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Risoluto 〔決然と〕
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アメリカでのコンサートも、日本でもコンサートも無事に終わり、評判も上々。少しスケジュールに余裕があるから、前に言っていた動物園か水族館でも行ってみるか、なんて言い出していた平和な毎日。一本の電話が真尋のもとにかかってきた。二人でダラダラキーボードを弾きながら、オリジナル曲についてああでもないこうでもないと言い合っていた昼下がりのことだ。
「はい、宮瀬です。お世話になっております。……はい。……は?」
いつもの好青年風の整えた声が一転、腹の底を震わせるような低い声に、奏始は飛び上がった。振り仰ぐと、ひどく険しい顔をした真尋がいた。
「……いえ、けっこうです。もう二度とそちらからの案件は受けません。弁護士にも話をさせてもらいますので。失礼します」
「どうした?」
確実に良い内容ではなさそうだ。電話越しにも怒りを露わにする真尋に、そっと問うと、真尋は無言でテレビの電源を入れた。流れるのは適当なワイドショー。画面を見るなり真尋が大きく舌打ちをした。その内容を把握して、奏始も愕然となった。
「は……? なんだよこれ!」
自分と真尋の写真が大きく表示される。テロップには大きな文字で「人気ユニットの真相! Ωピアニストとαヴァイオリニスト!」
は、と声にならない息が漏れた。ああ、バレたのか。どこか他人事のように理解した。テレビの中の芸能人たちが好き勝手に奏始たちを語っていく。
『えー! この二人イケメンで好きだったのに!』
『なんか騙されてた気持ちですよねえ』
『まあでもΩがコンサートをしてはいけないという決まりはありませんからねえ』
『でもコンクールとかオリンピックとか、そういうのって確かでちゃダメでしたよね?』
『はい。Ωはフェロモンの影響を鑑みて、音楽のコンクールや、公的なスポーツの大会などには参加は認められていません。』
『うーん、じゃあ微妙なラインなのかなあ』
『これってある種の詐欺になるんじゃないですか?』
『どうなんでしょうね』
乾いた笑いが漏れた。何も知らない他人が俺を批評し、嗤い、怒る。奏始の音楽は詐欺だったらしい。奏始が人生を賭けてきたものは、この人たちにとって数分で消費されるゴシップでしかないのだと思い知る。
低く唸って、真尋がチャンネルを変えた。映ったのは別のワイドショーで、そこではインタビューが流れていた。今度は思わず声を出して笑う。奏始がΩだと発覚したきっかけは、知り合いが週刊誌に話を持ち込んだという、いかにもよくある話のようだ。そしてその持ち込み主は、同じ工場で働いていたβの女の子だった。事務に携わっていた彼女は、Ωとその他の従業員で態度を大きく変えるタイプだった。奏始も愁も苦手としていたのでなるべく近寄らないようにしていたのだが、まさかこんなところで足を引っ張られるとは思っていなかった。
高く可愛らしい声が奏始を語る。
『いつもαをとっかえひっかえしてて、ちょっと怖いなって思ってたんです。あるとき急に職場を辞めちゃって。今はこんなことしてるなんて思ってもみなかったんです。でもこの前、うーん2週間くらい前かな? 知り合いに連れていってもらったコンサートで見てびっくりしちゃって』
インタビュアーが質問する。
『その時フェロモンは感じましたか?』
『はい。近くにいたαが反応してましたから』
ぶつりと画面が暗転する。奏始の横に立ったままの真尋をそっと見やる。見上げた先の真尋の顔は怒りに歪んでいた。
「クソが。あいつ何回殺してもたりねえ」
「……はは、バレちゃったな」
「……さっきの電話。この前言ってたCMの案件。なかったことにしてくれ、だと」
「ごめ」「謝るな。お前が謝るべきことは何一つない。胸張って笑ってろ。勝手に勘違いしてたのはそっちだろってな」
「……うん、ありがと」
真尋が尋常ではなく怒ってくれている。それだけで少し気持ちがマシになった。でも状況は最悪なままだ。これからどうするの、そう言いかけた時、また真尋の携帯が着信を知らせた。チッとまた大きく舌打ちを響かせて、真尋が部屋を出る。これ以上、奏始に何も聞かせないようにという配慮だろう。少し後、ドア越しに荒げた声が聞こえてきて、また少し笑う。あいつ、出ていった意味ないじゃん。数分経って、戻ってきた真尋は恐ろしいくらいの無表情で、思わず奏始も息を飲んだ。
「明日の朝の生放送」
「ああ」
少し前、奏始と真尋の朝のテレビ番組での演奏のオファーがあった。プロデューサーの人がファンだということで、熱烈な話だったそうだ。その出演が明日の予定だったのだ。きっとそれも今、ダメになったんだろう。
「……今の電話は、俺たちのファンだっていう例のプロデューサーからだった。どうしても出演させたいと粘ってくれたんだそうだ。でも上が日和ったと。で、俺だけならという話になった」
「そっか」
「断ろうとも思ったが止めた。抗議がてら行ってくる」
「……そんな人でも殺しそうな顔で何演奏するつもりだよ。朝だぞ。爽やかに行ってこい」
軽い口調を意識して言うと、真尋の表情が少し和らいだ。そうだ。お前は演奏をやめちゃいけない。例え、俺がここまでだとしても。
「はい、宮瀬です。お世話になっております。……はい。……は?」
いつもの好青年風の整えた声が一転、腹の底を震わせるような低い声に、奏始は飛び上がった。振り仰ぐと、ひどく険しい顔をした真尋がいた。
「……いえ、けっこうです。もう二度とそちらからの案件は受けません。弁護士にも話をさせてもらいますので。失礼します」
「どうした?」
確実に良い内容ではなさそうだ。電話越しにも怒りを露わにする真尋に、そっと問うと、真尋は無言でテレビの電源を入れた。流れるのは適当なワイドショー。画面を見るなり真尋が大きく舌打ちをした。その内容を把握して、奏始も愕然となった。
「は……? なんだよこれ!」
自分と真尋の写真が大きく表示される。テロップには大きな文字で「人気ユニットの真相! Ωピアニストとαヴァイオリニスト!」
は、と声にならない息が漏れた。ああ、バレたのか。どこか他人事のように理解した。テレビの中の芸能人たちが好き勝手に奏始たちを語っていく。
『えー! この二人イケメンで好きだったのに!』
『なんか騙されてた気持ちですよねえ』
『まあでもΩがコンサートをしてはいけないという決まりはありませんからねえ』
『でもコンクールとかオリンピックとか、そういうのって確かでちゃダメでしたよね?』
『はい。Ωはフェロモンの影響を鑑みて、音楽のコンクールや、公的なスポーツの大会などには参加は認められていません。』
『うーん、じゃあ微妙なラインなのかなあ』
『これってある種の詐欺になるんじゃないですか?』
『どうなんでしょうね』
乾いた笑いが漏れた。何も知らない他人が俺を批評し、嗤い、怒る。奏始の音楽は詐欺だったらしい。奏始が人生を賭けてきたものは、この人たちにとって数分で消費されるゴシップでしかないのだと思い知る。
低く唸って、真尋がチャンネルを変えた。映ったのは別のワイドショーで、そこではインタビューが流れていた。今度は思わず声を出して笑う。奏始がΩだと発覚したきっかけは、知り合いが週刊誌に話を持ち込んだという、いかにもよくある話のようだ。そしてその持ち込み主は、同じ工場で働いていたβの女の子だった。事務に携わっていた彼女は、Ωとその他の従業員で態度を大きく変えるタイプだった。奏始も愁も苦手としていたのでなるべく近寄らないようにしていたのだが、まさかこんなところで足を引っ張られるとは思っていなかった。
高く可愛らしい声が奏始を語る。
『いつもαをとっかえひっかえしてて、ちょっと怖いなって思ってたんです。あるとき急に職場を辞めちゃって。今はこんなことしてるなんて思ってもみなかったんです。でもこの前、うーん2週間くらい前かな? 知り合いに連れていってもらったコンサートで見てびっくりしちゃって』
インタビュアーが質問する。
『その時フェロモンは感じましたか?』
『はい。近くにいたαが反応してましたから』
ぶつりと画面が暗転する。奏始の横に立ったままの真尋をそっと見やる。見上げた先の真尋の顔は怒りに歪んでいた。
「クソが。あいつ何回殺してもたりねえ」
「……はは、バレちゃったな」
「……さっきの電話。この前言ってたCMの案件。なかったことにしてくれ、だと」
「ごめ」「謝るな。お前が謝るべきことは何一つない。胸張って笑ってろ。勝手に勘違いしてたのはそっちだろってな」
「……うん、ありがと」
真尋が尋常ではなく怒ってくれている。それだけで少し気持ちがマシになった。でも状況は最悪なままだ。これからどうするの、そう言いかけた時、また真尋の携帯が着信を知らせた。チッとまた大きく舌打ちを響かせて、真尋が部屋を出る。これ以上、奏始に何も聞かせないようにという配慮だろう。少し後、ドア越しに荒げた声が聞こえてきて、また少し笑う。あいつ、出ていった意味ないじゃん。数分経って、戻ってきた真尋は恐ろしいくらいの無表情で、思わず奏始も息を飲んだ。
「明日の朝の生放送」
「ああ」
少し前、奏始と真尋の朝のテレビ番組での演奏のオファーがあった。プロデューサーの人がファンだということで、熱烈な話だったそうだ。その出演が明日の予定だったのだ。きっとそれも今、ダメになったんだろう。
「……今の電話は、俺たちのファンだっていう例のプロデューサーからだった。どうしても出演させたいと粘ってくれたんだそうだ。でも上が日和ったと。で、俺だけならという話になった」
「そっか」
「断ろうとも思ったが止めた。抗議がてら行ってくる」
「……そんな人でも殺しそうな顔で何演奏するつもりだよ。朝だぞ。爽やかに行ってこい」
軽い口調を意識して言うと、真尋の表情が少し和らいだ。そうだ。お前は演奏をやめちゃいけない。例え、俺がここまでだとしても。
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