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第九章 二人の時間
8.
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「私が質問したら事件のあらましを必ず正直に答えること! 約束して頂けますか?」
「君って子は……」
綾鷹が深く溜息を吐く。
「了解した。この件について隠し事はしない。事実を話す」
「じゃあ、契約成立ですね」
乙女は「乾杯!」と磯辺焼きに付いていた湯飲みを手に取り、綾鷹の前に置かれたウォーターグラスにチンと当てるとコクコクと煎茶を飲み干した。
「で? 他の理由は? もう察しは付いているのでしょう?」
「うーん、今は言えない。これは私の想像でしかないからね」
「契約違反では?」
「想像の話まで君にすると言っていない。君との契約は事実だけだからね」
やられた、と乙女は眉を顰め、「本当、策士ですよね」とパフェの残りと磯部焼きをヤケクソのように口にする。
だが、美味しい物は人を和ませる。それは乙女も例外ではなかった。
「さて、食べ終わったところで、行こうか」
「次は“化け物屋敷”ですね?」
乙女は気持ちも速攻でシフトチェンジさせると立ち上がった。
「ここからはほとんど……いえ、全然記憶がないのですが……」
「心配は無用だ。あの屋敷には行ったことがある」
そう言えば……と乙女は思い出す。恐ろしげな声が聞こえるという噂以前に、鏡邸には周期的に偵察が入っているとミミが言っていた。
「以前行かれた時、何か気になることはなかったのですか?」
「なかった。私が赴いたのは一回だけだ。その後、巡回の意味で部下が定期的に訪れているが、怪しいと思えるような報告は何もされていない」
会計を済ませ、頼んであったラムレーズンチョコを店員から受け取り、「また何か思い出したら秘書に」と綾鷹がなぜか國光の携帯番号を教える。
「店員さん、メチャクチャ残念そうにしていましたよ」
車に乗り込みながら乙女が言うと、綾鷹が少し怒ったように言う。
「おや、君は私が他の女性にプライベートナンバーを教えてもいいと?」
「えっと……そんなことは言っていません」
そう言うと乙女は黙り込んでしまった。思いがけず心の声が『厭だ!』と言ったからだ。
車が発車しても乙女は黙ったままだ。
「何か怒っているのかい?」
とうとう痺れを切らせ綾鷹が尋ねる。
「いえ、何も……」
乙女は考えていた。綾鷹が自分以外の女性と親しくなるのが厭だと思った理由を……そして、まさか……と運転席の綾鷹を盗み見る。
彼に惹かれ始めている? 定かではないが乙女はボンヤリとそう思いながら、まるで他人事だと自嘲する。
想像や妄想では幾度も恋をした。しかし、リアルな恋は未経験だ。何をもって恋というのかが乙女にはサッパリ分からなかったのだ。
車は深い林の一本道を走り抜けて行く。登り坂のようだ。鏡邸は丘の上にある。そろそろ到着するのだろう。
取り敢えず、今は拐かしの件だけを考えようと乙女は前方を見る。
木々の間に見え隠れする建物。それがだんだん近付いてくる。
「おどろおどろしいですね」
「昼間見るのは初めてかい?」
そう、前回は夜だった。現場検証のために煌々とライトが灯され、ライトアップされた屋敷は意外にもロマンチックに見えた。
しかし、日の光で見る鏡邸は年月が経って老朽しているだけではなく、家人を失った侘しさが漂っていた。それ故、何かおどろおどろしいものが住み着いているように思えた。
「中に入るのが怖いかい?」
「それはありません」
さっきまでの神妙さはどこへやら? 乙女はワクワクと瞳を輝かせた。
それを見た綾鷹は、車を屋敷の玄関先に停めると乙女の手を取り、「決して私から離れないこと。約束だよ」と言い聞かせるように言った。
「君って子は……」
綾鷹が深く溜息を吐く。
「了解した。この件について隠し事はしない。事実を話す」
「じゃあ、契約成立ですね」
乙女は「乾杯!」と磯辺焼きに付いていた湯飲みを手に取り、綾鷹の前に置かれたウォーターグラスにチンと当てるとコクコクと煎茶を飲み干した。
「で? 他の理由は? もう察しは付いているのでしょう?」
「うーん、今は言えない。これは私の想像でしかないからね」
「契約違反では?」
「想像の話まで君にすると言っていない。君との契約は事実だけだからね」
やられた、と乙女は眉を顰め、「本当、策士ですよね」とパフェの残りと磯部焼きをヤケクソのように口にする。
だが、美味しい物は人を和ませる。それは乙女も例外ではなかった。
「さて、食べ終わったところで、行こうか」
「次は“化け物屋敷”ですね?」
乙女は気持ちも速攻でシフトチェンジさせると立ち上がった。
「ここからはほとんど……いえ、全然記憶がないのですが……」
「心配は無用だ。あの屋敷には行ったことがある」
そう言えば……と乙女は思い出す。恐ろしげな声が聞こえるという噂以前に、鏡邸には周期的に偵察が入っているとミミが言っていた。
「以前行かれた時、何か気になることはなかったのですか?」
「なかった。私が赴いたのは一回だけだ。その後、巡回の意味で部下が定期的に訪れているが、怪しいと思えるような報告は何もされていない」
会計を済ませ、頼んであったラムレーズンチョコを店員から受け取り、「また何か思い出したら秘書に」と綾鷹がなぜか國光の携帯番号を教える。
「店員さん、メチャクチャ残念そうにしていましたよ」
車に乗り込みながら乙女が言うと、綾鷹が少し怒ったように言う。
「おや、君は私が他の女性にプライベートナンバーを教えてもいいと?」
「えっと……そんなことは言っていません」
そう言うと乙女は黙り込んでしまった。思いがけず心の声が『厭だ!』と言ったからだ。
車が発車しても乙女は黙ったままだ。
「何か怒っているのかい?」
とうとう痺れを切らせ綾鷹が尋ねる。
「いえ、何も……」
乙女は考えていた。綾鷹が自分以外の女性と親しくなるのが厭だと思った理由を……そして、まさか……と運転席の綾鷹を盗み見る。
彼に惹かれ始めている? 定かではないが乙女はボンヤリとそう思いながら、まるで他人事だと自嘲する。
想像や妄想では幾度も恋をした。しかし、リアルな恋は未経験だ。何をもって恋というのかが乙女にはサッパリ分からなかったのだ。
車は深い林の一本道を走り抜けて行く。登り坂のようだ。鏡邸は丘の上にある。そろそろ到着するのだろう。
取り敢えず、今は拐かしの件だけを考えようと乙女は前方を見る。
木々の間に見え隠れする建物。それがだんだん近付いてくる。
「おどろおどろしいですね」
「昼間見るのは初めてかい?」
そう、前回は夜だった。現場検証のために煌々とライトが灯され、ライトアップされた屋敷は意外にもロマンチックに見えた。
しかし、日の光で見る鏡邸は年月が経って老朽しているだけではなく、家人を失った侘しさが漂っていた。それ故、何かおどろおどろしいものが住み着いているように思えた。
「中に入るのが怖いかい?」
「それはありません」
さっきまでの神妙さはどこへやら? 乙女はワクワクと瞳を輝かせた。
それを見た綾鷹は、車を屋敷の玄関先に停めると乙女の手を取り、「決して私から離れないこと。約束だよ」と言い聞かせるように言った。
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