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Risoluto 〔決然と〕

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番になると何が変わるのか。正直なところ、大きく変わるものは無いと思っていた。番制度というものがあるので、それを役所に届け出るくらいだと。番という契約の恩恵はそんなものだけではないと、今の奏始はひしひしと感じている。番というのは、これほどまでにΩに安定をもたらすのか。

「やばい、体が軽い」

「ん?」

「わかる? この俺の感動」

発情期も明けてしばらく、いまだかつてないくらいに調子がいい。初めて抑制剤無しにヒートを過ごしたからだと思っていたが、どうもそうではないということに気が付いた。番になることで、Ωのフェロモンは番以外のαに影響を及ぼすことはなくなる。それだけではなく、Ω性そのものを安定させるらしい。

「今ならどれだけでもピアノが弾ける」

「それはよかった」

「今作曲したらたぶん底抜けに明るい曲になる」

「思いついたら絶対書いとけよ。後で俺がちゃんと譜面に起こすから」

加えて自覚するくらい精神も安定している。世界の彩度が上がっているようにみえる。まあ、これは奏始が浮かれているからかもしれないけれど。でも、奏始が甘えれば満足そうに全てを受け入れる番がそばにいるのだ。こんなの安心せずにはいられないだろう。
言われた通り、浮かんだ端から音符を走り書きしていると、何やら先ほどから電話に応じていた真尋が戻ってきた。その顔には笑みが浮かんでいる。

「おい、デカい仕事だぞ」

「なに?」

「CM出演が決まった」

「まじ!?」

「まじ。車のCMだと。俺たちが演奏しているところを使いたいんだそうだ」

「え、すごくない?」

「しかもオリジナル曲で、ときた」

「オリジナル……え、まじ?」

「まじ。お前の作った曲でいくぞ」

思考が追いつかなくてマヌケに真尋を見上げていると、両の頬をむぎゅと引っ張られた。伸びた奏始を見て、ははと笑う。

「これが放映されれば絶対に話題になる。コンサートやレコーディング。忙しくなるぞ」

真尋の優秀な頭の中では、もう次に向かって何やら計算が働いているらしい。未だに外では好青年の猫を被るこの男がCMやメディアにもっと出るようになったら。世間は絶対に放っておかないだろう。誰もがきっと真尋に夢中になる。でも真尋はもう奏始のαなのだ。顔もわからない世間に対して優越感に浸る自分は最高に性格が悪い。でも今だけは許してほしい。こんなにふわふわした気分なのは生まれて初めてだから。

「あ、そうだ。お前を家族に紹介してもいいか?」

「え?」

「いや、本当なら番になる前に紹介するもんだとは思うが、なんせ誰かさんのせいでここまで突っ走ってきたからな」

浮かれていたところから急降下。一気に現実に引き戻されて、奏始はこくりと唾をのみ込んだ。自分の気持ちを整理するのに精いっぱいで家族に会う、会わせるという段階を踏まずにすっ飛ばしてしまった。自分の方に、紹介すべき家族がいないというのも、それに思考が及ばなかった要因になってしまったかもしれない。でも相手の家族に挨拶するのは通すべき筋だろう。

「……俺なんかが挨拶にいっても大丈夫なの?」

「いや、大丈夫……ではないな」

「え」

「たぶん囲まれてあいつらが満足するまで帰れないから覚悟しといてくれ。お前は好みドンピシャだろうから」

「は?」

「なんか食べたいものあれば先に言っておけば吐くほどでてくると思うけど、何がいい?」

「え、いやちょっと」

「ああ、兄も姉もαだが心配しなくてもいいぞ。それぞれももう溺愛してる番がいるから」

「それは気になる、じゃなくて!」

なんだかいろいろ情報量が多かったような気がするが一端置いておく。それよりも、ちょっと身構えた自分が心底恥ずかしかった。思い返せば最初から、Ωだということで相手を貶めるような言動を真尋はしてこなかった。その土壌がきっと家族なんだろう。ふわりと胸が温かくなる。自分の大切な人が、大切にされているということは幸せなことなのだと初めて知った。こらえきれず、へらっと笑う奏始に真尋が怪訝そうな顔をする。

「ま、と言っても先にアメリカ公演だな」

「その次の日は日本だし?」

「後から入れたとはいえ無茶すぎたな」

もともと日本でコンサートに呼ばれていて、こちらも了承を返していたのだが、そこにリッキーを経由して声がかかったのだ。以前、フランスで一緒にコンサートをしたうちの一人がアメリカで公演するらしく、それにぜひ奏始たちも、ということだった。どちらも断りがたく、スケジュールを強行することになったのだ。

「練習するか」

「あ、俺2曲目と3曲目入れ替えたい」

「はあ? あの順番だからいいんだろうが」

「入れ替えた方がもっといい」

番になっても変わらないことが一つ。互いの音楽については譲らないこと。でもこれが幸せなんだから、きっとこれは変わらなくていいんだろう。
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