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Calando 〔和らいで〕
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奏始はあまり酒に強くない。それがわかったのは最近のことだ。思考を飛ばすということは余りないが、その代わり足元がおぼつかなくなる。それが心配で飲み会、コンサートの後にはよくある、の日は真尋のマンションに泊めるのが常だ。
今日もその予定だった。演奏家が数名集められた今回のコンサートだったが、間違いなく真尋たちが一番良い演奏をしていたと言える。奏始もそうだったのだろうか、いつもより速いペースで飲んでいたようだった。
「帰るぞ。俺ん家でいいだろ?」
「……いや、自分の家に帰る」
「は?」
いつもと異なる返答に真尋は眉を寄せた。ふらふらのくせして何を言い出すんだ。いや、それよりも、この表情はなんだ。
「ついてきて」
「は? ああ、いや、元から送っていくつもりではあるが」
「よし」
真面目くさった顔で頷いて、奏始はさっさと歩きだす。その足取りは確かだ。
「お前、酔ってたんじゃないのかよ」
「醒めた」
「なんで」
「タクシー? 電車?」
「……タクシー」
「おし」
理由は言わないつもりらしい。不自然に目が合わない。
真尋は今まで奏始の家に行ったことはない。愛しい男の家だ。行ってみたいという気持ちがないわけではなかった。しかし、狭いし楽器も弾けない、何にもない。そう言って困ったように笑うのを押し切ってまで行くのも気が引けた。それが、今夜急に真尋を招く気になったらしい。一体何を考えているのだろうか。
先導されて辿り着いたのは、なんと言うか、率直に言ってかなり古びたアパートだった。錆ついたむき出しの鉄階段が月明かりに鈍く浮かんでいる。その階段をカンカンと音を立てて登って、奏始は後ろを歩く真尋を振り返った。その表情はやはり真面目くさっている。
「何にもないからね」
念押しするようにそう言って、奏始は鍵をカチリと回した。
奏始の部屋に足を踏み入れて、ぐるりと中を見渡して真尋は「へえ」と呟いた。
「なんだよ、言えよ」
「じゃあ遠慮なく。散らかってんな、この部屋」
「うるせえよ!」
「お前が言えって言ったんだろ。……お前ってもしかして片付け苦手なタイプ? そういえばうち来てる時も整理整頓してなかったか……」
何か知らないが緊張している奏始を緩ませたくて、軽口を叩いてみる。電気をつけても薄暗い小さな部屋。キッチンも、ダイニングも、ベッドも。全てが小さな1つの空間に収まっている。築何年なんだろうか。古びた水道からは、ぽつりぽつりとゆっくりと水滴が滲みだしていた。ぶつぶつ言いながらエアコンを操作する奏始を窺う。夏宵の熱のこもった空気が動き始める。
なぜ自分は今夜、ここに案内されたのか。何か伝えたいことがあるからの行動だろうとは思う。口を開くまで待つのが吉か。それとも敢えてつっこんでみるのが吉か。思案しながら、真尋はもう一度ぐるりと部屋を見渡して、はたと気がつく。よくよく見てみれば、物自体は何もない。必要最低限のものがぎゅっと並んでいるだけで、例えば本だとか、写真だとか。そういう生存に必要のない、でも大多数の生活の中に普通にあるようなものは少しもなかった。散らかっているように見えたのは、床に無数の紙が散乱していたからだ。真っ白い紙もあれば、広告のようなものもある。一枚、近所のスーパーだろうチラシを拾い上げて、何気なく裏返して、そこにあったものに真尋は思わず息を飲んだ。更に一枚、もう一枚と手の届く範囲のものを拾い集める。それらにびっしりと書かれていたのは音符。几帳面に定規か何かで引かれた線に、適当に塗りつぶされた音部が並んでいる。まるで書く手が追いつかないというように殴り書きにされたそれらは楽譜だった。
「お前これ……」
