ラブミーノイジー

せんりお

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それから時々図書室で委員長と会うようになった。と言っても約束をしているわけではない。俺が図書室に入り浸っているところに、たまに委員長がふらっとやってくるのだ。そして相変わらずお互い静かに本を読んだり、本の感想や取りとめのないことをぽつぽつと話したり。そこには居心地のいい時間があった。
護衛もなくなり風紀と接する機会が減って、委員長と個人的に話す機会なんて、それこそなくなるだろうと思っていたけれどそうではなかった。減ってはいるけれど、少なくもない。俺は委員長と話すことがなくなるのを寂しいと思ったけれど、もしかしたら向こうも少しはそんな風に感じてくれているのかもしれないと思うと、少しくすぐったい。その程度までは仲良くなれたと思っていいのかも。そう思えるのが嬉しい。

今日は来るだろうか。来たら勧めたいCDがある。普段は本の話をすることが多いけれど、最近好きなバンドの系統もよく似ているということがわかったのだ。そっとカバンにCDを1枚潜ませて、俺は図書室に向かった。

いつも通り俺しかいないだろう、そう思って扉を開けると、その予想は裏切られた。先客がいる。この第二図書室に俺と委員長以外の人がいるのは初めてだ。思わずまじまじと見つめてしまった。見たことのない人だ。俺のいつもの定位置、窓際の席に座っている。その人は本に落としていた目をふっと上げて、軽く会釈をしてくれた。俺も軽く頭を下げる。なんていうか、ふわふわした人だ。とても可愛い人、だと思う。淡い色合いの少しウェーブが入った髪が目元にかかって、表情はよく見えない。この状況で引き返すのもどうかと思うが、普通に入っていくのも少し迷う。だけど扉の前で突っ立っているのも変なので、一歩足を踏み出す。今日は本を借りたらすぐに帰ろうか。
その時、俺の背後のドアが静かに開いた。

「おっと……木南か、びっくりした」

委員長だ。俺が扉のすぐ前にいたから本当に驚いたのだろう。たたらを踏んで目を丸くするのに、くすっと笑う。挨拶しようと口を開いた瞬間、窓際から声が飛んできた。

「あ、藤堂くん!」

振り返ると、こちらに歩いてくる姿があった。さっきは隠れて見えなかった目元がよく見える。大きな丸い目。焦げ茶色のそれはなんだか甘く見えた。

「鈴原、来てたのか」

委員長の知り合いだったらしい。お互いフランクな呼びかけにそう察する。ということはこの人は先輩なのだろうか。

「うん。ここでしょ?藤堂くんの言ってた最近よく行くお気に入りの場所って」

「あぁ。よくわかったな」

「本好きな藤堂くんのことだし?だいたいあてはつくよね」

ただの知り合い、というには気心の知れた会話だ。仲がいいんだろう。会話に入れもせず、二人の間で戸惑っていると鈴原さんが俺に話を向けた。

「その子は?藤堂くんの知り合い?」

名前を名乗ろうと慌ててスマホを取り出して、画面に指を滑らそうとすると、委員長の声がそれを遮った。

「後輩だよ。木南灯李。本好きで気が合ったんだ」

な、と視線を向けられてコクコクと頷く。自分で名乗らなくてよかったことに少しホッとする。声が出ないと言うことを他人に伝えることはいつも
身構えてしまう。ふぅん、と鈴原さんがそんな俺を見て小首を傾げた。

「木南、こっちは鈴原。鈴原千秋だ。俺と同じ3年」

紹介されてペコリと頭を下げておく。顔を上げると鈴原さんはニコリと笑みを浮かべた。

「ふぅん。なるほど?」

意味深に委員長に視線を向ける。そして今度はもう一度ふぅんと笑う。どういう意図なのかわからない。少しもやっとする。

「で?お前はなんでここに?」

「あぁ、忘れかけてた。いや、ここに来たら藤堂くんに会えるかなと思って」

「何か用事か?」

「用事ってほどでもないけどね。ほら、この前言ってたCD渡そうと思って」

そう言って鈴原さんは、席に置いてあったカバンから一枚のCDを取り出して委員長に手渡した。ちらっと見えたジャケットに、カッと頭が熱くなった気がした。俺が委員長に勧めようと思って持ってきていたCD。それと同じバンドのものだ。委員長はそれを受け取って、楽しそうに笑った。

「あぁ、ありがとう。わざわざこんなとこまで来なくてもよかったのに」

「ここ来てみたかったから問題ないよー。じゃ、俺帰るね」

「ん、またな」

「はーい、またねー」

鈴原さんが図書室を出ていく。俺は無意識に詰めていた息を吐き出した。まだ頭が、思考が熱い。これはどうしてなんだろう。

「木南?どうした?」

『いえ、なんでもないです。今日は本を返しに来ただけなのでもう帰りますね』

固まったままの俺を不思議そうに覗き込んできた先輩に、そう打ち込んだ画面を見せて俺はするりとその場を抜け出した。勝手知ったる棚に本を差して、図書室を出る。扉の近くで先輩はそんな俺の行動をじっと見ていた。出る前に軽く会釈をすると目を瞬かせて、何か聞きたそうな顔で、それでも「またな」と返ってきた。それになぜか安心する。

しんとした廊下を足早に歩いた。来たときはワクワクしていたはずなのに、今は真逆だった。

部屋に戻って、カバンから渡せなかったCDを出す。マイナーバンドのものだから、知っている人は少ないだろう。でも鈴原さんは知っているみたいだった。あの人も同じようなバンドが好きなんだろうか。マイナーバンドを好きな人と会えるのは珍しい。いつもの俺ならきっと嬉しくて話しかけに行っていただろう。でも今日はそうしなかった。出来なかった。嬉しいはずなのになぜだか気持ちが重い。
CDのジャケットを見つめる。鈴原さんと話していた委員長の表情が目に浮かんだ。気心の知れた相手と接する気負わない顔。鈴原さんが、いつもの俺の定位置に座って、委員長と会話する姿を想像した。また思考がカッと燃える。
あぁ、俺はこの感情をなんと言うのか知っている。
これは独占欲だ。


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