恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

文字の大きさ
上 下
10 / 66
第三章 最悪のお相手

4.

しおりを挟む
「はいぃぃ?」

 素っ頓狂な声を上げ乙女が綾鷹を見る。その横で一葉があわあわと何か呟いている。

「陛下も二十八歳。そろそろお相手が現れると思っていました」
「そそっそのお相手が私だと……」

 ようやく我に返った乙女が確認するように綾鷹に訊く。

「ええ、婚ピューターが陛下と貴方をマッチングさせました」

 何と畏れ多いことだ! 乙女も一葉も顔色を失う。

「ということで、とにかく座って頂けませんか?」

 月華の君がくすくす笑いながら視線でソファを指す。
 これはきっと、彼を〝ボンクラ〟とか〝怠慢〟とか言った罰だ。乙女は猛烈に反省する。

「さあさあ、お茶でも飲んで一息入れて下さい。これは私が特別に取り寄せた菓子です。美味しいですよ」

 乙女たちが恐る恐る腰を下ろすと、月華の君はローテーブルに用意されたお茶菓子を乙女たちに勧め、自らも満月の絵が描かれた包みを解く。

「西の国で評判のツキミという菓子です。黄身餡を羽二重餅で包んでいるのですが、この餡が実に美味しいのですよ」

 子供のような笑みを浮かべて月華の君が嬉々と説明する。

「陛下、菓子の説明はそれぐらいで」

 綾鷹が苦笑しながら話を止める。

「ああ、そうだったね」

 無邪気な顔が一瞬にして引き締まる。気品溢れるその顔は、まさに一国の主。そんな尊大なる王が突然深々と頭を下げた。

「申し訳ない。私との話は反故にして頂きたい」

 その突拍子もない行動と言葉に乙女が唖然としていると、ようやく現実の世界に戻ってきた一葉が、「破談?」と呟く。

「いえ、この綾鷹と縁を結んで頂き、今回の見合いは成立ということにしたいのです」
「そっそれはどういう意味ですか? 私共に規則を破り罰を受けよと?」

 わなわなと震え尋ねる一葉に乙女がストップをかける。

「お母様、婚ピューターのめいは王の命も同じ。その王が反故と命を出したのですから、罰は無効では?」
「流石、切れ者と評判の女性」

 切れ者? 綾鷹の言葉がどこから来たものか訝しげに思いながらも、乙女は「ありがとうございます」と礼を述べる。

「ええ、罰など受ける必要はありません」

 月華の君がニッコリ微笑む。そのキラキラした笑みに一葉の頬が赤く染まる。

「改めまして、国家親衛隊隊長、梅大路綾鷹と申します」

 背筋を伸ばした綾鷹が、胸に手を置き紳士のお辞儀をする。

「そう言えば……テレビなどで度々拝見しているあのお方だわ!」

 国家親衛隊隊長というフレーズが一葉のテンションを無駄に上げる。

「――あら?」

 だが、何か思い出したのか、三秒後に「あぁぁぁ!」と叫び声を上げた。

「梅大路というと、月華王と縁続きの公爵家で大財閥の、あの梅大路家じゃないですか?」

 ニッコリと微笑みながら綾鷹が「さようです」と答える。
 一葉は目をパチクリとしながら頬を抓り、「痛い!」と顔を顰めた。

「月華王とのご縁談は身分違い反故は妥当です。なら、梅大路様も同様、畏れ多いと存じますが……」

 一葉の言葉に乙女も大きく頷く。それを横目に一葉が提案する。

「故に今回のお見合いはご破算にして頂き、新たなお相手を婚ピューターで選んで頂く……というのはどうでしょう?」

 乙女も、「さようです!」と力強く賛成して、「ぜひ反故に!」と言ったところで、綾鷹がニッと悪い笑みを浮かべた。

「それはできかねます」
「なぜですの?」

 乙女がすぐさま尋ねると綾鷹が答える。

「よく考えて下さい。この場が見合いだとホテルの者も一部だが知っています。そして、ここにいるのは陛下と私だ」

 あっ、と乙女が口を開ける。

「分かったようですね。君の相手は陛下か私。どちらにしても破断は有り得ないということです。そんなことをしたら世の中が途端に乱れますからね」

 何てことだと乙女は頭を抱える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

処理中です...