一つ一つは小さく、氷なので触れて砕けても、それが何十回、何百回ともなれば話は別だ。
どうやっているのか、ランダムで氷の刃を当てまくっているのではなく、少しでもできた切り傷に別の刃を当てることで、じわじわとその傷を大きくしていっている。
あの小さな吹雪の中には数えるのも億劫になるほどの氷があるのに、それらを一つ一つ把握でもしているのだろうか。
『……なるほど。傷を付けた場所に魔力でマーキングをして、そこに当たるように魔術式でリアルタイムプログラミングしているのですか。末恐ろしいですね』
「恐ろしいのはあなたの方よアイリ」
『同じ場所を攻撃しているのを目視できているお嬢様に言われたくありません』
”変わらん変わらんwww”
”アイリちゃんはイノケンティウス戦で解析をした功績があるからいいとして、どうして美琴ちゃんは灯里ちゃんの激ヤバ魔術が目視できているの?”
”そんなことよりさ、杖の補助なしでこんなことできんのこの子?”
”控えめに言って、最強ですねクォレハ……”
”殺意つよつよ魔術がすぎるwww”
”うっすら氷の竜巻の中から見える餓者髑髏さん、どんどん凍って行ってるのが見える”
”もしあの中に一歩でも足を踏み入れたら、その瞬間細切れになりそう”
”灯里ちゃんのことだから、人間だけは的確に避けてモンスターだけ攻撃してそう”
”最強幼女だからできること”
炎の魔術が得意なのは生まれた家が関係しているし、身内に炎の魔法使いがいるのだから、それに傾倒するとは当たり前だ。そこに炎の魔術だけを強化する杖が合わされば、大抵のモンスターは消し炭だ。
だが今使っている氷の魔術は、補助の強化もなしでそれらがある炎と遜色ない。
四大元素は一通り使えて土と風は苦手だと言っていたが、もしかしたらその苦手は灯里の中でだけで、周りから見たらとんでもないことになっているかもしれない。
これ以上灯里の価値が上がったら、それこそブラッククロスが誘拐計画でも企てかねないので、もっと灯里の安全が確保されるまでは他の属性は使わせないほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、吹雪の檻に捕らえられている餓者髑髏がそれから抜け出そうとあがくが抜け出せず、再生した右腕で己の左手の親指を折ってそれを投げつける。
それが投げられた寸前に飛びあがり、投げられると同時に蹴り上げて明後日の方向に飛ばし、仕返しだと大きな稲魂を作って射出する。
ゴォンッ! という鈍い音が鳴り、餓者髑髏が吹雪の檻から押し出されて、両足の踵の骨と地面を削り、壁に衝突する。
殺傷能力を低めにしての攻撃だったが、どうしたって雷を使う時点で過剰な出力をしているようで、胸骨が大きく割れて弱点である核が露出している。
少しやりすぎてしまったかもしれないと思いながら、これはチャンスだと思って灯里に合図を送ろうとするが、詠唱が聞こえていないにもかかわらず、氷の山だと錯覚するほど巨大な氷の槍が通り過ぎていき、骨が砕けて露出している核を撃ち抜き粉砕する。
体を構成し、骨を繋ぎとめる役割の核が破壊され、眼窩で鬼火のように揺らめいていたものがふっと消え、そのまま骨がガラガラと音を立てて崩れていく。
決めるところはしっかりと決められる火力と、僅かなチャンスも逃さない判断力は、着実に培われているようだ。
最後の攻撃は、彼女の針穴に糸をすっと通すような怖気がするほどの精密操作のおかげでなんともなかったが、一歩間違えれば大事故になりかねなかったのであとでちょっとだけ説教だ。
ともあれ、これで中層ボスの討伐は完了。灯里の初めてのボスモンスター討伐は、大成功に収まった。
いつも下層まで行っているため見慣れた景色だが、例の件でこの一週間はここに来ることができなかったため、久しぶりに感じる。
「無理やり下層に連れていかれた時に通りましたけど、改めて見ると本当に広いですね」
「場所によるけど、半径数百メートルとかだからね。これくらい広くないと、あんな大きなモンスターなんか出てこられないわよ」
飛ばされたボス部屋中心部から動かずに、二度目であろうボス部屋の中を観察するように見回す灯里。
