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第一部 序章 伝説となってしまった切り忘れ
第7話 激過疎チャンネルを卒業して初の雑談配信2
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「まず先に言いたいことがあるんだけど、私は無所属、つまり個人勢です」
『企業勢になろうと動画作って送っても全滅した思い出がありますね』
「人の傷をえぐらないで……」
活動を始めて半年の間に、人が来ないなら企業勢になればいいじゃないという単純な考えで、いろんな事務所や配信活動をサポートしているクランに応募をかけまくったのだが、見事に全て落とされている。
十件近くやったのだがどれもダメだったことを思い出し、机に突っ伏して気分が若干沈む。
”こんなに可愛いのに企業やクラン落としたのか。見る目がないな”
”実力もかなりのものだし、今頃後悔してるんじゃない?”
”今となっては企業に所属するメリットなくなったしなー”
”そういえば収益化はしないの?”
『お嬢様。コメントが流れていますよ』
「人の傷えぐっといてよく平然と……。収益化はするつもりです。というか、皆さんのおかげで基準を一晩で達成してたから、早速申請しました。今は承諾待ち」
アワーチューブの収益化の基準は、動画や配信の再生時間が百五十時間、登録者が千五百人とかなりハードルが高い。
昨日まで七十六人と決して多いとは言えない登録者しかいなかった美琴は、毎日その数字を見ていつになったらせめて百を超えてくれるのだろうと、遠い目をしていた。
それが今となっては、たったの一晩で瞬く間に全ての基準を突破して申請できるようになった。
もし収益化が通れば、いずれは自分も配信中に投げ銭をされる立場になるのかと思いつつ、少しだけ怖くなってきた。
”収益化されたら祭りだな”
”みんなでレインボーロード作らない?”
”いいねその考え。乗った”
”いや、初めてのスパチャなんだから、いっそ真っ赤に染め上げるってのはどうだ”
”そうすることで見れる最高のものとは、せーの”
”美琴ちゃんの慌てふためく可愛い姿が見れる”
”札束ビンタ食らって泣きそうになる美琴ちゃんが見れる”
”一回の投げ銭の限度額五万円連投されて、宇宙猫になる美琴ちゃんが見れる”
「お金はちゃんと大切にね!?」
大勢が大金をツッコもうと企んでいるコメントが流れて、そうはさせるかと制止させようとするが、流れが止まる気配がない。
やんややんやと盛り上がって血の河を作ろうと企む視聴者と、必死になってそれを止めようとする美琴。
そしてその一部始終をきっちりと切り抜き、美琴の存ぜぬところで編集してそっと無言で完成した動画を投稿するアイリ。
「と、とにかく私は個人勢だから、アイドルでも何でもないの! 次々! 質問に答えていくよ!」
どれだけ止めても謎の一体感の生まれた視聴者の流れを止めることができないと判断し、強制的に話しを切って質問コメントを探す。
”好きな料理は何?”
”彼氏いる?”
”彼女とかいる?”
”パンツ何色?”
”一目ぼれしました! 付き合ってください!”
「せ、セクハラコメントは拾わないからね。好きな料理はホワイトシチューかな。自分でよく作るんだけど、お母さんが作ってくれるのが本当に美味しくて。……ここ二か月お母さんの手料理食べてないなあ」
仕事が忙しくて中々家に帰ってこられない両親を思い、母の手作り料理が恋しくなってきた。
帰ってきたら労ってあげつつ、二か月ぶりの手料理を要求しようと決める。
「彼氏はいません。当然作りたいんだけど、寄ってくる人大体ちょっと、ね」
”こんだけ可愛かったらそら寄ってくるわ”
”俺だって彼女にしたいくらい可愛いもん”
”逆に綺麗すぎて彼女にしづらさはある”
”でもこんだけ可愛い彼女がいたらマジで人生勝ち組になれる”
続々と可愛いや綺麗というコメントが流れてきて、言われ慣れていてもこの量は恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってくる。
それを見た視聴者の可愛いというコメントが加速する。
「彼女は、どうして彼女? 女の子なんだけど……。告白してきた人はごめんなさい。彼氏は欲しいけど、今の私はみんなのだから」
コメント返信していく中で少し緊張がほぐれたのか、言葉がスムーズになってきた。
このまま緊張がほぐれ切って、自然に視聴者との会話ができるようになれば、きっと最高に楽しいのだろうなと自然と笑みが浮かんでくる。
”その猫ちゃんは美琴ちゃんのペット?”
