恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

文字の大きさ
上 下
2 / 66
第一章 夢見る乙女

2.

しおりを挟む
「奥様は乙女様の結婚を楽しみにしていらっしゃるのですよ」
〝結婚〟という二文字が乙女の琴線に触れる。

「そんなのしないわよ!」
「そうはおっしゃられても、女性は十八歳を迎える年に見合いをして結婚するのが和之国の習わしですから」

 国が認める職業に就く者以外、例外は認められない。

「どうしてこの若さで、そんなことをしなくちゃいけないの?」
「法で決まっているからです」
「でも、その規則が作られたのは大昔でしょう? それを今世も引きずっているなんてナンセンスだわ」

 百年以上前、フリーという言葉が流行語となり、若者たちが結婚を拘束と捉えるようになった。それに伴い婚姻率が低下。比例するように子供の数が減少した。
 それから半世紀ほど後、人口ピラミッドが崩れた和之国は、働き手の数が激減したために産業が成り立たなくなり、国家崩壊の危機に立たされた。
 これを打破するために、当時の国王が苦肉の策として打ち出したのが、『女性は十八歳で見合いをして結婚すること』だった。

「バッカじゃない! 結婚したら必ず子供が増えると思っているのかしら?」
「それは……」
「ほらご覧なさい。ミミも分かっているじゃない。ただ結婚させるだけじゃなくて、子育てしやすい世の中を作らなければ、安心して子供を産み育てられないってこと」

 勝ち誇ったように乙女がふふんと鼻を鳴らす。

「そのうえお相手は〝婚ピューター〟が選んだ男性? 鼻で笑っちゃう。いくら万能でも感情のない物が選んだ相手よ、納得がいかないわ」

 婚ピューターとは、和之国が作った、お見合い相手を抽出するメカのことだ。

「それはそうですが……規則には逆らえません。それが嫌なら例外となる、国許可くにきょか職にお就きになったらいかがですか?」

 国許可職とは、産婦人科医、小児科医、教師といった子供に携わる職業をいう。国許可職従事者とそれを目指す学生は、十八歳でのお見合いも結婚も免除されていた。

「全く興味のない分野だわ。いくら免除されるとしても、作家を辞めて国許可職に就くなんて、それこそ本末転倒というものよ」

 そちらの方がどれだけいいか、とミミは独り言ちる。

「だったら仕方がありませんね。おとなしく規則に従って下さい」
「ミミはそれでいいの?」
「どういう意味でしょう?」
「まんまよ。お兄様が好きなんでしょう?」

 キョトンとした顔が瞬時に驚きの顔に変わり上気する。
 トマト色に染まった顔を見ながら、やっぱり、と乙女は思う。

「どどどどしてそのことを……」
「知っているのかって? そんなの見てれば分かるわよ」

 萬月を前にしたミミの態度はいつも挙動不審だった。

「告っちゃえばいいのに。お兄様にはまだお相手がいないんだし」
「そっそんな畏れ多いことできません」

 激しく手と首を振りながらミミが裏返った声で言う。

「そっそれに、婚ピューターには逆らえません」
「どうして?」
「反逆罪で逮捕されるじゃありませんか!」

 ミミの言う通りだった。和之国では例外なく『男女のえにしは婚ピューターが選んだ相手』と定められていた。そして、それに背く者は見せしめのように処罰された。

「お嬢様の小説は辛うじてファンタジー扱いされているので今のところセーフですが、恋愛結婚は今や死語。この国でその行為を行うことイコール反逆行為なのですよ」

 ミミはここぞとばかりに力説する。

「国家親衛隊の中には出版社蒼い炎を、『逆徒ぎゃくとを増殖させる存在なのでは?』と問うている者もいるようです。だからですね」
「出版社と縁を切り、小説を書くのをやめろ、とでも言うの?」

 乙女がギロリとミミを睨む。

「絶対にやめない! 男女の縁に恋愛ほど至極の結び付きはないもの。その究極たる結末が恋愛結婚! 私はそう信じているもの」

 乙女は禁書と言われる古い恋愛小説を幾冊も読み、その度に心躍らせ胸ときめかせた。そして、愛し愛され結ばれる、そんな男女がつちかう世界こそ、平和で温かな世を作るのだと結論付けたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...