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しおりを挟む六月に入り遂に梅雨入りを果たせば、それと共に衣替えとなり制服も長袖のシャツから半袖へと変わった。
梅雨はじめじめして嫌いだ。洗濯物は乾きにくいし、何より部屋干しになると臭いも気になる。八人家族ということあって洗濯物の量は多いし、そんな時に限って妹達はびしょ濡れになって帰ってくる。その為、洗濯物は増えて時雨の仕事は増える一方だった。
早朝。仕込みのため忙しい母親の代わりに朝食の支度を始めた。
まだ寝坊助な妹達は起きないだろうし、目覚まし時計が鳴っても起きない可能性が高いので結局起こしに行かなければならない。これも又時雨の仕事である。
「しぐねぇ。はよ……」
朝ご飯の準備が一通り終わった頃、まだ眠り被った様な声が聞こえてきた。
「顔、洗ってきたら?」
「……うん」
いつもは頑固で見栄っ張りなさくらだが、朝だけは素直なので毎度毎度いつもとのギャップの凄まじさにゾッとするものがあるが本人には内緒である。
朝食を済ませた後、学校へ行く支度を終えたらあんこと共に家を出た。
しかし、梅雨の季節になった事もあり最近は雨ばかりが続いている。そして今日もまた雨だった。あんこはお気に入りの傘がさせるから、と雨を喜んでいた。
家を出れば、丁度蓮と鉢合わせした。
「おはよう。時雨」
「おはよう。あれ? 今日は朝練ないの?」
「今日は無い」
「そっか。なら、せっかくだし一緒に行こうよ」
「そうだな」
こうして蓮と一緒に学校に登校するのは入学式以来だったりする。
なにせ学校に入学して直ぐに蓮はバレー部に所属し、朝は朝練いつも早くに家を出ていた。時雨の通う高校のバレー部は強豪らしく、ハードな練習を朝と放課後行っているとか。それに何度か練習している所を見かけたことがあったが、あのサーブの威力、レシーブ力の高さには時雨も驚いた。流石強豪校と呼ばれるだけはあるとバレー素人の時雨でさえもそう思う程だった。
「俺さ。正セッターになった」
「もう!? けど、高校に入ったら直ぐにレギュラー入りするって言ってたもんね。おめでとう」
幼い頃からバレーに取り組む蓮の姿を見てきた。
時々バレーの自主練にも付き合ったこともあった。
それ程頑張っていた蓮の努力が見込まれたのだと思うと嬉しくて仕方なかった。
「別に。けど、今度インターハイの予選の試合があってさ。良かったら見に来て欲しいんだけど……」
「分かった。応援行くね」
「あぁ」
雨が緩やかなスピードでアスファルトへと落ちていく。
あんこが水溜まりに入ろうとすれば二人は必死になって止めるの繰り返し。
今日の朝はとても賑やかな朝だった。
学校に登校すると、珍しく下駄箱で陽茉莉と会った。
陽茉莉は濡れた髪をパタパタとタオルで拭きながら時雨と蓮を視界に入れるなり「え!?」と困惑したような声を上げ、時雨を見た。
───嫌な予感がする……。
時雨がそう思った矢先、勢いよく陽茉莉から腕を掴まれ引き寄せられた。
そして耳打ちをされた。
「あの男の子誰!?」
「お、幼なじみ……だけど」
「背高っ! 紹介して!」
興奮を抑えきれない様子の陽茉莉に呆れつつも時雨は蓮に陽茉莉を紹介する事にした。
「蓮。この子は私と同じクラスの子で友達の……」
「東谷陽茉莉だよ。よろしく」
時雨の言葉を遮り、陽茉莉が自己紹介をした。
相変わらず男子を前にすると別人になる彼女を見て呆れを通り越し関心してしまった。
蓮の方を見ればそんな陽茉莉に心底嫌そうな表情を浮かべていた。
「……野崎蓮です。よろしく」
それでもしっかりと自己紹介をする所は蓮らしかった。
「じゃあさ、蓮君って呼んでいいかな?」
「え……」
蓮のテンションパラメータが一気に下がったのが見受けられ、時雨は慌てて二人の間に入った。しかし、陽茉莉は気づいた様子など全く無い。逆に蓮に興味津々といった感じである。
「そろそろ教室行こう。じゃあね、蓮」
「蓮君ばいばーい」
ムッと眉間にシワを寄せる蓮。
心底その呼び方が嫌いらしく不満そうな彼に、悪いことをしたなと時雨は罪悪感を抱きながら教室へと向かった。
〇◇〇◇〇◇〇◇
梅雨入りをしてからというもの伊織と会うことは無かった。
なにせ雨のせいで公園は使えない。
何回か昇降口で伊織を待ったこともあったが会うことは無かった。
