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第一部 第二章 炎雷
第22話 美琴の影響はすさまじい
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ダンジョン下層最深域でイレギュラーな怪物、イノケンティウスを倒すついでにボス部屋の大部分破壊からは、美琴はとにかく忙しい日々を送っていた。
アイリが配信の中で見どころになる部分をリアルタイムで超速編集してアップしていたり、それが異常なほど再生数が伸びていたりと、それはまあいいのだ。
見逃せなかったのは、その中に数万人の前にいじけた姿を配信して、そのあとに帰りたいと発狂した動画が「おうち帰りたいボイス」というタイトルでアップされており、それが嫌に伸びていたことだ。
もちろん速攻で消そうとしたが、アイリがハッキングして全ての権限を美琴のパソコンとスマホから抜き出して、挙句その動画だけ強固なロックをかけて絶対に消されないようにされた。
あまりにも恥ずかしい、まさに消してしまいたい黒歴史なのだが、日に日に再生数と高評価が伸びて行ってしまい、消そうにも消すことができない状態になってしまったのが一番痛い。
それ以外であったことと言えば、あのダンジョン攻略配信の後の学校でのことと、SNSのDMに山ほど探索者クランや配信者事務所から加入のメッセージが届いたことか。
DMはアイリに丸投げしたので実はそこまで美琴は忙しく感じてはいないのだが、学校は美琴自身でどうにかしなければいけなかった。
登校するなり生徒と教員に囲まれて、握手やらサインやらをひっきりなしに頼まれて、教室に付くまでに疲れ果ててしまった。
サインとかはもし有名になった時にと一人で考えていたのが功を奏して、緊張で手が震えこそしたが上手いこと書くことができた。
握手もただ手を握るだけだと考えればそれほどでもなかったが、同じ学校にいるのだからとツーショットをお願いしてくる生徒もかなり多かった。
美琴本人がかなりの美少女ということもあって男子からお願いされることは少なかったが、同性の生徒からはとにかく囲まれた。体力を使い果たしたのはここが一番多いだろう。
配信をする時も最初にバズった動画から来た人や、その後の攻略配信の切り抜きから来た人で視聴者数がかなり増えて、気が付けばかつては吹けば消えそうな泡沫チャンネルに過ぎなかったアカウントの登録者数は、二百万人に達しようとしていた。
その配信の中でもコメント欄にあの手この手で美琴の個人情報を少しでも引き出そうとする輩や、事務所やクランの勧誘コメントが流れて来たので、当面というかそもそもどこかに所属するつもりはないとはっきりと明言し、SNSにも同じ投稿をしてコメントを固定した。
そんなこんなで伝説を飛び越えて神話の域に達した配信から一週間半が過ぎた頃、まだまだその時の配信の影響は広がり続けているようで───
「美琴様の配信観た?」
「観た観た! 昨日のもやばかったよね!」
「昨日は結局雷も陰打ちも使ってくれなかったけど、やっぱり薙刀もすごいなあ。私も薙刀習おうかな」
「初期の動画と炎の怪物討伐の動画が五千万再生行ってるのほんとにすごいなあ。憧れちゃうなあ」
「もうそこらの探索者と同列に扱ったらだめだよね。美琴様はもう生ける神話そのものなんだから」
『……お嬢様、お顔がにやけておりますよ』
「あらやだいけない」
平日の朝。
いつも通り学校に投稿している途中で、他校の仲のよさそうな女子高生三名がスマホを片手にそんな会話をしているのが聞こえてきた。
配信活動を始めたばかりのころ、もし有名になったらこのように街中で誰かの口からすごいと言われたり、自分について話していることを聞くようになるかもしれないと密かに妄想したものだが、実際にそれを耳にすると嬉しさのあまり頬が緩んでしまう。