”ハイパーがなり声猫”
”お゛お゛お゛ん゛!”
”リアルニャ〇ちゅうかな?”
抱っこされて膝に乗せられたたまま気持ちよさそうに目を閉じているあーじの話題が上がり、紹介したかったのでコメントを拾う。
「そうですよー。我が家のおじいちゃん、あーじくんです。本名はこまなんだけど、あまりにもにゃーにゃー鳴くからにゃーじになって、小さい頃の私がにゃが言えなくてあーじになって、そのまま定着しちゃったの。ちなみに年上の二十歳のおじいちゃんです」
”クッソ長生きしとるやん!?”
”年上!?”
”ペットのほうが年上なんてことあんのかよ”
”そりゃ鳴き声ああなるわ”
”年齢聞いてから、猫の顔の貫禄がすごいように見えてきた”
”美琴ちゃんの膝に乗ってる猫ウラヤマシイ”
”二十歳の猫やぞ。感覚的には孫に甘えられているおじいちゃんだろ”
「もう年取りすぎてずっとおじいちゃんって呼んでるなあ。でもこの子全然元気で、日中は家の屋根の上に登って日向ぼっこしてるよ」
二十年も生き続けている猫として、美琴の家の周辺では割と有名だ。
”普段どんな配信しているの? 昨日の動画のまま、着物と薙刀だけ? 雷とかは使ってるの?”
「あ、これいい質問」
次に目に留まったコメントは、ある意味で美琴の根幹をなしている質問だった。
”お、気になってたやーつ”
”ミニ丈着物とニーハイと薙刀って、最高な組み合わせだと思うんです”
”そうだ、雷はなんなのか知りたくて配信来たんだった”
”魔術師でも呪術師でも魔法使いでもないなら何なのか気になって夜しか眠れない”
コメント欄もこれが気になっていたようで、教えてほしいというコメントが流れ始める。
「まず、普段の配信はダンジョンに潜って攻略してるよ。過去の配信アーカイブも残ってるから、それを見てくれればイメージ付きやすいかな。それで服装だけど、今着ているこの着物とこの薙刀だけでダンジョンの下層くらいまで潜ってるかな。雷は普段使ってないよ」
薙刀の雷薙を持って掲げて見せて、アイリに頼んで浮遊カメラを動かして部屋全体を映すことで、他に武器を持っていないことを証明する。
ちなみに雷薙は視聴者からは何もない場所から出てきたように見えたかもしれないが、実は左手首に着けているアメシスト色のガラス細工でできた花の形のブレスレットの中に収納している。
これは美琴の知り合いにいる呪術師が十六歳の誕生日の時に、プレゼントとして送ってくれたものだ。まさかこんな機能までついているとは思わなかったが。
”マジ!?”
”雷普段使わないでも下層潜ってるとか正気ですか”
”待って、そもそもその薙刀今どっから出てきた”
”いつの間にか薙刀持ってて草”
”どうして着物? 動きやすさなら袴とかのほうがよかったんじゃない?”
”もしかして服装そのものが呪具とか”
”じゃないと下層を着物で攻略している意味が分からんからなあ”
”どうして着物でダンジョン潜ってんのか、不思議でならない”
”そもそもあの雷はなんなん”
「この着物は呪具じゃなくて礼装かな。呪術礼装って言って、結構強い防御術式が編み込まれていて、生半可な攻撃じゃ傷つかないの。まさかミニスカ並みに丈の短いものが来るとは思わなかったけど」
ブレスレットを送ってくれた知り合いの伝手を頼って作ってもらった強力な呪術礼装だが、花柄で派手過ぎず地味すぎずで非常に好みなのだが、作った人の性癖が見え隠れする結果となっている。
「じゃあ次の質問だけど、どうして着物でダンジョンに潜っているのかだけど、話せば長いから掻い摘んで話すね」
”キタ!”
