2 / 44
2
しおりを挟む
ふと人の気配を感じて俺の意識は浮上した。どうやら本格的に眠ってしまっていたようだ。
ぱっと目を開けると俺の側に立っていた人物が驚いたように身動ぎするのが視界の端に映った。
「うわっ!びっくりした」
びっくりしたのはこっちだ。無言で人の寝顔を見てるなんて悪趣味。
そこにいる人物に目を向ける。
それにも驚いたように身動きして、ふわりとしたダークブラウンの髪が揺れた。
寝起きのぼんやりした頭が、目の前の女に混乱を起こす。
あれ、ここは男子校のはずじゃなかったか…?
じっと見つめたまま何も言わない俺に目の前の人物は訝しげに眉を寄せた。
あ、そうか。なんか言わないと…
ベッドサイドに置いたスマホを手にとって俺は文章を作成した。
『なんで女…?』
「俺は男だよ!」
目の前の女、もとい男が憤慨したように言う。
覚醒してきた頭で改めて見る。あー、確かに男だ。茶色のふわふわした髪に、長い睫毛。くりくりした大きなたれ目に女かと思ったが体つきは華奢なもののちゃんと男だった。
『あー、ごめん』
「いいよ、慣れてるから!」
目の前の男は唇を尖らせながらも許してくれたようだ。っていうかやっぱりよく間違われてるのか。
「なんでスマホ?」
スマホで筆談する俺に不思議そうに問う。
そう、俺の会話手段は筆談だ。なぜなら
『声が出せないんだ』
俺は声を出すことができない。だから筆談するしか会話は出来ないんだ。
そう伝えると彼は、はっと目を見開いた。だけどそれは一瞬のことで、すぐに笑顔になった。
「そっか。だからそんなに文字入力速いんだ!」
お、おう。いや、反応それかよ。
でも変に同情した様子を見せてこないこの人物を俺は好ましく思った。
「あ、俺は三咲悠真だよ。君がこの部屋の人ならきっと同室者になる人かな!」
『俺は木南灯李。今日からよろしく』
「よろしくね、木南!」
三咲悠真と名乗った人物は、俺の同室者らしい。明るく名乗った彼に安心する。さっきの反応といい良い人そうだ。馴れ馴れしさを感じないのはこのあっけらかんとした態度のせいか。
『あ、俺勝手にこっちの部屋使っちゃってたけど大丈夫?』
「全然いいよ!こだわりないし」
三咲が言いながら寝室を出るのに続いて俺も居間に戻る。居間に足を踏み入れて驚いた。そこには寝る前にはなかったいくつもの段ボールが積まれていた。
その量に驚いた俺の顔を見て三咲が慌て出す。
「あ、ごめんね!すぐ片付けるから」
三咲が言いつつ段ボールを開け始めた。なるほど、三咲の引っ越し荷物か。にしてもすごい量だ。大きいサイズの段ボール箱が6つもある。
『手伝おうか?』
この分じゃ明日までに終わらなさそうだ。自分の荷物はまだ届かないし三咲を手伝おうと声をかける。
「え、いいの?お願い!」
目を輝かせた三咲に頷く。
『どれ開けても大丈夫?』
「うん大丈夫だよー」
作業をしていても俺が文字を打ち出すとこっちを気にしてくれて完成するとさっと読んでくれる。わざわざ差し出さなくても気づいてくれる彼はきっととても気が利くのだろう。
「っていうか木南の荷物は?もしかしてまだ引っ越し作業終わってないの?」
適当に手近にあった箱を開け始めると三咲が突然はっと顔をあげた。
俺の手伝ってちゃダメじゃん!とこちらを見るので俺は首をふった。
『明日届く』
「明日?」
首を傾げる三咲にはっと気づく。あ、俺が外部生だって知らないのか。
『俺、編入だから。今日は挨拶とかあったから持ってきてない。明日届けてもらう』
そう言うと三咲は驚いた顔をした。
「え、木南って編入なの!?編入試験ってすっごく厳しいって話だよ?」
確かに試験はとても難しかった。
にやっと笑ってみせると三咲はひぇーと目をぱちぱちさせた。
「木南すごいんだねー。俺勉強苦手だから教えてもらおーっと」
三咲はそう言うものの、この学園にいるということは頭は決して悪くないだろう。ここには今の日本を動かしている政治家や財閥の坊っちゃんたちが多数在籍する。だがこの学園は無条件にエスカレーターで上がれるほど甘くない。中等部に入学するには厳しい試験があるし、高等部に進学するのにも厳しいボーダーラインがあると聞いた。ここにいるのは正真正銘、未来のエリートたちのはずだ。
段ボールを全て開けて、物を整理し終わった時にはとっくに日が暮れていた。
曲げていた腰をぐーっと伸ばして立ち上がる。視線を動かすと同じように伸びをしていた三咲と目があってお互い笑顔になった。
「んーっ、疲れたー!手伝ってくれてありがとね、木南。助かった」
いいよ、と口パクで言いながら頷いた。
それを読み取ってくれた三咲がまた笑う。
「ね、食堂いかない?本当なら作ってもいいんだけど今日は食材もないし」
それにまた頷く。今から作るのは大変だ、というか俺は料理がからっきしなのだ。
