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番外編 そして来る春
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ドアを開けると同時にスマホに通知が入った。
画面を確認すると、「もうすぐ帰る」という真貴さんからのメッセージだった。律儀な人だ。自然と頬が緩む。
荷物を抱え直して部屋の中に入ると、中はもう真っ暗だった。冬の夜は早い。家主のいない部屋は底の方から冷えていた。
買ってきた物を降ろして、電気と暖房をつけて回る。リビングに寝室。一人暮らしのくせに無駄に広い部屋にはもう慣れた。
寒さでかじかんだ指先を擦りながら、真貴さんに言われて買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
牛乳、ベーコン、ブロッコリー。きれいに整頓された冷蔵庫を崩さないように入れていく。野菜室には数本残った人参があった。そういえば、今日の夕飯になるだろう食材をおつかいしてきたものの、真貴さんからメニューを聞いていない。おつかいの内容を見る限り、今夜はシチューだろうか。俺のほうが先に帰ってきているから先に作り始めてもいいのだが、真貴さんがあえてメッセージを入れてきたということから察して、俺はキッチンを離れた。この家で基本的に俺は料理をしない。真貴さんがやりたがるからだ。その他の家事なんかも俺がやろうとすると取り上げられることが多い。Subにやらせて、自分がただ座っていることが落ち着かないらしい。Domの性質には確かに「甘やかしたい」というものがあるが、ここまでドロドロにSubを甘やかすDomは珍しい。その性質故にSubを壊してしまうことも少なくない最高位のDomのくせに、真貴さんの愛はまるで砂糖漬けのように甘くて重い。でもそれが心地良いと感じる俺もまたSubなのだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
部屋に入ってきた真貴さんがラグに座る俺を見て一瞬目を丸くした。そしてふっと微笑む。
「commandも出してないのにkneelして待っててくれたのか? いい子だな、灯李」
大きな手が髪をかきまわす。その感触に目を細めた。
「真貴さん、俺ちゃんとおつかいしてきた」
「ん。ちょっと待て」
褒めてほしくてそう言うと、真貴さんは冷蔵庫に向かっていった。確認するように中を覗き込んで、すぐに戻ってくる。
「ちゃんと言ったやつ全部買えてたな。good boy」
ふわふわとした多幸感に包まれて、体が温かくなる。できて当たり前のおつかいだが、真貴さんなら褒めてくれると期待して待っていたのだ。もっと褒めてほしい。もっとcommandがほしい。もぞもぞと身動ぐと、真貴さんが笑った。
「溶けかけてるとこ悪いが先に夕飯だな。待てるな? 灯李、waitだ」
コクコクと頷く。お預けだといいながら、waitのcommandをくれる真貴さんが好きだ。キッチンに去っていく真貴さんの背中を見つめて、ほうとため息をついた。
こうして直接会ってplayをするのは久しぶりだ。大学に通う真貴さんと、高校で寮生活をする俺ではなかなか気軽に会えないのが現状。電話やメッセージのやり取りはしているが、それらではダイナミクスの欲求をある程度誤魔化すことはできても完全に満たすことはできない。そして昨日から冬休みに入った俺は真貴さんのところにすっ飛んできたのだ。冬休み中はずっと真貴さんのマンションに滞在する予定だ。ちなみに三咲も似たようなもので、なんなら彼は昨日から結城先輩のところだ。
「灯李、come」