ただ登校中まで大勢に囲まれるのは勘弁なので、髪型は配信の時と大きく変えて印象を変えている。これが意外と効果的で、顔を知っている人が多い学校以外では案外ばれない。
あとはチャームポイントでもある右目の泣きぼくろと右の口元の艶ぼくろを、配信中は化粧で隠しているのも大きいだろう。
「しょがんしちらい、みかづち~!」
「ずるいよー! わたしもみことちゃんやくやりたいー!」
通学路にある公園の前を通ると、小さい子供が木の枝を持って遊んでいる。
配信を見てくれているのは同年代から二十台前後だけでなく、その下の幼稚園から小学生、中には六十代の人もいるようだ。
そのこともあってか、最近子供が自分の真似をしているのを見かける。
なんとも微笑ましいなとほっこりしていると、美琴の真似をしていた女の子がこちらを見て、びっくりした表情を浮かべる。
「あー! みことちゃんだー!」
悪気はないだろう。その女の子が大きな声で指をさしながら言う。
美琴だって幼いころに偶然町中で有名人を見かけた時に、嬉しさにあまりに同じことをやった経験がある。
その女の子の大声に反応したのか、近くにいる親御さんから同じ道を登校している学生達が、どこだとざわつき始める。
幸い配信内外で印象を大きく変えているため、気付いた人は少ないだろう。ここで下手に狼狽えてしまえば、きっと大騒ぎになること間違いなしだ。
なのでここはあえて反応せずにいることでやり過ごすことにする。
ただ妙に注目を浴びているのも事実なので、不審に思われない程度に早歩きでその場から立ち去る。
♢
美琴の視聴者はほとんどが良識的な人ばかりのようで、配信内で時折スリーサイズや下着の色などを教えてほしいとかいうセクハラコメントが飛んでくることはあるが、住んでいる場所を特定しようとする人はそこまで多くない。
というか、美琴がのびのび配信することを望んでいる視聴者が九割なので、それを脅かそうとする特定厨と呼ばれる輩は、個人情報を引き出そうとするコメントが投稿されると同時に、ものすごい批判と共に逆にその特定厨を特定しようとする。
その場合はアイリがモデレーターとしてコメント削除とブロックを行っているが、本当にそれだけで済んでいるのか少し不安に感じてもいる。
ともあれ、美琴の私生活にまで首を突っ込むつもりはないようなので、学校の前に人だかりができるなんてことはない。イノケンティウス討伐の翌日は、報道陣がスタンバイしていたようだが学校側が厳しく対応してくれた。
学校に着いて正門を通り、昇降口に向かっている途中で一年生の後輩や同級生、先輩がざわざわとざわつきながら美琴を見るが、もう慣れたものだ。
ただ一つ勘弁願いたいのは、後輩女子が美琴のことを「お姉さま」と呼ぶことだ。しかも結構熱い眼差し付きで。
何がどのようになって美琴のことをそう呼ぶのか理解不能だし、アイリに聞いても「自業自得です」としか返ってこない。
「雷電、少しいいか?」
今日も今日とて生徒からの視線を頂戴しながら上履きに履き替えて教室に向かっていると、担任教師が声をかけてくる。
先週美琴が奇跡的な激バズりの後に広告塔にさせてほしいと言ってきた学校側勢力の一人で、イノケンティウス討伐とボス部屋破壊の後からほぼ毎日話しかけてくる。
もはやこれもこの一週間の間に見慣れた光景になったのか、生徒達は「またやってるよ」と呆れた様子で担任教師を見ながら、各々の教室に向かっていく。
とりあえず担任に連れられて職員室に向かうが、何が目的なのかも知っているため、美琴から先に切り出す。
「繰り返し言いますけど、広告塔にはなりません。そんなことしなくたって、毎年の入学者数は多いでしょう?」
「それもそうだが、もっと生徒が増えればもっと上を目指せるというか」
「なら私という小細工を使わずに真っ当な手段でやってください。こっそりやろうとしても、こっちにはアイリがいますから」
