余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人

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2章

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 「アンジェ…!」


 「え…?」


 図書館にて本棚の整理を行っていると、何処からか突然聞こえた自分の名を呼ぶ声にアンジェは辺りを見渡す。
 そして直ぐに声の主を見つけた。


 「もしかして…フローラ様ですかっ!?」


 図書館にある大きな縦長の窓ガラス。
 そこから見覚えのある花瓶が顔を出していた。


 「それにベルさん! どうして図書館に?」


 窓の方へと向かえば、そこには花瓶を持ったベルが居た。
 恐らく、フローラに頼まれて図書館まで花瓶を運んできたのだろう。


 「久しぶりに図書館を見たかったのよ。けど、まだ行くのが怖くて…。ほんと、情けないわね」


 「……そんな事ありませんよ。ねぇ、ベルさん」


 「グレジス夫人の仰る通りかと。今まで部屋から一歩も出ようともしなかったフローラ様がこうして部屋から出ようと試みた。それだけで十分な成長を私は感じました」


 ベルの言葉にアンジェは大きく頷く。

 そんな二人に、フローラは一人部屋のベッドの上で涙ぐむ。
 小さな一歩でもこうして優しく受け入れ、笑顔で肯定してくれる存在が居ることにフローラは大きな感動を覚えた。


 それからアンジェは、ベルとフローラを図書館へと案内した。
 勿論、カインが居ないことを確認した上で。

 イチカとシオはベルがフローラの専属侍女とは知らない様子だったので、二人には悪いがベルの役職は伏せて同郷の知り合いだと誤魔化して図書館の案内を務めた。


 「……同郷の知り合い。なんだかむず痒いです」


 「あ、勝手な事を言ってしまってすいません」


 「アンジェ。ベルは不快な気持ちになった訳で無いから安心しなさい」


 「……フローラ様。この気持ちはどう言う気持ちなのでしょうか?」


 「恐らくそれは嬉しさ故の恥ずかしさよ。貴方は自分を同郷の者だと言って貰えて嬉しいのよ」


 「成程。私は喜びを感じていた、という訳ですね」


 ベルはそう言うと微笑む。


 「ベルはまだ赤子同然なの。人間だって感情は生きていくうちに覚えていくでしょ? それと同じなのよ」


 「益々凄い魔法道具ですね。正直、魔法道具だなんて思えません。ベルさんからはしっかりとした心を感じますし…」


 「まぁベルは私の最高傑作だもの。素晴らしい子で当然よ! けど……」


 勇ましい態度から急に、シュンと落ち込み項垂れる。
 

 「フローラ様。何かあったんですか?」


「……実は兄と久々に話をしたの。そしたらあの人、ベルの事を馬鹿にした挙句お茶を掛けたのよっ!? 最低最悪の人間よ、あいつは!!」


 フローラの兄…つまりルツはこの国の王太子であり、善良な心を持つ優しさに溢れた王太子であると誰もが口々に言う。
 しかし、それは表での顔。実際は、人を見下し、嘲笑う男だと言う事実はフローラのみが知る事だ。

 アンジェもまた、魔法が使えない哀れな人間だとルツに称された。

 つまりアンジェはルツに侮辱されたわけだが、実際この世界で魔法が使えないと言えば誰もが嘲笑い、見下すのが当たり前だ。
 だからアンジェはルツに侮辱された時何とも思わなかった。慣れっこだったからだ。


 アンジェは少しの期待を胸にフローラへと尋ねる。


 「フローラ様。フローラ様は何故魔法道具を作っているんですか?」


 「はぁ? そんなの決まってるじゃない。少しでも人々の生活が楽になるようによっ!」


 そうキッパリと答えるフローラ。
 その瞳には迷いなど無い。
 真っ直ぐと心のある輝きをも放っている。

 アンジェは再び問う。


 「……フローラ様は、私みたいな魔法が使えない人間をどう思いますか?」


 その問いに、フローラはまたハッキリと述べた。


 「魔法が使えたって使えなくたって同じ人間じゃない。どうも思わないわ」


 その言葉に今朝ルツから言われた言葉が脳裏を過ぎた。


 『貴方の妹さんの様に魔法を使うことの出来ない哀れな人の為にも魔法道具を作り、人助けを共に致しましょう』
 

 ルツは明らかに魔法が使えないアンジェを蔑視していた。
 けれど、フローラは違う。
 対等に見てくれている。


 「……フローラ様。ありがとうございます」


 アンジェの感謝の言葉にフローラは溜め息を零し、笑って言う。


 「何バカなこと言ってるのよ。こんなの当たり前の答えじゃない」





 
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