恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第九章 二人の時間

5.

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「それで?」

 綾鷹が先を促す。

「さっきみたいに『いらっしゃいませ』と出迎えたんですが、その途端、電話が掛かってきて……」

 男は店員に『待て』のポーズを取り電話に出たという。

「彼、電話の主を『御前』と呼びました……きっと偉い方ですよ。電話に向かってペコペコと頭を下げていましたから」

「なるほど」と綾鷹が頷くと、「あっ、そう言えば」と店員がパチンと手を叩く。

「男が電話に向かって『噂が立てば破談になります』と……何! あの男、指輪のみならず、貴方たちを破局させたかったの? お嬢さん、あんた何したんですか? こんなカッコイイ婚約者がいるのに!」

 ――どうして私が悪者になるわけ?
 乙女はブルンブルンと激しく頭を振り、「何もしていません!」と否定する。

「もしかしたら、その電話の主という『御前』が彼女のストーカーで、店に来た男に拐かしを依頼した……のかも?」

 綾鷹がいけしゃあしゃあとまたそんな嘘を吐く。
 よくもまぁ次から次へとデタラメが言えるものだと乙女は呆れるが、店員は「なるほど! 推理とサスペンスですね」と綾鷹に同調する。
 
「いろいろ聞かせてくれて、ありがとう。じゃあ、この“至極のクリームあんみつのセット”と“至極の栗と抹茶の金粉ふりかけパフェのセット”をお願いしようかな」

 店員の話を一通り聞き終わると、綾鷹は早速メニューを見ながら、その中で一番高そうな品を選び注文した。

「まぁ、お目が高い! うちの甘味はどれも巷で評判なんです。その中でも“至極シリーズ”は最高素材で作っているんです」

 それに気を良くした店員はホクホク顔で言う。

「それは楽しみだ。他に食べたいものはあるかい?」

 綾鷹が乙女に訊ねると速攻で答えってきた。

「磯辺焼きのほうじ茶セットをお願いします」
「だそうだ。それもよろしく」
「かしこまりました」

 店員は「少々お待ち下さい」と頭を深々と下げて、いそいそと部屋を後にした。
 彼女の気配がなくなると乙女は溜息交じりに言う。

「綾鷹様は二枚舌じゃなく三枚、いえ、五枚舌ですね」
「嘘も方便と言うだろう?」

 悪びれもせず言う綾鷹を、乙女はヤレヤレと眺め呆れながらも、大した男だと感心する。
 そして、綾鷹の方に気持ちがフラフラと流されている自分に気付きハッとする。
 危ない危ない、もう少しで魔力にやられるところだった。
 乙女は気持ちを立て直そうとラムレーズンチョコを一個口に入れた。途端に甘酸っぱい味覚が口内に広がる。
 美味しい! でも、食べ過ぎたら太りそうだ。でも、やめられない、止まらない。乙女の手が伸びたり縮んだりする。

「――君は何をしているのかな?」
「なっ何でもありません! それより先程の話ですが……」

 誤魔化すように乙女はその手を顔の前で振る。

「破談の話?」
「ええ、やはり黒幕は……」

 乙女の顔を見ながら綾鷹がコクリと頷く。

「黒棘先だろうね。『御前』と呼ばれたのは奴だろう。となると間違いなく月華の君関連だ」

 やっぱり、と乙女はウンザリした顔になる。

「不貞をでっち上げ、破談に導き、貴方と蘭子さんとの縁談を進めるためですよね?」
「おそらくね」
「忌々しい! よりにもよって不貞って……」

 怒り心頭の乙女に綾鷹がクッと笑いを零す。

「悪い! 処女なのに……の言葉を思い出したら笑いが込み上げた」

 乙女はムッとしながらも、あれっと首を捻る。

「でも、私と月華の君とのお見合いは成立しないんじゃないですか? 不貞女とレッテルを貼られた女ですよ」

「確かに、普通ならね」と言いながら、綾鷹は「先日のお見合いを思い出してくれ」と言う。
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