隅の方にページ番号が書かれているのに気が付いて、手の中の楽譜を床に並べてみる。気が急いて、思うように手が動かない。ピアノとヴァイオリンの譜面が並んでいく。ざっと目で追いながら、自分の呼吸が浅くなるのがわかった。早く弾きたいと思った。この曲を弾くならどんな表現にするだろうか。今までの演奏を超えるものになるという確信があった。
「これ全部お前が書いた楽譜か?」
「うん。……生きてると、ずっと曲が聞こえるんだ。生活の全てに音がある。譜面に起こして、自分で弾いて。弾き終わったら捨ててをずっと繰り返してきたんだけど、最近はさ、ヴァイオリンの音も聞こえるようになったんだ。前まではピアノだけだった。だから、ああ香坂に弾いてほしいなって思って。そっから……」
思わず目の前の男をかき抱いた。心臓が痛い。何もないこの部屋で、奏始はただ己の音を孤独に追っていたのだろう。そこにお前を受け入れたのだと言われて、それを差し出されて、何も感じない者なんかいるか。こみ上げてくるのが涙だか、愛しさだか分からなくなって、真尋はたまらなくなった。
「俺さ、ずっと自分のこと嫌いだったんだ。Ωでいるのってしんどいんだよ。フェロモンとかヒートのことはもちろん。コンクールには出られないし、スポーツの大会だってエントリーすらできない。働けるのはΩ雇用があるところか風俗がほとんど。いくら頭が良くたって、運動が出来たって何にもできない。何かが得意だとか、好きだとか、そういうことって自分を苦しめる要素にしかならない」
真尋の胸元をぐっと握りしめて、奏始はくぐもった声で語った。
「音楽が好きで、ピアノが好き。ずっとそれだけで生きていきたいと思ってたけど、そんなの叶いっこないって。でも……お前に会った」
「うん」
「無理だって言ってんのに一緒に世界一目指そうとか意味わかんないこと言って、でも本当にコンサートとか出れるようになってさ。挙句の果てに俺のこと好きだとか言い出すし。俺はΩもαも大嫌いで誰とも恋なんかしないし、番にもならないとか密かに覚悟決めてたのに、そんなん全部ぶっとばされたし」
「……うん」
「Ωにとって自分のテリトリーにαを入れるってマジのマジに信頼してないとできないことなのわかってる?」
「……すまん。わかってなかった」
「だろうな。不思議そうな顔してついてきやがって」
「ごめん」
「責任とって俺と番になって」
「うん……うん?」
「だからあ、俺のモンになれって言ってんの!」
思わず体を離そうとすると、奏始が反対にぐっと真尋にしがみついてくる。何が何でも顔を上げないつもりらしい。それでも赤く染まった頬を耳が見えて、真尋は思い切りそこに噛り付きたいような心地を覚えた。
「あーだめだ。俺、ちょっとおかしくなりそう」
「は?」
「お前が可愛くて変になる」
「壊れた?」
「なんでそんな男前なんだ? あー、一生適う気がしない」
「何と戦ってんだよ」
「過去の話とか、バースについていろいろ思ってることとか。追々聞いていこうとか思ってた訳だよ、俺は。で、いろいろ整理がついたら番にしてほしいって改めてプロポーズするかとか考えてた訳。反省してる。俺は甘かった。相手はお前だもんなあ。のんきにそんなこと考えてる暇なんか無いって」
「ディスってる?」
「愛してるっていってんだよ」
腕の中の存在を抱え直して、真尋はうなじに唇を触れさせた。ぴくりと奏始の体が揺れる。それでも真尋の拘束から抜け出そうとはせず、むしろ甘えるようにすり、と額が擦りつけられた。そのことに自分が満たされていくのがわかる。
「……俺はお前と番になりたい。一生そばにいさせてほしい。でも番になったら、何があっても離せない。離れようもんならお前を殺して俺も死ぬくらいは、たぶんする」
「物騒だな」
「俺と番になってくれないか?」
「それを聞いて躊躇いなく番になりたいって思う俺も大概物騒だから、いいよ」
目が熱くなるのを感じて、真尋はゆっくりと息を吐いた。ふわりと奏始から香るレモンが身を包む。甘く優しい、でもさっぱりとしたフェロモンの香り。意識すればあちこちから漂うそれに、体に熱が灯りそうになって、真尋はそっと自らの気を反らした。
「……なんで急にその気になったんだ? ついこの前まで番の話は避けてたくせに」
