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第九章 二人の時間
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「確か……國光は『運転手の待機室で待っている』と言って君を玄関先で下ろしたあと、駐車場に車を停めて君からの連絡を待っていたんだったね?」
「ええ」と乙女が返事をすると、綾鷹は店の前で乙女を下ろさず駐車場に向かった。
駐車場は店の裏手にあり、表玄関からは死角となる位置にあった。
「なるほど、これでは國光が、もし駐車場で待っていたとしても、乙女が出て行く姿を見ることは出来なかったね」
綾鷹の言葉に乙女も「本当ですね」と同意して尋ねる。
「――ということは、糸子様はそこまで考え、待ち合わせの場所をここにしたのでしょうか?」
乙女の質問に綾鷹は「違うだろうね」と答える。
「彼女に指示した人物が他にいる。だが、糸川の奥方がなぜそれに加担したかは分からない。それは追い追い本人に追求するとして……」
ガチャと車のドアを開け、「とにかく降りよう」と綾鷹は先に車外に出た。
「加担した相手とは永瀬蘭丸ですか?」
「それも分からない。君の話には三人の怪しげな人物が登場する。その誰かだと思うがね」
助手席のドアを開ける綾鷹を眺めながら「三人……」と乙女は呟き車を降りる。
「それは、永瀬蘭丸、謎の男、御前と呼ばれた男のことですよね?」
「ああ」
綾鷹は頷き乙女の手を取ると茶房鼓の表玄関に向かって歩き出した。
「あ……綾鷹様、手……」
「手がどうかしたかい?」
乙女の視線が繋がれた手に向く。指と指を絡めた恋人繋ぎというものだ。途端に乙女の頬に赤みが差す。
「デートだろ? これぐらいしないと」
綾鷹のスキンシップに乙女がいくら慣れたとしても、それは屋内に限ったこと、屋外でこんな風に連れ立って歩いたことなど一度もない。だから、乙女は無性に照れくさかった。だが、横目で綾鷹を見ると……彼の口元がフルフルと震えている。
「もしかしたら、物凄く面白がっていません?」
「悪い!」と言って綾鷹が吹き出す。
「からかいがいがあって、止められない」
乙女の眉間に皺が寄る。
「どうしてそう意地悪なのですか!」
「だから、男の性だよ。好きな子ほど苛めたくなる」
「その心理、全然理解できません!」
プリプリする乙女に、「恋人同士の小競り合いも楽しいものだ」と綾鷹が笑う。
本当、この人に何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘だわ、と乙女は小さく溜息を吐く。
そうこうするうちに表玄関まで来た。
先日と同じように赤い綿生地に鼓と白抜きされた暖簾が掛かっていた。それをくぐると待ち構えていたように「いらっしゃいませ」の声が店内から響く。
小桜が散りばめられた絣の着物を着た若い店員だ。彼女が「二名様ですか?」と元気よく声を掛け、「あら?」と首を傾げた。
「ん? 君はこの子に見覚えがあるのかい?」
彼女の視線が綾鷹に向き、「うわっ!」とその小さな目が目一杯開かれる。
「超絶イケメン!」
思わず叫ぶ彼女に、さもあらん、と乙女は心の中で頷く。
「はっ、はい! 先日ですね、男性と消えたお客様かと思われます」
悪びれず店員が答える。
「なっ何を……!」
「私、そのお部屋の担当だったんです」
そう言えば……と乙女も思い出すが、どうやら彼女の意識は既に乙女にないようだ。視線が綾鷹にロックオンされている。
何なのこの女!
