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しおりを挟む放課後。
ホームルームが終われば時雨は急いで鞄に荷物を詰め、帰りの支度をしていた。
そんな時雨の元にご機嫌そうな陽茉莉が寄ってきた。
「しぃーぐれっ! ねぇねぇ、聞いてよー!」
ニコニコと微笑む陽茉莉に「どうしたの?」と尋ねれば待ってました! とでも言うように陽茉莉が一枚の紙を時雨へと差し出してきた。
時雨はその紙を受け取り、目を通す。
するとそこには【バレー部部員・マネージャー募集中!】と大きくてそれでいて規則正しい字で書かれていた。
「マネージャー、一緒にしない?」
瞳をキラキラと輝かせる陽茉莉。
何故いきなりマネージャーなのだろうか? 彼女は決してバレーが好きという訳でも無いはずだ。
時雨は少しの間黙り込んだ。
けれど答えは最初から一つだけだった。
「誘いは嬉しいんだけど、私家の手伝いがあるし。他の子誘ってみたらどうかな?」
「…………時雨ってさ家の手伝いばっかでつまんなくない? もっと青春しようよ! そしてバレー部男子をゲットしようよっ!」
確かに青春とは異性を求める時期だという。
けれど、青春は人それぞれ違うと思うのだ。
時雨の場合は未来に向けて努力すること。これが自分の青春だと思っているし、蓮の場合はバレーこそが彼にとっての青春だろう。
誰しもが異性を求めている訳でも無いし、彼氏が欲しいという理由で本気でバレーに取り組んでいる彼等のマネージャーになるだなんて彼等に失礼だ。そう言ってやりたかったが、その言葉はゴクリと呑み込む。
ほんと意気地無しだと時雨はしみじみ思った。
「でも、急にどうしたの? 陽茉莉ちゃん、合唱部に入ったんだよね?」
「入ったよ。けどつまんないの!」
「何かあったの?」
「見た目が派手だからって不良扱いされるしさぁ。周りが地味子ばっかで話しかけたら怖がられるし」
その合唱部の地味子達が陽茉莉を怖がる理由も分からなくは無かった。なにせ陽茉莉はとてもと言っていいほど整った顔立ちをしている。それに明るく活発な性格は地味子で、かつ物静かな人間にとっては恐れるのも無理はないと思う。
何ぜなら時雨も最初はそうだったのだから。
「じゃあさ、見学だけでも着いてきてくれない?」
「それはいいけど、曜日によるかな」
「時雨に合わせる! で、何曜日がいいの?」
「金曜日」
「分かった! じゃあ金曜日。約束よ!」
陽茉莉はそう言うと嬉しそうに微笑みながら部活へ行ってしまった。
時計へと目をやる。
あと少しで五時になる。
急げば公園に伊織が居るかもしれない。
時雨はリュックを背負い、急ぎ足で教室を後にした。
◇〇◇〇◇〇◇〇◇
あんこを連れて公園の前を通りかかる。
するとそこには見慣れた後ろ姿を見つけ、思わず時雨の頬が緩んだ。
「槙野先輩!」
時雨は伊織の元へと駆け寄った。
「あ、時雨ちゃん」
そうすれば穏やかな声と優しい笑顔で名前を呼ばれ時雨の心臓が少しだけ高鳴った。
「隣座るよね?」
伊織はそう言って空いたスペースをぽんぽんと手で叩いた。
何故だろう。いつもは平然と座れているのには妙に緊張する。
時雨は伊織の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「時雨ちゃん。もう少しで夏休みだけど、予定は?」
突然そんなことを聞かれ時雨は戸惑った。
しかし、夏休みの予定など今のところだが無い。
いや、今後出来る可能性も無いのだが……。
「実はお願いがあるんだ」
「お願い、ですか?」
あまりにも意外すぎる伊織の言葉に思わず時雨は聞き返してしまった。
伊織はうん、と大きく頷くなり鞄から何かを取り出して時雨へと差し出してきた。くしゃくしゃになったその紙には何かの絵が描かれていた。しかし、一体何が描かれているのかは芸術の成績が【5】だった時雨にでさえ分からない程の良く言えば芸術的(?)な。悪く言えば意味不明な絵がそこには描かれていたのだ。
「実はその絵、藍が描いたものなんだ」
「藍ちゃんがですか? これはまた……えっと」
「下手だよねー」
「オブラートに包んであげましょうよ……」
ハッキリと言い切ってしまった伊織に時雨は苦笑をこぼした。
「藍に誕生日プレゼント何がいい? って聞いたらそれが返ってきたんだ。藍が言うにはそこに描かれているある何かが欲しいって言ってたんだけど……」
「それが分からないんですね」
「うん」
「えっと……これは風景画でしょうか?」
「恐らく」
紙の上部に広がる水色のクレヨンの色。
水色と言えば空か海、川。だとすれば風景画の可能性が高い。
けれど感情豊かで、好奇心旺盛な保育園児が描いた絵だ。
何の考えもなく塗った可能性もある。
「それで時雨ちゃんにこれを探すのを手伝って欲しくてさ」
「わ、私でいいんですか?」
「だって時雨ちゃんにしか頼めないよ」
そう言って笑う伊織に時雨の胸は苦しくなった。
嬉しいような複雑なような……。
なにせ伊織に妹が居るのは二人だけの秘密だ。
頼れる相手は自分しか居ない。
だから彼は自分に頼んだのだとそう頭では分かっているのに嬉しくて仕方ないのは何故なのだろう?
「槙野先輩。絶対に見つけましょうね!」
「うん。ありがとう、時雨ちゃん」
そう言って頷く伊織の笑顔はとても優しくて暖かいものだった。
──絶対に見つけてやる!
時雨は拳をギュッとを握りしめ、そう心に誓った。
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