バースデーソング

せんりお

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番外編 初対面2

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「いやー、いつか会ってみたいと思ってたんっすよ!チハルがあんまりのろけるもんで」

「セルジオっ!」

「へぇー。チハルはそんなに俺のことのろけてくれてるの?」

「ニコラまで…」

カウンターに座って、セルジオはニコラと話している。どうなるかと思った対面だが今のところ穏やかだ。俺にとってはそう穏やかでもないけど。この二人にタッグを組んでからかわれたら俺は終わる…密かにそれが怖くなった。

「はい、お待たせ」

「おぉー!これが噂の」

ニコラが木の器に入れてセルジオの前に置いたのはポトフだった。ほくほくに溶けたじゃがいもにパリッとした食感が残るウインナー。しめじの香りがいい感じだ。

「うわっ、うまそー!チハルはニコラさんの料理はなんでも旨いって言うけど、ポトフが旨いって何回も言うんで食べてみたかったんですよ。それじゃ、いただきます」

スプーンを握って早速という風に口にポトフを運んだセルジオ。ふとニコラを見ると、不思議そうに目を瞬かせていた。

「ニコラ?」

「あ、いや。セルジオ君がいただきますって言ったから。日本の言葉なんだよね?だからなんでかなと思って」

「あぁ。俺、こいつと飯食うことがどうしても多いんで、こいつに付き合って言ってるとなんか移っちゃったんですよね。チハルがいなくても逆に言わないと落ち着かないっていうか」

「そう、なんだ」

笑顔を浮かべながらもどこか歯切れ悪く返事をしたニコラに違和感を覚える。どうしたのか聞こうと口を開きかけた時、セルジオが大きな声をあげた。

「うっわこれ旨いっすね!野菜の味もしっかりしてるのにスープとなんていうか、調和してるっていうか…これはチハルが自慢するわー」

「ふふ、ありがとう」

おかわりしても?と皿を差し出すセルジオに笑って応えたニコラはもういつも通りで。声をかける機会を失った俺はそのまま流すしかなかった。
ニコラが二杯目のポトフを頬張るのを横目に俺はフォークにパスタを絡ませる。
今日のパスタは茄子と挽き肉のミートソースだ。柔らかい茄子にミートソースが絡まって、これがまた美味しい。

「あれ?お前茄子苦手じゃなかったっけ?」

あーん、と口を開けたところでセルジオに聞かれて俺はじと目でセルジオを見る。

「いつの話だよ。今は好きですー」

「あ、そうだっけ?」

言いつつ、セルジオが俺の皿から一口奪っていった。

「あっ、おいー!」

「うまっ、こっちも旨い!」

もう一口、と手が伸びてくるのを必死に防ぎながら、俺の口は緩む。

「だろ?ニコラの料理はなんでも美味しいんだよ」

大げさに、でも本気で美味しいと思っている様子のセルジオを嬉しく思う。恋人の料理を褒められて嬉しくないわけがない。

「お前これを毎日食べてんの?贅沢かよ」

「贅沢だろー?羨ましいか?」

贅沢だとも。大好きな恋人が俺のために毎日美味しい料理を作ってくれるんだ。

「全然?俺にはアメリアがいるし?」

セルジオが応戦してくるのに笑いながら食べていると、マルコさんたちから声がかかった。

「おーい、チハル、セルジオ!こっち来いや!」

既にセルジオも名前で呼ばれている。妙にコミュニケーション能力が高いおっさんたちだ。更にセルジオもノリがいいものだから、さらっと大テーブルに混ざって乾杯している。マルコさんから勧められた酒をぐいっと飲み干してやんやの喝采が起こっている。