「……待ってくれてたから。踏み込まずに待ってくれてただろ。いろんなこと。音楽のことに関しては強引なくせにさ。いや、けっこう滲みでてたというか、駄々洩れではあったけど。やたらとうなじ触りたがるし、俺にマーキングで匂いつけるし」
「あー、すまん」
意識的にやっていた部分と、無意識にやってしまっていた部分と。半々ぐらいだろうか。αはその本能的な性質として執着心が強い。これと定めたΩが自分の番になっていないのは実はかなり精神的に負荷がかかる状況だったりする。
「うん。分かってたから。α的にはけっこうストレスだったんだろ。だから申し訳ないなってずっと思ってたんだけど、心の整理がつかなくて。でもそんなストレスかかってまで俺の意思を大事にしてくれるんだなって思ったら、なんかもうどうでもよくなった」
「投げやりだな」
「いや、最高にプラスの投げやりだから。なんか悩んでんの馬鹿らしくなったんだよ。これでも初恋だったし、お前の横に立つのが俺みたいなクソ底辺出身のΩでいいのかとかぐるぐる考えてたんだけどさ」
「待て、初恋? 俺が?」
「今そこどうでもいい! ともかく! お互いに好きなんだったらもう番になればいいじゃんって思ったの! 以上!」
いつまでだって待つつもりだった。自分の意思で真尋を番にしたいと思ってくれるまで何度だって愛を伝えようと思っていたし、信頼してもらえるように過ごしていこうと思っていた。それがきちんと伝わっていたことに、体から力が抜けるようだった。いつだって真尋は己のΩには勝てないようだ。抱きかかえたまま後ろに体を倒すと、抵抗なく奏始は真尋の隣に横たわった。そのことに、また言葉にし得ないこそばゆさを感じる。
「次のヒートいつだ?」
「んー。3日後」
「は!?」
うなじを噛むことでαとΩは番になれる。いつでも出来るのだが、確実なのは発情期の性交時だ。次のヒートに備えるか、と思ったら爆弾が落とされた。ああ、もう、ほんとうに気が抜けない。最初から確信犯だったのだろう。奏始はいたずらが成功したという顔で笑っている。その肩を引っ掴んで、真尋は首筋に歯を立てた。ぎゃあと色気のない声があがる。顔を話すと、そこにはくっきりと歯型がついていた。少し満足して眺めていると、思い切り頭突きをくらって、真尋は呻く羽目になった。
今日もその予定だった。演奏家が数名集められた今回のコンサートだったが、間違いなく真尋たちが一番良い演奏をしていたと言える。奏始もそうだったのだろうか、いつもより速いペースで飲んでいたようだった。
「帰るぞ。俺ん家でいいだろ?」
「……いや、自分の家に帰る」
「は?」
いつもと異なる返答に真尋は眉を寄せた。ふらふらのくせして何を言い出すんだ。いや、それよりも、この表情はなんだ。
「ついてきて」
「は? ああ、いや、元から送っていくつもりではあるが」
「よし」
真面目くさった顔で頷いて、奏始はさっさと歩きだす。その足取りは確かだ。
「お前、酔ってたんじゃないのかよ」
「醒めた」
「なんで」
「タクシー? 電車?」
「……タクシー」
「おし」
理由は言わないつもりらしい。不自然に目が合わない。
真尋は今まで奏始の家に行ったことはない。愛しい男の家だ。行ってみたいという気持ちがないわけではなかった。しかし、狭いし楽器も弾けない、何にもない。そう言って困ったように笑うのを押し切ってまで行くのも気が引けた。それが、今夜急に真尋を招く気になったらしい。一体何を考えているのだろうか。
先導されて辿り着いたのは、なんと言うか、率直に言ってかなり古びたアパートだった。錆ついたむき出しの鉄階段が月明かりに鈍く浮かんでいる。その階段をカンカンと音を立てて登って、奏始は後ろを歩く真尋を振り返った。その表情はやはり真面目くさっている。
「何にもないからね」
念押しするようにそう言って、奏始は鍵をカチリと回した。
奏始の部屋に足を踏み入れて、ぐるりと中を見渡して真尋は「へえ」と呟いた。
「なんだよ、言えよ」
「じゃあ遠慮なく。散らかってんな、この部屋」
「うるせえよ!」
「お前が言えって言ったんだろ。……お前ってもしかして片付け苦手なタイプ? そういえばうち来てる時も整理整頓してなかったか……」
何か知らないが緊張している奏始を緩ませたくて、軽口を叩いてみる。電気をつけても薄暗い小さな部屋。キッチンも、ダイニングも、ベッドも。全てが小さな1つの空間に収まっている。築何年なんだろうか。古びた水道からは、ぽつりぽつりとゆっくりと水滴が滲みだしていた。ぶつぶつ言いながらエアコンを操作する奏始を窺う。夏宵の熱のこもった空気が動き始める。
なぜ自分は今夜、ここに案内されたのか。何か伝えたいことがあるからの行動だろうとは思う。口を開くまで待つのが吉か。それとも敢えてつっこんでみるのが吉か。思案しながら、真尋はもう一度ぐるりと部屋を見渡して、はたと気がつく。よくよく見てみれば、物自体は何もない。必要最低限のものがぎゅっと並んでいるだけで、例えば本だとか、写真だとか。そういう生存に必要のない、でも大多数の生活の中に普通にあるようなものは少しもなかった。散らかっているように見えたのは、床に無数の紙が散乱していたからだ。真っ白い紙もあれば、広告のようなものもある。一枚、近所のスーパーだろうチラシを拾い上げて、何気なく裏返して、そこにあったものに真尋は思わず息を飲んだ。更に一枚、もう一枚と手の届く範囲のものを拾い集める。それらにびっしりと書かれていたのは音符。几帳面に定規か何かで引かれた線に、適当に塗りつぶされた音部が並んでいる。まるで書く手が追いつかないというように殴り書きにされたそれらは楽譜だった。
「お前これ……」
隅の方にページ番号が書かれているのに気が付いて、手の中の楽譜を床に並べてみる。気が急いて、思うように手が動かない。ピアノとヴァイオリンの譜面が並んでいく。ざっと目で追いながら、自分の呼吸が浅くなるのがわかった。早く弾きたいと思った。この曲を弾くならどんな表現にするだろうか。今までの演奏を超えるものになるという確信があった。
「これ全部お前が書いた楽譜か?」
「うん。……生きてると、ずっと曲が聞こえるんだ。生活の全てに音がある。譜面に起こして、自分で弾いて。弾き終わったら捨ててをずっと繰り返してきたんだけど、最近はさ、ヴァイオリンの音も聞こえるようになったんだ。前まではピアノだけだった。だから、ああ香坂に弾いてほしいなって思って。そっから……」
思わず目の前の男をかき抱いた。心臓が痛い。何もないこの部屋で、奏始はただ己の音を孤独に追っていたのだろう。そこにお前を受け入れたのだと言われて、それを差し出されて、何も感じない者なんかいるか。こみ上げてくるのが涙だか、愛しさだか分からなくなって、真尋はたまらなくなった。
「俺さ、ずっと自分のこと嫌いだったんだ。Ωでいるのってしんどいんだよ。フェロモンとかヒートのことはもちろん。コンクールには出られないし、スポーツの大会だってエントリーすらできない。働けるのはΩ雇用があるところか風俗がほとんど。いくら頭が良くたって、運動が出来たって何にもできない。何かが得意だとか、好きだとか、そういうことって自分を苦しめる要素にしかならない」
真尋の胸元をぐっと握りしめて、奏始はくぐもった声で語った。
「音楽が好きで、ピアノが好き。ずっとそれだけで生きていきたいと思ってたけど、そんなの叶いっこないって。でも……お前に会った」
「うん」
「無理だって言ってんのに一緒に世界一目指そうとか意味わかんないこと言って、でも本当にコンサートとか出れるようになってさ。挙句の果てに俺のこと好きだとか言い出すし。俺はΩもαも大嫌いで誰とも恋なんかしないし、番にもならないとか密かに覚悟決めてたのに、そんなん全部ぶっとばされたし」
「……うん」
「Ωにとって自分のテリトリーにαを入れるってマジのマジに信頼してないとできないことなのわかってる?」
「……すまん。わかってなかった」
「だろうな。不思議そうな顔してついてきやがって」
「ごめん」
「責任とって俺と番になって」
「うん……うん?」
「だからあ、俺のモンになれって言ってんの!」
思わず体を離そうとすると、奏始が反対にぐっと真尋にしがみついてくる。何が何でも顔を上げないつもりらしい。それでも赤く染まった頬を耳が見えて、真尋は思い切りそこに噛り付きたいような心地を覚えた。
「あーだめだ。俺、ちょっとおかしくなりそう」
「は?」
「お前が可愛くて変になる」
「壊れた?」
「なんでそんな男前なんだ? あー、一生適う気がしない」
「何と戦ってんだよ」
「過去の話とか、バースについていろいろ思ってることとか。追々聞いていこうとか思ってた訳だよ、俺は。で、いろいろ整理がついたら番にしてほしいって改めてプロポーズするかとか考えてた訳。反省してる。俺は甘かった。相手はお前だもんなあ。のんきにそんなこと考えてる暇なんか無いって」
「ディスってる?」
「愛してるっていってんだよ」
腕の中の存在を抱え直して、真尋はうなじに唇を触れさせた。ぴくりと奏始の体が揺れる。それでも真尋の拘束から抜け出そうとはせず、むしろ甘えるようにすり、と額が擦りつけられた。そのことに自分が満たされていくのがわかる。
「……俺はお前と番になりたい。一生そばにいさせてほしい。でも番になったら、何があっても離せない。離れようもんならお前を殺して俺も死ぬくらいは、たぶんする」
「物騒だな」
「俺と番になってくれないか?」
「それを聞いて躊躇いなく番になりたいって思う俺も大概物騒だから、いいよ」
目が熱くなるのを感じて、真尋はゆっくりと息を吐いた。ふわりと奏始から香るレモンが身を包む。甘く優しい、でもさっぱりとしたフェロモンの香り。意識すればあちこちから漂うそれに、体に熱が灯りそうになって、真尋はそっと自らの気を反らした。
「……なんで急にその気になったんだ? ついこの前まで番の話は避けてたくせに」
「……待ってくれてたから。踏み込まずに待ってくれてただろ。いろんなこと。音楽のことに関しては強引なくせにさ。いや、けっこう滲みでてたというか、駄々洩れではあったけど。やたらとうなじ触りたがるし、俺にマーキングで匂いつけるし」
「あー、すまん」
意識的にやっていた部分と、無意識にやってしまっていた部分と。半々ぐらいだろうか。αはその本能的な性質として執着心が強い。これと定めたΩが自分の番になっていないのは実はかなり精神的に負荷がかかる状況だったりする。
「うん。分かってたから。α的にはけっこうストレスだったんだろ。だから申し訳ないなってずっと思ってたんだけど、心の整理がつかなくて。でもそんなストレスかかってまで俺の意思を大事にしてくれるんだなって思ったら、なんかもうどうでもよくなった」
「投げやりだな」
「いや、最高にプラスの投げやりだから。なんか悩んでんの馬鹿らしくなったんだよ。これでも初恋だったし、お前の横に立つのが俺みたいなクソ底辺出身のΩでいいのかとかぐるぐる考えてたんだけどさ」
「待て、初恋? 俺が?」
「今そこどうでもいい! ともかく! お互いに好きなんだったらもう番になればいいじゃんって思ったの! 以上!」
いつまでだって待つつもりだった。自分の意思で真尋を番にしたいと思ってくれるまで何度だって愛を伝えようと思っていたし、信頼してもらえるように過ごしていこうと思っていた。それがきちんと伝わっていたことに、体から力が抜けるようだった。いつだって真尋は己のΩには勝てないようだ。抱きかかえたまま後ろに体を倒すと、抵抗なく奏始は真尋の隣に横たわった。そのことに、また言葉にし得ないこそばゆさを感じる。
「次のヒートいつだ?」
「んー。3日後」
「は!?」
うなじを噛むことでαとΩは番になれる。いつでも出来るのだが、確実なのは発情期の性交時だ。次のヒートに備えるか、と思ったら爆弾が落とされた。ああ、もう、ほんとうに気が抜けない。最初から確信犯だったのだろう。奏始はいたずらが成功したという顔で笑っている。その肩を引っ掴んで、真尋は首筋に歯を立てた。ぎゃあと色気のない声があがる。顔を話すと、そこにはくっきりと歯型がついていた。少し満足して眺めていると、思い切り頭突きをくらって、真尋は呻く羽目になった。
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