恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第三章 最悪のお相手

3.

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 車は住宅地を抜けると、道路の中央をチンチン電車が走る四車線の大通りに入った。乙女は車窓を流れる景色をぼんやりと眺めながら過ぎ去った日々を思い溜息を零す。

「――だから、お相手の殿方に失礼にならないように!」

 一葉の言葉がいつまで続くのか分からないが、それを流し聞きしていると、横を過ぎる赤いチンチン電車が目に入った。

 兄の持っていたミニチュアの電車。乙女もそれが欲しかった。しかし、『女の子だから』という理由で買って貰えなかった。

「虚しい……」

 この世に生まれ落ち、今日の今日まで、乙女の行動はこの『女の子だから』に制約された。
『貧乏だから』という理由の方がまだ納得できたのに、と乙女は思う。

「本当にいつ見ても素敵なホテル」

 目前に鳳凰ホテルが見えてくると、長々と話していた一葉の『本日の注意事項』が終わった。

「確か……浪漫建築と呼ばれる建物だったわね?」

 一葉がフロントヤード越しに辺りを見回しながら感嘆の息を吐く。
 浪漫建築は西の国ではオーソドックスな建築様式だが、和之国では鳳凰ホテルが第一号だった。
 乙女はこのホテルを見るたびに、『いつかは異国の地へ!』と叶わぬ夢を見ていた。

「ええ。著名な建築家、タロー・ヤマガタの作だそうです」

 気に食わない月華の君だが、もし、彼君かのきみの利点を挙げよと問われたら、乙女は唯一このホテルを挙げるだろう。何故なら、このホテルが王の命で建てられた迎賓館だからだ。
 セキュリティーのチェックは厳しいが、ロビーラウンジのみ一般者にも開放されていたので、執筆に行き詰まると乙女はいつもここにケーキを食べに来ていた。

「それにしても、女々に続いて乙女まで鳳凰でお見合いだなんて……」

 一葉が嬉々とするのも当然のことだった。
 格式高いこのホテルでのお見合いは、男性側が高爵位の者ということを示唆しさしているからだ。

 とはいうものの、数歩先を行くボーイらしからぬ案内人が、ラウンジを過ぎ、絶景の中庭を望みながらさらに奥に進んでいくと、流石の乙女も不安になってきた。

「お母様……ここ、どこですか?」

 廊下には刺繍の施された豪華な赤い絨毯。壁面には著名な画家の絵。どう見ても先程までとは様子が違う。

「お姉様のお見合いもこんな奥まった場所だったのですか?」

 一葉に囁き尋ねるが一向に返事がない。
 どうしたのだろうと思っていると、突然、一葉が両手で口元を押さえ、目を見開いた。

「乙女さん……どうしましょう。ここ!」

 案内人が立ち止まったのは、美しい幾何学模様のステンドグラスが施された観音開きのドアの前だった。そのドアに『貴賓室』のプレートが掲げられていた。

「こちらが紅の間でございます」

 乙女は過去、幾度もパンフレットを目にしていたが、そんな名前の部屋が無いことに気付いていた。
 貴賓室は国家の重鎮が使用する部屋。故に、安全を期するためパンフレットに記載されていなかったのだ。
 なるほど、と乙女が納得していると、ノックの音に「どうぞ」と応答する声が聞こえた。

 その声に誘われ、案内人がドアを開ける。
 眩しい! 乙女は思わず目を細めた。ドアの向こうから日の光が燦々と降り注いでいるのが見えたからだ。
 その大窓を背に、逆光を浴びた二つのシルエットが目に映った。

「桜小路さんですね。どうぞこちらに」

 どうやら、男性側はすでに見合い相手が桜小路家の娘と知っていたみたいだ。
 乙女たちが部屋に入るとすぐにドアは閉められた。それと同時に、ローテーブルを前に座っていたひとつの影が静かに立ち上がった。
 二人の姿が徐々にハッキリしてくる。その途端、乙女と一葉が同時に叫んだ。

「梅大路綾鷹!」
「月華の君!」
「またお会いしましたね」

 月華の君が少し驚いたように尋ねる。

「おや、君は彼女を知っていたのかい?」
「はい。つい先日奇妙な縁で知り合いになりました」

 そう言って綾鷹が意味深に微笑む。
 余計なことを言うなと乙女が眼で牽制していると、ノックの音が聞こえ、「失礼します」と上品な婦人がお茶と茶菓子の載った盆を持って現われた。

「本日はようこそお越し下さいました。当ホテルの女将白鳥美空しらとりみそらと申します。どうぞごゆるりとお過ごし下さい」

 女将がお茶の準備を済ませて部屋を後にすると、月華の君が気さくに声を掛ける。

「まぁ、何はともあれ座りましょうか」

 だが、一葉も乙女も固まったまま動かない。

「おやおや。陛下、先に少し説明が必要かもしれませんよ」

 含み笑いを浮かべた綾鷹がちらりと月華の君を見る。

「なら、君が説明をしておくれ」
「御意」

 綾鷹は軽く頭を下げ、乙女の前に立った。

「単刀直入に申します。桜小路乙女さん、貴女の見合い相手は月華王です」
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