「お前いけるクチだな」

「いやー皆さんには敵いませんよ」

「言ってくれるじゃねぇか!ほらよ、もう一杯!」

「あ、ちょ、セルジオ!お前明日も仕事だろ!もう止めとけよ!」

あのおっさんたちのされるがままに飲まされると明日大変なことになる。そこらへんで止めとけ、と慌てて止めに入るとこっちに矛先が向く。

「じゃあ代わりにチハルが飲むか?」

「なんでそうなるんですか!」

そこからはもう大騒ぎだ。おっさんたちにからかわれ、セルジオに弄られ俺は両方の相手に手一杯になった。


そのせいでニコラの雰囲気がいつもと違うことに俺は気づけなかった。






夜も更けて皆が帰っていく。セルジオも散々楽しんだのだろう。「また来るわ!」と上機嫌に手を振って帰っていった。ただ、帰り際に

「フォローしとけよ!仲良くな!」

と俺に囁いたのが気になる。なんのフォローだろうか。
一緒に見送りに出て、隣に立っているニコラをそっと見上げる。ニコラも視線を感じたのかこちらを向きかけて――目を反らした。普段のニコラではあり得ないその仕草に戸惑う。

「え、ニコラ?」

「あっ、いや、んー」

言いづらそうに尚も目線を合わせないニコラに不安になってくる。

「…ニコラ?」

そんな俺の不安が声にも出てしまっていたのだろうか。再度名前を呼ぶと、はっとしたように一瞬こちらを向いて俺の腕を掴んだ。

「…とりあえず入ろう」

そのまま店の中まで引っ張られて、腕が離されたかと思うとすぐにきつく抱き締められた。

「あーごめん」

未だにニコラの表情は見えない。

「ニコラ?ほんとにどうしたんだよ」

怒っている、というわけではなさそうだ。けれどこの雰囲気はなんだろう。普段とは明らかに違うのは確かなんだけどなにかわからなくてもどかしい。ニコラのことは全部わかりたいのに、わからない。それがもどかしいんだ。

「…セルジオ君はさチハルのことほんとによく知ってるよね。チハルもセルジオ君になんでも話してるみたいだしさ」

俺を抱き締めたまましばらく黙っていたニコラがぼそっと言葉を落とす。その内容に戸惑う。

「え、セルジオ?」

「…長いこと一緒にいるんだもんね。俺と会うずっと前から」

ぼそぼそと言葉を繋げる。それがニコラに似つかわしくなくて俺はニコラの背中に腕を回して力を込めた。

「なんか…俺が知らないチハルを知ってるんだって思ったら悔しくなっちゃった」

そうか。ニコラが言いたかったのは、思っていたのはこれか。でもこれって

「…嫉妬、してくれてんの?」

俺が言うと、更に腕の力が強まった。

「うー、ごめんねほんとに。情けない…」

ニコラが俺のことで嫉妬してくれてる?それってなんか…ちょっと嬉しいじゃないか。嫉妬する側はすごく苦しいっていうのは知っているけれどしてくれてるって嬉しい。ニコラは優しいから余計にしんどいんだろうけど、ごめん。俺は今すごく嬉しいって思っちゃってる。勝手に頬がにやけるのを感じる。

「…ちょっとチハル、なに笑ってんの」

雰囲気を察したのか体を離して、俺の顔を覗きこんだニコラがふて腐れた声を出した。それに俺の頬はさらにだらしなくなる。

「ごめん、嬉しくて。あと、可愛い」

言いながらニコラの首に腕を回した。なんの催促かはすぐ通じて、唇に温かい体温が重なる。それが嬉しくてまたふふっと笑いを溢すと頬をむにゅっとつままれた。

「笑い事じゃないんだけどー」

尖った唇が可愛くて、その唇に吸い付いた。

「俺が好きなのはニコラだけだし、ニコラしか知らないことのほうが多いと思うけど?」

上目使いで笑いながら言うとニコラが目を細めた。

「俺、チハルが茄子が嫌いだったって知らなかったもん」

もんってなんだもんって。可愛すぎ。
最早開き直って拗ね始めたニコラに撃沈する。普段は包容力の塊みたいなくせに、拗ねているニコラはめちゃくちゃ可愛い。恋人が拗ねているのをめんどくさいとか思わずに、可愛いとか思っちゃう俺は相当ニコラに惚れている。

「ニコラのしてほしいこと1個、なんでもするから機嫌直して?な?」

鼻の頭にキスを落としてそう言うと、ニコラの目がぎらっと光った、ように思えた。

「…なんでも?」

「う、ん、なんでも」

「わかった」

ペロッと雄臭く唇を舐めたニコラ。俺の背中につーっと冷や汗が伝う。あ、これミスったかも…俺今からヤバイんじゃ…




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