特待生特権で1日2食分は食堂で無料で食べることが出来るので俺は毎日そこを利用するつもり。特待生様々だ。
三咲と連れだって廊下を歩く。寮の廊下だとは思えないほど綺麗で、まるで高級ホテルみたいだ。
「この寮すごいよねー」
きょろきょろしている俺を見て三咲がふふっと笑う。
「俺、寮って初めてなんだけどこんな感じだと思ってなかったよー」
いや、一般的な寮はこんなんじゃないと思うけどな。三咲の言葉に内心突っ込みを入れつつ、疑問に思ったことをスマホに打ち込んだ。
『初めて?中等部は寮じゃなかったのか?』
「ん?あぁそっか、中等部は寮がないんだよ。だから寮はみんな初めてなんじゃないかなー。」
そうだったのか。三咲に示すようにふんふんと頷く。
「ダイナミクスのこともあるしねー。自分のことをある程度は管理出来るようになってからじゃないとお互い困るしね」
『なるほどな』
何気ない世間話のように言う三咲と対称的に俺は苦く笑った。
この世には男女の性別と同時にダイナミクスと呼ばれる第二性が存在する。それがDom/Subだ。それぞれに性質が違い、Domは支配したいという欲求を持つ。お仕置きしたい、褒めてあげたい、守ってあげたいなど人によってどんな欲求が強いかは様々だが、変わらないのはそれがSubによってしか満たされないということ。
SubというのはDomと対になる性のことでDomに支配されたいという欲求を持つ。お仕置きされたい、守られたい、褒められたい。これもDomでしか満たすことが出来ない。
DomとSubはお互いに必要不可欠な存在なのだ。
だが誰もがDom/Subのどちらかであるとは言っても人によってその衝動の強さは違う。欲求を全く感じず日常生活にもほとんど影響がないタイプもいれば、敏感にDomやSubを感じ、欲求に悩まされるタイプもいる。命令したい、されたい。自分ではどうしようもない衝動に突き動かされる。
これによってSubが性的暴行に巻き込まれてしまうという事件も後を絶たない。
寮生活をするにあたって、この学園ではDom/Subについての教育プログラムや、起こり得るかもしれない性的暴行についての措置もしっかりとられている。俺がこの学園を選んだ理由の1つだ。
部屋はもちろんSub同士、Dom同士で組まれる。
そして俺はSubだ。支配を望む性。
―――――だから俺は自分が大嫌いだ。
ぱっと目を開けると俺の側に立っていた人物が驚いたように身動ぎするのが視界の端に映った。
「うわっ!びっくりした」
びっくりしたのはこっちだ。無言で人の寝顔を見てるなんて悪趣味。
そこにいる人物に目を向ける。
それにも驚いたように身動きして、ふわりとしたダークブラウンの髪が揺れた。
寝起きのぼんやりした頭が、目の前の女に混乱を起こす。
あれ、ここは男子校のはずじゃなかったか…?
じっと見つめたまま何も言わない俺に目の前の人物は訝しげに眉を寄せた。
あ、そうか。なんか言わないと…
ベッドサイドに置いたスマホを手にとって俺は文章を作成した。
『なんで女…?』
「俺は男だよ!」
目の前の女、もとい男が憤慨したように言う。
覚醒してきた頭で改めて見る。あー、確かに男だ。茶色のふわふわした髪に、長い睫毛。くりくりした大きなたれ目に女かと思ったが体つきは華奢なもののちゃんと男だった。
『あー、ごめん』
「いいよ、慣れてるから!」
目の前の男は唇を尖らせながらも許してくれたようだ。っていうかやっぱりよく間違われてるのか。
「なんでスマホ?」
スマホで筆談する俺に不思議そうに問う。
そう、俺の会話手段は筆談だ。なぜなら
『声が出せないんだ』
俺は声を出すことができない。だから筆談するしか会話は出来ないんだ。
そう伝えると彼は、はっと目を見開いた。だけどそれは一瞬のことで、すぐに笑顔になった。
「そっか。だからそんなに文字入力速いんだ!」
お、おう。いや、反応それかよ。
でも変に同情した様子を見せてこないこの人物を俺は好ましく思った。
「あ、俺は三咲悠真だよ。君がこの部屋の人ならきっと同室者になる人かな!」
『俺は木南灯李。今日からよろしく』
「よろしくね、木南!」
三咲悠真と名乗った人物は、俺の同室者らしい。明るく名乗った彼に安心する。さっきの反応といい良い人そうだ。馴れ馴れしさを感じないのはこのあっけらかんとした態度のせいか。
『あ、俺勝手にこっちの部屋使っちゃってたけど大丈夫?』
「全然いいよ!こだわりないし」
三咲が言いながら寝室を出るのに続いて俺も居間に戻る。居間に足を踏み入れて驚いた。そこには寝る前にはなかったいくつもの段ボールが積まれていた。
その量に驚いた俺の顔を見て三咲が慌て出す。
「あ、ごめんね!すぐ片付けるから」
三咲が言いつつ段ボールを開け始めた。なるほど、三咲の引っ越し荷物か。にしてもすごい量だ。大きいサイズの段ボール箱が6つもある。
