恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第五章 乙女のとある一日

2.

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 やっぱり乙女は乙女だった。

「はーっ、行った行った! 本当、毎度毎度よく飽きもせずおちょくってくれるわ」
「お嬢様?」

 ドアに向かってあっかんべーをする乙女を、ミミは横目に見ながら、「全くと言っていいほどご厚意が届いていないようです。ご愁傷様です」と少しだけ綾鷹に同情を寄せる。
 
「それにしても、お忙しそうね。何かあったのかしら?」
「何ですかその目。キラキラしていますよ」

 ミミは杞憂だと良いのだが、と思いながら忠告する。

「好奇心旺盛なのはよろしいですが、綾鷹様のお仕事にまで首を突っ込まないで下さいまし」
「あら、そんなことしないわよ」

 明後日の方を向き、うきうきしている乙女に、ミミは「やっぱり」と溜息を零す。

「ねぇ、何があったと思う?」
「お嬢様、妄想の世界にお入りになるのはお止め下さい。早くお食事なさらないと」

 紅子に叱られる。慌てたミミは小耳に挟んだ噂を思い出す。

「そう言えば、山の向こうにある『化け物屋敷』と呼ばれている古いお屋敷の中から、夜な夜な恐ろしい声が聞こえるとか。その件が関与しているのでしょうか?」
「えっ、何それ? 山向こうのお屋敷って、もしかしたら月華の君の……」
「そうです。腹違いの兄と言われていた夜露やしろ卿がいらしたかがみのお屋敷でございます」

 鏡夜露。その名は二十五年経った今も、悲劇の王子として密かに語り継がれていた。

「確か……当時、夜露卿は八歳。ということは生きていれば、今、三十三歳よね?」
「はい。私の生まれる前の事件でしたが、祖母が『悲劇の王子の物語』と言ってよく語ってくれました」

 乙女は萬月からだった。

「兄は中等部の頃、ご学友たちと探検と称して鏡邸に忍び込んだことがあるそうよ」
「萬月様が? まぁ!」

 意外だったのかミミが目を見開く。

「今の萬月様からは想像ができませんね。そんなにやんちゃな子だったのですか?」
「それはもう! 駒子さんがしょっちゅう追い回していたわ」

 当時の様子を思い出し、乙女がクスクス笑う。

「ねぇ、夜露卿の死には様々な疑惑や謎が残されているでしょう?」
「大量の血痕は発見されたけどご遺体は見つからなかった、とかですよね?」

 ミミは自分の両手で自分を抱き締めると二の腕を擦る。

「そうそう。他には? お祖母様は何ておっしゃっていた?」
「確か……夜露卿が鏡の養子ということは今も昔も周知の事実ですが、実の親は先の国王、星華せいかの君だとか、ですかね?」
「それ、知ってる。そう言われるようになったのには根拠があるのでは?」
「ええ、あのお屋敷近くで星華王の姿が度々目撃されていたみたいですよ」

 ミミはかなり詳しく祖母から聞いていたようだ。乙女はだんだん愉しくなってきた。

「それからそれから?」
「当時、月華の君は三歳でした。すくすくとお育ちで――ですから、月華の君側の何者かが、外腹だった夜露卿の存在をうとましく思い、手に掛けたのではないかと言われています」
「私は、その何者かが実の父である星華の君だったと聞いたけど」
「はい、一部の噂ではそうあります。ですが……」

「ですが、何?」と乙女の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

「はい、それが真犯人の狙いだったという噂もあったようです」
「真犯人?」

 声を潜めミミが言う。

「極々一部の噂なのですが、黒棘先夜支路伯爵……当時はまだ男爵でしたが、彼だと言うのです」

 乙女が驚きの表情でミミを見る。
 その噂が本当なら……黒棘先はとても恐ろしい危険人物ということになる。
 乙女はようやく自分の置かれている状況を理解し、綾鷹が発した言葉の数々は、脅しでも何でもなかったことを知る。

「でも、どうしてミミのお祖母様はそんなに詳しく知っているの?」

「ああ」とミミの眼が怒りに燃える。

「祖母は、黒棘先家に行儀見習いに入ったメイドの親御さんと旧知の仲だったそうです。本来は守秘義務があるので、奉公先のことは絶対に外へ漏らしません。ですが……」

 彼女は黒棘先家でそれは酷い扱いを受けたらしい。帰省するたびに『早く十八になりたい』と涙ながらに訴えていたそうだ。

「それを親御さんは心に留めきれず、祖母に話していたそうです」

「なるほどねぇ」と乙女が頷くと、しみじみとミミが言う。

「その点、私は幸せです。いいご奉公先に恵まれて」
「あら、それ本心? そう言ってもらえて私も嬉しいわ」

 乙女は笑みを返しながら「それで」と話の先を促す。
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