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1章
隠したい過去
しおりを挟むルーンはリディスに頼まれた仕事を終えた帰り、ハーブ畑への前でふと足を止めた。
生き生きと育つハーブ達の姿を見て、やはりノーニアスの育てるハーブは他のハーブとは違ってまるで生命を宿し、今を全力で生きている様な………そんな力強さを感じた。それ程立派なハーブ達なのだ。
「ハーブも薬になるのか……」
ルーンはそう小さく呟くと、ハーブ畑へと歩を進める。
魔法が使えない人間は、体が治癒魔法を受け付けない。
だから元々、アンジェ専属の医師を付ける筈だった。しかし、この次第、何でも治癒魔法で治せてしまうので、薬学の知識がある者など滅多におらず、ルーンの人脈でも見つける事が出来ずにいた。
だから今回、リディスが居てくれて助かった。
そうルーンは心底安堵した様に、その場にしゃがみ込む。
そして仮面を取り、頭をわしゃわしゃと掻きむしっていると
「は、ハーフル卿……!?」
「え、リディス様っ!?」
やばい、とルーンが気付いた時には遅かった。
リディスはルーンと直接会って話した事は無いが、何度か王都で見回り中のルーンを見かけた事があった。
リディスは目の前にいる人物に困惑する。
なにせ、リディスの知るルーンは茶髪では無い。
何度も瞬きをし、目を擦るリディス。
いつも冷静沈着な彼でも、この状況には驚きを隠せないらしい。
「えっと……もしかしてグレジス公爵、ですか? でもその格好は……」
「実は……」
ルーンはこの姿に至った事の経緯をリディスに話した。
リディスはその話を聞くなり、少し呆れた様な。けれど、どこか嬉しそうに笑っている。
「あの、私…変なこと言いました?」
「いや、グレジス公爵にも人間らしい所がいるんだなーって思ったらつい。グレジス公爵って何でも完璧にこなす超人だと思ってたので」
「……別に私だって何でも完璧にこなす訳じゃないですよ」
「まぁ……今の話聞いたらそうなんだなって思いましたよ。けど、余計気まずくなりません? だってアンジェに黙って別人としてエスコートしたんですよね?」
リディスの言葉にルーンの心に深く突き刺さる。
ノーニアスにまじないでこの姿にされた時は、まだ気まずくないか…と何故か受け入れていたが、よくよく考えれば更に気まずさは深まるだけである。
「案外グレジス公爵って抜けてる所あるんですね」
また新しいルーンの一面に、リディスは笑いを堪える。
しっかりしてそうだが、どうやら天然な部分があるらしい。
「ネタばらしするなら早めがいいんじゃないですか? 引っ張り続けてると余計言いにくくなりますよ」
リディスの正論にルーンは再び言葉を詰まらせる。
二人の間に長い沈黙が走った後、ルーンが意を決したのか、ゆっくりと口を開いた。
「実は……アンジェが私の姿をまさか覚えているとは思っていなかったんです。当時アンジェは七歳で、しかもパーティー会場の外は暗かったですし顔は見えてないと思っていたので……。けど、アンジェは私を覚えていました。正直、驚きましたし嬉しかったんですけど……当時の俺はかなりグレていて今の私と過去の私をアンジェに結び付けられたく無いと言いますか……」
「つまり、同一人物だと気付かれたくない、という事ですか?」
「そういう…事、ですね」
「え、純粋な疑問なんですけど…何故ですか?」
「誰だって封印したい過去ぐらい有りますよ……」
ルーンは虚ろな瞳で苦笑を浮かべながらそう言った。
どうやらルーンにとって魔法学院入学前の荒れに荒れていた時代はかなりの黒歴史らしい。
「アンジェは……貴方が過去に手を差し伸べてくれたライアーと同一人物だと知ったら喜ぶと思いますけどね」
アンジェがライアーを特別視している事にリディスは気付いていた。だからライアーとルーンが同一人物であるとアンジェが知れば二人の関係は更に縮まるだろう。
そう考えたリディスはルーンを説得し始めた。
アンジェが幸せな結婚生活を夢見ていたこと。それはリディスがよく知っている。
もうアンジェには時間が無いのだ。
だからここでアンジェが真実を知れば、もしかしたら……と大きな期待を抱いて。
「隠したい過去なのは分かりますけど…アンジェに話しては如何ですか? 絶対にアンジェはグレジス公爵とライアーが同一人物だと気づいたら喜ぶと思うんです! 」
「……確かに心優しいアンジェなら喜んでくれるかもしれませんね。けど……」
亡くなった家族の仇を打つために魔物のいない世界を目指すようになった。
そんな未来を一度は諦めそうになった。
荒れに荒れた時代、ルーンにもう一度夢を追い掛ける切っ掛けをくれたのアンジェには感謝してもしきれない程だ。
過去をやり直す事は出来ない。
だからこそ、隠し通したいのだ。
アンジェに出会ったことで救われた。
それをちゃんとルーンとしてアンジェに伝え、お礼を言いたい。
けれど、魔物のいない世界を未来を目指すという夢から一度逃げそうになった事を知られれば、幻滅されてしまうかうもしれないと思うと、怖くて仕方なかった。
なにせアンジェはルーンの夢を心の底から応援してくれた数少ない人物だったのだから。
「実はアンジェが亡くなった妹とふと姿が重なる事があるんです…。だからでしょうか。尚更アンジェには過去の自分を知られたくないんです」
一大切な家族を一度に亡くし、自分だけが生きている事をずっとルーンは悩んでいた。
ルーンはそう小さく呟くと、小さくリディスに微笑む。
「この話はアンジェには秘密でお願いします」
そう言って再び仮面を身に付け、歩き始めるルーンの背中を見詰めながらリディスは小さく呟いた。
「……後悔しても知りませんから」
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