無視されたことと『男性と消えた』の言葉に乙女は腹が立ってしょうがない。
「私は……」と言い返そうとする乙女を制止、「では、この前と同じ部屋は空いているかい?」と綾鷹が尋ねる。
「はい!」
「じゃあ、君がその部屋を担当してくれるかい?」
破壊的に魅惑的な綾鷹の笑みに、店員はポーッとなりながら「承知致しました」と二つ返事で応じて二人を部屋に案内する。
「流石、人タラシですね。あの店員さん、絶対に綾鷹様に惚れましたよ」
店員が一時辞すると綾鷹に向かって乙女が嫌味を言う。だが、綾鷹は嬉しそうだ。
「何、ヤキモチかい?」
綾鷹の口元がニヤリと上がる。
「ええ」と乙女が返事をすると、綾鷹は店の前で乙女を下ろさず駐車場に向かった。
駐車場は店の裏手にあり、表玄関からは死角となる位置にあった。
「なるほど、これでは國光が、もし駐車場で待っていたとしても、乙女が出て行く姿を見ることは出来なかったね」
綾鷹の言葉に乙女も「本当ですね」と同意して尋ねる。
「――ということは、糸子様はそこまで考え、待ち合わせの場所をここにしたのでしょうか?」
乙女の質問に綾鷹は「違うだろうね」と答える。
「彼女に指示した人物が他にいる。だが、糸川の奥方がなぜそれに加担したかは分からない。それは追い追い本人に追求するとして……」
ガチャと車のドアを開け、「とにかく降りよう」と綾鷹は先に車外に出た。
「加担した相手とは永瀬蘭丸ですか?」
「それも分からない。君の話には三人の怪しげな人物が登場する。その誰かだと思うがね」
助手席のドアを開ける綾鷹を眺めながら「三人……」と乙女は呟き車を降りる。
「それは、永瀬蘭丸、謎の男、御前と呼ばれた男のことですよね?」
「ああ」
綾鷹は頷き乙女の手を取ると茶房鼓の表玄関に向かって歩き出した。
「あ……綾鷹様、手……」
「手がどうかしたかい?」
乙女の視線が繋がれた手に向く。指と指を絡めた恋人繋ぎというものだ。途端に乙女の頬に赤みが差す。
「デートだろ? これぐらいしないと」
綾鷹のスキンシップに乙女がいくら慣れたとしても、それは屋内に限ったこと、屋外でこんな風に連れ立って歩いたことなど一度もない。だから、乙女は無性に照れくさかった。だが、横目で綾鷹を見ると……彼の口元がフルフルと震えている。
「もしかしたら、物凄く面白がっていません?」
「悪い!」と言って綾鷹が吹き出す。
「からかいがいがあって、止められない」
乙女の眉間に皺が寄る。
「どうしてそう意地悪なのですか!」
「だから、男の性だよ。好きな子ほど苛めたくなる」
「その心理、全然理解できません!」
プリプリする乙女に、「恋人同士の小競り合いも楽しいものだ」と綾鷹が笑う。
本当、この人に何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘だわ、と乙女は小さく溜息を吐く。
そうこうするうちに表玄関まで来た。
先日と同じように赤い綿生地に鼓と白抜きされた暖簾が掛かっていた。それをくぐると待ち構えていたように「いらっしゃいませ」の声が店内から響く。
小桜が散りばめられた絣の着物を着た若い店員だ。彼女が「二名様ですか?」と元気よく声を掛け、「あら?」と首を傾げた。
「ん? 君はこの子に見覚えがあるのかい?」
彼女の視線が綾鷹に向き、「うわっ!」とその小さな目が目一杯開かれる。
「超絶イケメン!」
思わず叫ぶ彼女に、さもあらん、と乙女は心の中で頷く。
「はっ、はい! 先日ですね、男性と消えたお客様かと思われます」
悪びれず店員が答える。
「なっ何を……!」
「私、そのお部屋の担当だったんです」
そう言えば……と乙女も思い出すが、どうやら彼女の意識は既に乙女にないようだ。視線が綾鷹にロックオンされている。
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「私は……」と言い返そうとする乙女を制止、「では、この前と同じ部屋は空いているかい?」と綾鷹が尋ねる。
「はい!」
「じゃあ、君がその部屋を担当してくれるかい?」
破壊的に魅惑的な綾鷹の笑みに、店員はポーッとなりながら「承知致しました」と二つ返事で応じて二人を部屋に案内する。
「流石、人タラシですね。あの店員さん、絶対に綾鷹様に惚れましたよ」
店員が一時辞すると綾鷹に向かって乙女が嫌味を言う。だが、綾鷹は嬉しそうだ。
「何、ヤキモチかい?」
綾鷹の口元がニヤリと上がる。
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