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第四章 花嫁修行
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「ブスッとしていると、本物の醜女になるぞ」
「言葉遣いが乱暴ですね?」
月華の君を王宮に送り届け、今、車の後部席には乙女と綾鷹の二人だけ。先程までと百八十度変わった綾鷹の態度に、この男は二重人格なのだろうかと乙女は眉を顰める。
「婚約者殿に猫を被ってもその内にバレる。なら、早々によそ行きの顔を脱ぎ捨てた方がいいだろう? まぁ、君は最初から裏表が無くそのまんまだがな」
「出会いが出会いでしたので」
乙女がチクリと嫌味を言うと、クスクス笑いながら綾鷹が「確かに」と相槌を打つ。
「しかし、機嫌が悪いな。ああ、そうか。昼食がまだだったな。空腹は人間を怒りっぽくする。腹が減ったんだな?」
「違います!」
見当外れの推論に、乙女は益々苛立ちを覚えるが、当の綾鷹は何だか愉しそうだ。
「何なんですか、その意味不明な笑顔は!」
「いや、見合いの相手が君で良かったと思ってね」
「私は全然良くありません。お見合い結婚なんて望んでいませんから」
「ふーん、小説のような恋をしたいのかな?」
「あっ!」と乙女は思い出す。
「それ! どうして小説のことをご存知なのですか?」
「当然だろ?」
綾鷹が、君は今頃言っているのだ、というような顔で乙女を見る。
「陛下……いや、私の見合い相手だ。隅々まで調べるのは当然だろう?」
でも……と乙女は思う。
小説のことを知っているのはミミと編集長の二人だけだったはず。他に漏れることなどない。
「どういう経緯で知ったのですか?」
疑問を疑問のままにしておくのが嫌いな乙女はさらに追求する。
「流石は小説家だね。好奇心旺盛だ。教えて欲しいの?」
綾鷹の瞳が悪戯っぽく笑う。
「でも、タダってことはないよね?」
「報酬を要求するということですか? 私以上のケチですね」
「タダより高いものは無し、だよ」
「で、お幾ら払えばいいのですか?」
心の中で盛大な舌打ちをしながら、懐が寂しくなるが背に腹は代えられない、と乙女は要求に応じる旨を示す。
「そうだな……じゃあ、これでいいよ」
綾鷹の顔がいきなり近付き、唇にふわりと柔らかなものが触れた。
乙女は目を瞬かせ、目と鼻の先にある彼の瞳をじっと見つめる。
「こういう時、私としては目を閉じて欲しいな」
「キッキッキ……ス?」
一瞬何が起こったのか分からなかった乙女だが、次の瞬間身を逸らして激昂する。
「何てことをしてくれちゃったりなんかするんですか!」
そんな乙女を綾鷹は可笑しそうに見つめながら、飄々とした面持ちで話し出す。
「何故知ったか? それは出版社蒼い炎と編集長の黄桜吹雪は、謀反者として国家の監視下にあるからだ。故に、その周辺の人間も対象者となり、徹底的に調べさせてもらった。君が禁忌な恋愛小説を書いている筆者だと知ったのもそのときだ」
口づけもさることながら、綾鷹の言葉があまりにも衝撃的で乙女は目を剥く。
「だが、それを知っているのは一部の者だけだった。夜支路の耳に入ってしまったのは、我々の落ち度だ」
情報漏洩……夜支路側のスパイもいたということだろう。
「さっきも言ったが、奴は君を廃位のコマにしようとした。謀反者である恋愛小説作家との見合いだ。月華の君にとっては大スキャンダルとなる」
「私が謀反者ですって?」
憤りを感じる乙女だが、文筆家の性だろうか、今までにない展開に胸踊らせる。
「何をワクワクしている。下手をすると投獄されても可笑しくない状況だぞ」
「えっ、投獄って……私が?」
言論は自由なはず、なのにどうして?