呼ばれて、はっと我に返る。すっかり気が抜けていた。パートナーがそばにいることはこんなにも安心するものなのか。というか、久しぶりすぎて少しのplayのやり取りだけでspaceに入りかけているようだ。気づかないようにしていたものの、そこそこな欲求不満の状態にあったらしい。たったいくつかのcommandとrewardだけでこれでは、本格的にplayすればどうなってしまうのだろう。体が勝手に期待を始める。体の芯が確かに熱を持ちかけて、俺は慌てて真貴さんの側によった。
真貴さんが作ってくれたのは予想通りシチューだった。牛乳たっぷりで作られたシチューは甘くて濃厚で冬の夜にぴったりだ。
「熱くないか?」
「うん。大丈夫」
パートナーに物を食べさせる行為を餌付けという。Domがよく行う行動の一つだ。真貴さんも多分に漏れず、家で食事を取るときはこれをやりたがる。
真貴さんが口に運んでくれるスプーンには俺が溢さないちょうどよい量が乗っている。タイミングも何もかもぴったり。次はあれが食べたいなと思えば、何も言わずともそれが口に運ばれてくる。そんなに顔に出るほうではないと思うのだが、どうにも真貴さんには全部伝わってしまうらしい。
夕飯を終えると、まったりとした時間が訪れる。俺の定位置は真貴さんの足元のラグだ。Domよりも目線が下にあることが落ち着くのはSubの性だ。以前は心底嫌だったこの性も、目線は違っても心は平等なのだと真貴さんが信じさせてくれるおかげで今は受け入れられている。
なんとなくもっとくっつきたくて、少し開かれた足の間に体を捩じ込むと、真貴さんは笑って俺を受け入れてくれた。高い位置にある顔を見上げる。太ももに頭を預けているせいで斜めになった視界でも、真貴さんと顔は完璧に整って見える。
「どうした?」
「……イケメンだなぁって」
「なんだそれ」
顎下を長い指がくすぐる。もっとやって、と顔を上げて首を晒すと指先がチョーカーにかかった。チョーカーの縁を撫で、その下に滑り込む。皮の感触に慣れたそこは、指の温かい感触を敏感に伝えて、俺はピクリと背を震わせた。それを見て真貴さんが目を細める。
「今日はずいぶん甘えただな、灯李。いい子だ」
「いい子?」
「あぁ。嬉しい」
心底好きだなぁと思う。思うだけでなく、口から出てしまっていたらしい。真貴さんがまた楽しそうに目を細めた。
俺が甘えることを言葉にして肯定してくれるから、際限なく甘えてしまいそうになる。そしてそれさえも真貴さんは肯定してくれるから、俺はそのうち本当にダメ人間になってしまいそうだ。
「ダメ人間になりそう。真貴さん、ダメ人間製造は違法だから止めません?」
「嫌だ」
シンプルな返事に笑うと、キスが降ってきた。チュッと音を立てて、唇が離れていく。名残惜しく目で追うと、うなじを撫でていた指が唇に触れた。
「冬休みの課題は?」
「全部終わらせました」
「早いな」
「真貴さんといるのに宿題してるのもったいないでしょ」
「そうか。ありがとう」
「あは、ありがとうなんだ」
「俺と一緒にいるために早く終わらせてくれたんだろう?」
「うん」
頬に触れる手にすり寄ると、手のひらが頬をむにむにと揉むように動く。
「真貴さんは? 大学って冬休みの課題とかあるんですか?」
「いや、特にないはずだ」
「へぇ~。じゃあ時間たくさんある?」
「あぁ。明日はどこか行くか」
「真貴さんの車で?」
「ん。じゃあ車で行こう」
大学1年生の真貴さんは授業で日々忙しそうにしている。真貴さんの実家は会社を経営しているのだが、お兄さんが後を継ぐ予定らしい。一度だけ会ったが、かなりキャラの濃いパワフルな人だった。真貴さんは卒業後はそのお兄さんの補佐につくか、自分で起業しようか今はまだ迷っているらしい。そのためにたくさんのことを勉強し、そして交友を広げている。バイトをしてみたりもしているそうで、いろんな話を聞かせてくれる。
「バイトは?」
「冬休みの間は入れてない」
「そっか」
もしかしなくとも、俺といるためだろう。俺が高校を卒業するまでの間は、こうして二人でいられる時間はとても少ない。その時間を真貴さんが同じように大切に思ってくれていることが、申し訳なくもありながら、やっぱり嬉しい。
「……そう言えば進路は決まったのか? 悩んでたろ」
「う~。一応提出はしました……一応……」
高校2年も、もう終わる。進路をそろそろ定めて目標に向かって勉強しなければならない時が迫っていた。冬休み前には進路調査もあった。文系を選択している俺は、選べる大学の幅自体は広い。その広さが故に、自分が何になりたいのか俺はずっと迷っていた。でも、迷いの中でずっと心に浮かんでいた選択肢がある。
「……やっぱ教師になりたいなって」
「そうか」
真貴さんは静かに返事をくれる。先を促すような雰囲気に押されて、悩みながら口を開く。
「学校ってあんまり好きな場所じゃなかったんです。Subにとってダイナミクスがバラバラ、しかも大勢の人が一緒に狭い空間に詰め込まれるあの場所って居心地のいい場所じゃないから。……特にあの事件以降は大嫌いだった。でも、今はそれだけじゃないってわかったんです」
大切な人を見つけた。真貴さんと、三咲と、木島。その他にもたくさんの先輩や友人たちと出会えた。ただ居心地の悪い場所なのではないと知れた。
「あの事件の後、学校の中で誰も俺の気持ちをわかってくれなかった。……Subであることを理解できる人がいなかったんです。誰も悪くない。ただダイナミクスを知らない人が多かっただけですけどね」
今俺が通う学園は特殊な場所だ。ダイナミクスへの対策がしっかりとなされ、教師もDomとSubについて理解が深い。それがきちんと生徒たちにも伝えられている。この環境があれば、俺の過去はもっと違うものだったのかもしれない。今更恨み言を言う気はない。でも、何もせずにいられる訳でもない。
教師の中にSubはほとんどいない。生徒の中にはDomもいるため、Subでは統率が困難な場合があるからだ。それにSubの性質、支配されたいという根本が学級のリーダーである教師という立場にあまりマッチしていないのだ。
でも……それでも俺はどうしてもこの将来を考えることを捨てられない。
「俺は、俺みたいな生徒の避難場所になれたらいいなと思うんです。自己満足かもしれないですけどね。でも、Subである俺が出来ることもあるのかなって。それに幸いにも俺は真貴さんっていあ最強で最高のパートナーがいるから、そんじょそこらのDomには負けない自信があるので!」
「……灯李ならいい教師になれるな」
「ふは、ありがとうございます」
不安はある。いい教師になれるのか。本当にやっていけるのか。だからこの先もずっと迷い続けるだろう。でも真貴さんが側にいてくれるならきっと大丈夫だと思う。この人は俺の絶対的な味方だとわかっているから、俺は安心して先へ進むことが出来るのだ。
「……真貴さん、好きです」
「愛してる」
「あ、ずるい。俺も愛してます」
言い終わるや否や、降ってきたキスに呼吸を食べられた。熱い舌が絡む。
「ん。……灯李、いいか?」
playが始まる合図。これから始まる事への期待で体が熱くなる。
「いいですけど、明日遊びに行くんだから手加減してくださいね」
「善処する」
「しないやつだ」
にやにやと笑うと、無言の真貴さんに抱き上げられた。追求するなと言うことらしい。笑いながら、近くなった首筋に額をぐりぐりと擦り付けると真貴さんが喉の奥で低く笑う。
「明日、動けるといいな」
非情な宣言に動きを止めた俺を抱いたまま、真貴さんはスタスタと寝室へ向かう。バタバタと足を揺らして抵抗しても、その腕はびくともしないどころか笑っていなされた。
「灯李、say。どうされたい?」
「うぅ~ズルい……」
「灯李」
「……愛して、もっと」
「……good boy 」
嬉しい。好き。愛しい。もっと。もどかしいぐらいの幸せが体の奥から湧き上がってきて、俺は真貴さんに手を伸ばす。真貴さんはしっかりとそれを受け止めて、指を絡めてくれた。
もっとと言えば、真貴さんは俺に際限なく与えてくれる。だから俺ももっと真貴さんにあげたい。そうすれば二人で幸せになれるから。
うるさいくらいの愛を、あなたに。
画面を確認すると、「もうすぐ帰る」という真貴さんからのメッセージだった。律儀な人だ。自然と頬が緩む。
荷物を抱え直して部屋の中に入ると、中はもう真っ暗だった。冬の夜は早い。家主のいない部屋は底の方から冷えていた。
買ってきた物を降ろして、電気と暖房をつけて回る。リビングに寝室。一人暮らしのくせに無駄に広い部屋にはもう慣れた。
寒さでかじかんだ指先を擦りながら、真貴さんに言われて買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
牛乳、ベーコン、ブロッコリー。きれいに整頓された冷蔵庫を崩さないように入れていく。野菜室には数本残った人参があった。そういえば、今日の夕飯になるだろう食材をおつかいしてきたものの、真貴さんからメニューを聞いていない。おつかいの内容を見る限り、今夜はシチューだろうか。俺のほうが先に帰ってきているから先に作り始めてもいいのだが、真貴さんがあえてメッセージを入れてきたということから察して、俺はキッチンを離れた。この家で基本的に俺は料理をしない。真貴さんがやりたがるからだ。その他の家事なんかも俺がやろうとすると取り上げられることが多い。Subにやらせて、自分がただ座っていることが落ち着かないらしい。Domの性質には確かに「甘やかしたい」というものがあるが、ここまでドロドロにSubを甘やかすDomは珍しい。その性質故にSubを壊してしまうことも少なくない最高位のDomのくせに、真貴さんの愛はまるで砂糖漬けのように甘くて重い。でもそれが心地良いと感じる俺もまたSubなのだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
部屋に入ってきた真貴さんがラグに座る俺を見て一瞬目を丸くした。そしてふっと微笑む。
「commandも出してないのにkneelして待っててくれたのか? いい子だな、灯李」
大きな手が髪をかきまわす。その感触に目を細めた。
「真貴さん、俺ちゃんとおつかいしてきた」
「ん。ちょっと待て」
褒めてほしくてそう言うと、真貴さんは冷蔵庫に向かっていった。確認するように中を覗き込んで、すぐに戻ってくる。
「ちゃんと言ったやつ全部買えてたな。good boy」
ふわふわとした多幸感に包まれて、体が温かくなる。できて当たり前のおつかいだが、真貴さんなら褒めてくれると期待して待っていたのだ。もっと褒めてほしい。もっとcommandがほしい。もぞもぞと身動ぐと、真貴さんが笑った。
「溶けかけてるとこ悪いが先に夕飯だな。待てるな? 灯李、waitだ」
コクコクと頷く。お預けだといいながら、waitのcommandをくれる真貴さんが好きだ。キッチンに去っていく真貴さんの背中を見つめて、ほうとため息をついた。
こうして直接会ってplayをするのは久しぶりだ。大学に通う真貴さんと、高校で寮生活をする俺ではなかなか気軽に会えないのが現状。電話やメッセージのやり取りはしているが、それらではダイナミクスの欲求をある程度誤魔化すことはできても完全に満たすことはできない。そして昨日から冬休みに入った俺は真貴さんのところにすっ飛んできたのだ。冬休み中はずっと真貴さんのマンションに滞在する予定だ。ちなみに三咲も似たようなもので、なんなら彼は昨日から結城先輩のところだ。
「灯李、come」
呼ばれて、はっと我に返る。すっかり気が抜けていた。パートナーがそばにいることはこんなにも安心するものなのか。というか、久しぶりすぎて少しのplayのやり取りだけでspaceに入りかけているようだ。気づかないようにしていたものの、そこそこな欲求不満の状態にあったらしい。たったいくつかのcommandとrewardだけでこれでは、本格的にplayすればどうなってしまうのだろう。体が勝手に期待を始める。体の芯が確かに熱を持ちかけて、俺は慌てて真貴さんの側によった。
真貴さんが作ってくれたのは予想通りシチューだった。牛乳たっぷりで作られたシチューは甘くて濃厚で冬の夜にぴったりだ。
「熱くないか?」
「うん。大丈夫」
パートナーに物を食べさせる行為を餌付けという。Domがよく行う行動の一つだ。真貴さんも多分に漏れず、家で食事を取るときはこれをやりたがる。
真貴さんが口に運んでくれるスプーンには俺が溢さないちょうどよい量が乗っている。タイミングも何もかもぴったり。次はあれが食べたいなと思えば、何も言わずともそれが口に運ばれてくる。そんなに顔に出るほうではないと思うのだが、どうにも真貴さんには全部伝わってしまうらしい。
夕飯を終えると、まったりとした時間が訪れる。俺の定位置は真貴さんの足元のラグだ。Domよりも目線が下にあることが落ち着くのはSubの性だ。以前は心底嫌だったこの性も、目線は違っても心は平等なのだと真貴さんが信じさせてくれるおかげで今は受け入れられている。
なんとなくもっとくっつきたくて、少し開かれた足の間に体を捩じ込むと、真貴さんは笑って俺を受け入れてくれた。高い位置にある顔を見上げる。太ももに頭を預けているせいで斜めになった視界でも、真貴さんと顔は完璧に整って見える。
「どうした?」
「……イケメンだなぁって」
「なんだそれ」
顎下を長い指がくすぐる。もっとやって、と顔を上げて首を晒すと指先がチョーカーにかかった。チョーカーの縁を撫で、その下に滑り込む。皮の感触に慣れたそこは、指の温かい感触を敏感に伝えて、俺はピクリと背を震わせた。それを見て真貴さんが目を細める。
「今日はずいぶん甘えただな、灯李。いい子だ」
「いい子?」
「あぁ。嬉しい」
心底好きだなぁと思う。思うだけでなく、口から出てしまっていたらしい。真貴さんがまた楽しそうに目を細めた。
俺が甘えることを言葉にして肯定してくれるから、際限なく甘えてしまいそうになる。そしてそれさえも真貴さんは肯定してくれるから、俺はそのうち本当にダメ人間になってしまいそうだ。
「ダメ人間になりそう。真貴さん、ダメ人間製造は違法だから止めません?」
「嫌だ」
シンプルな返事に笑うと、キスが降ってきた。チュッと音を立てて、唇が離れていく。名残惜しく目で追うと、うなじを撫でていた指が唇に触れた。
「冬休みの課題は?」
「全部終わらせました」
「早いな」
「真貴さんといるのに宿題してるのもったいないでしょ」
「そうか。ありがとう」
「あは、ありがとうなんだ」
「俺と一緒にいるために早く終わらせてくれたんだろう?」
「うん」
頬に触れる手にすり寄ると、手のひらが頬をむにむにと揉むように動く。
「真貴さんは? 大学って冬休みの課題とかあるんですか?」
「いや、特にないはずだ」
「へぇ~。じゃあ時間たくさんある?」
「あぁ。明日はどこか行くか」
「真貴さんの車で?」
「ん。じゃあ車で行こう」
大学1年生の真貴さんは授業で日々忙しそうにしている。真貴さんの実家は会社を経営しているのだが、お兄さんが後を継ぐ予定らしい。一度だけ会ったが、かなりキャラの濃いパワフルな人だった。真貴さんは卒業後はそのお兄さんの補佐につくか、自分で起業しようか今はまだ迷っているらしい。そのためにたくさんのことを勉強し、そして交友を広げている。バイトをしてみたりもしているそうで、いろんな話を聞かせてくれる。
「バイトは?」
「冬休みの間は入れてない」
「そっか」
もしかしなくとも、俺といるためだろう。俺が高校を卒業するまでの間は、こうして二人でいられる時間はとても少ない。その時間を真貴さんが同じように大切に思ってくれていることが、申し訳なくもありながら、やっぱり嬉しい。
「……そう言えば進路は決まったのか? 悩んでたろ」
「う~。一応提出はしました……一応……」