『担任教師のパソコンから、お嬢様が抜刀術の構えを取っている姿が表紙になっている作成中のパンフレットを発見しました。自宅のパソコンにバックアップが取られているようです』
「全部消しといて」
「徹夜で作った渾身のパンフレットがああああああああああああああああああ!?!?」
やはり事後承諾的な形に持ち込もうとしていたようだが、アイリというデジタル面では最高に頼れる相棒がいるため、その目論見は世に出る前に削除された。
データが消し飛んで床に頽れ、さめざめと泣く担任をそんな大げさなと呆れた目で見降ろし、くるりと踵を返して職員室を出る。
「アイリ、また同じことしないように監視しておいてくれる?」
『かしこまりました。では、担任教師の持つ全ての電子機器に私の複製体のIIを潜ませておきます』
「……アイリって結構何でもありじゃない?」
『データ情報である以上、複製などたやすいことです』
「お父さんが聞いたら興奮して問いただすだろうなあ」
本格的な製品化に向けて作られた試作型のAIがここまで高性能だと知れば、嬉々として研究費用を増額させるだろう。
ひとまず、担任教師の余計なことはお披露目前に潰したので、階段を上って教室に向かう。
「さってとー、今日も学校生活がんばろーっと」
ここでは配信者の琴峰美琴ではなく、ただの女子高生の雷電美琴である。
今日はどんな楽しいことがあるのかと、軽い足取りで教室のドアを開けた。
♢
昼休み。
美琴は疲れ果てて机に突っ伏していた。
「珍しいこともあるものね。あの美琴が机に突っ伏すなんて」
昌がつんつんと指先で美琴の頭を突っつきながら言う。
「つ、疲れた……」
「お疲れー。昨日の配信もすごかったからね。聞きたいことがいっぱいあったんだと思うよ」
「だとしても授業の合間の休み時間に詰め寄ってこなくたっていいじゃない……」
「お昼休みにすら来ないだけありがたいと思いなさい。それだけのことを、美琴は半年前からやってたんだから」
「内容全く変わってないのになぜ……」
「下層ソロとか基本無理だからよ。それこそ、一等探索者や呪術師の中の上澄みとかじゃないと、美琴みたいなことはできないわよ。昨日の下層ボス討伐は、まさか諸願七雷の一鳴以上を使わずに倒しきるとは思ってなかったけど」
昨日行った配信は、いつも通り下層をソロで踏破するというものだったのだが、いつにもましてモンスターと遭遇しなかったためそのうっ憤を晴らすように、一鳴だけでヒット&アウェイ戦法でボスモンスターを倒したのだ。
一鳴の時点で雷とほぼ同じ速度での移動が可能なので、体が大きくパワーはあるが鈍重な餓者髑髏では美琴の速度に一切追い付けず終始美琴有利で戦闘が続き、十分足らずで討伐したのだ。
過疎配信者時代、あまりにも人が来ないのでそのストレスを発散させるためにたまにやっていた戦法を、モンスターと遭遇しないからという理由で十数万人の前で披露した結果、それもまた切り抜きが乱立してとんでもないことになった。
「にしても、下層は上層や中層よりもモンスターの数が多くて、怪物地獄とも呼べなくはないはずなのに二時間近く潜って遭遇したのがたったの四体なんて、正直異常事態じゃない?」
ずずー、っとパックのコーヒー牛乳をストローで啜る昌の言葉に反応して、のそりと顔を上げる。
「それ、私も思った。アイリに調べてもらったけど、先週くらいからほかの探索者や配信者も同じ状態になってるって」
「でも行方不明になる人の数は減るどころか増えていると。何かやばいことがダンジョンの中で起きているかもね」
真っ先に思い浮かんだのは、あの真紅の髪の少女だ。
一鳴を開放している状態での全力逃走を図ったのに、全く同じかそれ以上の速度で追い付いてきた、謎の人物。
あの少女と会ったのはあの一度きりなのだが、どうも今起きている異常事態は彼女が原因のように思えて仕方ない。
