恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第九章 二人の時間

6.

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「ん……?」

 乙女がクエスチョンマークを浮かべた。

「あの場に月華の君がいたことは確かだ。だから、『婚ピューターが選んだ彼女の本当の見合い相手は月華の君。不貞を働く不埒な女』とでも言いふらして、月華の君の評価を落とそうとしたのだろう」

 ギリギリと乙女は奥歯を噛む。

「そんなことをされたら……私、一生お嫁にいけないではありませんか!」
「そこは心配ない! 私が貰うと決めている」

 乙女はつられて、思わず『よろしくお願いします』と言いそうになり、「違う!」と頭を振る。

「いったい誰のせいだと思っているのですか?」

 乙女の怒りに綾鷹が「心外だな」と答える。

「そもそも、君が“青い炎”で違法な恋愛小説など書かなかったら、こんなことに巻き込まれなかった。違うかな?」

 顎に人差し指を置き、宙を見上げながら「確かに」と納得して、自業自得ということだろうか、と乙女はちょっぴり反省をする。

「でも、まぁ、もう大丈夫だろう」
「何がですか?」

 綾鷹がニヤリと笑う。

「さっきの彼女、相当お喋りだと思うよ」

 ああ、と乙女が手を打つ。

「噂は千里を駆けるですね! 一気に誤解が解けますね。でも……」

 あれも相当悪い噂……になるんじゃないだろうか、と乙女は思うが、綾鷹は『そんなの気にしない』みたいにニッと悪い笑みを浮かべる。

「そういうこと。噂を上書きするには、より鮮烈な真実。これが効果的だ」
「真実って……だから、あの嘘八百……」

 この男、本当に策士だ。乙女は感心すると共に、作家の素質ありだな、と妙なライバル心を持つ。

「君、また良からぬことを考えているだろう?」
「綾鷹様こそ詐欺師になれますね。ところで、国家親衛隊は本当になりたかったお仕事ですか?」

 唐突な質問に綾鷹は一瞬だけ目を見開くが、「君はどうして作家活動を続けるの?」と逆に質問返しをされる。

「どうしてって言われても……ただ書きたいと思ったから……」
「だったら私も、なりたかったような、そうでなかったような……」

 ムムッと横目で綾鷹を小睨みし、意地悪だ、と頬を膨らませる。
 だって言えると思う? 禁書と言われる古い恋愛小説を幾冊も読み、胸をときめかせただの、愛し愛され結ばれる、そんな男女が培う愛が世界に溢れてこそ平和で温かな世を作るのだと信じているだの……言えない。
「私が思うに……」と黙り込む乙女の代わりに綾鷹が口を開く。

「君はこの国を愛に溢れる国にしたいのでは? 君の小説の中心にあるのはいつも“愛”だ。愛至上主義と言おうか……そのために君は小説を書き続けている。違う?」

 乙女は目を見開き、瀕死の金魚のように口をパクパクさせる。

「どどどどどうして……」
「分かったか、だろ?」

 コクコクと乙女が何度も頷く。

「言ったじゃないか、君の小説を読んだって。それも全作ね」

 乙女の顔が真っ赤に上気する。
 初めてだった。小説を読まれ恥ずかしいと思ったのは……。
 それは乙女が恋愛未経験者だと綾鷹が知っているからとか、それなのに恋愛小説を書いているとか、という理由もだが、それ以上に身の内を見られた感が凄くしたからだ。
 以前『読んだ』と言われたときは、仕事の一環で、だと思ったからそれほど乙女も気にしなかった。
 だが……心の奥に仕舞ってある理想郷のような世界を言い当てられてしまっては、恥ずかしさから穴を掘って埋まってしまいたいほどの心境だった。
「そんなに照れなくても……」と綾鷹が乙女に手を伸ばそうとしたとき、「失礼します」と声が聞こえ障子がスーッと開く。先程の店員だ。

「お待たせ致しました」

 店員が手早く注文の品をテーブルに並べていく。
 至極と付くだけあって豪華で美味しそうだ。乙女の喉がゴクンとなる。

「注文の品は以上でしょうか?」

「ああ」と綾鷹が頷くと、「追加のご注文がございましたら、そちらのベルでお知らせ下さい」と店員が頭を下げる。
「あっ、そうだ」と店員が障子に手を掛けたところで、「先程のチョコ」と綾鷹が声を掛ける。

「凄く美味しかった、と彼女が言ったので、十箱ほど土産に包んで欲しい」

 パァと店員の顔が明るく光る。

「畏まりました。綺麗にラッピングしておきます! お帰りの時、お渡し致します」

 キリリと敬礼すると、店員は勢い良く部屋を出て行った。
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