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第一部 第二章 炎雷
第30話 アモン vs 美琴 4
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「アモン……? それにバアルゼブルって、どういうことよ……」
少女が自ら名乗ったその名前は、聞き覚えが全くないことはない。
学校のクラスの男子がゲームの話をよくしているのを聞いていて、その中でその時は聞きなれない単語が出てきたから調べて、それで初めて知った。
もちろん関連する単語としてアモンが言ったバアルゼブルも、その時に初めて知った。
「どういうことって、そのままの意味。あなたはかつて偉大なる王ソロモンに仕えた魔神、バアルゼブル。ま、その時はあなたは自分のことをバアルって言ってたし、魔神としての記憶は今のあなたにはないみたいだけど」
彼女の言っている意味が理解できない。
美琴のこの能力は突然変異的に持ったものではなく、雷電家を宗家にしてその血を持つ血縁者で構成されている雷一族が代々継いできたものだ。
この雷の力は雷一族全員に備わっているが、使うことができるようになるかどうかはその者の才能に左右される。
その中で力が強い人間が雷一族全体の当主となることができ、甘い蜜を甘受できる。
そんな雷一族の中で数世代に一人は必ず、美琴のような天候すら支配して神と同じような力を持つ女児が生まれる。
力を持っていると判明した場合、たとえまだ自分の意思表示がはっきりできない赤ん坊であろうとその女児が強制的に当主にされて、一生その家に縛られて一族を繁栄させ守護してくれる神として崇められ、個人の名前を与えられず雷一族の先祖とされる神の名前が与えられ、現人神にさせられる。
美琴が小学校低学年のころに引っ越したのはこれが本当の理由で、生まれた時はまだその力がなかったのだが、その当時に京都で大規模な怪異災害が発生してそれに巻き込まれ、その恐怖が引き金となって力が発現した。
一族の崇める神の力が、三百年ぶりに雷一族の宗家である雷電家の長男の娘に宿ったとしてお祭り騒ぎになった。
しかし父親は美琴のことを神ではなく、七年越しに授かった大事な宝物だと主張して自由と名前を奪わせず、それでも諦めずに引き離そうと陰で画策するものだから何も知らない美琴に父親の仕事の都合で引っ越すことになったと説明して、京都から離れて今住んでいる世田谷まで来たのだ。
ともかく、美琴のこの力はあくまで雷一族が先祖である現人神の先祖返りで宿ったものとしている、魔術でも呪術でもない異能力であって、決して魔神などという仰々しいものの力ではない。
両親からもそう説明されているし、美琴も魔法に近いものとは思っているが、神の使う権能とは程遠いと認識している。
「うーん、言っても信じられないって顔ね」
「実際信じていないもの。魔神なんて所詮は都市伝説。ましてやあなたが名乗ったアモンというものだって、魔神ではなく悪魔の名前でしょう」
「悪魔って伝わってるんだ。まああながち間違っちゃいないかもだけど。でも、あなたは間違いなくバアルゼブルよ。だって、その紫電はあの魔神の権能なんだもの。そして、その雷が権能だからこそ私にここまで傷を付けられるの。魔神は、同じ魔神でないと傷付けられないし殺せない」
その言葉を聞いて、少しだけ視界が揺れる。
嘘だと思っているのに、真剣に語るアモンの言葉が嘘なのだと感じない。
じゃあ、もし自分が魔神なのだとしたら、それはすなわち自分は人間ではなくただの化け物ということになってしまう。
これがもし本来の強さではないのだとしたら、もしアモンの様に神性というものを開放したら、あんな異形な姿になってしまうのだろうか。
そんなことがぐるぐると頭の中で回る。
「もっと素直になったら? 神性開放状態じゃないとはいえ私の全力についてこれていたし、あの一撃だって間に合わなかったら死んでいたかもしれない威力があった。そして、あれだけの威力の攻撃は魔法使いでも絶対に出すことができない。これだけ揃っているんだから、認めることなんて簡単でしょ?」
「ち、違───」