「正直、安全を考慮してしばらくは誰かと行動したほうがいいと思うんだけど」
『私もそれには賛成です。ですが……』
「問題は、美琴の速度についていける人がいないことなのよね。諸願七雷なしで、ベテラン探索者の倍近い速度で下層まで行けるし」
『何より、一等探索者でも下手な人と組めばお嬢様の足を引っ張るだけです。結局、一人でいるほうが安全という矛盾が発生します』
安全のためなら複数行動が定石で鉄則だが、美琴の場合だとそれが当てはまらない。
美琴も一人で話し続けることは苦ではないし、視聴者から滝のように送られてくるコメントを処理するだけでも楽しいのだが、ふとした時にちょっぴり寂しさを感じる瞬間もある。
「どうしたらいいんだろう。基本ソロ活動って言っちゃってるから、今更固定パーティー組めないし」
「だからそこはノリと勢いで決めないほうがいいよって言ったんだけど。まあ、結局そっちの方が美琴のやばさと凄さが分かりやすいから結果オーライ」
『……お嬢様、固定パーティーを組めないのであれば、数回に一度は臨時パーティーを組めばよろしいのでは』
「ギルドで募集したら変態しか来なかったの覚えてない?」
最初から今のスタイルでやってきているため、容姿を含めて非常に目立つ。
そんな中で、まだ探索者として活動を始めたばかりのころに一人じゃ寂しいからと募集をかけたところ、人は集まりはしたが見事に全員ろくでなしであることが判明して、結局ソロになった経緯がある。
『確かにそうでしたね。軽率でした』
「じゃあさ、美琴の同業に声をかけてコラボする、なんてのはどう? それなら少なくとも嫌な目に遭うことはないと思うよ」
昌が提案したのはいわゆるコラボ配信だ。
ほかのダンジョン攻略系配信者とコラボすることで、お互いの視聴者を分け合うことができ、数字を伸ばすこともできるし交友関係も広がる一石二鳥なやり方だ。
ただこれも問題があり、結局美琴についていけないという点だ。
「ま、そこは帰ってからのんびり考えるよ。さ、もうお昼食べましょう。お腹すいちゃった」
色々と考えるがすぐには結論が出てこず、一旦そのことは保留にすることにした。
アイリが配信の中で見どころになる部分をリアルタイムで超速編集してアップしていたり、それが異常なほど再生数が伸びていたりと、それはまあいいのだ。
見逃せなかったのは、その中に数万人の前にいじけた姿を配信して、そのあとに帰りたいと発狂した動画が「おうち帰りたいボイス」というタイトルでアップされており、それが嫌に伸びていたことだ。
もちろん速攻で消そうとしたが、アイリがハッキングして全ての権限を美琴のパソコンとスマホから抜き出して、挙句その動画だけ強固なロックをかけて絶対に消されないようにされた。
あまりにも恥ずかしい、まさに消してしまいたい黒歴史なのだが、日に日に再生数と高評価が伸びて行ってしまい、消そうにも消すことができない状態になってしまったのが一番痛い。
それ以外であったことと言えば、あのダンジョン攻略配信の後の学校でのことと、SNSのDMに山ほど探索者クランや配信者事務所から加入のメッセージが届いたことか。
DMはアイリに丸投げしたので実はそこまで美琴は忙しく感じてはいないのだが、学校は美琴自身でどうにかしなければいけなかった。
登校するなり生徒と教員に囲まれて、握手やらサインやらをひっきりなしに頼まれて、教室に付くまでに疲れ果ててしまった。
サインとかはもし有名になった時にと一人で考えていたのが功を奏して、緊張で手が震えこそしたが上手いこと書くことができた。
握手もただ手を握るだけだと考えればそれほどでもなかったが、同じ学校にいるのだからとツーショットをお願いしてくる生徒もかなり多かった。
美琴本人がかなりの美少女ということもあって男子からお願いされることは少なかったが、同性の生徒からはとにかく囲まれた。体力を使い果たしたのはここが一番多いだろう。
