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第六章 嵐の前の静けさ
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「桜小路乙女って貴女のこと?」
乙女が洗面所から出ると、待ち構えていたように女性が声をかけてきた。
牡丹のような深紅の紅をさした妖艶な美女だ。
「誰……?」
「わたくしは黒棘先蘭子と申します」
「えっ!」
「その顔はご存じのようね。わたくしのこと」
乙女は綾鷹から『同じ歳だ』と聞かされていた。だが、蘭子の迫力ある態度は、駒子や紅子に通じるものがあった。
「貴女、梅大路綾鷹様のお見合い相手らしいわね。その指輪も彼からかしら?」
蘭子の視線が乙女の右手薬指に落ちる。
何と返事をしていいのやら。乙女が戸惑っていると蘭子が人差し指を突き立てノンノンと左右に振る。
「貴女を選んだのは婚ピューターのミス。綾鷹様は取り戻すわ」
「はぁ……」
「それはどうかなぁ?」
背中の方から声が聞こえ、驚き、見ると、思いも掛けない人物が立っていた。
「上ノ条様?」
「蘭子さんは相変わらずですね」
上ノ条は乙女を無視して蘭子と相対する。
「あら、上ノ条公爵じゃございませんこと。ご無沙汰しております」
和やかに挨拶を交わしているが、眼と眼の間には火花が散っている。
「このお方には構わない方が身のためです、と綾鷹が言っています。だろ?」
上ノ条の視線が蘭子を超え、その後方を見る。
「えっ!」と蘭子が振り向くと――柱の陰から綾鷹が登場した。
「黒棘先様、お話は聞かせて頂きました。ですが、乙女は正真正銘、私の見合い相手です。貴女が何と言おうともね」
蘭子の脇を通り過ぎると、乙女の背に立ち彼女の肩を抱き、頭頂部にキスをする。
「あ……綾鷹様! どうしてその子なのですか!」
「彼女は私の運命の相手だからです」
「婚ピューターが選んだから? あれは間違い。運命の相手は私よ!」
フンと綾鷹が鼻を鳴らして、鋭い眼で蘭子を睨み付ける。
「黒棘先様は婚ピューターが信じられないと? 月華の君が信じられないと言うのでしょうか?」
「そっ、それは……」と蘭子が口ごもる。
「とにかく、この子には金輪際関わらないで頂きたい。乙女、行こうか」
綾鷹の手がさりげなく乙女の腰に添えられる。
それを目前にした蘭子はギリッと唇を噛む。
「では蘭子さん、僕も失礼します。この後もどうぞお楽しみ下さい」
上ノ条も綾鷹たちの後に続く。
「女の勘ですが、蘭子さんって綾鷹様のことがマジで好きですよね?」
成り行きを見守っていた乙女が小声で囁くと、綾鷹がしれっと答える。
「好かれている自覚はあるが、迷惑なだけだ」
「凄く睨んでいるんだけど」
「上ノ条、脅かさないでやってくれるかな」
「おや、梅大路君」
三人がヒソヒソと言い合っていると、矍鑠とした老紳士が綾鷹を呼び止めた。
「これは佐竹様、ご無沙汰しております」
足を止めた綾鷹が、上ノ条に「悪い、乙女を少し頼む」と目配せする。
「了解。レディー、大広間に料理がたくさん準備してあります。どうぞこちらに」
「お食事?」
乙女の瞳が輝く。
「乙女、おとなしくしているのだよ」
綾鷹が軽くウインクすると、ホッホッホッと佐竹が明るく笑う。
「これはこれは、梅大路君も見合い相手には弱いとみえる」
からかう佐竹を避けるように、「上ノ条様、参りましょう。失礼致します」と乙女はそそくさとその場を後にした。
乙女が洗面所から出ると、待ち構えていたように女性が声をかけてきた。
牡丹のような深紅の紅をさした妖艶な美女だ。
「誰……?」
「わたくしは黒棘先蘭子と申します」
「えっ!」
「その顔はご存じのようね。わたくしのこと」
乙女は綾鷹から『同じ歳だ』と聞かされていた。だが、蘭子の迫力ある態度は、駒子や紅子に通じるものがあった。
「貴女、梅大路綾鷹様のお見合い相手らしいわね。その指輪も彼からかしら?」
蘭子の視線が乙女の右手薬指に落ちる。
何と返事をしていいのやら。乙女が戸惑っていると蘭子が人差し指を突き立てノンノンと左右に振る。
「貴女を選んだのは婚ピューターのミス。綾鷹様は取り戻すわ」
「はぁ……」
「それはどうかなぁ?」
背中の方から声が聞こえ、驚き、見ると、思いも掛けない人物が立っていた。
「上ノ条様?」
「蘭子さんは相変わらずですね」
上ノ条は乙女を無視して蘭子と相対する。
「あら、上ノ条公爵じゃございませんこと。ご無沙汰しております」
和やかに挨拶を交わしているが、眼と眼の間には火花が散っている。
「このお方には構わない方が身のためです、と綾鷹が言っています。だろ?」
上ノ条の視線が蘭子を超え、その後方を見る。
「えっ!」と蘭子が振り向くと――柱の陰から綾鷹が登場した。
「黒棘先様、お話は聞かせて頂きました。ですが、乙女は正真正銘、私の見合い相手です。貴女が何と言おうともね」
蘭子の脇を通り過ぎると、乙女の背に立ち彼女の肩を抱き、頭頂部にキスをする。
「あ……綾鷹様! どうしてその子なのですか!」
「彼女は私の運命の相手だからです」
「婚ピューターが選んだから? あれは間違い。運命の相手は私よ!」
フンと綾鷹が鼻を鳴らして、鋭い眼で蘭子を睨み付ける。
「黒棘先様は婚ピューターが信じられないと? 月華の君が信じられないと言うのでしょうか?」
「そっ、それは……」と蘭子が口ごもる。
「とにかく、この子には金輪際関わらないで頂きたい。乙女、行こうか」
綾鷹の手がさりげなく乙女の腰に添えられる。
それを目前にした蘭子はギリッと唇を噛む。
「では蘭子さん、僕も失礼します。この後もどうぞお楽しみ下さい」
上ノ条も綾鷹たちの後に続く。
「女の勘ですが、蘭子さんって綾鷹様のことがマジで好きですよね?」
成り行きを見守っていた乙女が小声で囁くと、綾鷹がしれっと答える。
「好かれている自覚はあるが、迷惑なだけだ」
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「乙女、おとなしくしているのだよ」
綾鷹が軽くウインクすると、ホッホッホッと佐竹が明るく笑う。
「これはこれは、梅大路君も見合い相手には弱いとみえる」
からかう佐竹を避けるように、「上ノ条様、参りましょう。失礼致します」と乙女はそそくさとその場を後にした。
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