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第1章 発端

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これが不味いわけがない!
我慢しきれなくなった私は、ワイルド君が立ち去る前に箸を付けた。

「何、これ! 凄く美味しい」

ほふほふと熱々の秋刀魚を口に入れた途端、言葉が零れる。
しかし、なんたる語彙力の無さ。だが……それが素直な感想だから仕方がない。

立ち去ろうとしていたワイルド君が振り返り、ニッコリ微笑みながら「ありがとうございます」と礼を述べた。お礼を言いたいのは私の方だ。

この時点で、ここしかない! ここで働かせてもらおうと私は強く心で思った。

そんな嬉々とした至福の時間はデザートまで続いたのだが――デザートを食べようとした時、例の力のせいで奈落の底に突き落とされてしまった。


***


「安納芋かぁ……」

突然登場した吹き出しは、観葉植物の奥にチラリと見える、二人席に座った男性が無意識に発した言葉に合わせて彼の頭上に現われた。

流れるように紡ぎ出されていく物語は――彼の亡き母親との愛情物語だった。だが……それは途中までだった。

(あいつらが母ちゃんを殺したんだ!)

彼の母親は病をこじらせ亡くなったのだが、母一人子一人だった彼は、自分たち親子を周りの親戚や大人たちが助けてくれなかったために母親は死んだ、と怒りの矛先を世間に変え、世の中を恨んでいた。

(滋養のあるもんさえ食べられたら、母ちゃんは今も元気だったんだ!)

なるほど、と思う。
母親が最後に口にしたのが、一片の安納芋だったようだ。
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