───本当に私は何をやってるのやら……。
そうして会えない日々が続き、気づけばインターハイ予選当日となっていて、時雨は試合会場である総合体育館へと応援に来ていた。
「でも、意外だったな。さくらも来るだなんて」
熱の篭った応援が聞こえるギャラリーにて時雨が言った。
すると隣でコートに居る選手達を真剣な瞳で見ていたさくらが顔を赤くした。
「べ、別にしぐねぇには関係ないじゃん!」
「バレー好きだったっけ?」
「勉強中なの!」
何故かムキになって答えるさくらに余計なことは突っ込まないでおこうと思った。そして「喉が渇いた」と我儘なお嬢様モードが発動してしまい、時雨は一階の自販機にジュースを買いに行くハメとなってしまった。
適当にお茶でいっか、と適当にお茶を買いギャラリーに戻ろうとした時だった。
「あれ? 時雨ちゃんじゃん」
久々に聞く聞き覚えのある声に時雨は弾かれたかのように振り向いた。
するとそこにはオシャレな洋服に身を包んだ伊織の姿があった。
思わず時雨は伊織の元へと駆け寄った。
「槙野先輩! ど、どうして……?」
「クラスの奴から来いって言われてさ。そう言う時雨ちゃんこそ、どうしたの?」
「私は応援に」
「そっか。なら一緒に応援しようよ」
久々の会話にしどろもどろになる時雨だったが、伊織は至って普通である。
伊織と会えなかった間、彼が一体何をしているのか気になって仕方なかった。けど、「今まで会いませんでしたね。何か用事があったんですか?」なんて聞ける訳もなく、黙り込む。あんなに楽しく話せていたのが嘘みたいに思えた。それに今日は藍の姿がない。聞きたいことは山ほどあるのに声に出せなかった。
「しぐねぇ、そ、そちらの方は?」
二階のギャラリーに戻るとさくらがそう聞いてきた。
まるで「信じられない」とでも言うかのような瞳で。
「もしかして時雨ちゃんの妹さん? 四人姉妹とは聞いてたけど……」
「さ、さくらと言います! しぐねぇ……時雨お姉ちゃんがいつもお世話になってます」
「礼儀正しいね。俺は槙野伊織。時雨ちゃんとは同じ高校の先輩なんだ」
さくらが”時雨お姉ちゃん”だなんて呼ぶのは珍しすぎて思わず鳥肌がたった。しかし、更に驚いたのは礼儀正しさの欠片もないさくらがこうして敬語を使っている姿の方だ。これこそ猫かぶりだと言うのだろうと時雨は思った。
開会式が終わり、第一試合目の高校の部員達がアップを始めた。
「一試合目からだったよね? 見えやすい所に移動しよっか」
「そうですね」
移動し、客席に座る。
するとアップ中の蓮を見つけた。
「れ、蓮が居る!」
隣に座っていたさくらが声を上げた。
興奮しているのか顔を少し赤らめている。
「ねぇ、時雨ちゃん。応援って妹さんに誘われたから来たの?」
「いえ。実はバレー部に幼なじみが所属していて、それで応援に来たんです。あの十一番が幼なじみなんです」
「ふーん、そうなんだ。一年の子がレギュラー入りしたって聞いてたけど、もしかして幼なじみ君のこと?」
「はい。ポジションはセッターなんです」
「そっか。セッターか……」
何故か微笑む伊織に不思議がっていると、アップが終わり遂に試合が始まった。
初戦から試合は激しいものだった。
高校生のバレーは中学のものとはやはり格が違った。迫力も上がれば、一人一人のボールの威力がギャラリーまで伝わってくる。途中ボールがこちらに飛んでくるのではないかと何度もビクビクしてしまった。
そして激しい試合の末、見事二セット目も取り一回戦を勝ち進んだ。
「凄かったね、しぐねぇ!」
「うん」
興奮しきったさくらは落ち着かない様子である。
「さて、俺は帰ろうかな」
「もう帰っちゃうんですか?」
「うん。って事で、バイバイ」
ヒラヒラと手を振って伊織は行ってしまった。
隣ではさくらが「イケメンすぎる……」と言葉をこぼしている。
どんどん小さくなっていく伊織の後ろ姿を見つめながら、時雨はギュッと拳を握りしめた。
最近会えなかったですね
忙しかったんですか?
今日、藍ちゃんは居ないんですか?
バレー、好きなんですか?
聞きたいことは沢山ある。
そして……あの時の冷たい瞳と声が全く頭から離れてくれない。
気づけば時雨は伊織を追いかけていた。
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