後ろを向いて部屋の中に外に出るための転送陣がないことを確認し、いつボスが出てきてもいいように構える。
それとほぼ同時に、ごごごという音が鳴る。
視線の先には、巨大な墓石。餓者髑髏はその下に埋葬されるように待ち構えている。
二人がこの部屋の中に侵入したことを察知した餓者髑髏が、埋まっている場所から腕を突き出してから、地面をえぐるように這い上がってくる。
「餓者髑髏は、大型中層ボスの中では比較的早い方だけど、やっぱり体は大きいから動き出しはすごく遅い。でも勢いを付けさせると、その巨体故に威力はすさまじい。だから常に動き回って狙いを定めさせないことが大事よ」
「つ、常に動き回る」
「ま、それはソロで攻略する場合だからね。今回は私が前衛張ってヘイトを買うから、灯里ちゃんはその間に魔術をバンバン撃ち込んでね」
「は、はい!」
「いい返事。それじゃ、ボス戦開始!」
雷をまとわせて、雷速で踏み出す。
姿が現れるとほぼ同時に攻撃を仕掛けようと振り上げられていた腕を、動き出した直後に下から弾くことで出鼻をくじく。
今ので腕を片方粉砕することもできるが、このボス戦は美琴のためではなく灯里の成長のためだ。あまり危険を排除しすぎると成長に繋がらないため、あえて積極的に破壊しに行かない。
それに、モンスターも地上の怪異と同じようなもので、どれだけ破壊しても即死させない限りは無限に再生してくるので、わざわざ手間のかかることはしない。
彩音との連携練習で学んだ、前衛がモンスターの注意を引いて、後衛の術師が火力で倒す。それをしっかりと活かすためには、餓者髑髏の注意を美琴に引き付け続ける必要がある。
まだ本格的な戦闘の前なので、餓者髑髏は灯里の危険性を理解できていない。なら今のうちに、美琴の方が危険だと誤認させなければいけない。
「雷光電轟!」
体から放出する雷をぴたりと雷薙にまとわせ、大きく振り上げた腕をハエを叩くように振り下ろすのに合わせて、真下から弾き上げる。
雷を圧縮して足場を作って駆けあがり、餓者髑髏の眼前で全力で力を抑え込んだ雷を撃ち込んで、ノックバックさせる。
天を仰ぐように姿勢を崩した髑髏は転ぶまいとあがくが、足元に降りた美琴が電磁加速させながら薙刀を水平に払い、片足を刈って転ばせる。
「接続───火焔、増幅、強化、形成、破城槌、加速!」
一秒にも満たない高速ノタリコン詠唱で魔術を起動させ、転んだ餓者髑髏の上に巨大な炎の破城槌が形成され、すさまじい速度で落下していく。
それに合わせて、美琴も電磁加速砲の要領で通り道を作り、加速もかけられて落下する炎の破城槌を、更に加速させる。
ほぼ消えるような速度で打ち下ろされた破城槌は、餓者髑髏の胸の真ん中をしっかりと捉える。
これが普通のモンスターであれば、これで勝負はついていただろう。だが相手はボスモンスター。下層に行こうとする侵入者からダンジョンを守護する化け物だ。そう簡単に行くはずもない。
特大火力の魔術を受けた髑髏は、体を少し焦がす程度で大したダメージは入っていない。
そもそも人間の骨ですら、完全に焼ける温度が千六百度以上必要になるのだ。それがダンジョンの大魔・霊気で作られたモンスターとなれば、それ以上の温度が必要になるだろう。
つまるところ、餓者髑髏と灯里の相性というのはすこぶる悪い。だからこそ、ここを選んだ。
「再接続───氷塊、強化、拡大、細分化、形成、槍、増殖、一斉射出、術式再起動、多重化!」
「えっ」
炎との相性が悪いから選んだのだが、炎が効きづらいと理解した灯里は即座に別属性の魔術を起動させる。
起動させたのは氷魔術。炎とは対照的な属性だ。
杖による強化も精度の補助も、炎属性にのみ限定されていることは、本人から聞いている。つまり、同じように一秒もかけずノタリコン詠唱で起動させた氷魔術のその精度は、灯里本人の素の魔力操作の精密さによるものだ。
百近く作られた氷の槍は、灯里の指示と同時に一斉射出され、撃ち出されて行く傍から瞬時に新しい氷の槍が形成されて行き、機関銃から放たれた弾丸の雨のように降り注ぐ。
炎一辺倒だとばかり思っていたが、全然そんなことはなかったらしい。
”灯里ちゃんすげええええええええええええええええええ!?”
”炎だけじゃないの!?”
”えぇ、何これえ……?”
”中学生の女の子が、余裕で超高等技術使ってるんですが”
”術式の再起動だって使える魔術師そんな多くないのに、それを更に多重化させることで追加詠唱しなくても連続して術式再起動させてるとかマジですか”
”十分人外レベルだと思ってたけど、本当に人間卒業しちゃってますやん”
”これの何がすごいかって、杖の補助がないことなんだよね”
”炎魔術しか強化と補助してくれない杖がなくても、余裕で下層行けるじゃんこの子”
”本当に実践経験がない状態で下層に無理やり連れてかれて、ネガティブになっていたから妖鎧武者相手に腰抜かしてただけで、あの時点で既に下層踏破可能レベルだったんか”
”燈条家姉妹がどっちも人外とか草”
美琴と組んでからずっと炎ばかりだったため、それだけではないと知った視聴者達は大いに盛り上がる。
コメント欄にも書かれている通り、杖の補助がない状態でそれがある炎魔術と遜色ない精密操作と威力をしているので、どれだけ本人のスペックが高いのかが改めて分かった。
「わわっ!?」
氷の槍の豪雨を食らい続けている餓者髑髏は、いつまでも攻撃されっぱなしでいるつもりはないようで、左腕を大きく振り上げて地面を思い切り殴りつける。
そんなことで地響きのようなことは起こせないが、異常なまでに頑強な部屋を利用して己の腕を粉砕し、その破片を飛ばすことで灯里に魔術の使用を中断させる。
美琴は瞬時に、雷鳴を轟かせて灯里の前に移動し、飛んでくる骨片を全て叩き落していく。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「よかった。何気に今の攻撃見るの初めてだから、ちょっと驚いちゃった」
強力な後衛がいる状態でのボス戦はこれが初めてなので、あんな攻撃を仕掛けてくることを今初めて知った。
アイリが表示しているコメント欄を見ると、どうやらあの攻撃方法はよく見られるもののようで、視聴者達もそれほど珍しがっていなかった。
活動を始めて半年以上経ったが、ソロで活動する期間が長すぎるあまりまだ知らないこともあるのだなと考えながら、再生されて行く腕を見る。
「灯里ちゃん。どれくらいの属性を扱えるかしら」
想像していたよりも多彩かもしれないことが判明し、いつまたあの攻撃が仕掛けられてもいいように、体に雷をまとわせながら背後の灯里に聞く。
「地水火風は一通り行けます。炎と水以外はあまり得意じゃないですけど……」
「十分よ。水と氷の属性に大きな違いはある?」
「いえ。氷は水の派生形なので、工程が一個増えるだけです」
「了解。それじゃあ、氷だけでやってみて」
「わ、分かりました」
ちょっとは躊躇うかと思ったが、全くそんなことはなく意気込む。
炎以外の魔術のお手並み拝見だと微笑みを浮かべ、地面を蹴って髑髏に向かって走り出す。
先の氷の槍の豪雨で灯里が危険だと察知したのか、美琴が近付いても餓者髑髏は灯里を優先して敵視する。
「雷霆万鈞!」
ならまたその注意を自分に向けさせようと、跳躍して一気に接近して、空間を捻じ曲げる一閃を繰り出す。
咄嗟に本能で危険を感じ取ったのか、技を繰り出す直前で回避行動を取るが、完全に避けられる前に右腕を肩から丸ごと消し飛ばす。
地面にふわりと着地すると、今ので再度美琴を最優先で排除すべき危険だと認識してくれたようで、灯里の方も警戒しつつ美琴を見下ろす。
「氷の山、北の果て、氷の姫は涙を流す。大地に灯る醜い穢れの灯火を、一人孤独に覆滅する!」
餓者髑髏の注意が自分から外れたのを確認した灯里は、すぐに別の魔術を起動させるために詠唱し、部屋全体を覆いつくす吹雪を発生させる。
これだけ大規模な氷魔術なんて使ったら、他人も巻き込んでしまいかねないと思ったが、周りの温度が急激に下がっていくのを感じるのに、美琴は全く寒さを感じない。
まさかこれだけの規模の魔術を起動させておきながら、超精密な操作をして人間に冷気が当たらないようにしているのだろうかと、冷や汗を流す。
「すぅー……。掌握、指定、螺旋、加速、形成、氷刃、強化、硬化、鋭利化!」