『手伝おうか?』
この分じゃ明日までに終わらなさそうだ。自分の荷物はまだ届かないし三咲を手伝おうと声をかける。
「え、いいの?お願い!」
目を輝かせた三咲に頷く。
『どれ開けても大丈夫?』
「うん大丈夫だよー」
作業をしていても俺が文字を打ち出すとこっちを気にしてくれて完成するとさっと読んでくれる。わざわざ差し出さなくても気づいてくれる彼はきっととても気が利くのだろう。
「っていうか木南の荷物は?もしかしてまだ引っ越し作業終わってないの?」
適当に手近にあった箱を開け始めると三咲が突然はっと顔をあげた。
俺の手伝ってちゃダメじゃん!とこちらを見るので俺は首をふった。
『明日届く』
「明日?」
首を傾げる三咲にはっと気づく。あ、俺が外部生だって知らないのか。
『俺、編入だから。今日は挨拶とかあったから持ってきてない。明日届けてもらう』
そう言うと三咲は驚いた顔をした。
「え、木南って編入なの!?編入試験ってすっごく厳しいって話だよ?」
確かに試験はとても難しかった。
にやっと笑ってみせると三咲はひぇーと目をぱちぱちさせた。
「木南すごいんだねー。俺勉強苦手だから教えてもらおーっと」
三咲はそう言うものの、この学園にいるということは頭は決して悪くないだろう。ここには今の日本を動かしている政治家や財閥の坊っちゃんたちが多数在籍する。だがこの学園は無条件にエスカレーターで上がれるほど甘くない。中等部に入学するには厳しい試験があるし、高等部に進学するのにも厳しいボーダーラインがあると聞いた。ここにいるのは正真正銘、未来のエリートたちのはずだ。
段ボールを全て開けて、物を整理し終わった時にはとっくに日が暮れていた。
曲げていた腰をぐーっと伸ばして立ち上がる。視線を動かすと同じように伸びをしていた三咲と目があってお互い笑顔になった。
「んーっ、疲れたー!手伝ってくれてありがとね、木南。助かった」
いいよ、と口パクで言いながら頷いた。
それを読み取ってくれた三咲がまた笑う。
「ね、食堂いかない?本当なら作ってもいいんだけど今日は食材もないし」
それにまた頷く。今から作るのは大変だ、というか俺は料理がからっきしなのだ。
特待生特権で1日2食分は食堂で無料で食べることが出来るので俺は毎日そこを利用するつもり。特待生様々だ。
三咲と連れだって廊下を歩く。寮の廊下だとは思えないほど綺麗で、まるで高級ホテルみたいだ。
「この寮すごいよねー」
きょろきょろしている俺を見て三咲がふふっと笑う。
「俺、寮って初めてなんだけどこんな感じだと思ってなかったよー」
いや、一般的な寮はこんなんじゃないと思うけどな。三咲の言葉に内心突っ込みを入れつつ、疑問に思ったことをスマホに打ち込んだ。
『初めて?中等部は寮じゃなかったのか?』
「ん?あぁそっか、中等部は寮がないんだよ。だから寮はみんな初めてなんじゃないかなー。」
そうだったのか。三咲に示すようにふんふんと頷く。
「ダイナミクスのこともあるしねー。自分のことをある程度は管理出来るようになってからじゃないとお互い困るしね」
『なるほどな』
何気ない世間話のように言う三咲と対称的に俺は苦く笑った。
この世には男女の性別と同時にダイナミクスと呼ばれる第二性が存在する。それがDom/Subだ。それぞれに性質が違い、Domは支配したいという欲求を持つ。お仕置きしたい、褒めてあげたい、守ってあげたいなど人によってどんな欲求が強いかは様々だが、変わらないのはそれがSubによってしか満たされないということ。
SubというのはDomと対になる性のことでDomに支配されたいという欲求を持つ。お仕置きされたい、守られたい、褒められたい。これもDomでしか満たすことが出来ない。
DomとSubはお互いに必要不可欠な存在なのだ。
だが誰もがDom/Subのどちらかであるとは言っても人によってその衝動の強さは違う。欲求を全く感じず日常生活にもほとんど影響がないタイプもいれば、敏感にDomやSubを感じ、欲求に悩まされるタイプもいる。命令したい、されたい。自分ではどうしようもない衝動に突き動かされる。
これによってSubが性的暴行に巻き込まれてしまうという事件も後を絶たない。
寮生活をするにあたって、この学園ではDom/Subについての教育プログラムや、起こり得るかもしれない性的暴行についての措置もしっかりとられている。俺がこの学園を選んだ理由の1つだ。
部屋はもちろんSub同士、Dom同士で組まれる。
そして俺はSubだ。支配を望む性。
―――――だから俺は自分が大嫌いだ。
15
お気に入りに追加
1,129
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる