42 / 44
41 完
しおりを挟む
春の気配を含んだ風が頬をさすっていく。
卒業式を終えた校内には、浮ついた空気が流れていた。
先輩方を見送るために、在校生たちが校門の方に流れていく。その流れに逆らって俺は図書室に足を向けた。
静かに扉を開けると、奥の棚の前に人が立っているのが見えて驚く。その人がこちらを振り返って爽やかに笑った。
「遅かったな」
「……いや、なんでいるんですか」
「なんでとは酷いな」
くくっと喉の奥で笑う。真貴さんの癖だ。
さっきまで講堂を出た辺りで風紀委員の後輩たちに囲まれていたと思ったのに。
「卒業おめでとうございます」
「ん、ありがとう」
「あーあ、卒業しちゃうんですね。寂しくなるなぁ」
今まで口に出してこなかった本音を冗談混じりに口に出して笑ってみせると、真貴さんは穏やかに目を細めた。
「寂しくなったらいつでも言え。いつでも会いに来てやるよ」
「……言質取りましたからね」
「ふはっ、むしろ一週間に一回は言えってルール設けとくか」
じゃないとお前言わないだろ、と続けられて苦笑する。見抜かれている。きっと俺は真貴さんを求めても、会いに来てとは言わない。我ながら可愛くないSubだ。でも会えなくても真貴さんと繋がっているのはわかっているし、そもそも今までみたいに頻繁に会えなくなるだけで、遠距離恋愛になるわけでもない。
「俺を強いSubにしたのは真貴さんだから、真貴さんのせいですね」
「それでこそお前って感じだけどな、ほんとに寂しくなったら言えよ」
優しいし念押しに顔が綻ぶ。そんな俺を咎めるように、真貴さんは身を屈めて唇にキスを落とした。
「さて、行くか」
手に持っていた本を棚に戻す。それはあの夏の日、俺が勧めた本だった。
「……あの時はDomもSubもいなくなってしまえ、なんて思ってましたけど。今はちょっと変わりました。真貴さんのおかげですね」
「お互い様だな」
何がとは言わない、唐突かつ曖昧な俺の言葉を真貴さんは汲み取ってくれた。ふっと笑って俺の髪をくしゃっとかき混ぜた。
校舎の外からは賑やかな声が響いてくる。
真貴さんは静かに図書室の扉を閉めた。
「お前春休みはどうするんだ?」
「んー、今の所なんにも決まってないですね。何日かは家に帰るつもりはしてますけど」
「なら俺の家に来い」
にやっと笑った真貴さんが、何かを指の間に挟んでひらひらと振った。反射的に手のひらを上にして出すと、それを乗せられる。
「カード?」
「鍵だよ。一人暮らしするって言ったろ?」
「こんなのもらっちゃったら入り浸りますよ?」
「そのつもりで渡したんだが?」
その声が甘くて、気恥ずかしさにそうっと目をそらすとまた笑われた。真貴さんはいつも上手だ。
「合鍵渡すのは恋愛小説の基本だろ。カードキーってのが味気ないけどな」
「確かに……カードキーってちょっと…」
「おい」
平べったいカードキーはひどく事務的で現実的だ。でもその現実感が妙に嬉しい。
傷つけないようにそっと学生証を入れてあるパスケースに仕舞った。
その間に真貴さんは少し先を歩いていて、俺が遅れているのに気づくと歩調を緩めて振り返ってくれた。その動作一つに真貴さんが好きだという気持ちが積み重なる。
笑って駆け寄ると、真貴さんが不思議そうに首を傾げた。
「明日のデート、三咲が張り切ってますよ」
「あいつほんとテーマパーク好きだよな」
「あ、俺明日はメリーゴーランド乗りたいです」
「なんでまた」
「真貴さんがリアル白馬の王子様になるの見たい」
「お前が乗りたいんじゃなくて俺か」
「ふはっ、騒ぎになりますよ。イケメンが馬に乗ってる!って」
「お前も他人事じゃないからな、それ」
いいんだ。視線が集まったらこれは俺のDomだと、俺だけのものなんだと自慢するから。それで満たされるSubというものはやっぱり歪なんだろう。でも幸せだからいいじゃないか。
真貴さんと明日の、またその先の話をしながら、もう二人で歩くことのない廊下を進む。
そっと手をのばすと、真貴さんが当たり前のように手を取って繋いでくれる。
変わることもあるけれど、変わらないこともある。
季節は止まることなく続いていく。
卒業式を終えた校内には、浮ついた空気が流れていた。
先輩方を見送るために、在校生たちが校門の方に流れていく。その流れに逆らって俺は図書室に足を向けた。
静かに扉を開けると、奥の棚の前に人が立っているのが見えて驚く。その人がこちらを振り返って爽やかに笑った。
「遅かったな」
「……いや、なんでいるんですか」
「なんでとは酷いな」
くくっと喉の奥で笑う。真貴さんの癖だ。
さっきまで講堂を出た辺りで風紀委員の後輩たちに囲まれていたと思ったのに。
「卒業おめでとうございます」
「ん、ありがとう」
「あーあ、卒業しちゃうんですね。寂しくなるなぁ」
今まで口に出してこなかった本音を冗談混じりに口に出して笑ってみせると、真貴さんは穏やかに目を細めた。
「寂しくなったらいつでも言え。いつでも会いに来てやるよ」
「……言質取りましたからね」
「ふはっ、むしろ一週間に一回は言えってルール設けとくか」
じゃないとお前言わないだろ、と続けられて苦笑する。見抜かれている。きっと俺は真貴さんを求めても、会いに来てとは言わない。我ながら可愛くないSubだ。でも会えなくても真貴さんと繋がっているのはわかっているし、そもそも今までみたいに頻繁に会えなくなるだけで、遠距離恋愛になるわけでもない。
「俺を強いSubにしたのは真貴さんだから、真貴さんのせいですね」
「それでこそお前って感じだけどな、ほんとに寂しくなったら言えよ」
優しいし念押しに顔が綻ぶ。そんな俺を咎めるように、真貴さんは身を屈めて唇にキスを落とした。
「さて、行くか」
手に持っていた本を棚に戻す。それはあの夏の日、俺が勧めた本だった。
「……あの時はDomもSubもいなくなってしまえ、なんて思ってましたけど。今はちょっと変わりました。真貴さんのおかげですね」
「お互い様だな」
何がとは言わない、唐突かつ曖昧な俺の言葉を真貴さんは汲み取ってくれた。ふっと笑って俺の髪をくしゃっとかき混ぜた。
校舎の外からは賑やかな声が響いてくる。
真貴さんは静かに図書室の扉を閉めた。
「お前春休みはどうするんだ?」
「んー、今の所なんにも決まってないですね。何日かは家に帰るつもりはしてますけど」
「なら俺の家に来い」
にやっと笑った真貴さんが、何かを指の間に挟んでひらひらと振った。反射的に手のひらを上にして出すと、それを乗せられる。
「カード?」
「鍵だよ。一人暮らしするって言ったろ?」
「こんなのもらっちゃったら入り浸りますよ?」
「そのつもりで渡したんだが?」
その声が甘くて、気恥ずかしさにそうっと目をそらすとまた笑われた。真貴さんはいつも上手だ。
「合鍵渡すのは恋愛小説の基本だろ。カードキーってのが味気ないけどな」
「確かに……カードキーってちょっと…」
「おい」
平べったいカードキーはひどく事務的で現実的だ。でもその現実感が妙に嬉しい。
傷つけないようにそっと学生証を入れてあるパスケースに仕舞った。
その間に真貴さんは少し先を歩いていて、俺が遅れているのに気づくと歩調を緩めて振り返ってくれた。その動作一つに真貴さんが好きだという気持ちが積み重なる。
笑って駆け寄ると、真貴さんが不思議そうに首を傾げた。
「明日のデート、三咲が張り切ってますよ」
「あいつほんとテーマパーク好きだよな」
「あ、俺明日はメリーゴーランド乗りたいです」
「なんでまた」
「真貴さんがリアル白馬の王子様になるの見たい」
「お前が乗りたいんじゃなくて俺か」
「ふはっ、騒ぎになりますよ。イケメンが馬に乗ってる!って」
「お前も他人事じゃないからな、それ」
いいんだ。視線が集まったらこれは俺のDomだと、俺だけのものなんだと自慢するから。それで満たされるSubというものはやっぱり歪なんだろう。でも幸せだからいいじゃないか。
真貴さんと明日の、またその先の話をしながら、もう二人で歩くことのない廊下を進む。
そっと手をのばすと、真貴さんが当たり前のように手を取って繋いでくれる。
変わることもあるけれど、変わらないこともある。
季節は止まることなく続いていく。
13
お気に入りに追加
1,130
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる