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第一部 第二章 炎雷
第27話 繧「繝「繝ウ vs 美琴 1
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大爆炎と轟雷がダンジョンに響き、美琴と少女を中心に床や壁に巨大な亀裂が刻まれる。
「美琴ちゃん!」
後ろにいる彩音が助太刀に入ろうとしているのか、声を上げて地面を踏み音が聞こえる。
「逃げてください! 皆さんを守りながら戦える自信がありません!」
純粋なパワーだけで言えば、少女のほうが上のようだ。
鍔迫り合いのように押し合うが、明らかに押し込まれている。
「私を前によそ見なんて、随分余裕じゃない!」
「───ッ!?」
一度強引に弾いて先に動き出すが、美琴よりも早く弾いた武器を引き戻して横薙に振ってくる。
大きく足を開いて体を低くして回避すると、その後ろの地面と壁が消滅するようにえぐり飛ばされる。
幸い彩音達に届いていないが、もし彼女があと一歩でも前に踏み出していたら、確実に治療不可能な傷を付けられて殺されていただろう。
このままここで戦い続けるのは、実質人質を取られているようなものだと判断して、少しでもこの少女を彼女たちから離そうと陰打ちを鋭く振るう。
美琴の武器もまた、蓄積をせずとも地面や壁に深々と裂傷を刻む。
少女はたとえ最大火力ではなくとも受けるのはまずいと感じているのか、紙一重で躱し斧槍の柄で弾いて防いでいる。
「あっはは! すごいすごい! そんなに薄くて細い、見るからに弱そうな武器なのにそんなに威力があるんだ! その切れ味の秘訣はその反りにあるのかな!? まあでもなんだっていいや!」
四鳴以上から使える陰打ちは、全ての雷を武器に集中させるため自分の体から放つことはできない。
美琴本人の雷による攻撃性能をなくすことで、武器性能と美琴本人の身体能力を大幅に上昇させる。
制誓呪縛に似て非なるもの。それによって五鳴の状態で少女と渡り合えている。
普通ならここまで力を引き出す必要はない。基本三鳴で事足りるし、何ならそれでさえも下層モンスター相手には過剰な威力だ。
そんな諸願七雷を五個目の封印を解除して全力で使っているというのに、少女は笑っている。
きっと六鳴を開放しても、笑っていられるくらいの余裕はあるだろう。それこそ、六鳴以上で最大火力を叩きこまない限りは、この余裕は消えることはないはずだ。
どうして自分とそう変わらないか少し年下に見える少女が、ここまで強い力を持っているのか皆目見当もつかないが、一つ言えることはここで自分の手を汚してでも排除しなければ、もっと酷い被害が地上に出てしまうということだ。
それだけは絶対にあってはいけない。何が何でも、たとえここで死ぬことになっても、死んで魂だけになってでもここで彼女を倒さなければいけない。
「……? 速度と力が、上がった?」
地面を蹴って間合いを詰め、上段から振り下ろし、さっと避けられるが地面に触れるすれすれで刀を翻すように反転させて追うように振り上げる。
少女は斧槍で逆袈裟を受け止めるが、上昇している力によって上に大きく弾かれて驚いたように目を瞠る。
がら空きになった胴体に袈裟懸けに振り下ろすが、体を捻って避けられて地面を転がりバク転しながら距離を取られる。
着地した瞬間に雷鳴を轟かせて一気に近付き、一般人なら刀身を認識できない速度で剣戟の檻を形成するが、少女は刀よりも重量があり長物でもある斧槍で全てを迎撃してくる。
「っ、あぁああああああああああ!!」
「まだ上がるの? どんなからくり?」
これでもまだ遅いのかとありったけの思いを載せて、ほんの僅かなミスで自分すら切り付けかねない速度まで加速する。
しかし、それでも少女は余裕で対応してくる。
「ふ、ふふっ……! どんな条件付きか知らないけど、戦えばその分だけ強くなるなんてなんて素敵なの! もっと……もっともっともっともっともっと! もっっっっっっっと強くなって、私を楽しませて頂戴、バ繧「繝ォ繧シ繝ル!」
ふざけるなと声を大にして叫びたいところだが、そんな余裕はない。
近距離戦では少女にはまだ分がある。美琴もまだ二つ封印が残されているが、六鳴以上はできるだけダンジョンの中では解放したくない。
最大火力の威力と規模が一つ開放するごとに乗算で上がっていくので、下手にダンジョンの中で全開放して使ってしまえば、よくて他人を巻き込むし、最悪ダンジョンがその力に耐えきれずに崩落する。
なので六鳴か七鳴神は地上に出て移動しながら戦い、人への被害が少ない場所まで移動したら使いたい。
そんなことを、この少女許してくれるかどうかは分からないが。
「戦い以外のことを考えるなんて、なんて無粋! 風情も何も分からなくなっちゃったの!?」
「私はっ、あなたのように戦いを楽しむ性格をしていないのよっ!」
「じゃあ無理にでも戦い以外のことに集中できなくさせてあげる!」
攻撃を仕掛け、弾き、躱し、地面と壁をえぐり、押し飛ばされ、間合いを詰め、深々と簡単に破壊できないはずの壁をえぐり飛ばす。
それでも美琴はまだ逃げずに、どうにかして戦いに参加しようとしている三人を守りながら立ち回っていると、少女が美琴を蹴り飛ばして間合いを無理やりとる。
この状況で自分以外の誰かが近くにいることは、人質にされているのと同義。
少女が何か三人にしようとしているのではと、一秒にも満たないほどの時間だけ全ての雷を蓄積に回し、納刀して刃が下になるように構える。
「踊れや踊れ、歌えや歌え。今宵は楽しい宴の日。呑めや喰らえや、生者の血肉で作った馳走はすぐそこにある」
猛烈な熱だけを斧槍にまとわせて、鋭いナイフでバターでも斬るようにすとんと地面に突き刺して、謎の歌を低い声で歌い出す。
一体何をと警戒するが、攻撃してこないならここで仕留めると鯉口を切ると、地面を突き破るように何かが姿を見せる。
「大百足……!?」
現れたのは、ボス部屋でない場所ではあまりにも手狭になるほど巨大なあちこちが燃えている赤い甲殻の百足だ。
日本の各地に残る伝承に登場する妖怪大百足が原型のモンスターで、深層に生息するボスクラスの脅威を持つただのモンスターだ。
それだけでなく、その大百足に従うように大量の人と同じサイズの百足がわらわらと姿を見せる。
深層はまだ行った経験がなく、どのようなモンスターがいるのかは、ほんの僅かに判明している範囲で確認されたものが記載されている図鑑でしか見たことがない。
十年前に数百人規模の深層攻略作戦時に、たった一体の大百足によって壊滅状態にされたという話があり、倒さずに逃げ帰るしか方法がなかったとされている。
どのように倒せばいいのかなんて知る由もないので、蓄積した雷を使って一気に滅する選択をする。
「諸願七雷・飛雷の一太刀!」
逆袈裟に切り上げるように超高速で抜刀する。
鋭い斬撃に雷が乗り、地面を這うように迫っていた人並みの百足も大百足も、その一刀で消し飛ぶ。
それだけにとどまらず、その先にある壁も地面も何もかもを消し飛ばすように切り裂いていく。
百足の後ろにいた少女も普通に考えれば、今の飛雷の一太刀で消し飛んだと思われるだろうが、美琴は見逃さなかった。
残心する間もなく急加速して彩音達の方に飛び出していき、彩音の眼前で振りかざしている斧槍を、振り下ろされる前に後ろから回転をかけながら後ろに押すように弾く。
「おっとと、気付かれてたか」
後ろによろけながらたたらを踏む少女の首を目がけて容赦なく陰打ちを振り下ろすが、切りつけてえぐり飛ばしたのはダンジョンの地面だけだ。
少女は振り下ろされる直前にはとっくに間合いから離れており、とても楽しそうな笑みを浮かべている。
「関係のない人を巻き込む必要はないでしょう!」
「気が散ってて仕方がないんでしょう? 明らかにあの三人を守りながら戦ってる。それじゃバ繧「繝ォゼ繝ルの本来の強さを引き出せないじゃない」
「そんな理由で!」
また雷鳴を響かせて踏み込み、同じ速度で動き出した少女と激しく打ち合う。
袈裟懸けに振り下ろせば回転しながら回避され、その勢いのまま水平の薙ぎ払いが繰り出されれば下から弾き上げて軌道を逸らし、再び袈裟懸けに振り下ろして、回避されても更に近くに踏み込んで当身をして押し飛ばして体勢を崩し、霞に構えて雷速で突き出す。
回避と防御のしにくい突きの攻撃だが、上から振り下ろされた斧槍で下に叩き落とされ、そのまま槍部分を顔面に向けて突き出してくる。
ドンッ! という音を立てて後ろに下がり回避するが、その音が鳴ると同時に少女も追いかけてきて、体の捻りを加えた強烈な振り下ろしが繰り出される。
ギリギリで回避するが、地面に触れた瞬間爆発でも起きたのではないかという衝撃が発生して吹き飛ばされる。
「ばあ」
「っ!?」
ごろごろと地面を転がって腕の力だけで跳ね上がって着地すると、やはり一瞬のうちに距離を詰め込んでいた。
巨大な斧槍だというのに、まるで軽い木の棒でも振り回しているかのような速度で攻撃を連続して繰り出してきて、そのどれもが掠ったりでもしたら掠り傷なんかじゃ済まない威力を孕んでいる。
下手に防御もしてはいけない。直感で、防御したところでそれを突き抜けて特大のダメージを受けてしまうと理解する。
いや、そもそも炎も何もなしのただの斧槍の攻撃で地面や壁を消滅させている時点で、直感も何もない。
直撃してもいけないし受け止めても致命傷。ならばと真っ向から打ち合うのではなく、相手の力を利用して受け流す。
合気はそこまで鍛錬しているわけではないので得意というわけではない。そのため、完全に受け流しきれていないのかじわじわと刀を持っている腕に痺れが出始める。
一体どんな力をしているのだと言いたいが、恐らくこの少女はイノケンティウスを作り出した張本人だ。
あれが熱量を全て運動エネルギーや破壊エネルギーに変換して戦っていたように、彼女も同じように熱量を運動エネルギーなどに変換しているのだろう。
しかし人の体をしていて武器を持っている以上、攻撃をする際には必ず予備動作が存在する。
圧倒的で暴力的な速度で振り回されているが、それは速度に惑わされているだけで確実に攻撃の際の予備動作があるはずだ。
受け流しと回避に全ての神経を集中させて、攻撃動作をしっかりと観察する。
「───そこっ!」
「お?」
ほんの僅かに見つけた予備動作の隙。そこを狙って陰打ちを振るって、動き出す前に出鼻をくじく。
そのまま強引に地面に押し付けて柄を踏んで抑え、下段に構えた刀を振り上げる。
「うーん、惜しい! 今のはいい線行ってたよ」
確実に武器を抑えていたはずなのに、その武器ごとその場所から離れた少女は、斧槍を肩に担いで言う。
「よく観察しているし、普通だったら見ることすらできないほんの僅かな隙を見つけて、それを突くことができるだけの速度がある。それ故に惜しいよ、バ繧「繝ォゼ繝ル。相変わらず、あそこの人間を守っている。守っているから全力を出し切れないでいるし、全力を出し切れていないから楽しめない。……やっぱりあの三人は殺したほうがいいね」
肩に担いでいる斧槍の柄を両手で掴んで振りかざすが、轟音と共に踏み込んだ美琴が鍔迫り合いに持ち込む。
「私がこうして立っている以上、絶対に誰一人として殺させやしないわ」
「本当、憎たらしいくらいバ繧「繝ォゼ繝ルの善性が表に出ているね!」
強引に力づくで押し離されて少女が自分のペースに巻き込もうとするが、美琴も負けじと自分のペースに巻き込もうと刀を振るう。
金属が強くぶつかり合う音、雷鳴と爆音がダンジョンに幾度となく鳴り響く。
離されれば詰められるよりも先に地面を蹴って間合いを詰めなおし、回避行動を最小限に体力の消耗を抑えて無駄に力まず最小の力で最速の一刀を繰り出す。
曲芸のように体を反りながら回避され、その勢いのままバク転しながら顎を狙って蹴り上げてくるが、急制動をかけながら体を捻って動きを変えながら首を狙う。
斧槍の柄で受け止められて強烈な膝蹴りを腹部に受けて膝を折りかけるが、気合と根性で堪えて電磁加速を加えた回し蹴りを側腹部に叩きこむ。
蹴り飛ばされた少女は壁に激突すると同時に姿が消えるほどの速さで移動するが、美琴は一切見逃さずにそれ以上の速度で追いかける。
刀を振るい、斧槍で弾かれながら反撃され、紙一重で回避して切り上げ、少女の真紅の髪を僅かに散らす。
入れ替わり立ち代わり激しい攻防を高速移動の中で繰り返す。
きっと彩音達には、紫電の軌道と共に武器が衝突する音と爆音雷鳴が絶え間なく鳴り響いているだけに見えているだろう。
少女が向こうに行かないように立ち回りながら戦っていると、彩音が何かを決意したかのように唇を強く嚙んでから慎司と和弘に何かを言って、反抗する彼らを無理やりその場所から離れさせる。
そう、それでいい。ダンジョンの中からいなくなってくれれば、少なくともこの少女に人質という選択肢を与えずに済む。
「やっと邪魔者はいなくなってくれた? じゃあ、心置きなく全力で戦ってよ! 私も本気を出すからさ!」
「な───」
その宣言通り、まだまだ全力とは程遠かったのか、髪の色がより鮮烈な赤色になって、同時に急激に攻撃力も速度も何もかもが上昇する。
大きく振りかざされた斧槍をみて激しい悪寒がして大きく距離を取ると、今までとは比べ物にならない規模でダンジョンがえぐり取られていた。
『……お嬢様、申し訳ありません。戦闘速度があまりにも速すぎて、解析等が、』
「間に合わないんでしょ? 知ってる。だから期待はしないわ。……配信は切った?」
『はい。これは配信で見せられるお遊びなどではありませんから』
ゆらりと姿勢を直している少女を視界に収め、アイリがホログラム表示させた配信画面を一瞬だけ横目で見る。確かにしっかりと配信を切っているようだ。
『……勝てそうですか?』
不安そうにアイリが言う。
「正直分からないわ。五鳴の時点でここまで拮抗……ううん、実力がかけ離れている。それこそ、七鳴神を解除した上で全力で常に最高火力を出し続けないといけないくらいかも」
少女の後ろの特大の風穴を見て、冷や汗を流しながら返す。
「でも、実力が離れているのだとしても戦わないといけない。逃げるなんてことは相手が許さないし、そもそも逃げるつもりもない。ここで、何が何でも倒してみせるわ」
「その心意気だよ、バ繧「繝ォゼ繝ル。さあ、早くあなたも本気を出して!」
ズドンッ! という音を立てて斧槍を地面に突き立てて言う。美琴が本気を出すまで、そこから動かないと言っているように見える。
ずっとそうしてくれたら非常に楽なのだが、もしここで本気を出さなかったら本気を出すまで殺戮すると言いだしそうなので、逡巡したのちに覚悟を決めて宣言する。
「諸願七雷・七鳴神!」
己に課した七つの封印全てを解いて、全力を開放する。
これを使う以上、必ず敵を倒さないといけない。それが七鳴神を開放する際に己に課した誓約。
四鳴以降は美琴自身で使うことのできなかった雷が、再び轟雷となって放出される。
「あぁ、その紫電……! 殺すことに特化した研ぎ澄まされた雷は実に美しいわ……! 我らが偉大なる王よ! この度この殺し愛の舞台を用意してくださり、心より、魂の奥底より感謝いたします!」
大仰に両腕を広げて、まるで玉座に座る王を見上げるように顔を上に向ける。
その顔は恍惚としており、どこまでも戦いのことしか考えていないのだなと表情を歪める。
そして再び美琴と少女は武器を持って向き合い、最初の衝突とは比べ物にならないほどの破滅的な雷撃と一切合切を寄せ付けない圧倒的な暴力が衝突する。
「美琴ちゃん!」
後ろにいる彩音が助太刀に入ろうとしているのか、声を上げて地面を踏み音が聞こえる。
「逃げてください! 皆さんを守りながら戦える自信がありません!」
純粋なパワーだけで言えば、少女のほうが上のようだ。
鍔迫り合いのように押し合うが、明らかに押し込まれている。
「私を前によそ見なんて、随分余裕じゃない!」
「───ッ!?」
一度強引に弾いて先に動き出すが、美琴よりも早く弾いた武器を引き戻して横薙に振ってくる。
大きく足を開いて体を低くして回避すると、その後ろの地面と壁が消滅するようにえぐり飛ばされる。
幸い彩音達に届いていないが、もし彼女があと一歩でも前に踏み出していたら、確実に治療不可能な傷を付けられて殺されていただろう。
このままここで戦い続けるのは、実質人質を取られているようなものだと判断して、少しでもこの少女を彼女たちから離そうと陰打ちを鋭く振るう。
美琴の武器もまた、蓄積をせずとも地面や壁に深々と裂傷を刻む。
少女はたとえ最大火力ではなくとも受けるのはまずいと感じているのか、紙一重で躱し斧槍の柄で弾いて防いでいる。
「あっはは! すごいすごい! そんなに薄くて細い、見るからに弱そうな武器なのにそんなに威力があるんだ! その切れ味の秘訣はその反りにあるのかな!? まあでもなんだっていいや!」
四鳴以上から使える陰打ちは、全ての雷を武器に集中させるため自分の体から放つことはできない。
美琴本人の雷による攻撃性能をなくすことで、武器性能と美琴本人の身体能力を大幅に上昇させる。
制誓呪縛に似て非なるもの。それによって五鳴の状態で少女と渡り合えている。
普通ならここまで力を引き出す必要はない。基本三鳴で事足りるし、何ならそれでさえも下層モンスター相手には過剰な威力だ。
そんな諸願七雷を五個目の封印を解除して全力で使っているというのに、少女は笑っている。
きっと六鳴を開放しても、笑っていられるくらいの余裕はあるだろう。それこそ、六鳴以上で最大火力を叩きこまない限りは、この余裕は消えることはないはずだ。
どうして自分とそう変わらないか少し年下に見える少女が、ここまで強い力を持っているのか皆目見当もつかないが、一つ言えることはここで自分の手を汚してでも排除しなければ、もっと酷い被害が地上に出てしまうということだ。
それだけは絶対にあってはいけない。何が何でも、たとえここで死ぬことになっても、死んで魂だけになってでもここで彼女を倒さなければいけない。
「……? 速度と力が、上がった?」
地面を蹴って間合いを詰め、上段から振り下ろし、さっと避けられるが地面に触れるすれすれで刀を翻すように反転させて追うように振り上げる。
少女は斧槍で逆袈裟を受け止めるが、上昇している力によって上に大きく弾かれて驚いたように目を瞠る。
がら空きになった胴体に袈裟懸けに振り下ろすが、体を捻って避けられて地面を転がりバク転しながら距離を取られる。
着地した瞬間に雷鳴を轟かせて一気に近付き、一般人なら刀身を認識できない速度で剣戟の檻を形成するが、少女は刀よりも重量があり長物でもある斧槍で全てを迎撃してくる。
「っ、あぁああああああああああ!!」
「まだ上がるの? どんなからくり?」
これでもまだ遅いのかとありったけの思いを載せて、ほんの僅かなミスで自分すら切り付けかねない速度まで加速する。
しかし、それでも少女は余裕で対応してくる。
「ふ、ふふっ……! どんな条件付きか知らないけど、戦えばその分だけ強くなるなんてなんて素敵なの! もっと……もっともっともっともっともっと! もっっっっっっっと強くなって、私を楽しませて頂戴、バ繧「繝ォ繧シ繝ル!」
ふざけるなと声を大にして叫びたいところだが、そんな余裕はない。
近距離戦では少女にはまだ分がある。美琴もまだ二つ封印が残されているが、六鳴以上はできるだけダンジョンの中では解放したくない。
最大火力の威力と規模が一つ開放するごとに乗算で上がっていくので、下手にダンジョンの中で全開放して使ってしまえば、よくて他人を巻き込むし、最悪ダンジョンがその力に耐えきれずに崩落する。
なので六鳴か七鳴神は地上に出て移動しながら戦い、人への被害が少ない場所まで移動したら使いたい。
そんなことを、この少女許してくれるかどうかは分からないが。
「戦い以外のことを考えるなんて、なんて無粋! 風情も何も分からなくなっちゃったの!?」
「私はっ、あなたのように戦いを楽しむ性格をしていないのよっ!」
「じゃあ無理にでも戦い以外のことに集中できなくさせてあげる!」
攻撃を仕掛け、弾き、躱し、地面と壁をえぐり、押し飛ばされ、間合いを詰め、深々と簡単に破壊できないはずの壁をえぐり飛ばす。
それでも美琴はまだ逃げずに、どうにかして戦いに参加しようとしている三人を守りながら立ち回っていると、少女が美琴を蹴り飛ばして間合いを無理やりとる。
この状況で自分以外の誰かが近くにいることは、人質にされているのと同義。
少女が何か三人にしようとしているのではと、一秒にも満たないほどの時間だけ全ての雷を蓄積に回し、納刀して刃が下になるように構える。
「踊れや踊れ、歌えや歌え。今宵は楽しい宴の日。呑めや喰らえや、生者の血肉で作った馳走はすぐそこにある」
猛烈な熱だけを斧槍にまとわせて、鋭いナイフでバターでも斬るようにすとんと地面に突き刺して、謎の歌を低い声で歌い出す。
一体何をと警戒するが、攻撃してこないならここで仕留めると鯉口を切ると、地面を突き破るように何かが姿を見せる。
「大百足……!?」
現れたのは、ボス部屋でない場所ではあまりにも手狭になるほど巨大なあちこちが燃えている赤い甲殻の百足だ。
日本の各地に残る伝承に登場する妖怪大百足が原型のモンスターで、深層に生息するボスクラスの脅威を持つただのモンスターだ。
それだけでなく、その大百足に従うように大量の人と同じサイズの百足がわらわらと姿を見せる。
深層はまだ行った経験がなく、どのようなモンスターがいるのかは、ほんの僅かに判明している範囲で確認されたものが記載されている図鑑でしか見たことがない。
十年前に数百人規模の深層攻略作戦時に、たった一体の大百足によって壊滅状態にされたという話があり、倒さずに逃げ帰るしか方法がなかったとされている。
どのように倒せばいいのかなんて知る由もないので、蓄積した雷を使って一気に滅する選択をする。
「諸願七雷・飛雷の一太刀!」
逆袈裟に切り上げるように超高速で抜刀する。
鋭い斬撃に雷が乗り、地面を這うように迫っていた人並みの百足も大百足も、その一刀で消し飛ぶ。
それだけにとどまらず、その先にある壁も地面も何もかもを消し飛ばすように切り裂いていく。
百足の後ろにいた少女も普通に考えれば、今の飛雷の一太刀で消し飛んだと思われるだろうが、美琴は見逃さなかった。
残心する間もなく急加速して彩音達の方に飛び出していき、彩音の眼前で振りかざしている斧槍を、振り下ろされる前に後ろから回転をかけながら後ろに押すように弾く。
「おっとと、気付かれてたか」
後ろによろけながらたたらを踏む少女の首を目がけて容赦なく陰打ちを振り下ろすが、切りつけてえぐり飛ばしたのはダンジョンの地面だけだ。
少女は振り下ろされる直前にはとっくに間合いから離れており、とても楽しそうな笑みを浮かべている。
「関係のない人を巻き込む必要はないでしょう!」
「気が散ってて仕方がないんでしょう? 明らかにあの三人を守りながら戦ってる。それじゃバ繧「繝ォゼ繝ルの本来の強さを引き出せないじゃない」
「そんな理由で!」
また雷鳴を響かせて踏み込み、同じ速度で動き出した少女と激しく打ち合う。
袈裟懸けに振り下ろせば回転しながら回避され、その勢いのまま水平の薙ぎ払いが繰り出されれば下から弾き上げて軌道を逸らし、再び袈裟懸けに振り下ろして、回避されても更に近くに踏み込んで当身をして押し飛ばして体勢を崩し、霞に構えて雷速で突き出す。
回避と防御のしにくい突きの攻撃だが、上から振り下ろされた斧槍で下に叩き落とされ、そのまま槍部分を顔面に向けて突き出してくる。
ドンッ! という音を立てて後ろに下がり回避するが、その音が鳴ると同時に少女も追いかけてきて、体の捻りを加えた強烈な振り下ろしが繰り出される。
ギリギリで回避するが、地面に触れた瞬間爆発でも起きたのではないかという衝撃が発生して吹き飛ばされる。
「ばあ」
「っ!?」
ごろごろと地面を転がって腕の力だけで跳ね上がって着地すると、やはり一瞬のうちに距離を詰め込んでいた。
巨大な斧槍だというのに、まるで軽い木の棒でも振り回しているかのような速度で攻撃を連続して繰り出してきて、そのどれもが掠ったりでもしたら掠り傷なんかじゃ済まない威力を孕んでいる。
下手に防御もしてはいけない。直感で、防御したところでそれを突き抜けて特大のダメージを受けてしまうと理解する。
いや、そもそも炎も何もなしのただの斧槍の攻撃で地面や壁を消滅させている時点で、直感も何もない。
直撃してもいけないし受け止めても致命傷。ならばと真っ向から打ち合うのではなく、相手の力を利用して受け流す。
合気はそこまで鍛錬しているわけではないので得意というわけではない。そのため、完全に受け流しきれていないのかじわじわと刀を持っている腕に痺れが出始める。
一体どんな力をしているのだと言いたいが、恐らくこの少女はイノケンティウスを作り出した張本人だ。
あれが熱量を全て運動エネルギーや破壊エネルギーに変換して戦っていたように、彼女も同じように熱量を運動エネルギーなどに変換しているのだろう。
しかし人の体をしていて武器を持っている以上、攻撃をする際には必ず予備動作が存在する。
圧倒的で暴力的な速度で振り回されているが、それは速度に惑わされているだけで確実に攻撃の際の予備動作があるはずだ。
受け流しと回避に全ての神経を集中させて、攻撃動作をしっかりと観察する。
「───そこっ!」
「お?」
ほんの僅かに見つけた予備動作の隙。そこを狙って陰打ちを振るって、動き出す前に出鼻をくじく。
そのまま強引に地面に押し付けて柄を踏んで抑え、下段に構えた刀を振り上げる。
「うーん、惜しい! 今のはいい線行ってたよ」
確実に武器を抑えていたはずなのに、その武器ごとその場所から離れた少女は、斧槍を肩に担いで言う。
「よく観察しているし、普通だったら見ることすらできないほんの僅かな隙を見つけて、それを突くことができるだけの速度がある。それ故に惜しいよ、バ繧「繝ォゼ繝ル。相変わらず、あそこの人間を守っている。守っているから全力を出し切れないでいるし、全力を出し切れていないから楽しめない。……やっぱりあの三人は殺したほうがいいね」
肩に担いでいる斧槍の柄を両手で掴んで振りかざすが、轟音と共に踏み込んだ美琴が鍔迫り合いに持ち込む。
「私がこうして立っている以上、絶対に誰一人として殺させやしないわ」
「本当、憎たらしいくらいバ繧「繝ォゼ繝ルの善性が表に出ているね!」
強引に力づくで押し離されて少女が自分のペースに巻き込もうとするが、美琴も負けじと自分のペースに巻き込もうと刀を振るう。
金属が強くぶつかり合う音、雷鳴と爆音がダンジョンに幾度となく鳴り響く。
離されれば詰められるよりも先に地面を蹴って間合いを詰めなおし、回避行動を最小限に体力の消耗を抑えて無駄に力まず最小の力で最速の一刀を繰り出す。
曲芸のように体を反りながら回避され、その勢いのままバク転しながら顎を狙って蹴り上げてくるが、急制動をかけながら体を捻って動きを変えながら首を狙う。
斧槍の柄で受け止められて強烈な膝蹴りを腹部に受けて膝を折りかけるが、気合と根性で堪えて電磁加速を加えた回し蹴りを側腹部に叩きこむ。
蹴り飛ばされた少女は壁に激突すると同時に姿が消えるほどの速さで移動するが、美琴は一切見逃さずにそれ以上の速度で追いかける。
刀を振るい、斧槍で弾かれながら反撃され、紙一重で回避して切り上げ、少女の真紅の髪を僅かに散らす。
入れ替わり立ち代わり激しい攻防を高速移動の中で繰り返す。
きっと彩音達には、紫電の軌道と共に武器が衝突する音と爆音雷鳴が絶え間なく鳴り響いているだけに見えているだろう。
少女が向こうに行かないように立ち回りながら戦っていると、彩音が何かを決意したかのように唇を強く嚙んでから慎司と和弘に何かを言って、反抗する彼らを無理やりその場所から離れさせる。
そう、それでいい。ダンジョンの中からいなくなってくれれば、少なくともこの少女に人質という選択肢を与えずに済む。
「やっと邪魔者はいなくなってくれた? じゃあ、心置きなく全力で戦ってよ! 私も本気を出すからさ!」
「な───」
その宣言通り、まだまだ全力とは程遠かったのか、髪の色がより鮮烈な赤色になって、同時に急激に攻撃力も速度も何もかもが上昇する。
大きく振りかざされた斧槍をみて激しい悪寒がして大きく距離を取ると、今までとは比べ物にならない規模でダンジョンがえぐり取られていた。
『……お嬢様、申し訳ありません。戦闘速度があまりにも速すぎて、解析等が、』
「間に合わないんでしょ? 知ってる。だから期待はしないわ。……配信は切った?」
『はい。これは配信で見せられるお遊びなどではありませんから』
ゆらりと姿勢を直している少女を視界に収め、アイリがホログラム表示させた配信画面を一瞬だけ横目で見る。確かにしっかりと配信を切っているようだ。
『……勝てそうですか?』
不安そうにアイリが言う。
「正直分からないわ。五鳴の時点でここまで拮抗……ううん、実力がかけ離れている。それこそ、七鳴神を解除した上で全力で常に最高火力を出し続けないといけないくらいかも」
少女の後ろの特大の風穴を見て、冷や汗を流しながら返す。
「でも、実力が離れているのだとしても戦わないといけない。逃げるなんてことは相手が許さないし、そもそも逃げるつもりもない。ここで、何が何でも倒してみせるわ」
「その心意気だよ、バ繧「繝ォゼ繝ル。さあ、早くあなたも本気を出して!」
ズドンッ! という音を立てて斧槍を地面に突き立てて言う。美琴が本気を出すまで、そこから動かないと言っているように見える。
ずっとそうしてくれたら非常に楽なのだが、もしここで本気を出さなかったら本気を出すまで殺戮すると言いだしそうなので、逡巡したのちに覚悟を決めて宣言する。
「諸願七雷・七鳴神!」
己に課した七つの封印全てを解いて、全力を開放する。
これを使う以上、必ず敵を倒さないといけない。それが七鳴神を開放する際に己に課した誓約。
四鳴以降は美琴自身で使うことのできなかった雷が、再び轟雷となって放出される。
「あぁ、その紫電……! 殺すことに特化した研ぎ澄まされた雷は実に美しいわ……! 我らが偉大なる王よ! この度この殺し愛の舞台を用意してくださり、心より、魂の奥底より感謝いたします!」
大仰に両腕を広げて、まるで玉座に座る王を見上げるように顔を上に向ける。
その顔は恍惚としており、どこまでも戦いのことしか考えていないのだなと表情を歪める。
そして再び美琴と少女は武器を持って向き合い、最初の衝突とは比べ物にならないほどの破滅的な雷撃と一切合切を寄せ付けない圧倒的な暴力が衝突する。
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
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現在、第三章フェレスト王国エルフ編

チートを貰えなかった落第勇者の帰還〜俺だけ能力引き継いで現代最強〜
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主人公小野隼人は、高校一年の夏に同じクラスの人と異世界に勇者として召喚される。
勇者は召喚の際にチートな能力を貰えるはずが、隼人は、【身体強化】と【感知】と言うありふれた能力しか貰えなかったが、しぶとく生き残り、10年目にして遂に帰還。
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(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
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魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。


~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
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沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
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それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
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一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。

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