「バアルゼブル、あなたは人間ではなく、生まれながらの雷の魔神なのよ」
「違うッ!」
激痛の走る体に鞭を打って地面を蹴り、陰打ちを袈裟懸けに振り下ろす。
それをいつの間に手に持っている斧槍でたやすく受け止められる。
「私……私は人間よ! お父さんとお母さんから血を分けてもらって生まれた人間なの!」
「えぇ、そうね。その体も魂も人間のもの。それでありながら魔神でもある。神として崇められる一方で、悪魔として蔑まれる側面も持つ二面性の神と同じように、人であり魔神でもある。それがあなたよ」
「違うって、言っているでしょう!」
黙らせるためにがむしゃらに刀を振るう。
人ではないと言われて冷静さを欠き、技の冴えが落ちるがそれでも一太刀で地面に裂傷を深く刻むだけの威力はある。
「頑なに認めないわね」
「当たり前でしょう! 人間じゃないあなたに人間じゃないって言われても、信じられるわけがないわ!」
「その割には動揺しているけど。思い当たる節があるんでしょう? この薄くて細い武器といい、天候を支配できる力といい、思い当たる節しかないんじゃない?」
アモンの言う通りだ。思い当たるものしかない。
普通の呪術師や魔術師でも、魔法使いにだって武器の形に自分の力を押し固めて、振るだけでここまでの威力を出すことなんてできない。
神立の雷霆の様に、天候を支配することなんてできない。
七鳴神の最大火力である鳴雷神のような、下手に使えばダンジョンが一撃で崩壊するほどの威力を持つ攻撃なんてできない。
これだけの証拠があれば、アモンに突き付けられた言葉も間違いではないのだろう。
しかし、それでも美琴は自分が目の前に立つ化け物と同じ魔神であるとは認めない。
自分は神なんかではない。歴代の雷一族の、本当の名前と自由さえ奪われて縛られ、閉じ込められるように勝手に保護しておきながら都合のいいように繁栄のために守ってほしいと崇められた、あの神とは違うのだ。
「私は、バアルゼブルなんかじゃない! あの家に縛られるように生きるしか手段のない一族の神でもない! 私は! 私の名前は、雷電美琴よ!」
自分が自分である証。両親に望まれて生まれ、美しい音色を奏でる琴の様に、優しく綺麗に育ってほしいと願って付けられた美琴という名前を口にする。
この名前こそが自分の全て。この名前こそが自分という存在がこの世界に、人間として生きている証左だ。
自分を神と呼ぶことを否定するために、人として神を名乗る怪物を必ず倒す。
その瞬間、ぱきり、と自分の中で何かがひび割れるような違和感があった。
「っ、セエエエエエエエエイ!」
痛みはない。ただ、何かにひびが入るような微かな違和感でしかない。
おそらく今までの戦いのダメージによるものだろう。もしかしたら骨が折れそうになっているサインなのかもしれない。
ならば体のどこかの骨が折れて動けなくなる前に、決着を付けなければいけない。
軽く振り下ろされた斧槍で地面が大きく消し飛び、その衝撃で地面を転がる。
急いで立ち上がり。がむしゃらに刀を振るのでは倒せないと冷静さを取り戻すために、アモンから目を外さずに深く呼吸して気持ちを整える。
それでもまだ動揺はあり、鏡のような水面に持っていくことはできていないが、今はそれでもいい。
今はただ、アモンと、炎の魔神と名乗る怪物を倒すことだけを考え、そのために刀を振ればいい。
この化け物がい続けると、大勢が被害に遭う。この化け物に殺されれば、その家族や友人が悲しむ。その悲しんでいる人を見て、また別の人も同じように人が死んだことを嘆く。
一人二人ならそれは大きくないが、それが十人二十人となればそれは波のように広がっていき、百人二百人となればどれだけの人が悲しむのか想像もつかない。
だからこそ、誰も悲しまないように全員を、誰一人として死なせないために戦う。
その願いを心に秘めて、雷鳴と共に踏み込んで刀を振る。
下からの切り上げを軽く受け止め、ぐっと引いた右腕を真っすぐに撃ち出してくる。
くるりと回転しながら拳を避けて、その勢いを乗せて水平に薙ぐ。
がちりと音を立てて勢いが完全に乗り切る前に受け止められるが、すぐに刀を引いて袈裟懸けに振り下ろす。
アモンが後ろに下がるが、それを追って踏み込みながら突きを放ち、左に避けたアモンを体で追って正面に構え、また袈裟懸けに振り下ろす。
殴りつけるように受け流したアモンは、左手に持っている斧槍を無造作に薙ぎ払う。
それだけでその先にある建物が丸ごと消失するだけでなく、その余波で熱でも持っていたのか炎が近くの草木や家に着いて燃える。
水分という水分が蒸発していきそうなほどの熱を持つ炎に周囲を包囲されていて、滝のように汗を流す。
神立の雷霆を再度使って雷雲を呼び出し、雷ではなく豪雨を振らせることで鎮火を図る。
ただでさえ被害が出ているのだから、これ以上人が営みを行う住まいなどを奪われてはいけない。その一心で雨を降らし、上に掲げた刀に雷を落として帯電してアモンに斬りかかる。
神性とやらを開放したアモンの速度は今までの比ではなく、どれだけ先手で攻撃をしても、その速度と一撃の圧倒的な重さで確実に後手に回される。
どれだけ後手に回ろうと関係ない。ここで体が二度と動かなくなってもいいから、とにかく体の奥底から力を捻り出してでも倒す。
そう強く思うと、また体の中で何かが割れるような奇妙な感触がした。
「……? どういうこと? 神性を開放していないのに、今の私に追い付いている?」
不思議なことに、その奇妙な感覚があった直後に体が軽くなり、自分よりも早く動いていたはずのアモンと同じくらいの速度で動けているようになっている。
無意識のうちにかなり無理をしているのかもしれない。恐らく、戦いが終わった後に倒れて、そのまま意識を失うのだろう。
だがそれでいい。そこまでして戦う理由があるのだ。
ここは、通っている学校がある。同じ学校に通っている友達がいる。自分の活動を半年間、誰にも言わずに応援し続けてくれた親友がいる。八歳から住んでいる家がある。そして、大好きな両親が、家族がいる。
大切なものがたくさんあるこの町を、美琴は失いたくなんてない。それを守ることができるなら、この体が朽ち果てるほど力を使い果たしたっていい。それで死ぬのだとしても、悔いなんて残らない。
だって、大切な宝物を、守ることができるのだから。
「あぁあああああああああああああああああ!!!!」
だから加速する。
───負けられない。負けてたまるか。負けるにしても、最低でも相打ちに持っていけ!
繰り返し心の中で叫び、そして叫ぶ都度何かが割れて欠けていく。そして何かが欠けていくたびに、速度も力も雷の威力も全てが上昇していくのを感じる。
アモンが神性を開放してから掠りもしなかった攻撃が当たり始める。目視すらできなかった彼女の攻撃が見える。
防御をしてもその上から致命的なダメージを受ける攻撃も、強い衝撃を感じるだけに留まり始める。
「ふ……くふふっ……! いい、いいわ、とてもいいわ、最っ高よバアルゼブル! 何が引き金になったかは知らないけど、また強くなっていってる!」
また力と速度が上がり始めた美琴と刃を交えるアモンは、狂気的な三日月のような笑みを浮かべる。
無限に等しい炎から得られる熱量を運動エネルギーに変換しながら、その炎でも攻撃を仕掛けてくる。
炎による攻撃は全て自動迎撃に切り替えた神立の雷霆で打ち落とし、美琴はアモンにだけ集中する。
押し飛ばし、自分の間合いまで一気に距離を詰めて鋭く刀を振るう。
踊るようにその連撃を回避されて、お返しだと言わんばかりに暴風のように荒々しい連撃を繰り出してくる。
美琴はその連撃を風に舞う木の葉のようにひらひらと躱しながら、合間に隙間を縫うように斬撃を繰り出していく。
変わらずアモンはその反撃を食らわずに見事に避けていくが、避けて行ってしまうなら避けられない密度で攻撃をすればいいと、再び加速していく。
あまりの速度で武器同士が衝突するため、周りには常に金属音が間延びしているように聞こえているだろう。
「がっ!?」
繰り返し武器を衝突させていると、アモンが美琴の腹部に蹴りを入れて蹴り飛ばし、厚底草履で地面を削りながら停止するとゼロと一の狭間を行くような速度で突きを繰り出してくるが、手首に捻りを加えながら左に受け流し、刀を斧槍の柄の上を滑らせるように斬撃を繰り出す。
その攻撃を仰け反るように回避して、戻す時の勢いを使って頭突きを繰り出してくる。
頭が触れる直前に雷鳴と共に離れ、無数の雷をアモンに向けて一斉に落とす。
雷鳴が雷鳴をかき消し、その雷鳴をまた別の落雷が塗りつぶす。
神立の雷霆の雷雲から雨が降っていて地面は濡れているが、どこにも電流が流れて行かない。自分で発生させた雷くらい他に被害が出ないように制御できずに他人を守れるはずがない。
「その意気よ、バアルゼブル!」
しかしアモンは平然としており、拳程度の小さな炎の球を空に向かって放ち、それは雷雲の中に入るとまるで太陽の様な膨大な熱を発生させる巨大な球体となる。
その球体はすぐに消滅するが、美琴の操っていた雷雲も一緒に消し飛んだ。
「ゼアァアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆哮のような気合を共に踏み込んで来たアモン。
無限に等しい炎から得られる膨大な熱量を運動エネルギーに変換し、その暴力的な身体能力から繰り出される純粋な振り下ろしは、空間を捻じ曲げて軋みを上げさせるほどの威力をまとっている。
それを迎撃すべく左に構えた刀に、再び溜まっていたエネルギーを全て収束させて、放つのではなく触れた瞬間に刃先から超高密度の雷の斬撃を叩き込もうと、雷速で踏み込みながら薙ぎ払うように振るう。
アモンの斧槍と美琴の陰打ちがお互いに膨大なエネルギーをまとわせた状態で衝突し、鳴神鳴を使った時と同じ規模の衝撃が発生し、地面が割れて街路樹が根元から倒れるか半ばからへし折れる。
それだけのエネルギーの衝突があった中心部では、アモンも美琴もぼろぼろになっており、斧槍は大きく刃が毀れてどこでぶつかったのかが明確に分かる。
そして美琴の陰打ちは、半ばから折れて背後の地面に突き刺さる。
「これで武器は失ったね、バアルゼブル。そんなガラクタじゃ、私にはもう勝てない。最高に楽しい勝負だったわ」
勝ちを確信したらしいアモンがそう言い、大きく刃が毀れた斧槍を掲げる。その姿はさながら、断頭台の罪人の首を斬る処刑人のようだ。
周りにいる、この戦いを見ていた人たちは誰もが美琴が負けたと思っただろう。
その中で唯一、美琴だけは───確信したような笑みを浮かべていた。
少女が自ら名乗ったその名前は、聞き覚えが全くないことはない。
学校のクラスの男子がゲームの話をよくしているのを聞いていて、その中でその時は聞きなれない単語が出てきたから調べて、それで初めて知った。
もちろん関連する単語としてアモンが言ったバアルゼブルも、その時に初めて知った。
「どういうことって、そのままの意味。あなたはかつて偉大なる王ソロモンに仕えた魔神、バアルゼブル。ま、その時はあなたは自分のことをバアルって言ってたし、魔神としての記憶は今のあなたにはないみたいだけど」
彼女の言っている意味が理解できない。
美琴のこの能力は突然変異的に持ったものではなく、雷電家を宗家にしてその血を持つ血縁者で構成されている雷一族が代々継いできたものだ。
この雷の力は雷一族全員に備わっているが、使うことができるようになるかどうかはその者の才能に左右される。
その中で力が強い人間が雷一族全体の当主となることができ、甘い蜜を甘受できる。
そんな雷一族の中で数世代に一人は必ず、美琴のような天候すら支配して神と同じような力を持つ女児が生まれる。
力を持っていると判明した場合、たとえまだ自分の意思表示がはっきりできない赤ん坊であろうとその女児が強制的に当主にされて、一生その家に縛られて一族を繁栄させ守護してくれる神として崇められ、個人の名前を与えられず雷一族の先祖とされる神の名前が与えられ、現人神にさせられる。
美琴が小学校低学年のころに引っ越したのはこれが本当の理由で、生まれた時はまだその力がなかったのだが、その当時に京都で大規模な怪異災害が発生してそれに巻き込まれ、その恐怖が引き金となって力が発現した。
一族の崇める神の力が、三百年ぶりに雷一族の宗家である雷電家の長男の娘に宿ったとしてお祭り騒ぎになった。
しかし父親は美琴のことを神ではなく、七年越しに授かった大事な宝物だと主張して自由と名前を奪わせず、それでも諦めずに引き離そうと陰で画策するものだから何も知らない美琴に父親の仕事の都合で引っ越すことになったと説明して、京都から離れて今住んでいる世田谷まで来たのだ。
ともかく、美琴のこの力はあくまで雷一族が先祖である現人神の先祖返りで宿ったものとしている、魔術でも呪術でもない異能力であって、決して魔神などという仰々しいものの力ではない。
両親からもそう説明されているし、美琴も魔法に近いものとは思っているが、神の使う権能とは程遠いと認識している。
「うーん、言っても信じられないって顔ね」
「実際信じていないもの。魔神なんて所詮は都市伝説。ましてやあなたが名乗ったアモンというものだって、魔神ではなく悪魔の名前でしょう」
「悪魔って伝わってるんだ。まああながち間違っちゃいないかもだけど。でも、あなたは間違いなくバアルゼブルよ。だって、その紫電はあの魔神の権能なんだもの。そして、その雷が権能だからこそ私にここまで傷を付けられるの。魔神は、同じ魔神でないと傷付けられないし殺せない」
その言葉を聞いて、少しだけ視界が揺れる。
嘘だと思っているのに、真剣に語るアモンの言葉が嘘なのだと感じない。
じゃあ、もし自分が魔神なのだとしたら、それはすなわち自分は人間ではなくただの化け物ということになってしまう。
これがもし本来の強さではないのだとしたら、もしアモンの様に神性というものを開放したら、あんな異形な姿になってしまうのだろうか。
そんなことがぐるぐると頭の中で回る。
「もっと素直になったら? 神性開放状態じゃないとはいえ私の全力についてこれていたし、あの一撃だって間に合わなかったら死んでいたかもしれない威力があった。そして、あれだけの威力の攻撃は魔法使いでも絶対に出すことができない。これだけ揃っているんだから、認めることなんて簡単でしょ?」
「ち、違───」
「バアルゼブル、あなたは人間ではなく、生まれながらの雷の魔神なのよ」
「違うッ!」
激痛の走る体に鞭を打って地面を蹴り、陰打ちを袈裟懸けに振り下ろす。
それをいつの間に手に持っている斧槍でたやすく受け止められる。
「私……私は人間よ! お父さんとお母さんから血を分けてもらって生まれた人間なの!」
「えぇ、そうね。その体も魂も人間のもの。それでありながら魔神でもある。神として崇められる一方で、悪魔として蔑まれる側面も持つ二面性の神と同じように、人であり魔神でもある。それがあなたよ」
「違うって、言っているでしょう!」
黙らせるためにがむしゃらに刀を振るう。
人ではないと言われて冷静さを欠き、技の冴えが落ちるがそれでも一太刀で地面に裂傷を深く刻むだけの威力はある。
「頑なに認めないわね」
「当たり前でしょう! 人間じゃないあなたに人間じゃないって言われても、信じられるわけがないわ!」
「その割には動揺しているけど。思い当たる節があるんでしょう? この薄くて細い武器といい、天候を支配できる力といい、思い当たる節しかないんじゃない?」
アモンの言う通りだ。思い当たるものしかない。
普通の呪術師や魔術師でも、魔法使いにだって武器の形に自分の力を押し固めて、振るだけでここまでの威力を出すことなんてできない。
神立の雷霆の様に、天候を支配することなんてできない。
七鳴神の最大火力である鳴雷神のような、下手に使えばダンジョンが一撃で崩壊するほどの威力を持つ攻撃なんてできない。
これだけの証拠があれば、アモンに突き付けられた言葉も間違いではないのだろう。
しかし、それでも美琴は自分が目の前に立つ化け物と同じ魔神であるとは認めない。
自分は神なんかではない。歴代の雷一族の、本当の名前と自由さえ奪われて縛られ、閉じ込められるように勝手に保護しておきながら都合のいいように繁栄のために守ってほしいと崇められた、あの神とは違うのだ。
「私は、バアルゼブルなんかじゃない! あの家に縛られるように生きるしか手段のない一族の神でもない! 私は! 私の名前は、雷電美琴よ!」
自分が自分である証。両親に望まれて生まれ、美しい音色を奏でる琴の様に、優しく綺麗に育ってほしいと願って付けられた美琴という名前を口にする。
この名前こそが自分の全て。この名前こそが自分という存在がこの世界に、人間として生きている証左だ。
自分を神と呼ぶことを否定するために、人として神を名乗る怪物を必ず倒す。
その瞬間、ぱきり、と自分の中で何かがひび割れるような違和感があった。
「っ、セエエエエエエエエイ!」
痛みはない。ただ、何かにひびが入るような微かな違和感でしかない。
おそらく今までの戦いのダメージによるものだろう。もしかしたら骨が折れそうになっているサインなのかもしれない。
ならば体のどこかの骨が折れて動けなくなる前に、決着を付けなければいけない。
軽く振り下ろされた斧槍で地面が大きく消し飛び、その衝撃で地面を転がる。
急いで立ち上がり。がむしゃらに刀を振るのでは倒せないと冷静さを取り戻すために、アモンから目を外さずに深く呼吸して気持ちを整える。
それでもまだ動揺はあり、鏡のような水面に持っていくことはできていないが、今はそれでもいい。
今はただ、アモンと、炎の魔神と名乗る怪物を倒すことだけを考え、そのために刀を振ればいい。
この化け物がい続けると、大勢が被害に遭う。この化け物に殺されれば、その家族や友人が悲しむ。その悲しんでいる人を見て、また別の人も同じように人が死んだことを嘆く。
一人二人ならそれは大きくないが、それが十人二十人となればそれは波のように広がっていき、百人二百人となればどれだけの人が悲しむのか想像もつかない。
だからこそ、誰も悲しまないように全員を、誰一人として死なせないために戦う。
その願いを心に秘めて、雷鳴と共に踏み込んで刀を振る。
下からの切り上げを軽く受け止め、ぐっと引いた右腕を真っすぐに撃ち出してくる。
くるりと回転しながら拳を避けて、その勢いを乗せて水平に薙ぐ。
がちりと音を立てて勢いが完全に乗り切る前に受け止められるが、すぐに刀を引いて袈裟懸けに振り下ろす。
アモンが後ろに下がるが、それを追って踏み込みながら突きを放ち、左に避けたアモンを体で追って正面に構え、また袈裟懸けに振り下ろす。
殴りつけるように受け流したアモンは、左手に持っている斧槍を無造作に薙ぎ払う。
それだけでその先にある建物が丸ごと消失するだけでなく、その余波で熱でも持っていたのか炎が近くの草木や家に着いて燃える。
水分という水分が蒸発していきそうなほどの熱を持つ炎に周囲を包囲されていて、滝のように汗を流す。
神立の雷霆を再度使って雷雲を呼び出し、雷ではなく豪雨を振らせることで鎮火を図る。
ただでさえ被害が出ているのだから、これ以上人が営みを行う住まいなどを奪われてはいけない。その一心で雨を降らし、上に掲げた刀に雷を落として帯電してアモンに斬りかかる。
神性とやらを開放したアモンの速度は今までの比ではなく、どれだけ先手で攻撃をしても、その速度と一撃の圧倒的な重さで確実に後手に回される。
どれだけ後手に回ろうと関係ない。ここで体が二度と動かなくなってもいいから、とにかく体の奥底から力を捻り出してでも倒す。
そう強く思うと、また体の中で何かが割れるような奇妙な感触がした。
「……? どういうこと? 神性を開放していないのに、今の私に追い付いている?」
不思議なことに、その奇妙な感覚があった直後に体が軽くなり、自分よりも早く動いていたはずのアモンと同じくらいの速度で動けているようになっている。
無意識のうちにかなり無理をしているのかもしれない。恐らく、戦いが終わった後に倒れて、そのまま意識を失うのだろう。
だがそれでいい。そこまでして戦う理由があるのだ。
ここは、通っている学校がある。同じ学校に通っている友達がいる。自分の活動を半年間、誰にも言わずに応援し続けてくれた親友がいる。八歳から住んでいる家がある。そして、大好きな両親が、家族がいる。
大切なものがたくさんあるこの町を、美琴は失いたくなんてない。それを守ることができるなら、この体が朽ち果てるほど力を使い果たしたっていい。それで死ぬのだとしても、悔いなんて残らない。
だって、大切な宝物を、守ることができるのだから。
「あぁあああああああああああああああああ!!!!」
だから加速する。
───負けられない。負けてたまるか。負けるにしても、最低でも相打ちに持っていけ!