配信をする時も最初にバズった動画から来た人や、その後の攻略配信の切り抜きから来た人で視聴者数がかなり増えて、気が付けばかつては吹けば消えそうな泡沫チャンネルに過ぎなかったアカウントの登録者数は、二百万人に達しようとしていた。
その配信の中でもコメント欄にあの手この手で美琴の個人情報を少しでも引き出そうとする輩や、事務所やクランの勧誘コメントが流れて来たので、当面というかそもそもどこかに所属するつもりはないとはっきりと明言し、SNSにも同じ投稿をしてコメントを固定した。
そんなこんなで伝説を飛び越えて神話の域に達した配信から一週間半が過ぎた頃、まだまだその時の配信の影響は広がり続けているようで───
「美琴様の配信観た?」
「観た観た! 昨日のもやばかったよね!」
「昨日は結局雷も陰打ちも使ってくれなかったけど、やっぱり薙刀もすごいなあ。私も薙刀習おうかな」
「初期の動画と炎の怪物討伐の動画が五千万再生行ってるのほんとにすごいなあ。憧れちゃうなあ」
「もうそこらの探索者と同列に扱ったらだめだよね。美琴様はもう生ける神話そのものなんだから」
『……お嬢様、お顔がにやけておりますよ』
「あらやだいけない」
平日の朝。
いつも通り学校に投稿している途中で、他校の仲のよさそうな女子高生三名がスマホを片手にそんな会話をしているのが聞こえてきた。
配信活動を始めたばかりのころ、もし有名になったらこのように街中で誰かの口からすごいと言われたり、自分について話していることを聞くようになるかもしれないと密かに妄想したものだが、実際にそれを耳にすると嬉しさのあまり頬が緩んでしまう。
ただ登校中まで大勢に囲まれるのは勘弁なので、髪型は配信の時と大きく変えて印象を変えている。これが意外と効果的で、顔を知っている人が多い学校以外では案外ばれない。
あとはチャームポイントでもある右目の泣きぼくろと右の口元の艶ぼくろを、配信中は化粧で隠しているのも大きいだろう。
「しょがんしちらい、みかづち~!」
「ずるいよー! わたしもみことちゃんやくやりたいー!」
通学路にある公園の前を通ると、小さい子供が木の枝を持って遊んでいる。
配信を見てくれているのは同年代から二十台前後だけでなく、その下の幼稚園から小学生、中には六十代の人もいるようだ。
そのこともあってか、最近子供が自分の真似をしているのを見かける。
なんとも微笑ましいなとほっこりしていると、美琴の真似をしていた女の子がこちらを見て、びっくりした表情を浮かべる。
「あー! みことちゃんだー!」
悪気はないだろう。その女の子が大きな声で指をさしながら言う。
美琴だって幼いころに偶然町中で有名人を見かけた時に、嬉しさにあまりに同じことをやった経験がある。
その女の子の大声に反応したのか、近くにいる親御さんから同じ道を登校している学生達が、どこだとざわつき始める。
幸い配信内外で印象を大きく変えているため、気付いた人は少ないだろう。ここで下手に狼狽えてしまえば、きっと大騒ぎになること間違いなしだ。
なのでここはあえて反応せずにいることでやり過ごすことにする。
ただ妙に注目を浴びているのも事実なので、不審に思われない程度に早歩きでその場から立ち去る。
♢
美琴の視聴者はほとんどが良識的な人ばかりのようで、配信内で時折スリーサイズや下着の色などを教えてほしいとかいうセクハラコメントが飛んでくることはあるが、住んでいる場所を特定しようとする人はそこまで多くない。
というか、美琴がのびのび配信することを望んでいる視聴者が九割なので、それを脅かそうとする特定厨と呼ばれる輩は、個人情報を引き出そうとするコメントが投稿されると同時に、ものすごい批判と共に逆にその特定厨を特定しようとする。
その場合はアイリがモデレーターとしてコメント削除とブロックを行っているが、本当にそれだけで済んでいるのか少し不安に感じてもいる。