理解できないというように乙女は頭を振り、綾鷹を睨む。
「出版社が、黄桜編集長が、何をしたというのですか? そりゃあ、編集長は男装が趣味だけど、ちょっと……いや、相当変な人だけど」
散々な言われようだな、と綾鷹はちょっと黄桜吹雪を気の毒に思う。
「でもそれだけで監視下? 投獄? 横暴だわ」
「それだけではない」
綾鷹が穏やかに乙女の言葉を遮る。
「黄桜吹雪は反婚ピュータ軍団のリーダーでもある」
乙女の険しい顔が途端にキョトンとする。
「反婚ピュータ軍団……て何ですか?」
その反応に綾鷹は満足そうに頷く。
「どうやら君は関わっていないようだね。未来の妻がメンバーの一員でなくてよかったよ。君は軍団に利用されただけ、というところだろう。弁護士を雇って被害届を出すかい?」
未来の妻というフレーズに少し引っかかりを覚える乙女だが、今はそれを横に置き、「ちょっと待って下さい」と慌てて綾鷹の言葉に割り込む。
「意味不明です。もう少し話を噛み砕いて詳しく説明して下さい」
「さもあらんか、寝耳に水のようだからね。なら礼を……」
そう言ってまた顔を近付けるが、今度は乙女の反応の方が早かった。両手で口元を覆い、叫ぶ。
「何考えているんですか! ビンタし忘れてましたが、初めての口づけだったんですよ! 犯罪です」
「ほー、さっきのがファーストキスということか」
綾鷹がニヤリと笑う。
「言葉遣いが乱暴ですね?」
月華の君を王宮に送り届け、今、車の後部席には乙女と綾鷹の二人だけ。先程までと百八十度変わった綾鷹の態度に、この男は二重人格なのだろうかと乙女は眉を顰める。
「婚約者殿に猫を被ってもその内にバレる。なら、早々によそ行きの顔を脱ぎ捨てた方がいいだろう? まぁ、君は最初から裏表が無くそのまんまだがな」
「出会いが出会いでしたので」
乙女がチクリと嫌味を言うと、クスクス笑いながら綾鷹が「確かに」と相槌を打つ。
「しかし、機嫌が悪いな。ああ、そうか。昼食がまだだったな。空腹は人間を怒りっぽくする。腹が減ったんだな?」
「違います!」
見当外れの推論に、乙女は益々苛立ちを覚えるが、当の綾鷹は何だか愉しそうだ。
「何なんですか、その意味不明な笑顔は!」
「いや、見合いの相手が君で良かったと思ってね」
「私は全然良くありません。お見合い結婚なんて望んでいませんから」
「ふーん、小説のような恋をしたいのかな?」
「あっ!」と乙女は思い出す。
「それ! どうして小説のことをご存知なのですか?」
「当然だろ?」
綾鷹が、君は今頃言っているのだ、というような顔で乙女を見る。
「陛下……いや、私の見合い相手だ。隅々まで調べるのは当然だろう?」
でも……と乙女は思う。
小説のことを知っているのはミミと編集長の二人だけだったはず。他に漏れることなどない。
「どういう経緯で知ったのですか?」
疑問を疑問のままにしておくのが嫌いな乙女はさらに追求する。
「流石は小説家だね。好奇心旺盛だ。教えて欲しいの?」
綾鷹の瞳が悪戯っぽく笑う。
「でも、タダってことはないよね?」
「報酬を要求するということですか? 私以上のケチですね」
「タダより高いものは無し、だよ」
「で、お幾ら払えばいいのですか?」
心の中で盛大な舌打ちをしながら、懐が寂しくなるが背に腹は代えられない、と乙女は要求に応じる旨を示す。
「そうだな……じゃあ、これでいいよ」
綾鷹の顔がいきなり近付き、唇にふわりと柔らかなものが触れた。
乙女は目を瞬かせ、目と鼻の先にある彼の瞳をじっと見つめる。
「こういう時、私としては目を閉じて欲しいな」
「キッキッキ……ス?」
一瞬何が起こったのか分からなかった乙女だが、次の瞬間身を逸らして激昂する。
「何てことをしてくれちゃったりなんかするんですか!」
そんな乙女を綾鷹は可笑しそうに見つめながら、飄々とした面持ちで話し出す。
「何故知ったか? それは出版社蒼い炎と編集長の黄桜吹雪は、謀反者として国家の監視下にあるからだ。故に、その周辺の人間も対象者となり、徹底的に調べさせてもらった。君が禁忌な恋愛小説を書いている筆者だと知ったのもそのときだ」
口づけもさることながら、綾鷹の言葉があまりにも衝撃的で乙女は目を剥く。
「だが、それを知っているのは一部の者だけだった。夜支路の耳に入ってしまったのは、我々の落ち度だ」
情報漏洩……夜支路側のスパイもいたということだろう。
「さっきも言ったが、奴は君を廃位のコマにしようとした。謀反者である恋愛小説作家との見合いだ。月華の君にとっては大スキャンダルとなる」
「私が謀反者ですって?」
憤りを感じる乙女だが、文筆家の性だろうか、今までにない展開に胸踊らせる。
「何をワクワクしている。下手をすると投獄されても可笑しくない状況だぞ」
「えっ、投獄って……私が?」
言論は自由なはず、なのにどうして?
理解できないというように乙女は頭を振り、綾鷹を睨む。
「出版社が、黄桜編集長が、何をしたというのですか? そりゃあ、編集長は男装が趣味だけど、ちょっと……いや、相当変な人だけど」
散々な言われようだな、と綾鷹はちょっと黄桜吹雪を気の毒に思う。
「でもそれだけで監視下? 投獄? 横暴だわ」
「それだけではない」
綾鷹が穏やかに乙女の言葉を遮る。
「黄桜吹雪は反婚ピュータ軍団のリーダーでもある」
乙女の険しい顔が途端にキョトンとする。
「反婚ピュータ軍団……て何ですか?」
その反応に綾鷹は満足そうに頷く。
「どうやら君は関わっていないようだね。未来の妻がメンバーの一員でなくてよかったよ。君は軍団に利用されただけ、というところだろう。弁護士を雇って被害届を出すかい?」
未来の妻というフレーズに少し引っかかりを覚える乙女だが、今はそれを横に置き、「ちょっと待って下さい」と慌てて綾鷹の言葉に割り込む。
「意味不明です。もう少し話を噛み砕いて詳しく説明して下さい」
「さもあらんか、寝耳に水のようだからね。なら礼を……」
そう言ってまた顔を近付けるが、今度は乙女の反応の方が早かった。両手で口元を覆い、叫ぶ。
「何考えているんですか! ビンタし忘れてましたが、初めての口づけだったんですよ! 犯罪です」
「ほー、さっきのがファーストキスということか」
綾鷹がニヤリと笑う。
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