繰り返し心の中で叫び、そして叫ぶ都度何かが割れて欠けていく。そして何かが欠けていくたびに、速度も力も雷の威力も全てが上昇していくのを感じる。
アモンが神性を開放してから掠りもしなかった攻撃が当たり始める。目視すらできなかった彼女の攻撃が見える。
防御をしてもその上から致命的なダメージを受ける攻撃も、強い衝撃を感じるだけに留まり始める。
「ふ……くふふっ……! いい、いいわ、とてもいいわ、最っ高よバアルゼブル! 何が引き金になったかは知らないけど、また強くなっていってる!」
また力と速度が上がり始めた美琴と刃を交えるアモンは、狂気的な三日月のような笑みを浮かべる。
無限に等しい炎から得られる熱量を運動エネルギーに変換しながら、その炎でも攻撃を仕掛けてくる。
炎による攻撃は全て自動迎撃に切り替えた神立の雷霆で打ち落とし、美琴はアモンにだけ集中する。
押し飛ばし、自分の間合いまで一気に距離を詰めて鋭く刀を振るう。
踊るようにその連撃を回避されて、お返しだと言わんばかりに暴風のように荒々しい連撃を繰り出してくる。
美琴はその連撃を風に舞う木の葉のようにひらひらと躱しながら、合間に隙間を縫うように斬撃を繰り出していく。
変わらずアモンはその反撃を食らわずに見事に避けていくが、避けて行ってしまうなら避けられない密度で攻撃をすればいいと、再び加速していく。
あまりの速度で武器同士が衝突するため、周りには常に金属音が間延びしているように聞こえているだろう。
「がっ!?」
繰り返し武器を衝突させていると、アモンが美琴の腹部に蹴りを入れて蹴り飛ばし、厚底草履で地面を削りながら停止するとゼロと一の狭間を行くような速度で突きを繰り出してくるが、手首に捻りを加えながら左に受け流し、刀を斧槍の柄の上を滑らせるように斬撃を繰り出す。
その攻撃を仰け反るように回避して、戻す時の勢いを使って頭突きを繰り出してくる。
頭が触れる直前に雷鳴と共に離れ、無数の雷をアモンに向けて一斉に落とす。
雷鳴が雷鳴をかき消し、その雷鳴をまた別の落雷が塗りつぶす。
神立の雷霆の雷雲から雨が降っていて地面は濡れているが、どこにも電流が流れて行かない。自分で発生させた雷くらい他に被害が出ないように制御できずに他人を守れるはずがない。
「その意気よ、バアルゼブル!」
しかしアモンは平然としており、拳程度の小さな炎の球を空に向かって放ち、それは雷雲の中に入るとまるで太陽の様な膨大な熱を発生させる巨大な球体となる。
その球体はすぐに消滅するが、美琴の操っていた雷雲も一緒に消し飛んだ。
「ゼアァアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆哮のような気合を共に踏み込んで来たアモン。
無限に等しい炎から得られる膨大な熱量を運動エネルギーに変換し、その暴力的な身体能力から繰り出される純粋な振り下ろしは、空間を捻じ曲げて軋みを上げさせるほどの威力をまとっている。
それを迎撃すべく左に構えた刀に、再び溜まっていたエネルギーを全て収束させて、放つのではなく触れた瞬間に刃先から超高密度の雷の斬撃を叩き込もうと、雷速で踏み込みながら薙ぎ払うように振るう。
アモンの斧槍と美琴の陰打ちがお互いに膨大なエネルギーをまとわせた状態で衝突し、鳴神鳴を使った時と同じ規模の衝撃が発生し、地面が割れて街路樹が根元から倒れるか半ばからへし折れる。
それだけのエネルギーの衝突があった中心部では、アモンも美琴もぼろぼろになっており、斧槍は大きく刃が毀れてどこでぶつかったのかが明確に分かる。
そして美琴の陰打ちは、半ばから折れて背後の地面に突き刺さる。
「これで武器は失ったね、バアルゼブル。そんなガラクタじゃ、私にはもう勝てない。最高に楽しい勝負だったわ」
勝ちを確信したらしいアモンがそう言い、大きく刃が毀れた斧槍を掲げる。その姿はさながら、断頭台の罪人の首を斬る処刑人のようだ。
周りにいる、この戦いを見ていた人たちは誰もが美琴が負けたと思っただろう。
その中で唯一、美琴だけは───確信したような笑みを浮かべていた。
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~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。

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