ともあれ、美琴の私生活にまで首を突っ込むつもりはないようなので、学校の前に人だかりができるなんてことはない。イノケンティウス討伐の翌日は、報道陣がスタンバイしていたようだが学校側が厳しく対応してくれた。
学校に着いて正門を通り、昇降口に向かっている途中で一年生の後輩や同級生、先輩がざわざわとざわつきながら美琴を見るが、もう慣れたものだ。
ただ一つ勘弁願いたいのは、後輩女子が美琴のことを「お姉さま」と呼ぶことだ。しかも結構熱い眼差し付きで。
何がどのようになって美琴のことをそう呼ぶのか理解不能だし、アイリに聞いても「自業自得です」としか返ってこない。
「雷電、少しいいか?」
今日も今日とて生徒からの視線を頂戴しながら上履きに履き替えて教室に向かっていると、担任教師が声をかけてくる。
先週美琴が奇跡的な激バズりの後に広告塔にさせてほしいと言ってきた学校側勢力の一人で、イノケンティウス討伐とボス部屋破壊の後からほぼ毎日話しかけてくる。
もはやこれもこの一週間の間に見慣れた光景になったのか、生徒達は「またやってるよ」と呆れた様子で担任教師を見ながら、各々の教室に向かっていく。
とりあえず担任に連れられて職員室に向かうが、何が目的なのかも知っているため、美琴から先に切り出す。
「繰り返し言いますけど、広告塔にはなりません。そんなことしなくたって、毎年の入学者数は多いでしょう?」
「それもそうだが、もっと生徒が増えればもっと上を目指せるというか」
「なら私という小細工を使わずに真っ当な手段でやってください。こっそりやろうとしても、こっちにはアイリがいますから」
『担任教師のパソコンから、お嬢様が抜刀術の構えを取っている姿が表紙になっている作成中のパンフレットを発見しました。自宅のパソコンにバックアップが取られているようです』
「全部消しといて」
「徹夜で作った渾身のパンフレットがああああああああああああああああああ!?!?」
やはり事後承諾的な形に持ち込もうとしていたようだが、アイリというデジタル面では最高に頼れる相棒がいるため、その目論見は世に出る前に削除された。
データが消し飛んで床に頽れ、さめざめと泣く担任をそんな大げさなと呆れた目で見降ろし、くるりと踵を返して職員室を出る。
「アイリ、また同じことしないように監視しておいてくれる?」
『かしこまりました。では、担任教師の持つ全ての電子機器に私の複製体のIIを潜ませておきます』
「……アイリって結構何でもありじゃない?」
『データ情報である以上、複製などたやすいことです』
「お父さんが聞いたら興奮して問いただすだろうなあ」
本格的な製品化に向けて作られた試作型のAIがここまで高性能だと知れば、嬉々として研究費用を増額させるだろう。
ひとまず、担任教師の余計なことはお披露目前に潰したので、階段を上って教室に向かう。
「さってとー、今日も学校生活がんばろーっと」
ここでは配信者の琴峰美琴ではなく、ただの女子高生の雷電美琴である。
今日はどんな楽しいことがあるのかと、軽い足取りで教室のドアを開けた。
♢
昼休み。
美琴は疲れ果てて机に突っ伏していた。
「珍しいこともあるものね。あの美琴が机に突っ伏すなんて」
昌がつんつんと指先で美琴の頭を突っつきながら言う。
「つ、疲れた……」
「お疲れー。昨日の配信もすごかったからね。聞きたいことがいっぱいあったんだと思うよ」
「だとしても授業の合間の休み時間に詰め寄ってこなくたっていいじゃない……」
「お昼休みにすら来ないだけありがたいと思いなさい。それだけのことを、美琴は半年前からやってたんだから」
「内容全く変わってないのになぜ……」
「下層ソロとか基本無理だからよ。それこそ、一等探索者や呪術師の中の上澄みとかじゃないと、美琴みたいなことはできないわよ。昨日の下層ボス討伐は、まさか諸願七雷の一鳴以上を使わずに倒しきるとは思ってなかったけど」
