恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第十二章 対決

4.

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「今日のこの失礼なご招待の意味は?」

 腰を下ろした途端、乙女は噛み付くように尋ねた。

「これはこれは、威勢のいいお嬢さんだ」

 ニヤリと夜支路が笑う。だが、その眼が全く笑っていないのに乙女は気付いていた。
 綾鷹とは違う、蛇が蛙を狙うようなねっとりと絡みつくような厭な眼だった。

「今回ばかりは少々分が悪くて、君に人質になってもらおうと思ってね」

 どうやら運転手に電話をかけると同時に、夜支路たちにも連絡が入っていたようだ。

「先日の誘拐も……」
「察しのいいお嬢さんだ。あれは警告の意味もあったんだがね」

「おい」と夜支路が声を掛けると、どこからともなく黒づくめの男が現れた。
「あっ!」と乙女の口から驚きの声が漏れる。

「貴方は永瀬蘭丸!」
「おや、覚えていてくれたのかい? 嬉しいな」

 蘭丸がニッコリ微笑む。だが、「あいつをここへ」と夜支路が声を掛けると、たちまち顔を引き締め、「御意」と軽くお辞儀をして、また姿を消した。

「君に引き合わせたい者がいる」

 乙女は夜支路の薄気味悪い微笑みにゾクリと薄ら寒さを覚えた。そして、しばらくすると、「クソッ、縄をほどけ! 俺は犬じゃないぞ」と大声で怒鳴る男の声が聞こえてきた。

「まさか……」

 記憶が正しければ……と乙女が思っていると、やっぱりだった。
 蘭丸に引きずられるようにして現れたのは龍弥だった。彼の首には犬のように首輪が付けられていた。そこから伸びるリードを蘭丸が乱暴に引っ張る。

「クソッ、痛いだろう!」

 憎々しげに蘭丸を睨む目がハッと乙女の方を向く。

「なっ何でお嬢がここにいるんだ?」

 龍弥の目がこれ以上ないほど大きく見開かれる。

「なるほど、やっぱり君はこのお嬢さんと知り合いだったんだね」
「思った通りだった。おかしいと思ったんだよ」

 夜支路の鋭い視線が龍弥を突き刺す。そして、その眼が蘭丸に移る。

「君もまだまだだね。こんな裏切り者の雑魚を仲間に引き入れるとは」

 夜支路の声が落ち着けば落ち着くほど蘭丸の顔がどんどん青く強張る。

「知っているのは当然だろう。この間拐かした奴だからな」

 龍弥はあくまでもシラを切るつもりらしい。
 バレバラなのに……と乙女は溜息を付きながら龍弥に話し掛ける。

「元気にしてた?」
「おい!」

 喋るな、というように龍弥が首を横に振る。

「君は芝居が下手だね。役者には到底なれないね」

 夜支路が馬鹿にしたように笑う。

「誰も役者になんかなろうなんて思ってない!」
「黒棘先様に何て口を利くんだ!」

 蘭丸がグイッとリードを引っ張る。途端に喉に圧がかかったのか龍弥が咳き込む。

「ちょっと乱暴はよしなさい!」

 それを見た乙女が蘭丸をきつく睨む。

「本当に威勢のいいお嬢さんだ。敵に回すのが惜しい」

 夜支路がクックッと笑みを漏らすと、蘭子が乙女を睨み付けながら言う。

「お爺様! 冗談でもそんなことを言わないで」
「お前のそれは嫉妬だ。私は冷静な眼で彼女の資質を分析したまでだ。何にしても、もうお前と梅大路綾鷹の見合いはない」

「えっ!」と蘭子が間抜けな顔になる。寝耳に水だったようだ。

「嘘っ、この女を排除したら綾鷹様とのお見合いをセッティングするって」
「予定変更だ」

 夜支路の冷たい声が断定的告げる。

「いやよ!」

 蘭子の悲鳴にも似た叫び声が部屋の中に響く。

「駄々を捏ねるんじゃない! 梅大路綾鷹は知りすぎた」
「それはどういう意味ですの?」

 蘭子が食い下がる。

「文字通りだ。なっ? お嬢さん」

 同意を求めるように乙女に視線を向ける夜支路に、意味が分からず乙女はキョトンとする。

「梅大路綾鷹を軽く見ていた。あいつはもうほとんど調べ上げたのだろう?」

 なるほど、と乙女は先程の夜支路の言葉を思い出す。
 彼は『分が悪い』と言った。

「だから、最後の悪あがきですか?」

 乙女の凜とした視線が夜支路を真っ直ぐに見つめる。
 フッと片唇を上げた夜支路が「大したお嬢さんだ」と乙女をジッと見返す。

「着いてきなさい」
「私に言っているのですか?」
「ああ、桜小路乙女、君に言っている」

「行くな!」と龍弥が叫ぶ。
「煩い、黙れ!」と蘭丸が龍弥を蹴っ飛ばす。
「お爺様! まだ話は終わっていないわ!」と蘭子が悲鳴に似た声を上げる。
そんな三人を無視して夜支路は奥に続くドアを開け、乙女に視線を向けた。

「おいで……真相に近付きたくないかい?」

 真相? あのドアの向こうに何があるのだろう……乙女はグッと顔を引き締めると引き寄せられるように足を進めた。
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