”ずっとそれが知りたかった!”
”呪術における制誓呪縛と予想”
”制誓呪縛ってなんぞ?”
”自分に制限かけて弱くすればするだけ自分が強くなる呪術”
”意味が分からん”
”でも実際服装に縛り入れることで強くしている人おるよな”
”超ふりっふりドレスで炎の呪術で大暴れしてるエセお嬢様配信者とかいたな”
”こりゃ制誓呪縛が正解か?”
”じゃなきゃ武器一本縛り着物縛りでスタンピード倒せんわな”
”呪術って実は結構奥深い?”
「あ、勘違いしないでほしいんだけど、私呪力も魔力もないから呪術も魔術も使えないよ。だから着物なのも制誓呪縛とは関係ないの」
コメント欄が、己に制限をかけその制限を抱えたまま戦うことを使うことで自己を強化する、あるいは他人との契約で敗れない契約を交わすために使われる制誓呪縛を活かすためだという予想を立て始めるが、納得される前に先に否定しておく。
すると二、三秒ほどコメントが止まり、そこから怒涛の勢いで流れ始める。
”待て待て待て待て!”
”呪力も魔力もないって、いやいやそんなわけないでしょ”
”どっちかを持っていないと、雷を自分から発生させられるわけないじゃん!”
”呪術も魔術も大本は等価交換の法則が働いてるから、ないと術は発動しないですぜお嬢様”
”呪術も魔術も使えないんだとしても、じゃあどうやってダンジョン産モンスターと戦っているのかが疑問なんですが”
”い、一応呪力あっても使えない退魔師いう方々がいますが、退魔師でもあんな動きはできなくない?”
”退魔師と同じように身体強化をする術《すべ》があっても、モンスターを薙刀一閃では倒せないでしょ”
コメントの多くは、美琴が呪力も魔力も持たないことを否定する内容ばかりだった。
『やはりここばかりは否定されても仕方がありませんね』
「うん、まあこうなることは分かってた。でも事実なんだし、仕方ないじゃん。話が少しそれそうだから続けるけど、ダンジョンに潜っている理由は、そりゃ一番夢がある職種だからお父さんとお母さんに恩返しがしたいから。配信を始めたのも、収益化すればアワーチューブドリームで仕事ばかりであまり休んでいないお父さん達に、海外旅行とかレストランに連れていくとかできるかなーって思ったからなんだ。着物なのは、まずは格好で目立ったほうが人目を引きやすいし、他の配信者と差別化できるからだね。これはアイリの提案ね」
不自由のない生活をさせてくれているうえに、学校にまで通わせてくれているのだ。
せっかく戦いの才能があるのだから、それを活かさない手はないと飛び込んだのだ。結果は、昨日までは芳しくはなかったわけだが。
”理由がただの家族思いのいい子のそれで感動する”
”家族思いのいい子ならあんな危険な場所に行かずに、堅実な普通のバイトすると思うんだけど……”
”でも昨日のあれを見ちゃうと……”
”着物の理由があっさりしすぎてて草”
”確かにこの格好なら目立つね”
”その着物作ったやつ、よく分かってる”
「ちなみに力については答えられないかな。これ答えちゃうと結構厄介だから。下手すると無理やりにでも配信活動辞めさせられる可能性があるから」
”えっ”
”は?”
”え、そんなやばいやつなのそれ”
”もしかして昨日掲示板で誰かが言ってた、魔法使いよりやばい魔神ってやつなの?”
”魔神て、それただの都市伝説だろ”
”えー、教えてほしいー”
「ごめんなさい、これだけは詳しくは話せないの。まあ、乙女の秘密ということで、皆さんもあまり深堀しないように、ね?」
お願いするように手を合わせながらウィンクをして、釘をさしておく。
”分かった!”
”了解です!”
”もうこれ以上聞かないでおきます!”
”はい!”
”ハイッ!”
”かしこまり!”
”りょ!”
”可愛い!”
”かあいい!”
”KA・WA・I・I”
思っている以上にウィンクに効果があったのか、美琴の言葉に従うコメントが一気に流れていく。
ひとまずどうして活動を始めたのかは大雑把に話したので、次のコメントを拾って話題を変えることにした。
『企業勢になろうと動画作って送っても全滅した思い出がありますね』
「人の傷をえぐらないで……」
活動を始めて半年の間に、人が来ないなら企業勢になればいいじゃないという単純な考えで、いろんな事務所や配信活動をサポートしているクランに応募をかけまくったのだが、見事に全て落とされている。
十件近くやったのだがどれもダメだったことを思い出し、机に突っ伏して気分が若干沈む。
”こんなに可愛いのに企業やクラン落としたのか。見る目がないな”
”実力もかなりのものだし、今頃後悔してるんじゃない?”
”今となっては企業に所属するメリットなくなったしなー”
”そういえば収益化はしないの?”
『お嬢様。コメントが流れていますよ』
「人の傷えぐっといてよく平然と……。収益化はするつもりです。というか、皆さんのおかげで基準を一晩で達成してたから、早速申請しました。今は承諾待ち」
アワーチューブの収益化の基準は、動画や配信の再生時間が百五十時間、登録者が千五百人とかなりハードルが高い。
昨日まで七十六人と決して多いとは言えない登録者しかいなかった美琴は、毎日その数字を見ていつになったらせめて百を超えてくれるのだろうと、遠い目をしていた。
それが今となっては、たったの一晩で瞬く間に全ての基準を突破して申請できるようになった。
もし収益化が通れば、いずれは自分も配信中に投げ銭をされる立場になるのかと思いつつ、少しだけ怖くなってきた。
”収益化されたら祭りだな”
”みんなでレインボーロード作らない?”
”いいねその考え。乗った”
”いや、初めてのスパチャなんだから、いっそ真っ赤に染め上げるってのはどうだ”
”そうすることで見れる最高のものとは、せーの”
”美琴ちゃんの慌てふためく可愛い姿が見れる”
”札束ビンタ食らって泣きそうになる美琴ちゃんが見れる”
”一回の投げ銭の限度額五万円連投されて、宇宙猫になる美琴ちゃんが見れる”
「お金はちゃんと大切にね!?」
大勢が大金をツッコもうと企んでいるコメントが流れて、そうはさせるかと制止させようとするが、流れが止まる気配がない。
やんややんやと盛り上がって血の河を作ろうと企む視聴者と、必死になってそれを止めようとする美琴。
そしてその一部始終をきっちりと切り抜き、美琴の存ぜぬところで編集してそっと無言で完成した動画を投稿するアイリ。
「と、とにかく私は個人勢だから、アイドルでも何でもないの! 次々! 質問に答えていくよ!」
どれだけ止めても謎の一体感の生まれた視聴者の流れを止めることができないと判断し、強制的に話しを切って質問コメントを探す。
”好きな料理は何?”
”彼氏いる?”
”彼女とかいる?”
”パンツ何色?”
”一目ぼれしました! 付き合ってください!”
「せ、セクハラコメントは拾わないからね。好きな料理はホワイトシチューかな。自分でよく作るんだけど、お母さんが作ってくれるのが本当に美味しくて。……ここ二か月お母さんの手料理食べてないなあ」
仕事が忙しくて中々家に帰ってこられない両親を思い、母の手作り料理が恋しくなってきた。
帰ってきたら労ってあげつつ、二か月ぶりの手料理を要求しようと決める。
「彼氏はいません。当然作りたいんだけど、寄ってくる人大体ちょっと、ね」
”こんだけ可愛かったらそら寄ってくるわ”
”俺だって彼女にしたいくらい可愛いもん”
”逆に綺麗すぎて彼女にしづらさはある”
”でもこんだけ可愛い彼女がいたらマジで人生勝ち組になれる”
続々と可愛いや綺麗というコメントが流れてきて、言われ慣れていてもこの量は恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってくる。
それを見た視聴者の可愛いというコメントが加速する。
「彼女は、どうして彼女? 女の子なんだけど……。告白してきた人はごめんなさい。彼氏は欲しいけど、今の私はみんなのだから」
コメント返信していく中で少し緊張がほぐれたのか、言葉がスムーズになってきた。
このまま緊張がほぐれ切って、自然に視聴者との会話ができるようになれば、きっと最高に楽しいのだろうなと自然と笑みが浮かんでくる。
”その猫ちゃんは美琴ちゃんのペット?”
”ハイパーがなり声猫”
”お゛お゛お゛ん゛!”
”リアルニャ〇ちゅうかな?”
抱っこされて膝に乗せられたたまま気持ちよさそうに目を閉じているあーじの話題が上がり、紹介したかったのでコメントを拾う。
「そうですよー。我が家のおじいちゃん、あーじくんです。本名はこまなんだけど、あまりにもにゃーにゃー鳴くからにゃーじになって、小さい頃の私がにゃが言えなくてあーじになって、そのまま定着しちゃったの。ちなみに年上の二十歳のおじいちゃんです」
”クッソ長生きしとるやん!?”
”年上!?”
”ペットのほうが年上なんてことあんのかよ”
”そりゃ鳴き声ああなるわ”
”年齢聞いてから、猫の顔の貫禄がすごいように見えてきた”
”美琴ちゃんの膝に乗ってる猫ウラヤマシイ”
”二十歳の猫やぞ。感覚的には孫に甘えられているおじいちゃんだろ”
「もう年取りすぎてずっとおじいちゃんって呼んでるなあ。でもこの子全然元気で、日中は家の屋根の上に登って日向ぼっこしてるよ」
二十年も生き続けている猫として、美琴の家の周辺では割と有名だ。
”普段どんな配信しているの? 昨日の動画のまま、着物と薙刀だけ? 雷とかは使ってるの?”
「あ、これいい質問」
次に目に留まったコメントは、ある意味で美琴の根幹をなしている質問だった。
”お、気になってたやーつ”
”ミニ丈着物とニーハイと薙刀って、最高な組み合わせだと思うんです”
”そうだ、雷はなんなのか知りたくて配信来たんだった”
”魔術師でも呪術師でも魔法使いでもないなら何なのか気になって夜しか眠れない”
コメント欄もこれが気になっていたようで、教えてほしいというコメントが流れ始める。
「まず、普段の配信はダンジョンに潜って攻略してるよ。過去の配信アーカイブも残ってるから、それを見てくれればイメージ付きやすいかな。それで服装だけど、今着ているこの着物とこの薙刀だけでダンジョンの下層くらいまで潜ってるかな。雷は普段使ってないよ」
薙刀の雷薙を持って掲げて見せて、アイリに頼んで浮遊カメラを動かして部屋全体を映すことで、他に武器を持っていないことを証明する。
ちなみに雷薙は視聴者からは何もない場所から出てきたように見えたかもしれないが、実は左手首に着けているアメシスト色のガラス細工でできた花の形のブレスレットの中に収納している。
これは美琴の知り合いにいる呪術師が十六歳の誕生日の時に、プレゼントとして送ってくれたものだ。まさかこんな機能までついているとは思わなかったが。
”マジ!?”
”雷普段使わないでも下層潜ってるとか正気ですか”
”待って、そもそもその薙刀今どっから出てきた”
”いつの間にか薙刀持ってて草”
”どうして着物? 動きやすさなら袴とかのほうがよかったんじゃない?”
”もしかして服装そのものが呪具とか”
”じゃないと下層を着物で攻略している意味が分からんからなあ”
”どうして着物でダンジョン潜ってんのか、不思議でならない”
”そもそもあの雷はなんなん”
「この着物は呪具じゃなくて礼装かな。呪術礼装って言って、結構強い防御術式が編み込まれていて、生半可な攻撃じゃ傷つかないの。まさかミニスカ並みに丈の短いものが来るとは思わなかったけど」
ブレスレットを送ってくれた知り合いの伝手を頼って作ってもらった強力な呪術礼装だが、花柄で派手過ぎず地味すぎずで非常に好みなのだが、作った人の性癖が見え隠れする結果となっている。
「じゃあ次の質問だけど、どうして着物でダンジョンに潜っているのかだけど、話せば長いから掻い摘んで話すね」
”キタ!”
”ずっとそれが知りたかった!”
”呪術における制誓呪縛と予想”
”制誓呪縛ってなんぞ?”
”自分に制限かけて弱くすればするだけ自分が強くなる呪術”
”意味が分からん”
”でも実際服装に縛り入れることで強くしている人おるよな”
”超ふりっふりドレスで炎の呪術で大暴れしてるエセお嬢様配信者とかいたな”
”こりゃ制誓呪縛が正解か?”
”じゃなきゃ武器一本縛り着物縛りでスタンピード倒せんわな”
”呪術って実は結構奥深い?”
「あ、勘違いしないでほしいんだけど、私呪力も魔力もないから呪術も魔術も使えないよ。だから着物なのも制誓呪縛とは関係ないの」
コメント欄が、己に制限をかけその制限を抱えたまま戦うことを使うことで自己を強化する、あるいは他人との契約で敗れない契約を交わすために使われる制誓呪縛を活かすためだという予想を立て始めるが、納得される前に先に否定しておく。
すると二、三秒ほどコメントが止まり、そこから怒涛の勢いで流れ始める。
”待て待て待て待て!”
”呪力も魔力もないって、いやいやそんなわけないでしょ”
”どっちかを持っていないと、雷を自分から発生させられるわけないじゃん!”
”呪術も魔術も大本は等価交換の法則が働いてるから、ないと術は発動しないですぜお嬢様”
”呪術も魔術も使えないんだとしても、じゃあどうやってダンジョン産モンスターと戦っているのかが疑問なんですが”
”い、一応呪力あっても使えない退魔師いう方々がいますが、退魔師でもあんな動きはできなくない?”
”退魔師と同じように身体強化をする術《すべ》があっても、モンスターを薙刀一閃では倒せないでしょ”
コメントの多くは、美琴が呪力も魔力も持たないことを否定する内容ばかりだった。
『やはりここばかりは否定されても仕方がありませんね』
「うん、まあこうなることは分かってた。でも事実なんだし、仕方ないじゃん。話が少しそれそうだから続けるけど、ダンジョンに潜っている理由は、そりゃ一番夢がある職種だからお父さんとお母さんに恩返しがしたいから。配信を始めたのも、収益化すればアワーチューブドリームで仕事ばかりであまり休んでいないお父さん達に、海外旅行とかレストランに連れていくとかできるかなーって思ったからなんだ。着物なのは、まずは格好で目立ったほうが人目を引きやすいし、他の配信者と差別化できるからだね。これはアイリの提案ね」
不自由のない生活をさせてくれているうえに、学校にまで通わせてくれているのだ。
せっかく戦いの才能があるのだから、それを活かさない手はないと飛び込んだのだ。結果は、昨日までは芳しくはなかったわけだが。
”理由がただの家族思いのいい子のそれで感動する”
”家族思いのいい子ならあんな危険な場所に行かずに、堅実な普通のバイトすると思うんだけど……”
”でも昨日のあれを見ちゃうと……”
”着物の理由があっさりしすぎてて草”
”確かにこの格好なら目立つね”
”その着物作ったやつ、よく分かってる”
「ちなみに力については答えられないかな。これ答えちゃうと結構厄介だから。下手すると無理やりにでも配信活動辞めさせられる可能性があるから」
”えっ”
”は?”
”え、そんなやばいやつなのそれ”
”もしかして昨日掲示板で誰かが言ってた、魔法使いよりやばい魔神ってやつなの?”
”魔神て、それただの都市伝説だろ”
”えー、教えてほしいー”
「ごめんなさい、これだけは詳しくは話せないの。まあ、乙女の秘密ということで、皆さんもあまり深堀しないように、ね?」
お願いするように手を合わせながらウィンクをして、釘をさしておく。
”分かった!”
”了解です!”
”もうこれ以上聞かないでおきます!”
”はい!”
”ハイッ!”
”かしこまり!”
”りょ!”
”可愛い!”
”かあいい!”
”KA・WA・I・I”
思っている以上にウィンクに効果があったのか、美琴の言葉に従うコメントが一気に流れていく。
ひとまずどうして活動を始めたのかは大雑把に話したので、次のコメントを拾って話題を変えることにした。
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