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第八章 スキャンダラスな失踪
2.
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その頃、乙女はそんな騒動が起こっているとも知らず、すやすやと夢の中にいた。だが、そのロケーションは到底公爵婦人になろうとする者がいるような場所ではなかった。
そして、目を覚ました乙女は辺りを見回してハテナ顔になる。
「――ここはどこ?」
あばら家と思しき様子に口がアングリと開く。
「おや、お目覚めですか? 乙女お嬢さん」
突然の声に乙女はドアの方に視線を向け、「あっ! あぁぁぁ!」と飛び起き、声の主を指差す。
「貴方は元チンピラの荒立龍弥!」
「いちいち元チンピラを付けるんじゃない!」
龍弥が目くじらを立てる。
「そんなことより、ここはどこ? 貴方は何をしているの? 目的は何?」
一息に言葉を発した乙女は眩暈を覚え、今まで寝ていたソファらしきものに座り込む。
手に触れた白い布は……真新しいシーツのようだ。
「無理するな。まだ薬が効いている」
「薬ですって! 何を飲ましたの?」
「何って睡眠薬?」
なぜ疑問形? いや、それよりそんなのいつ飲まされたの? 乙女は辿るように記憶を遡る。
えっと、茶屋鼓で糸子様を待っていて……糸子様の使いという男性が現れ、『待ち合わせ場所が変更になりました』と言って、それから車に乗せられて……。
だが、乙女の記憶はそこでプツリと途切れる――あれから私はどうなったの?
「でも薬を盛ったのは俺じゃないぞ」
「じゃあ、誰なの!」
「丸永の御大だ」
ん……誰それ? 乙女が不思議そうな顔をするので龍弥は「仕方がないな」と言いながら説明を追加する。
「丸永はマフィアのグループ名。御大はドンのこと。御大の名は永瀬蘭丸だ。分かったか?」
そこで言葉を切り、龍弥は鼻息荒く怒ったように言う。
「お前を迎えに来た男、ちょっといい男だからって気を許すからこんなことになるんだ」
「――いい男って誰が?」
キョトンとする乙女に、「お前、蘭丸の色香に惑わされたんじゃないのか?」と信じられないという面持ちで訊く。
「色香って……そんなの振り撒いていた?」
龍弥が笑い出す。
「超ナルシストのあいつが今の言葉を聞いたら怒り出すぞ。うわっ、ヤベェ、乙女嬢、俺、お前に本気で惚れそうだ」
「ご遠慮申し上げます」
速攻で乙女は突っぱねる。
「それよりあの男が私に睡眠薬? でも糸子さんのお迎えって言っていたのに……どういうこと?」
回らない頭が自問するが、答えなど出ない。
だから、乙女はまず目の前の疑問を先に片付けることにした。
「ところで、どうして貴方がここにいるの?」
「俺かぁ? 俺は蘭丸に金で頼まれただけ。お前を見張っていろと」
「はぁ? 金で頼まれたって探偵の仕事で? それ探偵の仕事? 何でも屋じゃない」
乙女の罵りに龍弥がフンと鼻を鳴らす。
「うちはオールマイティーなんだ」
そう言いながら、どこから取り出したのか「ほら」と水の入った容器を乙女に差し出す。
「喉渇いているだろ?」
確かに、どんな薬を飲まされたのか知らないがカラカラだ。だが、と乙女は訝しげに龍弥を見る。
「それにもまた変な薬なんて入っていないわよね?」
「お前なぁ」と龍弥が呆れた顔をする。
「薬を盛られる前に疑え! 見知らぬ奴に飲み食い勧められて安易に口にするな。こんなの子供でも知ってることだ。これには入ってない。だから安心して飲め」
「そんなこと言ったって茶屋だよ。飲み食いするのが当たり前の場所じゃない!」
そして、目を覚ました乙女は辺りを見回してハテナ顔になる。
「――ここはどこ?」
あばら家と思しき様子に口がアングリと開く。
「おや、お目覚めですか? 乙女お嬢さん」
突然の声に乙女はドアの方に視線を向け、「あっ! あぁぁぁ!」と飛び起き、声の主を指差す。
「貴方は元チンピラの荒立龍弥!」
「いちいち元チンピラを付けるんじゃない!」
龍弥が目くじらを立てる。
「そんなことより、ここはどこ? 貴方は何をしているの? 目的は何?」
一息に言葉を発した乙女は眩暈を覚え、今まで寝ていたソファらしきものに座り込む。
手に触れた白い布は……真新しいシーツのようだ。
「無理するな。まだ薬が効いている」
「薬ですって! 何を飲ましたの?」
「何って睡眠薬?」
なぜ疑問形? いや、それよりそんなのいつ飲まされたの? 乙女は辿るように記憶を遡る。
えっと、茶屋鼓で糸子様を待っていて……糸子様の使いという男性が現れ、『待ち合わせ場所が変更になりました』と言って、それから車に乗せられて……。
だが、乙女の記憶はそこでプツリと途切れる――あれから私はどうなったの?
「でも薬を盛ったのは俺じゃないぞ」
「じゃあ、誰なの!」
「丸永の御大だ」
ん……誰それ? 乙女が不思議そうな顔をするので龍弥は「仕方がないな」と言いながら説明を追加する。
「丸永はマフィアのグループ名。御大はドンのこと。御大の名は永瀬蘭丸だ。分かったか?」
そこで言葉を切り、龍弥は鼻息荒く怒ったように言う。
「お前を迎えに来た男、ちょっといい男だからって気を許すからこんなことになるんだ」
「――いい男って誰が?」
キョトンとする乙女に、「お前、蘭丸の色香に惑わされたんじゃないのか?」と信じられないという面持ちで訊く。
「色香って……そんなの振り撒いていた?」
龍弥が笑い出す。
「超ナルシストのあいつが今の言葉を聞いたら怒り出すぞ。うわっ、ヤベェ、乙女嬢、俺、お前に本気で惚れそうだ」
「ご遠慮申し上げます」
速攻で乙女は突っぱねる。
「それよりあの男が私に睡眠薬? でも糸子さんのお迎えって言っていたのに……どういうこと?」
回らない頭が自問するが、答えなど出ない。
だから、乙女はまず目の前の疑問を先に片付けることにした。
「ところで、どうして貴方がここにいるの?」
「俺かぁ? 俺は蘭丸に金で頼まれただけ。お前を見張っていろと」
「はぁ? 金で頼まれたって探偵の仕事で? それ探偵の仕事? 何でも屋じゃない」
乙女の罵りに龍弥がフンと鼻を鳴らす。
「うちはオールマイティーなんだ」
そう言いながら、どこから取り出したのか「ほら」と水の入った容器を乙女に差し出す。
「喉渇いているだろ?」
確かに、どんな薬を飲まされたのか知らないがカラカラだ。だが、と乙女は訝しげに龍弥を見る。
「それにもまた変な薬なんて入っていないわよね?」
「お前なぁ」と龍弥が呆れた顔をする。
「薬を盛られる前に疑え! 見知らぬ奴に飲み食い勧められて安易に口にするな。こんなの子供でも知ってることだ。これには入ってない。だから安心して飲め」
「そんなこと言ったって茶屋だよ。飲み食いするのが当たり前の場所じゃない!」
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