そこからどうするのかと、高速ヒット&アウェイでひたすらに注意を自分に向けさせ続けていると、部屋全体を覆う吹雪が圧縮されて行き、餓者髑髏だけを捕らえる吹雪の檻を作る。
しかもその中に大量の鋭利な氷の刃を生成し、螺旋を描きながら吹き荒れる吹雪の中で、餓者髑髏を切りつけている。
一つ一つは小さく、氷なので触れて砕けても、それが何十回、何百回ともなれば話は別だ。
どうやっているのか、ランダムで氷の刃を当てまくっているのではなく、少しでもできた切り傷に別の刃を当てることで、じわじわとその傷を大きくしていっている。
あの小さな吹雪の中には数えるのも億劫になるほどの氷があるのに、それらを一つ一つ把握でもしているのだろうか。
『……なるほど。傷を付けた場所に魔力でマーキングをして、そこに当たるように魔術式でリアルタイムプログラミングしているのですか。末恐ろしいですね』
「恐ろしいのはあなたの方よアイリ」
『同じ場所を攻撃しているのを目視できているお嬢様に言われたくありません』
”変わらん変わらんwww”
”アイリちゃんはイノケンティウス戦で解析をした功績があるからいいとして、どうして美琴ちゃんは灯里ちゃんの激ヤバ魔術が目視できているの?”
”そんなことよりさ、杖の補助なしでこんなことできんのこの子?”
”控えめに言って、最強ですねクォレハ……”
”殺意つよつよ魔術がすぎるwww”
”うっすら氷の竜巻の中から見える餓者髑髏さん、どんどん凍って行ってるのが見える”
”もしあの中に一歩でも足を踏み入れたら、その瞬間細切れになりそう”
”灯里ちゃんのことだから、人間だけは的確に避けてモンスターだけ攻撃してそう”
”最強幼女だからできること”
炎の魔術が得意なのは生まれた家が関係しているし、身内に炎の魔法使いがいるのだから、それに傾倒するとは当たり前だ。そこに炎の魔術だけを強化する杖が合わされば、大抵のモンスターは消し炭だ。
だが今使っている氷の魔術は、補助の強化もなしでそれらがある炎と遜色ない。
四大元素は一通り使えて土と風は苦手だと言っていたが、もしかしたらその苦手は灯里の中でだけで、周りから見たらとんでもないことになっているかもしれない。
これ以上灯里の価値が上がったら、それこそブラッククロスが誘拐計画でも企てかねないので、もっと灯里の安全が確保されるまでは他の属性は使わせないほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、吹雪の檻に捕らえられている餓者髑髏がそれから抜け出そうとあがくが抜け出せず、再生した右腕で己の左手の親指を折ってそれを投げつける。
それが投げられた寸前に飛びあがり、投げられると同時に蹴り上げて明後日の方向に飛ばし、仕返しだと大きな稲魂を作って射出する。
ゴォンッ! という鈍い音が鳴り、餓者髑髏が吹雪の檻から押し出されて、両足の踵の骨と地面を削り、壁に衝突する。
殺傷能力を低めにしての攻撃だったが、どうしたって雷を使う時点で過剰な出力をしているようで、胸骨が大きく割れて弱点である核が露出している。
少しやりすぎてしまったかもしれないと思いながら、これはチャンスだと思って灯里に合図を送ろうとするが、詠唱が聞こえていないにもかかわらず、氷の山だと錯覚するほど巨大な氷の槍が通り過ぎていき、骨が砕けて露出している核を撃ち抜き粉砕する。
体を構成し、骨を繋ぎとめる役割の核が破壊され、眼窩で鬼火のように揺らめいていたものがふっと消え、そのまま骨がガラガラと音を立てて崩れていく。
決めるところはしっかりと決められる火力と、僅かなチャンスも逃さない判断力は、着実に培われているようだ。
最後の攻撃は、彼女の針穴に糸をすっと通すような怖気がするほどの精密操作のおかげでなんともなかったが、一歩間違えれば大事故になりかねなかったのであとでちょっとだけ説教だ。
ともあれ、これで中層ボスの討伐は完了。灯里の初めてのボスモンスター討伐は、大成功に収まった。
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