高校2年も、もう終わる。進路をそろそろ定めて目標に向かって勉強しなければならない時が迫っていた。冬休み前には進路調査もあった。文系を選択している俺は、選べる大学の幅自体は広い。その広さが故に、自分が何になりたいのか俺はずっと迷っていた。でも、迷いの中でずっと心に浮かんでいた選択肢がある。
「……やっぱ教師になりたいなって」
「そうか」
真貴さんは静かに返事をくれる。先を促すような雰囲気に押されて、悩みながら口を開く。
「学校ってあんまり好きな場所じゃなかったんです。Subにとってダイナミクスがバラバラ、しかも大勢の人が一緒に狭い空間に詰め込まれるあの場所って居心地のいい場所じゃないから。……特にあの事件以降は大嫌いだった。でも、今はそれだけじゃないってわかったんです」
大切な人を見つけた。真貴さんと、三咲と、木島。その他にもたくさんの先輩や友人たちと出会えた。ただ居心地の悪い場所なのではないと知れた。
「あの事件の後、学校の中で誰も俺の気持ちをわかってくれなかった。……Subであることを理解できる人がいなかったんです。誰も悪くない。ただダイナミクスを知らない人が多かっただけですけどね」
今俺が通う学園は特殊な場所だ。ダイナミクスへの対策がしっかりとなされ、教師もDomとSubについて理解が深い。それがきちんと生徒たちにも伝えられている。この環境があれば、俺の過去はもっと違うものだったのかもしれない。今更恨み言を言う気はない。でも、何もせずにいられる訳でもない。
教師の中にSubはほとんどいない。生徒の中にはDomもいるため、Subでは統率が困難な場合があるからだ。それにSubの性質、支配されたいという根本が学級のリーダーである教師という立場にあまりマッチしていないのだ。
でも……それでも俺はどうしてもこの将来を考えることを捨てられない。
「俺は、俺みたいな生徒の避難場所になれたらいいなと思うんです。自己満足かもしれないですけどね。でも、Subである俺が出来ることもあるのかなって。それに幸いにも俺は真貴さんっていあ最強で最高のパートナーがいるから、そんじょそこらのDomには負けない自信があるので!」
「……灯李ならいい教師になれるな」
「ふは、ありがとうございます」
不安はある。いい教師になれるのか。本当にやっていけるのか。だからこの先もずっと迷い続けるだろう。でも真貴さんが側にいてくれるならきっと大丈夫だと思う。この人は俺の絶対的な味方だとわかっているから、俺は安心して先へ進むことが出来るのだ。
「……真貴さん、好きです」
「愛してる」
「あ、ずるい。俺も愛してます」
言い終わるや否や、降ってきたキスに呼吸を食べられた。熱い舌が絡む。
「ん。……灯李、いいか?」
playが始まる合図。これから始まる事への期待で体が熱くなる。
「いいですけど、明日遊びに行くんだから手加減してくださいね」
「善処する」
「しないやつだ」
にやにやと笑うと、無言の真貴さんに抱き上げられた。追求するなと言うことらしい。笑いながら、近くなった首筋に額をぐりぐりと擦り付けると真貴さんが喉の奥で低く笑う。
「明日、動けるといいな」
非情な宣言に動きを止めた俺を抱いたまま、真貴さんはスタスタと寝室へ向かう。バタバタと足を揺らして抵抗しても、その腕はびくともしないどころか笑っていなされた。
「灯李、say。どうされたい?」
「うぅ~ズルい……」
「灯李」
「……愛して、もっと」
「……good boy 」
嬉しい。好き。愛しい。もっと。もどかしいぐらいの幸せが体の奥から湧き上がってきて、俺は真貴さんに手を伸ばす。真貴さんはしっかりとそれを受け止めて、指を絡めてくれた。
もっとと言えば、真貴さんは俺に際限なく与えてくれる。だから俺ももっと真貴さんにあげたい。そうすれば二人で幸せになれるから。
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