昨日行った配信は、いつも通り下層をソロで踏破するというものだったのだが、いつにもましてモンスターと遭遇しなかったためそのうっ憤を晴らすように、一鳴だけでヒット&アウェイ戦法でボスモンスターを倒したのだ。
一鳴の時点で雷とほぼ同じ速度での移動が可能なので、体が大きくパワーはあるが鈍重な餓者髑髏では美琴の速度に一切追い付けず終始美琴有利で戦闘が続き、十分足らずで討伐したのだ。
過疎配信者時代、あまりにも人が来ないのでそのストレスを発散させるためにたまにやっていた戦法を、モンスターと遭遇しないからという理由で十数万人の前で披露した結果、それもまた切り抜きが乱立してとんでもないことになった。
「にしても、下層は上層や中層よりもモンスターの数が多くて、怪物地獄とも呼べなくはないはずなのに二時間近く潜って遭遇したのがたったの四体なんて、正直異常事態じゃない?」
ずずー、っとパックのコーヒー牛乳をストローで啜る昌の言葉に反応して、のそりと顔を上げる。
「それ、私も思った。アイリに調べてもらったけど、先週くらいからほかの探索者や配信者も同じ状態になってるって」
「でも行方不明になる人の数は減るどころか増えていると。何かやばいことがダンジョンの中で起きているかもね」
真っ先に思い浮かんだのは、あの真紅の髪の少女だ。
一鳴を開放している状態での全力逃走を図ったのに、全く同じかそれ以上の速度で追い付いてきた、謎の人物。
あの少女と会ったのはあの一度きりなのだが、どうも今起きている異常事態は彼女が原因のように思えて仕方ない。
「正直、安全を考慮してしばらくは誰かと行動したほうがいいと思うんだけど」
『私もそれには賛成です。ですが……』
「問題は、美琴の速度についていける人がいないことなのよね。諸願七雷なしで、ベテラン探索者の倍近い速度で下層まで行けるし」
『何より、一等探索者でも下手な人と組めばお嬢様の足を引っ張るだけです。結局、一人でいるほうが安全という矛盾が発生します』
安全のためなら複数行動が定石で鉄則だが、美琴の場合だとそれが当てはまらない。
美琴も一人で話し続けることは苦ではないし、視聴者から滝のように送られてくるコメントを処理するだけでも楽しいのだが、ふとした時にちょっぴり寂しさを感じる瞬間もある。
「どうしたらいいんだろう。基本ソロ活動って言っちゃってるから、今更固定パーティー組めないし」
「だからそこはノリと勢いで決めないほうがいいよって言ったんだけど。まあ、結局そっちの方が美琴のやばさと凄さが分かりやすいから結果オーライ」
『……お嬢様、固定パーティーを組めないのであれば、数回に一度は臨時パーティーを組めばよろしいのでは』
「ギルドで募集したら変態しか来なかったの覚えてない?」
最初から今のスタイルでやってきているため、容姿を含めて非常に目立つ。
そんな中で、まだ探索者として活動を始めたばかりのころに一人じゃ寂しいからと募集をかけたところ、人は集まりはしたが見事に全員ろくでなしであることが判明して、結局ソロになった経緯がある。
『確かにそうでしたね。軽率でした』
「じゃあさ、美琴の同業に声をかけてコラボする、なんてのはどう? それなら少なくとも嫌な目に遭うことはないと思うよ」
昌が提案したのはいわゆるコラボ配信だ。
ほかのダンジョン攻略系配信者とコラボすることで、お互いの視聴者を分け合うことができ、数字を伸ばすこともできるし交友関係も広がる一石二鳥なやり方だ。
ただこれも問題があり、結局美琴についていけないという点だ。
「ま、そこは帰ってからのんびり考えるよ。さ、もうお昼食べましょう。お腹すいちゃった」
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